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エスペランド動乱記 和平を望む最弱無能の軍師は、復讐に燃える姫騎士を甘やかに飼い慣らす。  作者: 柚月 ひなた
第二章 消えぬ復讐の灯火

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第五話 水面に映る行く末

 ナイトは治水工事が進められている現場を、瞳を細めて眺めた。


 元々の工事に加えて、追加で指示した水路の拡張工事は順調に進んでいる。細く頼りなかった川幅は徐々に広げられ、澄んだ水が以前より勢いよく流れはじめていた。


 水面に日差しが反射し、無数の光となって煌めく様は宝石のように美しい。



「隊長さん、こんなもんでどうでしょうか?」



 工事を仕切る村の青年が声をかけてきた。彼の額には汗が滲み、周囲では村人たちが声を掛け合いながら作業を続けている。

 ナイトはにこやかに頷く。



「うん、いい感じだ。この短期間によくここまで仕上げてくれたよ。完成まであと少し……無理を言ってしまうけど、頼んだよ」


「任せて下さい、みんな張り切ってますよ。最近はネズミ騒ぎで農作物もやられちまいましたから、こういう作業があるのは気が紛れるって、年寄りたちも言ってます」


「……悪いね。できるだけ早く解決できるように努めるよ」



 ナイトは静かに瞼を伏せる。村の現状を思えば、このような言葉は気休めにもならない。けれど、青年は首を横に振った。



「何言ってるんですか。隊長さんたちがいなけりゃ、村はとっくにどうにかなってますよ。……まあ、正直言えば〝ヴェイン〟の名を聞いた時には落胆しましたし、懐疑的な連中もまだいますけどね」



 青年が申し訳なさそうな表情で首を傾ける。ナイトは「仕方ないさ」と肩をすくめた。


 彼らの反応は真っ当だ。世間でヴェインは無能の隊長が率いる〝お荷物部隊〟として広く認知されているのだから。



「少なくともオレは感謝してますよ、隊長さん」



 青年が気の良い笑顔を見せた。心からの感謝だとわかるそれに胸がじんわりと温かくなり、口元が綻ぶ。



「そっか……ありがとう」


「お礼を言うのはこっちですって。取り急ぎ着工してる拡張部分は、今日にでも終わらせちまいますよ」



 そう言って青年は作業へ戻って行った。

 自分の行いに見返りを求めているわけではないが、彼のように感謝と信頼を寄せてくれる人がいるのは素直に嬉しいことである。



(……頑張らないとね。期待を裏切ることがないように)



 そのようにナイトが思いを噛み締めていると、「リンリン」と涼やかな音を鳴らして、耳元のリンクベルが小さく震えた。

 軽く触れて応答すれば、すぐに凛とした声が響く。



『隊長、アリファーンです』


「どうした?」


『今回の騒動、原因がはっきりしました。隊長の読み通りですよ』



 ナイトは表情を消して、口元を引き締める。当初から〝何か〟があるのはわかっていた。そしておよその正体も。



「サンクリッド王国が裏にいる──そういうことだね?」


『ええ。詳しいことは直接話しますが……ヴァンたちはまだネズミ退治を?』


「うん、手を焼いてるみたいだ。けど、王国が糸を引いていたのだとすれば納得だよ。あのネズミ、魔獣なんだろう?」


『ご明察ですわ。どうやら死黒鼠(モルトラット)の群れのようです』


「……なるほどね。すぐ解へ至れなかったのはオレの勉強不足だな」


『仕方ありません、魔獣は異界の存在。生態には謎が多いですもの』



 アリファーンはそう言うが、何事も「知らなかった」「わからなかった」で済ませるわけにはいけない。そんな生半可な姿勢では、理想の実現など夢のまた夢だ。


 ナイトは自嘲気味に笑って、皇都へ帰ったらもう一度、魔獣に関する文献を徹底的に洗おうと、心に決める。


 かくして、思考を巡らせている間に、アリファーンは工事現場へと到着した。

 ナイトは水がせせらぎを奏でる川のほとりへと足を運びながら、隣を歩く彼女の報告を受ける。



「それで、王国軍の動向は?」


「ここから東の山岳地帯にその姿を確認しましたわ。この村を足掛かりに皇都への襲撃を企てています」



 ナイトは考え込むように(あご)に手を添えた。



「ネズミ騒動はその仕込みってわけだ。ここが陽動の線もあるけど、いずれにしても見て見ぬふりはできない。あちらの規模は?」


「魔獣を含めて、約二百。村ひとつを潰すには十分すぎる数ですね」


「その数がどこから入り込んだのかも問題だな……。これ、例の密輸事件も絡んでいそうだね。編成は掴めてる?」


「もちろんですわ。あちらの編成は──」



 不意に「カサリ」と葉擦れの音が響いて、アリファーンが言葉を止める。鋭められた紅玉(ルビー)のように赤い瞳が、水辺近くの雑木林を睨んだ。


 彼女の視線の先に、ナイトは微かな気配を感じた。

 息をひそめる人物がいる。心当たりは一人だ。



「……隊長」


「構わないよ。話を続けて」



 小声で伺いを立てるアリファーンに、ナイトは静かな口調で先を促した。

 アリファーンは一瞬、躊躇いを見せたが、こちらの意図を理解してすぐに言葉を再開する。



「敵は主に死黒鼠(モルトラット)を使役する猛獣使い(テイマー)で編成されています。数の暴力と毒が脅威ですね。さらに厄介なのは、部隊を率いているのが〝幻想獣使い(コンジュラー)〟だということです」


幻想獣使い(コンジュラー)だって? 間違いないのか?」


「ええ。この目ではっきりと」



 アリファーンがピリッとした緊張感を漂わせ、大きな瞳で見つめて来た。ナイトは眉をひそめて大きく息を吐く。



「まいったな……。奴らが異界から召喚する幻想獣は魔獣とは格が違う。嫌な予感がする」


「幸いなのはまだ動きだす様子がないということですね。楽観視は出来ませんが、住民を避難させる時間はあると思います」


「すぐに避難勧告を出し、救援要請を送る。指揮官である幻想獣使い(コンジュラー)を叩いてしまう手もあるけど、いまの戦力でそんな無謀はできない。アリファーンは引き続き、敵の動向を追ってくれ」


「了解です。ヴァンたちにも一報を入れておきますわ」



 アリファーンは凛とうなずき、(きびす)を返した。


 ナイトはヘーゼルナッツのウェーブ髪を靡かせて立ち去る彼女を見送ったあと、気配を感じた雑木林へ視線を向ける。と、ふわりと風が吹き、木の陰からピンクブロンドの髪が覗いた。



(さて、どう動く? エレノア)



 王国へ強い憎しみを抱くエレノアの行動を予測するのは容易いことだ。予想を裏切ってくれればと思うが、激情に身を任せた状態では難しいだろう。


 過去の自分がそうであったように。


 ナイトは「これは必要な試練だ」と憂う気持ちを振り払って、川面へ視線を移す。


 一時を置かず、雑木林から小さな葉擦れの音がした。遠ざかる彼女の赴く先は──戦場だろう。



「……やっぱり、その道を選択するんだね。なら俺も……手加減はしないよ」



 ナイトは低い音で呟きながら、川面に映る空模様を見つめた。


 先行きの不穏を暗示するかのように雲が多い。だが、捉えようによっては黎明の兆しにも見える。


 何にせよ、行く先を決めるのはいつだって自分だ。望むものがあるならば、相応の努力を以って掴み取るしかない。



大戦(おおいくさ)の始まりだな。久々に、本気で策を(ろう)そうか。恒久和平のため……そして〝戦場の華〟を篭絡するためにね」



 ナイトは弓なりに口角を上げ、砂利混じりの地を踏みしめた。

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