第三話 毒霧を裂く一閃 ≪前編≫
エレノアへ向かって、ネズミの群れが押し寄せる。「ザザザッ」と音を立て、荒波のように。
地下空洞を照らす魔術の光を頼りに、エレノアは剣を振った。
「はぁ……ッ!」
水平に薙いだ閃撃が、第一波を払う。
飛沫が散り、斬られた小さな個体が幾つも地に落ちた。
続けざまに第二波がやって来て、エレノアは前進しながら円を描くように剣を舞わせる。
けれど、この程度では万の如くひしめくネズミの個体数が大して減ることはなく、さらに勢いを増してエレノアへと襲い掛かった。
そこへ、「パン、パン」と小気味良い破裂音が響いた。ヴァンのマナ装填銃による銃撃だ。
「一人で突っ込むんじゃねェよ! 死にてぇのか?」
彼の正確無比な速射が、エレノアの死角から迫る個体を撃ち落として行く。
同時にブロンテが強化魔術を纏った剛腕を振るい、純粋な力によって生み出された空気の圧がネズミを吹き飛ばす。
(二人とも戦い慣れている。そして、合わせるのが上手い)
エレノアは素直に感心した。この調子なら、足手まといにはならないだろうとも思う。
だが、この戦闘には波乱が待ち受けている気がしてならなかった。
「おい、ちまちまやってても埒が明かねェ。奥にいるデカブツが見えるか?」
ヴァンの言葉に、エレノアは攻撃の手を休めないまま、視線を奥へ投げる。
すると、光の届く最奥──石の壁に一匹。
目は三つ、真っ黒な体毛に包まれ、枝分かれした細長い尾、成人男性の半分ほどはあるだろう巨大なネズミがへばりついていた。
その赤い瞳がこちらを嘲笑うかのように、不気味に輝いている。
「群れのボス……? あれは、王国軍が使役する魔獣〝死黒鼠〟じゃないか!」
死黒鼠は体内に毒を持ち、死骸は病を撒き散らす。戦場でもよく見かける厄介な魔獣だ。しかも通常の個体より大きい。
想定外の事態にエレノアは眉をひそめた。
「ま、まさか、このネズミって……死黒鼠の……?」
呟いたブロンテの声が震えている。
「おそらくは。何故ここで繁殖しているのかは疑問ですが」
「ンなことより、さっさとアレを落とすぞ。こんな狭い場所に仲間を呼ばれて暴れられでもしたら、こっちが生き埋めになっちまう。毒もヤバイが、この距離ならオレが──」
「私が斬り込んで仕留めます。二人は援護を」
そう伝えてエレノアは正面の群れを薙ぎ払い、死黒鼠を視界に捉えると、群れへ飛び込んだ。
本当であれば威力の高い殲滅魔術で一掃するのが手っ取り早いが、この狭い空間では崩落の危険がある。這い回るネズミを蹴散らしながら前へ進む。
「くそ、バカが! 人の話は最後まで聞きやがれ!」
毒づくヴァンの声と銃声が響き、その弾丸はエレノアが仕損じた個体を貫いた。何だかんだ言いながら、的確なフォローである。
再度、前方から大きな波が迫り来る。
「エレノアさん、前方の群れはボクが……う、おぉぉッ!」
それをブロンテが全身を使った突進で蹴散らした。
エレノアは前線を押し上げるようにネズミを斬り伏せつつ合間を駆けて、剣のグリップを強く握り、魔術の文言を紡ぐ。
『女神ルクスよ、我に汝の加護を。夜天の空より降りて輝け──閃星の墜撃!』
白と金に明滅する光が空中に生まれる。それは箒星のように流れ落ち、地上で蠢くネズミを光の熱で焼いてゆく。
これで、一時的にだが死黒鼠までの道が拓けた。
(今だ!)
エレノアは標的が動き出す前に決めてしまおうと、一気に距離を詰める。剣を両手に構えて、切っ先を獲物へ向けた。
──その時。
『ギュルルルァ!!』
大気を震わす咆哮が響き渡った。そして、死黒鼠の頬が異様に膨らみ、次の瞬間。開かれた口から紫がかった霧が吐き出された。
「バカ、毒だ! 下がれ!」
一瞬にして毒を孕んだ霧が広がる。
エレノアは足を止めきれず、霧に巻かれながら慌てて後退した。
とっさに手で口元を覆ったため多量に吸い込まずに済んだが、視界がゆらりと歪んで膝を付いてしまう。喉の奥にひりつくような痛みが走る。
「エレノアさん……! だ、大丈夫?」
ブロンテが毒霧からエレノアを守るように間に入った。彼は魔術で肉体を強化しているからか、毒に抵抗があるようだ。動きが鈍る様子もなく、霧の中から襲って来るネズミに対応している。
「ええ……まだ、動けます」
エレノアは咳き込みながら頷いた。実際には手が痺れ頭もぼんやりしていたが、ここで足をすくませれば、ネズミの群れに飲みこまれてしまう。
深呼をして再度、斬り込むための気力を奮い立たせる。
そこにヴァンの苛立った怒声が浴びせられた。
「みともねェな。迂闊に突っ込むからそうなんだよ。オレなら遠距離から狙えるってのに、わざわざ危険を冒す阿呆がいるか? これだから協調性のないヤツは嫌いなんだ」
確かに自分にも非はあるとエレノアは思う。
が、喧嘩を売っているとしか思えない辛辣な物言いは癇に障った。
「……なら、もたもたしてないで、あなたが倒せばよかったでしょう? 何を、今さら……」
「はぁ? テメェが勝手に出張ったんだろーが!」
「優秀な狙撃手なら、それでも仕留めて見せたはずよ」
掠れ声で言い返すと、ヴァンが冷え切った瞳でエレノアを睨んだ。殺気すら感じさせる眼差しに怯みそうになる。
売り言葉に買い言葉で言い過ぎたかも、と思うが謝る気にはなれなかった。
「……ともかく、アレは私が仕留めるので……」
エレノアはよろめきながら立ち上がる。
すると、ヴァンが二丁の銃口を死黒鼠の巨体へと向けた。
刹那、閃光が空間を切り裂く。ブレることなく直進した光の軌跡は、死黒鼠の三つ目のうち、二つを的確に射抜いた。
『ギュルォォッ!!』
耳をつんざく金切り音。巨体が崩れるように地へ落ちた。命中した箇所から噴水のように紫色の体液が噴き出している。
致命傷、傍目にはこれが決定打に見えた。
「倒した……の?」
キーキーと騒ぐネズミの群れを一刀両断しながら、エレノアは様子を窺う。と、ヴァンが苦い顔で舌打ちをして、
「──まだだ。テメェが煽るからだぞ!」
再び弾丸を放った。しかし、それは着弾する手前で、バチッと火花を散らして弾かれてしまう。
まだ息のある死黒鼠が尾を振り回し、叩き落したのだ。
『ギュォォ……ギュルオォォ……ッ!!』
苦し気な大音量の咆哮が轟く。鼓膜が破れてしまそうなほどの震動に、エレノアは耳を塞ぎたくなった。
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