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昇天の金 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 有終の美を飾る。

 昔からある概念だよね。勇退するにあたり、その締めくくりで勝利、得点、何かしらの目覚ましい成果を出す。そしてあと腐れなく、身を引く。

 周りにとっても、本人にとっても気持ちのよい終わり方だね。いいとこなしのままだったり、晩節を汚されまくったりするより、ずっと未練も残らないだろう。


 未練ってのはあなどれない。平気で親の因果が、子に報い、孫に報い、それ以降に報いと、信じがたいほど続いたりする。

 その逆もしかりで、いい終わりはあとあとにまで、グッドな意味で尾を引くこともあり得たりする。いかに気持ちいい終わりを迎えさせるかは、昔からの大きな課題のひとつだったみたいなんだよ。

 僕の聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 黄金のリンゴ伝説は、広い地域に知られている話のひとつだろう。

 日本は現代のように、庶民にもリンゴが大々的に広まったのは明治ごろといわれている。リンゴとの付き合いに関しては、世界全体ではペーペーなレベルかもしれない。

 一時期、和リンゴが栽培されていたものの、当時は一部の立場の人にしか満足に存在を知られていなかったという段階だったとか。

 けれども、僕の地元には黄金のリンゴにまつわる言い伝えが残っている。



 むかしむかし。

 海が大いに時化たのち、沖合に深い靄まで立ち込めた翌日。

 早朝の砂浜を、伝二郎という若者が歩いていた時のこと。

 浜には、大小の木切れがいくつも流れ着いていた。人や積み荷の姿こそなかったが、おそらくはあの大荒れの中、沖合で沈んだ船があったのではないか。

 もろともに引っ付いてきたこんぶなど、ひょっとしたら腹の足しになるかもしれない海藻などを拾い集めていく伝二郎。その砂へなかば沈みがちだったつま先が、何か硬いものを突き飛ばしたんだ。


 石にしては、砂からのぞく照り返しが強い。見間違えでなければ、その黄金色の輝きと価値は万国共通のそれだ。

 伝二郎は海藻を放り出し、かがみこんで、その輝きをしゃにむに掘り出しにかかる。

 砂はさしたる抵抗もなく、伝二郎の手へ道を譲っていき、その源を握らせてきた。


 片手に収まるほどに大きさの、金色のリンゴがそこにあったが、伝二郎はそのリンゴという存在を知らない。

 見た目には、何かしらの果実かと思ったが、爪が立たねば歯も立たず。およそ食べられるものではないと、伝二郎は思ったらしかった。

 売ればたいそうな銭になりそうだが、こうも大きい金を一度に持ち込んでは、痛くもない腹を探られる恐れもある。

 言うまでもなく、金は貴重だ。砂金でさえ、一介の民には目を見張るほど価値のあるもの。たとえ隣人相手であろうとも、露見すればおもしろくない事態を招きかねない。

 伝二郎はひとしきり金のリンゴを拭ったあとで、そそくさとそれを自分の家の床下へ放り込んだんだ。


 床下といっても、現代の床下収納庫とほぼ同じだ。

 伝二郎の家はそこを梅干しや漬物の保管に使っており、身内以外では開けることができないよう細工をしたうえで、毎年のようにこれらを製造し、蓄えていた。

 今回はそこに、金のリンゴが加わることになったんだ。

 それがもたらす違いは、ひと月もすると明らかになる。リンゴを入れる前に漬けたものと、リンゴを入れてから漬けたものでは、味がまるで違うんだ。

 リンゴを入れてからの方が、一気に風味や舌触り、味わいに至るまで何枚も格上になったかのような心地がしたのだとか。

 

 もしやと、伝二郎は自分が野菜を調理する際、わざとかのリンゴをそばに置いたり、遠ざけたりして施行したところ、思った通りの結果となる。

 リンゴがそばにあるときと、そうでないときとでは、野菜の味に明確な差が出るのだ。リンゴがかたわらに控えているときは、いかなる傷みかけであっても、その味は絶品へと早変わりしたのだとか。

 これはえらい発見だと、伝二郎は終生リンゴを大切にしたのだが、伝二郎のひ孫の代のときに被った大災害により、家はおおいに困窮したらしい。

 

 いかに食べ物の味を良くする宝であろうとも、食べ物そのものが手に入らないのでは、意味を成さない。

 ついに伝二郎の家は、その金のリンゴを商人に売り渡してしまったのだ。

 そこから人から人へ渡り、長い時を経るうち、金のリンゴの効力はほぼ忘れかけられていた。そばで飯を食う者がいなかったゆえか、あるいは偶然の賜物と思い、リンゴと結びつけて考える者が現れなかったのか。

 やがて、リンゴを美術品のひとつとして買い求めた、とある殿様のもとへたどり着くまで、リンゴの力は雌伏の時を強いられたんだ。

 

 

 殿様は珍品として手に入れたリンゴを、極力手近に置き、また飾り続けた。

 美味へ変える力は相変わらずといったところか。すでに50へ差し掛かり、食の衰えを見せ始めていた殿様だが、リンゴを購入してよりほどなく、若いころに劣らぬ食べっぷりを見せる。

 褪せていた舌に、色が戻ったようだとは、殿様本人の談。その平らげぶりに、周囲の者は安堵よりも心配の表情を浮かべることの方が多かったという。

 

 数を重ねるうちに、殿様自身も、リンゴの有無が味に与える影響を感じ取ったのだろう。

 リンゴを飾ることはやめたが、今度は自分の懐にて肌身離さず持ち歩くことにしたんだ。それがたとえ戦支度、行軍の折であったとしてもだ。

 そのときの戦は、長期の対陣が見込まれ、兵糧の支度は間に合ったものの、軍全体に節制を求める命を殿様は下したのだとか。

 

 いかなる飯を極上の味へと変じさせるリンゴの効果はてきめんで、殿様はたとえ数粒の米であろうと、天に昇るかのような心地だったという。

 しかし、ひと月以上に及ぶ、その戦の中。殿様が陣を出て動く機会があった際、どこかに潜んでいたのか。鉄砲を鎧に受けることがあったんだ。

 二発。あとで調べたところ、幸運にも弾は鎧を貫通するに至らず。鉄板中ほどで止まっていたが、一発は殿様がリンゴを抱えもつ懐近辺をかすめていたんだ。

 その時に伝わった衝撃ゆえか、リンゴの金の肌の一部がはげてしまったらしい。それは全体からしてみれば、気のせいと片付けられなくもない、小さなものではあったのだが。

 

 戦が終わって半年のうちに。金のリンゴの効力はすっかり落ちきってしまっていた。

 これまで以上に、飯のまずさに気を病むようになった殿様は、これまでの生活の疲れもあってか、床に伏せる機会が増えてしまったというんだ。

 自分の子供たちには前々より、リンゴの存在と、おそらくもたらされる効果のことは伝えていたものの、いざ目の前に出されたリンゴの金は本来の半分の領域程度になっている。

 残り半分は、それこそ錆びた鉄を思わせる赤茶けた鉱物の側面をさらし、じかに触れるのもはばかられるような、汚らしい色彩を放っている。

 

 自分が亡くなるときは、これもまた一緒に埋めてくれ。

 遺言に従い、子供たちは父を弔う際に、この金のリンゴをともに棺の中へ入れ、荼毘に付したんだ。

 しかし、そのとむらいの火がいよいよ高く、強く天へと伸びたとき。

 赤い炎のてっぺんから、金色の細かい粒らしきものが立ち上っていくのを、参列者一同は見た。

 わずかな途切れも見せず、昇り続けるその姿は蛇、いやむしろ竜の方が似つかわしく思えたとか。居合わせた誰もが、その景色から目を離せないきらめきを、粒たちは帯びていたらしい。

 長々と続いた金の昇天が途切れると、ほどなく火は消えてしまったが、そこには殿様の遺骨も、金のリンゴもすっかりなくなっていたというのだよ。

 

 これがリンゴのもたらした、特別な最期ではなかろうかと、噂する声もあったのだとか。


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