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完全変態していく俺の話。  作者: 塩風 鈴華
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届かない壁は一生築き、上げられる

 一度高校に赴いてから二日後、やっと正式に新・丹生露として通うことができる。くゞりふじ東高等学校と彫られた正門が俺を出迎えてくれる。わざわざ定期券が組み込まれたICカードを買い替え、柔らかいプラスチック製のバネのような紐でリュックに引っ提げている。それは通学路を歩くたびに揺れ、存在を示してくれる。

 今日は生徒用の玄関から入る。自分の下駄箱に入っている一回りも二回りも大きい上靴を持参した靴袋に仕舞って新たな靴を目の前に置く。

 履いていたはずの靴を片手で持つといつもより重みがかかってくる。いつも持っているダンベルよりは軽いはずだが靴というカテゴリー内では重いほうだ。

 南側と北側に階段は存在するが、登ってすぐ教室に到着する遠い北階段に足を乗せて歩む。一段ずつのそのそと歩いて向かうは三階の教室の二年六組。廊下と教室を分ける正方形の窓は露の頭頂部しか通してくれない。

 三度ノックすると端咲先生が顔を出し、入ってこいと手を招く。もっと乱暴に指示されると思っていた。

 二日前のあの件から彼女は俺に多少なりとも憎悪に類するもの、相当するものを抱いているのではないかと思っている。元々、日によって機嫌の悪さの起伏が激しい端咲だがなんだか今日はよりにもよって口角が一ミリぐらい浮いている。

 何か良いことでもあったのだろうか。いや、聞かないほうがいい、逆に聞いたせいで逆鱗に触れるかもしれない。一度機嫌を損ねたら一日中機嫌が悪くなるのである。逆鱗に触れた者が咎められるのは言うまでもない。

 露が黒板の方から教室に入るとクラスメート全員が息を呑んで、皆が露の顔に視線を吸い込まれる。刹那の凪は小鳥のさえずりや用務員のくしゃみまでもを引き立たせてしまう。

「この度くゞりふじ東高等学校に女子生徒として通うことになった、丹生露だ。よろしく。」

「丹生さんはご病気で女性となってしまいました。が、丹生さんが自体が変わったわけではないのでこれからもクラスの一員として仲良くしてください。」

 一呼吸置いた後、驚愕の声でクラス内が震撼する。クラスまるまる三十七人のそれは露の鼓膜を貫き振動させる。すぐに耳を塞いだがそんなものはもろともせず、露の脳に届いた。

「嘘だぁ、本当にあの丹生⁉︎」

「前から女っぽい名前だと思ってたけど、本当になっちゃうなんて……。」

「ちんまい。」

 言うな、俺だって多少なりとも気にしてる。男だった時もコート内で戦えるギリギリで身長のことでいつも焦っていたのは否定できない。今は一つの船から降りることができたことにホッとしてる。

 このままぼうっと立っているわけにもいかず、この前に移った一番後ろの窓側から三列目の席に座る。右隣には数度しか話したことのない女子、左には一年の頃から交流があり普通に話せる男子がいる。右が佐蔵(さくら)(もみじ)で、左が舟辺(ふなべ)美佑(みゆ)である。

「お前、本当に露なのかよ?」

「もちろんだ、格好つけようとして失敗して一年間女子から引かれた舟辺美佑くん。あれは今でもゾッとする、俺が唆したのも悪いけどバラ咥えて登場はあり得ない。ベタすぎる、ベタべタだね。今すぐにでも手を洗いたい。」

「わっそこまで言わなくてもいいだろ。まぁそれを聞いて信じないわけじゃないし。」

 それならよかった。流石にこれから友人関係が0からスタートするのは会話デッキの少ない俺じゃハードルが高すぎる。

 今日は何か特別な授業もなく、座学だったため久しぶりの授業に戸惑いつつ昼休みまで乗りくることができた。この一文で片付くほどには。言っても、俺の存在にどの教科担任も多少驚いていた、ぐらいである。

 異物の俺に話しかけてくる奴なんていない。そもそも、急に来た女が一週間ちょっと前に休んだクラスメートです、だなんて信じられるわけない。

 影が薄いというか印象がない俺が彼ら彼女らにこの場で俺が丹生露だと言う証明は一向にできない。そもそもの話、別に証明する必要などないのだが。

「ねぇねぇ、露ちゃん。一緒にご飯食べない?」

「えぇ、ああ……うん。」

 つい、肯定してしまった。いつもは人のいない場所で一人食べるのが主流であった。始業中、一切話しかけられないこともしばしばあったし、あるとしても提出物みたいな用事の時ぐらいだ。

 話すことになったのは伏見(ふすみ)笹森ささもりの二人だ。

 伏見律奈(りつな)は女子バレー部に所属していて、ショートカットの髪型と180cmの高身長が特徴である。以前の俺よりも高い身長であるため身近な女子に負けるという点で少なからずイライラしている。嫌だ。

 もう一人は俺を誘ってきた笹森愛海(あみ)。ボブカットで染めた茶髪と毛元の染まってない黒髪のプリン頭の彼女は伏見と違って部活動に所属しておらず、そうは言ってもこだわった趣味もない。

 笹森はどちらかというと俺に近い人間だと思うが明確な相違点がある。コミュニケーション能力とか明るいところとか、健全な高校生らしいところとか……。あれ、そう考えると逆に俺とは正反対に思えてくる。嫌だ。

「丹生くん、なんだよね?」

 俺の全身をまじまじと眺めながら伏見は疑いの声を上げる。

「ああ、俺も信じたくないけど。」

「部活は?」

「バレーボール自体はやめたよ。」

 その瞬間、伏見の箸から弁当に入っていた唐揚げを落ちる。

「なんで⁉︎丹生くんは確かに熱くなるタイプじゃないと思ってるけど、バレーボールが好きなのは変わらないはずだよね!」

 笹森は大きな音を立てて箸を置き俺の肩を前後に振らせる。予知のできない彼女の行動のせいで首が赤べこのように揺れる。

「ちょ、ちょ、ちょ、そんなに揺らさないであげなよ。」

 笹森が二人の惨事を止めるべく胸を押して仲裁する。露は脳の揺れを必死に抑え、こめかみの辺りに手を当てる。

「話は最後まで聞けよ。俺は別にバレーボールを辞めるからといってもバレー部自体を辞めるとは言ってないだろう。」

「へ?」

「は?」

 二人は首をシンクロさせるように傾げ、頭上では立体のクエスチョンマークが回転している。

「俺は男子バレー部のマネージャーをすることにした。」

「え、ああ、うん……でも!」

「ああ、それでも君は納得しないだろう。君は俺と気持ちはわかってくれないと思う。君は俺よりバレーボールの快感を知っているが、俺はその分バレーボールの苦痛を知っている。」

「俺のブロックはスパイカーに届かないし、レシーブは吹っ飛ばされるしサーブはカゲロウみたいに弱っちい。俺よりも採用されるべき一年生もいるし、俺よりもポテンシャルがある後輩もたくさんいる。」

 俺の言葉の重圧が肩にのしかかった伏見は机に乗せた腕を震わせ俯いたまま動かない。

「知ってる。そ……そういう子は何人も見てきたから、あたしもそれは知ってる。あの子達にとって私は加害者だからさ、私が辞めさせたり嫌厭させてるのもわかってる。」

 泣きそうとまではいないが、完全に落ち込んでる彼女の顔は完全に枯れた花に相当するもので露の胸を刺す。

 でも嫉妬して嫌になるという立場は俺も同じ。伏見に同情するわけにはいかない、同情なんてしたら姑息なコウモリと同じである。

「今が辞め時なんだよ、俺には。……そりゃあ未練はあるし、ここで終わりって思うと試合前と同じように足が竦む。終わりたくないって思うよ。」

「じゃあ私と……。」

「ダメだ。それは違う、一緒に練習してきた期間が違うって言うのもあるけどぽっと出のやつが首を突っ込んでいいものではないと思う。」

 男子バレー部と比べて女子バレー部はそもそもあまり好成績ではない。伏見自身にはちゃんと才能も技術もあるが他のメンバーがそれについていくことができていないのである。そのせいで現状、メンバーの多くはサボっていて試合に出るのもギリギリ、顧問もそれに目を瞑っているのだから腹が立つ。俺よりも上手いはずなのに、上に登る資格があるのに仕方がないで済ませられない理由で突破口を塞がれるのは余計苛立つ。

 顧問も顧問である。そりゃあ気の弱そうなおじちゃん先生だが通す筋というものがあるだろうが……いやこんなこと考えていても仕方がないか。

「男バレの活動がない日なら球出しとかボール拾いの雑用をする程度ならいいけど。練習には首も口も出すつもりはないからな。」

 俺には厄介なことにどうにも困っている人間を中途半端にも助けようとしてしまうところがある。嫌だ。

「よかったね、つなちゃん。」

 伏見は口にものを入れたまま頷く。

「露ちゃんも素直じゃないよね、なんか……ツンデレ?」

「オイオイ、俺はそんなもんじゃない。というか『ちゃん』付けはやめろ。苗字か名前、後ろにゃ『くん』か『さん』、それが嫌なら何もつけなくていいから。」

 笹森は一瞬、爆弾の処理に失敗したような顔をしたがすぐにいつもの笑顔に戻る。

「そ、そっかそっか、やっぱり嫌だよね。ごめん、そういえば露くんは男の子だったもんね。いや〜慣れないなぁ。」

 こういうところは俺に似ている。自分を見てるようで嫌になる。

「今日は男バレの方があるから行けない。」

 無事、伏見との会話は収束し、笹森ともしっかり話せたと思う(主観)。放課後の憂鬱に悩みながらも次の古典では徐々に眠気に誘われていった。


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