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完全変態していく俺の話。  作者: 塩風 鈴華
2/9

不完全変態の証拠

 夕食を食べながら話し合い、その後姉が調べたところ日本にも一件だけ染色体性性転換症を取り扱っている病院があるそうだ。その名は伊南墨大学病院。幸い、明日は研究を取り行っている男がいるそうなので始業時間のすぐ後に滑り込むつもりだ。

「その前にまず、服……よねぇ」

 露がダボダボで余った部分を洗濯バサミで留めた寝巻きを上から下までしげしげと観察する結は頭を掻きながら呟く。服を買うにも買いに行く服がなく、おまけに今の露は結に比べいろいろな部分が小さいので基本的なお下がりは着用できない。

「一旦脱いで、私が中学生の頃のやつなら合うはずだから。……うおっ女の子になっても筋肉すごいな、はは。」

 そう言われ素直に全裸になると唯一の従兄弟としての名残である割れた腹筋が露出する。安堵したというか、昨日まで男子バレー部でコツコツ作ってきた努力の結晶は残っているようで安心させてくれる。白くなった柔らかい肌と日常においての必要以上である筋肉からは日々口にしているサラダチキンを連想してしまう。

 筋肉の存在にホッとしながら脱いだ服の大きさに肩を落としてしまう。

「ほれ、持ってきたぞ。とりあえずこれ、下着ね。」

「お、おう。」

 そう言って渡されたのは灰色のぴっちりとしたスポーツブラジャーだ。伸縮性のあるタイプを選べば俺に合うものがあると思ったのだろう。

「何? 顔赤くしちゃって……やっぱり思春期の男には刺激が強すぎたかなぁ〜?」

 今更だが自分のものであるが俺は今、同年代の女子の全裸を目の当たりにしている。姉の言う通りその石膏で出来た彫刻のような体は丹生露は見たことがない。あるとしても銭湯で父親と一緒に入ってきた幼女がたまたま目に入ったぐらいである。俺からしてその曲線美は未知未知(体自体は引き締まっているためムチムチでもミチミチでもない)であるので深いことは言えない。

「ゴホン……まあ良かった、露に合うのが見つかって。私のお古になっちゃうけど、明日は何着てく?ワンピース?それともスカートとTシャツで分かれてた方が……。」

 姉はどうやら妹に変貌した俺の姿をすこぶる気に入っているらしい。まあ、デザイナーを目指していた時期もあったのでこの熱の名残りなのかもしれない。

 しかし落ち着かない。ぴっちりと張り付く下着は局部とその周辺しか覆っておらず、ごく僅かでしかない胸の膨らみも強調されてほぼ全裸のようにしか思えない。幸い、女子の体というのも慣れていないからか他人事としか脳は判断できないので全裸に恥じらうこともない、というか気力が湧かない。

「俺、バレーボールできないのか。」

 俺は小学生の頃から今までバレーボールをやってきた。元々172センチと背の低い方だったが今はさらに低くなっている。多分160センチあったらいいなぐらいだ。こんな身長では女子バレー部でもスパイカーにはなれなさそうで、特別レシーブが上手いわけではないからリベロ(レシーブの専門職のようなもの)も無理そうだ。そもそも推薦に落ちて一般入試でこの学校の門の通過を許された身としてユニフォームを受け取れる時点で万々歳だろう。

 ふと露はハンガーにかかっているユニフォームに目を移す。_12_と、デカデカとゴシック体で書かれたそれからは最後の大会で「お前はベンチでしかもただ残された一人だ。」と目に焼きついたチームのメンバーから哀れまれている図を思い出してしまう。

 今のユニフォームを背負える_12_人のうち二、三人は推薦でこの前入ってきたばかりの一年生であり、一年の中には他にも有力な選手は山ほどいて俺がナンバーを背負えたのも監督の気まぐれか慈悲でしかないと思う。

 これはいい機会なのかもしれない。神とか運命とかそういう人知を越える何かが与えてくれた泥臭く這いつくばって牙を剥くなんてことやめるチャンスなのかもしれない。

「ねえ、聞いてる?」

「うん、とりあえずそれでいいよ。明日は。」

 姉がコーディネートした白のトップスとブラウンのスカート。今はそれよりも肝心なことで頭がいっぱいで気にしてる余裕なんてなかった。 

「あぁ、あんな軽く了承なんてしなけりゃ良かった。」

 と今、完全に後悔している。トップスの袖はフリフリしてて、服を着たはいいものの——

「——股間が心許ない。何か履くものはないか?」

「一端のJKが股間なんて言うんじゃないよ。」

「一端って……。」

 自慢ではないが俺——丹生露には親しい友がいない。普段話すような仲の同級生はいても文化祭になると一緒に回る人がいない。昼休みに飯を食う同性がいない。帰りに手を繋いで帰る異性がいない。断言できる自信がある。

 波乱万丈が嫌だから、波立つ日常に価値を求めてないから。内輪揉めは嫌いだから、社会の縮図と言われる学校という空間で特別な仲である人間はいない。

「先に病院には連絡入れてるよ。大体の到着時刻も伝えてあるから、早く行くわよ。」

「あ、ああ。」

 外に出るとより自分の変化に嫌でも気付かされる。人の背が大きく感じ少し怖い。何より以前は電車の吊り革に捕まることなど造作もなかったのだが、今じゃ指に引っ掛けるのもやっとである。

「ふふっ可愛くなっちゃって。」

 腕をプルプルと震わせている露を見て結はニヤニヤと笑っている。

 俺と違って姉は女性にしては身長のある178cmなので健気な中坊でも見ている気分なのだろう。本当にいい趣味してる。

 伊南墨大学病院は丹生家の最寄駅(徒歩十分ぐらい)から四駅ほど離れており、駅を降りてすぐのバス停で十五分ほど揺られて到着する。今日乗った電車は区間快速であるため気持ち早めに降りられるだろう。

 あっという間に

「ねえ、女の子になってどう? まだ気持ちの整理ついてない?」

「正直、まだどうも。……外歩いてて服の違和感とか目の位置が低いとかちゃんと歩いてるはずなのに進まないとかあるけど今の所怒りが湧くほどの不便さはないよ。」

「まあ、まだ序の口よ。これから苛立つことになると……バス、きたわよ。」

 露は結の言葉に頭上にクエスチョンマークを浮かべながら乗車口付近に取り付けられた装置にICカードをかざし一段上がって、後ろの方の席の窓側に座る。 窓に映った自分の顔を見たことで改めて自分が変わっってしまったと理解する、せざるを得ない。

「さっき、女の子になって変わったことを聞いたよな。」

「うん、何か思い出した?」

「ああ。」

 今、どうでもいいことを思い出した。一昨日まであったはずのもの(もろちん、男たらしめる器官のことではない。)がないのである。左頬の裏側にあったはずの口内炎。本来、二週間ほどで消えると言われているそれだが今回女子になった上で五日という短期間で消え失せた。いつもは口の中で転がしているため(度々やってしまうため癖となりつつある。)常人より完治が遅いわけだが、怪我の功名というべきかなんというか……。

「そんなことか……シモの代わりに口内炎って。まあ、何もよくならないよりマシだよね。」

『次は〜伊南墨大学病院前〜。次は〜伊南墨大学病院前〜』

 この伊南墨大学病院、本来なら紹介されないと受診できないのだが‘‘論文の助力’’という名目を兼ねることで直接向かうことが出来た。担当医曰く「こちらは時間との勝負なので紹介を受けなくていい。」らしい。悪用されたらと思うところはあるが、この病自体の認知度が低すぎるので疑いはしていないらしい。まあ、戸籍の話になった瞬間に全部バレるらしいが。

「丹生露さま、丹生結さま、お待ちしてました。」

 ロビーで話を通すとすぐにとある診療室にすぐさま案内される。そこには首元がヨレヨレの黒い_T_シャツの上に白衣を着た男と一人の看護師がいた。

「丹生露さんだね。」

「はい、丹生露です。今回は早急に受け入れていただきありがとうございます。」

 一礼すると、担当医——津摘(つづみ)さんが待機している看護師に指示を出し、何かが乗ったハリ皿を持って来させている。

「まずは露さんと結さんから採血するから。国から特例でね、DNA鑑定の結果一定以上の一致があれば戸籍の変更を許可されるから……。」

 多分嘘をついていないかと言う意味が込められているのだろう。

「それで、染色体性性転換症のことだけど、どこまで知ってる?」

「原理と原因ぐらいはインターネットで調べてます。あと男性しか発症しないぐらいですかね。俺も姉も深掘りしてないですし、そもそもネットに埋まってた情報なので詳しく話してくれると嬉しいです。」

「じゃあ、血液取ったら話すから。」

 

 

「じゃあ、俺の発症で結構な研究の進歩が期待できるんですか。」

「まあ昨日だし、まだまだ若いからな。質問は済んだか?」

 説明は概ねネットのことと一緒だった。閲覧したのが偶然津摘先生の論文でよかった。彼がアメリカで研究していた頃のものということもあって英語での記述だったが理解のずれが少なくて安心できた。

「こっちからも質問させてもらう。変化してから成長痛みたいのはあった?」

「なかったです。風邪症状もなかったですし、目覚めもよかったです。」

「そうか、女性に変わって心境でも身体でもなんでもいいから変わったところはあるか?」

 こんなふうに何問も詰められた。これは多分、診察じゃなくて研究の一環なのだろう。さっきとは違って格段に気迫が凄い、まあ死んだように濁った目は変わっていないが。

 俺が返答するたびに伊南墨大学病院と側面に書かれた青のボールペンで手元にある紙に色々と書き込んでいく。

「ああ、あとこれは関係あるかわからないのですが……。」

「なんでもいい、引っかかることがあるならさっさと言え。」

「男の時まであった口内炎が女になってから消えたんです。それこそ跡形もなく。」

 津摘の眉がピクリと動く。彼はガキの言い訳を聞くようなめんどくささを全面に押し出した顔をして首を鳴らす。

「それはたまたまじゃなくて?」

「はい、いつもなら十数日かかるところが五日で治ったんです。あと一回頭割って縫ったところがあるんですけど、痕になってたんですけど綺麗さっぱり消えてました。」

「わかった、ありがとう。最後に口内炎のところの細胞と縫った痕にあった皮膚の薄皮を採取するけどいいかな。」

 無言で頷く今日はこれで終わった。今日のところは帰って、毎日通院することになった。戸籍とか身体能力等の実験も行っていきたいそうだ。

「それ、もう女の子になったんだしやめたら? せっかくかわいいのに。」

 結は俺が青色のハンドグリップをギュッギュと握っているのを見てそう言う。

「それはダメだ。それだけはダメなんだ。別に姉ちゃんの着せ替え人形になってもいいし、女に必要なものやことは甘んじて受け入れる。でもこれはダメなんだ。」

「そう、そこまで言うならわかったわ。」

 バスの揺れに首や肩、腰までもが動く。

 いつもよりハンドグリップを手を振るわせながら縮めることに露はナメクジぐらいの寂寥感を背骨を伝わせていくのだった。


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