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完全変態していく俺の話。  作者: 塩風 鈴華
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俺は俺であって俺以外の何者でもない

「うわぁぁぁぁ!」

 人生でここまでの大声を出したと思う。

 丹生(にぶ)(つゆ)、高校二年生六月中旬。たまたま部活の朝練が無かった朝に起きるとこれまでの十六年とは明らかに変化していた。

「俺の逸物がねぇ!」

 かなり自信のあった漢の象徴は完全に消え失せていたのである。そういえば頭が少し重いし寝巻きの袖も長い。

「おい露! うるさいぞ、朝ぐらい優雅に過ごさせろって……誰だよお前?」

「はぁ? 俺は露だよ、丹生露。丹生(ゆう)の弟!」

 露の姉である丹生結は救難信号を聞いて彼の顔を覗き込む。

「似てるわね。」

「誰に?」

「おばあちゃんよ。母さんの方のおばあちゃんの若い時の写真が正にあなたそっくりなのよね。信じましょう、嘘をついているとしても露の姿が見えない以上あなたが露であるとするしかないのよ。」

 まだ結は警戒を解いていないようで他人行儀な態度を突き通している。それは弟相手には気持ち悪いし怖い。本当に俺が露なのかも怪しく思える。

「とりあえず、今日は学校を休みなさい。深いことは仕事が終わってからにしましょう。」

「あ、ああ……。わかった。俺はちょっと寝てるよ。」

「そう。」

 結の冷徹な一言に心が挫けそうになりながらも、もう一度床に着いて瞼を閉じた。

「夢で、夢であってくれよ……。」

 腹が減っても食える気がしない。あるはずのない満腹感が心を覆い尽くして離れないのである。

 

 

 目を覚ますと下の方がやはり騒がしい。

 結は今は亡き父母の店を継ぎ、美容室を続けている。駅の近くに店舗を構えており一階を美容室に二階を自宅になっていて今はあまり人がいないとかどんな会話をしているのかとかも筒抜けだ。営業時間は09:00から19:00となっていて、評判も悪くないので食っていけてる。今は昼休みだろうからこの声は従業員の談笑だろう。

「腹が減っても食べる気力が起きない。なんか適当に食べるか。」

 部屋を出て適当に冷蔵庫を漁る。

 当然、調理なんてしたくないから生野菜でも食べよう。トマト、元の俺の拳ぐらいのトマトを見つける。宇宙一受けたい授業という番組でも病気の予防等で度々トマトに含まれるリコピンが良いと言われるほどだ。

「いただきます。」

 無事に食べ終え、リビングに置いたままにしてあるスマートフォンを手に取る。

 よかった、指紋認証は反応してくれた。指紋が反応してくれたのは期待できる。というのも、指紋が反応してくれれば髪の毛におけるDNA検査や血液検査で姉との適合率にも期待ができる。

 露は数少ない語彙力を基に頭を捻らせ、検索エンジンで【高校生 女になった】とあからさまなワードを引っ掛ける。三回ほどスクロールするとちょうど当てはまりそうなサイトが見つかる。

 染色体性性転換症。世界的にも珍しく十数件しか症例がなく日本でも一人しか症例が上がっていない。真相の大半が漆黒のベールで包まれている状態だ。

 わかっていることは大きく分けて二つ、原因と原理だ。もちろん病気にだってルールはある。その病気の原因はとある寄生虫の寄生だそうだ。

 寄生虫自体に害はないらしいが体内に異物が入ったことによる発熱で死滅し、その死骸が分泌する液体がなんやかんやあって男性ホルモンと女性ホルモンのバランスを変化させ、細胞核内のY染色体をX染色体に変化させる(厳密には変化ではないらしい。)ことで代謝が急激に促進され一晩で女性になってしまうらしい。ちなみに性別が戻った例は一つたりともない。

 というのもほぼ別人に変化するということもあり確認された例の半分は死後に発覚している。アジアのスラムやアフリカの民族では本人の証明は難しく、発見され次第輪から除外されるのが大半なのだそう。

 村八分ならまだマシ、不審者認定されては完全に消滅する村十分に向かっていく。そう思うと俺が幸運だったとしか思えない。

 そもそもY染色体が変化する以上この病気は男にしか起こらない。男にしか感染しないという点ではある意味男しかできないことなので男らしいと言える。

「はぁ……。」

 調べれば調べるほど、自分を慰めれば慰めるほど虚しく思えてくる。

 調べたサイトの多くが英語の論文であったため、機械を通して翻訳しても概要を把握するにも多少の時間を有するようでもう18:00となってしまった。

 再度キッチンへ向かう。トマト一個じゃ腹が保つわけもなく腹の虫が唸っている。今日は先日スーパーで買った豚肉を使って生姜焼きを作ることにする。

 まずは米を研ぎ、味噌汁の具材を切って小鍋に入れる。フライパンを温めている間にキャベツ、トマトときゅうりを切って盛り付ける。

 チューブに入っている生姜ペーストと醤油、酒、みりんを調合し混ぜるとこれでタレの完成だ。豚肉に片栗粉をまぶして熱したフライパンにいれ、焼き色が着いてきたなぁと思ったらタレをかけてひっくり返す。火を消して後は盛り付けるだけだ。

 玄関の廊下に灯りが灯るのをドア越しに確認するとエプロンを取りながらリビングと玄関までの廊下を繋げる扉を開ける。

「おかえり。ご飯できてるよ。」

「あ、うん。着替えたら行く。」

 結は何事もないように返事をしながら驚いたような顔を飲み込んだ結は自身の自室に戻り(戻ると言っても自室は廊下に存在してるのだが)、着替えること数分で食卓に現れた。

「「いただきます。」」

 生姜焼きを口にした姉は味に驚いたのか目を丸くしたまま固まって動かない。

「同じだ。いつも食べてるのと同じ味だ。」

「うん。毎日夕飯は作ってるからね。今日はいつもより時間があったから、だしもちゃんと取れたんだよ。」

「わかった。私、あなたが露って信じるわ。」

 そんなものでいいのだろうか。でもよかった、やっと信じてくれた。

 張り詰めた糸が緩んだのか切れたのか口が震えて視界がぼやける。

「泣かないでよ、私が悪いみたいじゃん。」

「だって、だってぇ〜。」

 今日、丹生露は信頼の温かさを実感した。あったかい出汁の匂いのする味噌味のそれはしっかりと包んでくれている。

「それで午後になってからこのことについて調べたんだけど……。」

 これは俺がおれであるための話、姿が変わって人からの認知が変わってもなお一切揺るがない丹生露の話だ。


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