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妖精の手記帳

作者: ぜいろ
掲載日:2022/08/01

まだ残雪が所々に見られるある日、私の世界は突然ガラスが曇るように霧がかかってしまった。お母さんにも、お父さんにも、皆から言われていたこと。


「人間には捕まるな。そうすればきっと酷い目にあってしまうから」


私はいつまでも子供で、そんな話ある訳ないと思っていた。人間なんてきっと大人たちが生み出した幻想で、子供達を脅かすための冗談なんだ、って。


子供ながらにそんなことを考えていた。


でも現実はもっと残酷で、終わりを迎えるためのカウントダウンなんてものは準備されていなかった。





〇月〇日

人間に捕まった。森の中の棲家をこっそり抜け出して外の世界を見に行こうとした。大きな手に突然覆われて、気が付けば小さな箱の中に閉じ込められた。


×月×日

きっと酷いことをされるんだろうと思っていた。だから背中の羽はそっと隠して、箱の中の小さな家にずっと閉じこもった。人間は何故か、食べ物をくれた。家で食べていたような新鮮な木の実じゃないけど、お腹がすいて死ぬよりはマシだと思った。


△月△日

箱の中から見える外の景色は、変わり映えの無い風景だった。時々人が通ることはあるけど、食べ物を置いてくれる人間以外は私の事を好奇の目で見ていた。その目がたまらなく嫌で、私はますます閉じこもった。


□月□日

いつも食べ物をくれる人間が、私の居る箱の前で泣いている。もうずっとそのままだ。もっと大きな部屋の外から、何人もの人の声が聞こえる。でもその声は、私にも分かるくらい思いやりのない声だった。





「……寂しいな」




私の目の前で泣いていた男の子は、俯いたままそう言った。良いじゃないあなたは。こんなに狭い所に閉じ込められている私の身にもなってよ。私だって寂しいの。お母さんもきっと心配してる。帰りたい、皆の所へ。安心して、眠りたい。




☆月☆日

人間はドアを開けていた。取り繕ったような、貼り付けたような笑顔で何かを話しているのが箱の中からでも見えた。でも、羨ましかった。話し相手も居ないこんな箱の中じゃ、喧嘩することだって出来ないのよ?


♡月♡日

人間が突然私の居る箱の方に近づいてきた。油断していたけど、人間が酷い生き物だってことを忘れてたみたい。私は少し遅れて閉じこもった。音がしなくなったから、ゆっくりドアを開けて覗いたら、そこには紙と大きなペンが置かれていた。





「君と、お話ししたいな」




だったら出して欲しい。そうしたら、いくらでも話してあげるわ。ここに閉じ込めていることなんて全部許してあげるから、自由にさせて欲しい。




でも、私は気がついたらペンを取っていた。人間と妖精でも使う言葉は同じなのね。でもどうしましょう、私文字を書いた経験なんてそんなに無いのに……。


人間の書いたものと見比べても分かるくらい不器用な字が出来上がった。書きづらいのよ、あのペン。そりゃあ人間にとっては小さいでしょうけど、私にとったら体と同じくらいあるんだから。ああもう、疲れたわ。




私が眠りに落ちそうな時、箱の蓋が開いてその人間紙を取りだした。なぜか知らないけど、人間は笑っているみたいだった。そんなにおかしいことでも書いたかしら?失礼な人間ね。



「元気そうで良かったぁ」


人間は混じり気の無い笑顔でそう言った。何よ、私に対しては貼り付けた笑顔を向けないのね。気味が悪いわ。いっその事酷いことをしてくれた方が楽になれるのに。そんな笑顔を向けられたら、期待してしまうじゃない。









2月17日

私がここに来てどれくらい経ったかは分からない。でも、箱の中に届くくらいの寒さが私にまだ冬が明けていないことを確かに伝えていた。男の子は依然として、私以外の前では作ったハリボテの笑顔を向けている。


男の子は毎晩寝る前に私に今日あった出来事を話すのが日課になっていた。言葉は分かるけれど、直接話をする気になんてなれなかった。結局私は捕まっているんだもの。心の底から元気になんてなれるはずもないわ。



2月20日

男の子はボロボロの姿で部屋に帰ってきた。ドアを閉めてうずくまるようにして泣いている。きっと私を捕まえたことのバチが当たったのね。清々しい気分だわ。


でも、近くで泣くのはやめてくれないかしら。私だって声をあげて泣いた日もあったけど、あなたは助けてくれなかったじゃない。



2月21日

男の子は部屋から出ていかなかった。自分の布団に籠って、ドアの外から聞こえてくる怒鳴り声から逃げるようにしてずっと動かなかった。あなたに何があったの?そう聞きたくても、男の子は私の前に姿を見せてくれることは無かった。


それでも、私に食べ物はくれた。いつの間に置いたのか、私にも気づかれないようにそっと。自分が辛い時に私のことを気にかけてくれるのはなんで?私を捕まえて酷いことをしようとするのが人間なんじゃないの?



2月22日

恐ろしい形相をした大きな人間達は、無理矢理男の子の部屋へと押し入ってきた。何を言っているのか分からないほどの怒声だけがひたすら部屋に響いていて、私は怖くて隠れていた。


男の子は布団から追い出され、泣きながら外へと連れていかれていった。顔には紫色の痣ができていて、なんだか、痛々しかった。



2月25日

お腹がすいた。あの男の子はもう、3日も部屋に戻ってきていない。私の事、忘れちゃったのかしら。そうよね、人間にとって私達は所詮そんな扱いだものね。分かっていたわ、最初から。









ドタドタと、箱の中からでも分かるほどの大きな足音が聞こえた。お腹がすきすぎて力も入らない私は、その音の方を見ることも出来ない。


そんな私の体をゆっくりと持ち上げる大きな手。私の口に運ばれた、優しい自然の味。いつの間にか私の頬には涙が伝っていた。


その涙を拭うように、大きな指が私の頬をゆっくりと撫でる。暖かくて優しいその指は、私の心の隙間を埋めていくように寄り添っていた。






2月26日

彼は少しの間私を外に連れ出してくれた。とは言っても、普段の箱から彼の部屋に出ただけだったけど。でも、久しぶりに羽を伸ばした。そこら中を飛び回っているのを、彼は優しい目で見つめていた。


2月27日

彼、絵を描くのが好きみたい。わざわざ私の居る箱の前で熱心に何かを書いているの。私も箱に張り付いてその様子を見ていたけれど、何を書いているのか分からなかったわ。


完成した絵を彼は自信満々に見せてくれたわ。でも何よこれ、何を描きたかったのか全然分からないわ。私と同じように羽が生えているのは分かるわね。



2月28日

彼は憂鬱そうな顔で何かを書いていた。あんなに絵を描いている時は嬉しそうにしていたのに、どうしてそんな顔をするの?嫌なこと、苦しいことならやめてしまえばいいじゃない。


時々部屋の扉が開いて、大きい人間が顔を覗かせていたわ。その目は今でも覚えてる。ああ、彼はきっとあの人間に怯えているのね。



3月1日

彼はまた、机に向かっている。感情のない空虚な表情が、彼の心の内を物語っているようだった。扉の外からは嫌に甲高い女の声が聞こえる。その声が聞こえる度に、彼は体をビクッと反応させて扉の方をチラチラと見ていた。


箱の中にいる私よりも、窮屈そうな顔をしているのね。あなたにとってはさしずめこの部屋が箱ってとこかしら。でも私はあなたに恐怖なんて抱いていないわ。少なくとも今は……。



3月10日

あれから彼は、満足に外にも出ずにずっと部屋に籠っていた。積み上げられていく紙の量が、彼の行為の時間の長さを私に伝えていた。あの女の人間が部屋を除く回数も増えたようで、彼の顔からは少しの笑顔も消えていた。私に対しても、もう笑顔を向ける余裕なんて無いみたいだった。


構って貰えないことが、これだけ寂しいことなんて思わなかった。ねえ、あなたがやってる事ってそんなに大事なの?あの時、私を捕まえた手はそれでも優しく私のことを抱きしめていたのよ?






ああ、あなたって、きっと「孤独」なのね。


箱の中にいる私よりも、ずっと孤独。


周りに居る人にすら愛情を向けて貰えずに、それでも一人で生きてたのね。


「寂しい」なんて言葉、漏らすように言ったのはそういう訳なのね。




でも、きっと私じゃあなたに寄り添えないわ。妖精だもの。他の人が見れば、私のことを純粋な目では見てくれない。自分でわかってるもの。かつて私が人間のことをそうやった「偏見」で見ていたから。









3月18日

彼は、もう机に向かっていなかった。その代わり、私を箱の外に連れ出して何やら熱心に本を見てくれた。そこに書いてあったのは、世界の不思議なお話。妖精なんて幻想だって言う人達が居る中で、彼だけはその存在を知っている。その時の彼は、何にも縛られていない笑顔を私に向けてくれた。



3月19日

彼はあの女の人間に連れられて、どこかへ行ってしまった。でも、前みたいにいきなり居なくなるのではなく、私に前もってその事を教えてくれた。



「ごめんね、また君に会えなくなっちゃう。寂しいのは、嫌だよね……」



そう言って彼は、私の居る箱の中に小さなくまのぬいぐるみを置いていった。それは布同士が上手く縫い合わされていない不器用なもので、それでも心なんて無いぬいぐるみに温度を感じた。



「はやく、帰ってきてよ……」



ああ、私は彼よりもずっと弱い。少しだって言ってるんだから、それくらい待ちなさいよ私。誰も居なくなった部屋に、あなたの事を探してしまうじゃない。





嫌なことを嫌だって言えずに、辛くても泣いてる姿を他の人には見せられない。いや、泣いていてもきっと誰も頭を撫でてくれない。そんな心の弱い男の子。でも彼は、本当は誰よりも優しくて、私の心の拠り所だった。





ふと、箱の上の方に隙間が開いているのに気が付いた。普段だったら彼はしっかり閉めていくはずなのに。私は興味本位で羽を広げて、その隙間から自分の体を通して外に出る。


ずっと箱の中から見ていた彼の部屋。私には大きすぎるくらいの彼にとっての「箱」。私のなんかより、彼にとってはもっと窮屈なものなんでしょうね。


窓際から涼しい風が私の体に吹きつける。窓が、開いている。私の体なら通れるくらいの、隙間が目に飛び込んできた。彼は居ない。少しの間帰らないと言った。今その窓に飛び込めば、私はきっと箱から出ていける……。

















「ただいま」


彼はまた、走って帰ってきた。一目散に私の方へやってきて、その大きな指を私の頬に添わせる。その温かさで、少しは私の孤独も埋められるのだろうか。

作者のぜいろです!

天野蒼空さんの「空色短編小説大賞」という企画に応募するために書いた短編になります!短編自体は初挑戦です……!


もっと長く書こうかとも思いましたが、私が表現する世界観はここまででいいかな、と感じたため、短編の中でも更に短い文章で終わってしまいました。


ですが、この後のストーリーは皆さんの頭の中で話をふくらませてみてください!正解を与えるだけが小説ではない、もっと自由なものだ!と、作者は信じております!

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