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#5 交錯


窓から差し込む光の眩しさに気付いた。身体を包んでいる布団は温かく、もう少し眠っていたいと思ってしまうも、目を擦りながら仰向けになり、見慣れぬ天井を瞳に映すと現実が流れ込んでくる。眠って目覚めたら現実の世界に戻っているかもしれないと心のどこかで期待していたフィーユは気持ちの良い朝には不釣り合いな溜息を吐いた。


「おはようございます。お着替えと朝食の準備を致しますが、ご希望はございますか?本日は良い天気ですが、風があって肌寒いため、温かなものは如何でしょうか?」


ベッドから降り立つ物音を聞いてか、タイミング良く入ってきたコペリは朝早いというのに上機嫌に話しかけてくる。落胆しているうえに、元々朝が苦手なフィーユはどこか投げやりに「全てお任せします」と短く答えた。するとコペリはフィーユの機嫌が良くないことを察したのか、朝支度を淡々と行う。そして、フィーユが覚醒した頃にはベロア調のドレスを身に纏った姿でテーブルに付き、目の前にはリルのスープとふっくらと焼けたパン、瑞々しいサラダが用意されていた。


「リルのスープってこんなに綺麗な色なんですね」


昨日食べたものとはまた違ったドロッとしたそれは濃紺に光の粒が浮かんでおり、星空を思わせる。スプーンで掻き混ぜれば底から淡い青や緑が浮かび上がってきてオーロラのようだ。恐る恐る口にすると甘酸っぱい中にザラメに似た固く甘い粒が混ざっており、パンによく合いそうだと思った。


「本日はどのようにお過ごしになられますか?国王様は自由に過ごすようにとのことでしたが…昨夜言われていた通り、図書館にご案内致しましょうか?」

「はい。お願いします」


スライスしたリルが浮かんだ紅茶を啜っていたフィーユが待っていましたと言わんばかりに瞳を輝かせ答えたなら、コペリは「それでは、食事が済みましたらご案内致します」と丁寧に申し出てくれる。今すぐにでも図書館へ向かいたかったフィーユは行儀が悪いと思いつつ、パンを頬張って紅茶で流し込み、慌ただしく食事を終えるのだった。



「王宮には立ち入りを禁止されている部屋が多数ございますが、フィーユ様は国王様の許可を頂いておりますゆえ、制限はほぼございません。ちなみに、前国王様に長年仕えていたとお聞きしましたが、王宮内を歩かれるのは初めてですか?」

「えっと、はい。妖精が出歩いては目立ってしまうと思いまして…ドネヘシル前国王が晩年を過ごされた白竜の宮に頂いた部屋に引き籠っていました」

「それは窮屈だったことでしょう。私だったらと思うととても耐えられません。私の趣味は街の喫茶店を巡ることなのですが、今の時期はどこも新メニューが出るため、休日を楽しみにしておりまして」


コペリは楽しそうに王宮外のことを語るけれど、フィーユは外はおろか王宮内を出歩くことも控えたいと考えていた。何よりも憂鬱なのは擦れ違う人々から向けられる不躾な眼差しだ。国王の息が掛かったこの場所でも冷めた視線を受けられるのだから、外に出たところで歓迎されることはないだろう。


「今日は午後から前国王様の葬儀が執り行われるため、多くの方がいらっしゃっております。貴族や王族の方と擦れ違う際は廊下の端に寄って頭を下げるようお願い致します。目上の方々にこちらから話し掛けてはいけません。向こうから話し掛けられた場合は頭を下げたままお答え下さい」

「私には身分の判別が難しいのですが…」

「それは簡単です。従者はどなたに仕えているのかを明らかにするため、胸元に銀のバッジを付けております。ちなみに王族の従者はこのバッジです。困り事があればお声がけ下さい」


そう言ってコペリが示したのはAという文字とバラの花が組み合わさってできたバッジであった。Aという文字は、この国の名であるアントゥールから取ったものだろう。言葉にしてみれば単純なデザインに思われるかもしれないが、表面や縁に細かな模様が刻まれているそれは王族に仕える者としての威厳を与えるには十分だ。


「ちなみに向こうから歩いて来られるお二人はベルベッタ侯爵様と長女のティフィア様でございます」

「絵になるお二人ですね」

「ティフィア様はリズメリー様と親交が厚く、王宮にも度々お越しになられる方です。覚えておいたほうが宜しいかと思います」


緩くパーマを当て栗色に染めた髪と拘りを感じられる顎鬚、胸を張る堂々とした姿勢は上手く年齢を隠している。隣に並ぶ女性の父であるというより、兄や恋人であるといわれたほうがしっくりくるほどだ。女性のほうも見目麗しく、特に厚い唇を染める真っ赤な紅と肩より上に切り揃えられたアッシュブラウンの髪はつい見入ってしまう。


そんな感想をつらつら並べているうちに二人は近付いてくるからフィーユはコペリに倣って廊下の端に寄ると深く頭を下げた。そしてこのまま、何事もなく通り過ぎてくれるだろうと思っていたのだが、不意にフィーユが見つめていた赤い絨毯に二つの影が落ちるから、嫌な予感がして呼吸が止まる。

どうか、何も言わず立ち去ってくれという願いも空しく「人間の真似事をする妖精というのはお前か…」と重低音が頭の上から降ってきた。フィーユが面倒なことになったと顔を顰めていると知ってか知らずか、ベルベッタは妖精に対し顔を上げるよう命じた。


「言葉が通じるのは真実か…確かにお前が他とは違うことは認める。だが、妖精は妖精。あまり、調子に乗るべきではない」

「お父様の言う通り。昨夜の式典だって、貴女のせいで台無し。新聞をご覧になりまして?前国王が亡くなられたというのに、貴女の話題で持ち切り。はぁ…嘆かわしい」


顰め面を一変、感情を消して顔を上げたフィーユは二人にどんな言葉をぶつけられても表情を変えることはなかった。追悼式の件で反感を抱いている人間がいることは予想しており、理不尽な言われを受けることも覚悟していた。何より、彼らのような人間の意見に耳を傾け、根本を知ることは互いに寄り添う為に必要なことである。



「随分と騒がしいが、何事ですか?」


終わりの見えない人間と妖精の対立はエルノアの登場により更に複雑になることを予感させた。フィーユは自分にとって味方であるはずのエルノアを僅かに睨むと余計なことをしてくれるなと必死に伝えようとした。けれど、エルノアはフィーユとベルベッタの間に立つなり「僕の妖精に何か問題でも?」そう強く威圧するから、冷や汗が流れる。


「い、いえ…私も妖精と話がしてみたかったものですから。失礼な態度をとったならお詫びしよう」

「ですが、エルノア国王。言葉を話せるからといって、彼女を贔屓しすぎでは?追悼式での行いは目に余るものがございました」


エルノアの鋭い視線に目を伏せるベルベッタに対し、ティフィアは臆することなく意見した。いくらリズメリーと親交があるからといって、あまりに強気な態度にフィーユのほうが緊張してしまう。当のエルノアは表情を変えることなく「なるほど」と頷いてみせた。しかし、次の瞬間に「前国王に長年仕えてくれて妖精を贔屓して何が悪いのですか?」そういって開き直るものだから、ティフィアは何も言い返せないようで高いヒールの先をコツッと鳴らして悔しさを露わにした。


「百歩譲って、その方は仕方ないにしても、妖精にいらぬ同情心を抱かないようご忠告申し上げます」

「随分、食い下がってきますね…」

「エルノア国王が妖精側に付くということは人間側の敵が増えるということをお忘れのようでしたから」

「忘れてはいませんよ。しかし、現状を良い方向へ導くのが僕の役目。その為にも互いに感情的になるべきではないと思いませんか?」


エルノアの言葉に冷静を取り戻したのか「…はい」と納得してみせるティフィアだが、目を伏せるまでの一瞬の間にフィーユに鋭い視線を向けた。フィーユにだけ分かるように向けられた明らかな敵意に、どうしてそこまでと戸惑うばかりである。


「ティフ。そろそろ、行こう」

「はい、お父様」


すっかり蚊帳の外となっていたベルベッタの声に先程までの傲慢さはなかった。父に促されたティフィアもまた静々と歩き出すも、不意にその足を止めてエルノアのほうを振り返る。まだ何かあるのかと身構えるフィーユとエルノアであったが、彼女は今までとは違った愁いを帯びた表情を浮かべている。


「国王として感情を捨てることは構いません。ですが、リズメリー様に対しては心から向き合ってあげて下さいませ」

「なぜ、ここでリズメリーの話が?」

「昨夜から元気がないようでしたから…」


言葉尻を濁し、その理由をはっきり告げぬままティフィアは去っていく。これではまるでリズメリーに元気がないのは2人のせいであると言われているようだ。口の中に残った苦々しい感情に小さく溜息を吐けば、エルノアが振り返り「面倒事に巻き込んでしまいましたね」と労りの言葉を掛けてくれる。それに対し、フィーユは気丈に笑みを浮かべて応えるも、これから先も同じようなことが起こることを予感し、不安を募らせるのであった。






続く

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