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#4 結び目


妖精の姿で挿絵にあったような可愛らしい建物が並んだレンガ道を国王と歩く。小説の中にはなかったこの展開は果たしてどこへ向かうのか。ガス灯の光に浮かび上がる自らの影に疑問をぶつけても答えが返ってくることはない。


「本来ここは昼も夜も関係なく人通りの多い道なので、こんなに静かだと世界に二人取り残されてしまった気分になりますね」

「広場に沢山の人が集まっていて驚きました」

「前国王は自らに厳しく他者には優しい。慕われる王の典型でした」

「そうですね」

「父も僕も才能で王の座を勝ち取ったと言われていますが、決してそうではなく。国王になるのに血筋も才能も関係ない、努力をしろというのが父の口癖で、僕は必死に食らいついていました」


当時は厳しかった父の言葉も今となっては良い思い出として語られる。フィーユは雪解けの音を聞いているような温かな気分になった。エルノアはドネヘシルに対し、父親らしいことはされなかったと言っていたが、今の彼を見ると決してそんなことはないと思う。そして、エルノア自身も父から貰ったものの存在に漸く気付いたのだろう。


「そういえば、君はユウリイを見たことがあると言っていましたね」

「はい、とてもお綺麗な方でした。前国王と年が離れていたこともあり、大切にされていたようです」

「確か20以上離れていたはずですが」


ドネヘシル前国王は男色の気があるのではないかと噂されるほど、女性に全くの興味を持たない人であった。国のことを第一に考える自分と結婚しても相手が不幸になるだけだと思っていたらしく、度々薦められる縁談話も全て断っていたのだ。国王として世継ぎの問題もあったのだが、その話題になるたびに弟夫婦の子に託すと言っていたらしい。


「お二人の出会いはとても運命的でした…女学校の創立記念式典にドネヘシル前国王が来賓として訪れた際、代表生徒から花束を渡されたそうなのですが、その生徒がユウリイ前王妃で」

「父が一目惚れしたと聞いたことがあります」

「はい。ユウリイ前王妃が卒業されるまで待ち、それから猛アタックされたそうです」


年齢差、互いの立場、周囲からの反対に苦戦しながらも結ばれた二人はすぐに子を授かり、幸せに満ちていたはずだった。しかし、お腹が大きくなり出産予定日が近づくにつれ、ユウリイの心情に変化が生じる。まだ若い彼女は出産への恐怖と育児への不安でノイローゼになっていたのだ。とはいえ、それは出産後には落ち着くだろうと言われていた。


フィーユはエルノアの横顔をちらりと見やり、彼はどこまで知らされているのだろうかと考えた。ユウリイは生まれたエルノアを目にすると更に恐怖し、拒絶した。王妃の代わりに乳母が子育てを行うというのは通例であるが、ユウリイが特異だったのは自分の子供に会おうとしないどころか、話題に上がることさえも恐れていたことだ。


ユウリイ自身、それではダメだと何度となくエルノアと向き合おうとしたが、いざ目の前にすると自分から生まれた自分にどこか似ている小さな生き物が不気味に思えてならなかったそうだ。生まれた瞬間に触れた温もりも泣き声も、頭にこびり付いて離れない。生まなければ良かった、今すぐにでも消えてなくなれば良い。そんなふうに考えるようになると、自分自身も恐ろしくなり、薬に頼るようになったのだという。


「どんなに美しい出会いをして幸せな時を過ごしたとしても、薬に溺れ最期を迎えては哀しいだけです」

「ご存知だったんですか…」

「そう遠くはない過去の話です。嫌でも耳に入ります」


エルノアの為に良い思い出はないかと記憶を辿ってみるも、最初こそ美しく聡明に描かれていたユウリイだが、妊娠が発覚してからはすっかり人が変わってしまった。エルノアを気遣う言葉も見つからないまま、眉尻を下げたなら、湿った空気に似つかわしくない笑い声がした。


「君がそんな顔をする必要はありません。これはただの昔話。覚えてもいない母のことを恋しがるほど子供でもありません」

「そうかもしれませんが…」

「ただ、僕が王族のしがらみというものを感じているように…ユウリイも誰にも相談できない悩みに苦しんでいたのかもしれないと考えて、同情はします」


例えばそれは、父の死に悲しむ間もなく国民の前に出なければならなかったこと、こういう時でないと大腕を振って街を歩けないこと、自由に恋をして平穏な家庭を築けないこと。挙げていけばキリがない縛りの数々に、フィーユは『突然、異世界の妖精になった自分よりマシだ』とはとても言えなかった。

小説の世界であるとはいえ、彼らは確かに意思を持ち、日々を生きている。凛とした表情で歩き続けるエルノアだったけれど、心配になったフィーユが「エルノア国王は大丈夫ですか?」と問うたなら「世界に一人取り残された気分です」そんな悲しい答えが返ってきた。


「私と同じですね。一人きりで、自分がこの先、どうしたらいいかも分からなくなって…だけど、エルノア国王が傍にいて下さって、ここに存在する理由を下さって、救われたんです」


それは大した慰めにもならない、ありきたりな言葉だった。けれど、それを伝えるのは思いのほか緊張して、上ずった声が静かな街に響く。少し前を歩いていたエルノアも驚いたのか、歩みを止めて振り返る。淡い光に照らされて見つめ合う二人はそれぞれが感じる孤独を埋め合いながら、距離を縮めた。


「君がいてくれて良かった、と…僕も思っています」


そう言って差し出された手にフィーユは息をのむ。馬車から降りる際に差し出されたものとは違う、明らかな好意を感じて戸惑ってしまったのだ。エルノアは妖精が持つ安らぎの力に魅了されているのかもしれない。取り返しがつかなくなるのではないかと恐ろしくなるも、今のフィーユには彼の手を取るしか選択肢はなかった。



「あっという間に着きましたね…」


手を引かれるがまま歩いていたフィーユは名残惜しむ声に顔を上げた。柔らかな橙の光が散りばめられた王宮に思わず目を細める。現実の世界はこんなに美しくはなかった。けれど、現実にはハッキリとした時の流れがあって、生きていることを感じることができた。この場所でも多くの人々が生活をしているはずだというのに全て作り物に思えてならないのは何故だろう。


王宮の門の先には王の帰りを待つ人々らが列を成していた。深々と頭を下げる彼らを見慣れたものとするエルノアに対し、フィーユは居心地の悪さを感じてしまう。落ち着かない心情を察してか、繋いだままのエルノアの手に力が籠められる。


「また今夜のように同行を頼むことがあると思いますが、それ以外の時は自由にしてもらって構いません。外出時は兵を用意させるので事前に申し出て下さい」

「はい」

「必要なものがあればコペリや他の従者に言って下さい。こうして皆に示したので、君を邪険に扱う者はいないはずです」


エルノアはそう言うけれど、国王と妖精が手を取って歩く姿に怪訝な眼差しが途切れることはなく。緊張したままエントランスを抜けた先で、コペリの姿が見えて漸くホッと息を吐けた。力が抜けたせいで顔に疲れが浮かび上がると、エルノアが気遣って「今日はゆっくり休んで下さい」と言ってくれるから、素直に頷いて、足早に自室へ戻るのだった。



「コペリさんに聞きたいことがあるんですが」

「コペリで構いませんよ。それと、敬語も必要ございません。勿論、私だけでなく他の従者にも気軽にお話し下さい」

「ですが、私は王族でも貴族でもないです。そもそも、人間でもない。ただの妖精です…」


器用に結われていた髪が解かれ、ブラシで梳かれる自分の姿を鏡で見つめながら話をする。人間より小柄で華奢な身体、座るときに邪魔な背中の羽はどうしたって隠しきれない。例え、国王の命令であったとしても、こんな自分を差別せず、快く仕えてくれているコペリを有難く思う。そんな気持ちが伝わったのか、コペリは大丈夫だと安心づけるように優しく笑んだ。


「分かりました。では徐々に慣れて頂くということで…話が反れてしまいましたね。それで、聞きたいことというのはどういったことでしょうか?」


ブラシをことりと鏡台に置いたコペリと目が合う。改めて尋ねられると緊張してしまうが、フィーユは過去に妖精と人間の間で何があったのか率直に問うた。エルノアの話によると、そう遠くない過去では、妖精と人間は良好な関係を築けていたという。それなのに、何が切っ掛けで狩りや売買が行われるようになったのか。妖精と人間の橋渡し役を任された身としては知っておきたかった。


「切っ掛けは大妖精様が亡くなられ、神族の勢力が弱まったことではないでしょうか」

「大妖精様、ですか?」

「フィーユ様のように人間の言葉を話すことはできなかったようですが、霊感の強い特定の人間と交信ができたそうで…その際に自然災害や流行病などを予知されたのだとか」


その美しい容姿もあって多くの信者がおり、彼女を教祖とした神族は王族と張り合えるほどの力を持っていた。しかし、教祖を失った神族に人々の関心は薄れ、衰退の一途を辿ることとなる。そこで神族は形振り構わず一人の妖精を代役に立てることにしたのだが、彼女が意思疎通や未来予知ができないことはすぐに明らかとなり、騙された人々は神族、そして妖精をも攻撃の対象とした。


「今では大妖精様もインチキだったのではないかと言う者もいます」

「そんな…だからといって、無関係な妖精を不当に扱うなんて」

「それほど、妖精に裏切られたという思いが強かったのだと思われます。元々、妖精の力を欲する者や妖精の美しさを妬む者がそれに便乗し好き勝手し始めたことで、妖精には何をしても良いという考え方が一般的になってしまったのかもしれません」


コペリが語ったそれは表面を掬っただけの話だろう。きっと物語の奥深くには様々な人間の思惑が隠れている気がしてならない。特にここまで無関係を装っている王族や貴族の存在は無視できないだろう。


「もっと詳しく知りたいのでしたら、王宮の図書館に行かれてはどうでしょうか。国内外の書物が揃った世界最大の図書館となっておりますがゆえ、きっと必要な情報が見つかると思います」


コペリのいう図書館へ今すぐにでも行きたいという気持ちはあったものの、身体は既に限界を迎えており、今夜はこのままベッドへ向かうことにした。柔らかすぎるマットレスや慣れない香りのする布団に憂鬱になりながらも、疲れた身体はあっという間に眠りに落ちていくのだった。





続く


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