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#31 本心

詩集が見つかってから1時間と経たぬうちにフィーユの元に写真集が届けられた。本来であればフィーユが自分で喫茶店・空白のマスターの元へ行くべきだったのだろうが、馬車や警備兵の準備を待つよりもコペリが行った方が早いと言われ、全て任せる形となってしまった。思えば、自分は何一つしないままに終わったことが申し訳なくもあり、情けなくもあって、素直に喜ぶことができずにいた。


ちなみにアーティーが詩集を見つけたことに対する褒美についてだが、エルノアの反応は想像通り、苦々しいものであった。しかし、国王たるもの自身の発言を安易に撤回などできなかったらしい。他に願いはないのかと再三尋ねつつも最終的には「チケットを用意する」と渋々ながら答えていた。とはいえ、ワールドリーフのチケットは人気が高く、早々取れるものはない。全ての者が平等に楽しむことができると謳うワールドリーフであるから例え国王であっても融通をきかせてはもらえないのだ。チケットが手に入り次第、連絡するとは言ってもらえたものの、それがいつになるかは分からなかった。


「お菓子の件ですが、皆喜んでフィーユ様に感謝しておりました」

「良かったです。といっても、コペリさんに買ってきてもらって、そのお金もエルノア国王から頂いたものなのですが…」

「いえいえ。フィーユ様のお気持ちが嬉しいのでございます」


今回の詩集探しには多くの人に協力をしてもらった。それが国王からの褒美が目当てだったとしてもフィーユにとっては有難く、お礼がしたいと考えた。そこで、コペリに頼んでちょっとしたお菓子を購入してきてもらい、王宮で働く人々に差し入れをしたのだった。妖精に対する好感度を上げようという思いも少なからずあったけれど、皆が喜んでいたと聞いた今は純粋に嬉しいと感じている。


「そういえば、スペリノさんには渡して頂けましたか?」

「はい、勿論でございます。ご指示の通り、私がお勧めする喫茶店のケーキセットを購入してまいりました」

「スペリノさんにはお世話になったので…コペリさんのお勧めなら間違いなく喜んでもらえると思ったんですが」

「素直ではない性格でございますゆえ、顔には出しませんでしたが、受け取ってすぐに全てを平らげておりました」


コペリの話す彼の姿が容易に想像できて思わず笑ってしまう。更に嬉しいことにリーヴァの体調も回復傾向にあり、短時間であれば話もできるのだという。一時期は解決が難しいとされる問題に頭を抱えていたが、あまりに順調に事が進んで驚くばかりである。報告を終えたコペリが部屋を出ていく姿を見送ったフィーユは手元に届いた写真集へ視線を落とすと歩道橋の写真が載ったページを開く。のちに、机の引き出しに仕舞っていた雪の結晶を象ったネックレスを取り出して写真集の横に並べた。


「エマさんにもらった雪のネックレスと歩道橋の写真…」


これらが本当に現実の世界へ導いてくれるのか確証はない。もっと別のものかもしれないし、他にもピースが必要なのかもしれない。答えのないそれを完成させるには自分の心に問いかけるより他ないのだ。その為にも多くの人や物に触れていくことが重要である。そこで重要になるのは明日に控えた夜長祭である。



「怪我をされているようです。早く医者を!」

「国王様には?」

「会談中で。まだ…」


写真集とネックレスを机の引き出しに大事に仕舞い、少し休もうと席を立ったところで廊下の向こうを流れていく足音と声に驚き、肩が震えた。慌ただしく過ぎ去ったそれを追うようにして廊下に出たなら、侍女たちが走り去っていく姿が見えて好奇心を掻き立てられる。関わるべきではない不穏な空気が漂っているけれど、侍女の足音が小さくなっていくのに急かされて思わず部屋から飛び出した。


すとんと柔らかな絨毯が敷かれた廊下に降り立ったその勢いで彼女たちを追いかけたなら、次第にザワザワと空気を震わすほどの騒がしさを感じ始める。引き返すなら今だと忠告してくるようであったけれど、構わず角を曲がったなら、そこには多くの従者の姿があった。彼らはある一室を恐々と覗き込んではコソコソと会話を繰り返し、まるで殺人事件の現場のような好奇心と恐怖が入り混じった異様な空間であった。


「あの、何があったんですか?」


好奇心に飲まれたのはフィーユも同じで、気の弱そうな一人の侍女に尋ねたところ、彼女はモジモジと指先を遊ばせながら「リズメリー様が…」と小さく呟いた。南側に面した上階の部屋であり、室内から漂ってくるプルメリアの香りに、そこがリズメリーの部屋であることを理解したフィーユは、リズメリーの身に何か起こったこのではないかと心配して、少し強引に人を掻き分けて室内を覗き込んだ。


「リズメリー様…どうして」


室内はまるで台風が過ぎ去った後のような荒れた状態だった。ガラスが割れた窓から吹き込む風はレールから外れたカーテンを不規則に揺らし、クッションは床に横たわり羽毛を吐き散らしている。高価なはずの装飾品は子供が遊んだ後の玩具のように絨毯の上に捨てられ、棚や机などの家具も泥棒が物色したのではないかと思ってしまうほどに乱れていた。フィーユは足元で割れていた花瓶に思わず後退ると、やはり関わるべきではなかったという後悔に震えた。


「貴女のせいで…全部、全部、貴女の」


それは聞いたことのない低くドスの聞いた声だった。恐る恐る声のした方を向くとベッドに腰かけてこちらを睨むリズメリーがいて、栗色で艶やかだった髪を振り乱し、愛らしい瞳を涙で赤く腫らした姿に、彼女の言葉通り、全て自分のせいだと察したフィーユは思わず目を伏せた。


「貴女が私から全てを奪ったのです。ティフィア嬢もアルマも、エルノア様も!」

「…」

「私は妖精である貴女にも優しくしてさしあげました。それなのに!恩を仇で返したのです」


割れたガラスで怪我をしたのか、強く握られた拳から血が滴り落ちる。フィーユにその意図はなかったけれど、リズメリーから大事なものを奪い、傷付けたことは否定できない。だからこそ、リズメリーにこんなことをしないでほしかったと思う。


「この状況をエルノア国王が見たら、大変です」

「っ!」

「お医者さんが来られているそうなので、傷の手当てをして下さい。その間に皆さんで部屋の片づけをしましょう」


冷静を欠いたリズメリーに謝罪の言葉も言い訳も届かないと思ったフィーユがまずは空気を変えようと提案したなら、リズメリーは素直に医者の元へ向かった。その間に少しでも部屋を片付けようとしゃがみ込み、足元の割れた花瓶の欠片を拾い集める。冷たい水と花弁に混ざった鋭い欠片はリズメリーの心を表しているようだった。


多くの侍女が集まっていたこともあり、リズメリーの部屋はすぐに整えられた。割れた窓も今日中に入れ替えてもらえるらしく、今となってはガラスが取り払われた窓から吹き込む風が心地良いくらいだ。手の治療を終えて戻ってきたリズメリーも同じように感じたらしく、真っ直ぐに窓際まで行くと深呼吸を一つした。


「まず、私がリズメリー様を傷つけてしまったことは謝罪します。本当にすみません」


リズメリーが外に広がる青空を瞳に映したまま、新しく取り付けられたカーテンを強く握りしめたのを合図に声を掛けるも反応はない。リズメリーはこれから国王を支える王妃となる女性だというのに、感情をコントロールできない幼さがやけに目につく。勿論、フィーユには関係のないことではあったが、エルノアが不憫に思えてならなかった。


「ティフィア様とアルマさんの件は私が原因を作ってしまったとはいえ、お二人の意思が大きく働いたことなので、私にはどうすることもできなかったんです」

「…」

「ただ、エルノア国王の好意には随分前から気付いていたので責められても仕方ありません…何度もリズメリー様に申し訳ないと思ったんですが、私はエルノア様に守って頂かなければ生きていけません。聞こえは悪いですが、エルノア国王の好意を利用しているんです…」


フィーユがエルノアに対して今以上の感情を抱くことはないし、エルノアだってフィーユと関係を深めたいなどと思っていないはずだ。妖精を取り巻く問題が解決して、フィーユが現実の世界に戻るためのピースを見つけたなら、呆気なく終わってしまう関係なのだと、リズメリーにも理解して欲しかった。


「それでは一つ、お願いを聞いて下さい」

「お願いですか?」

「…明日の夜長祭のこと。実はある人からエルノア様がフィーユさんをパートナーに選ばれたという話を聞きました」


それはエルノアと秘密裏に計画していたことだったため、驚くと同時に誰が秘密を漏らしたのかという疑問に少しの怒りが芽生えた。いつの間にかこちらを振り返っていたリズメリーに心情を悟られぬよう平静を装うも、彼女の鋭い瞳からは逃げられそうになかった。


「確かに約束しています。エルノア国王は妖精である私と行動を共にすれば差別が解消されることに繋がるとお考えのようで…」

「そのくらい、分かっています!」

「っ…」


突然、リズメリーが荒げた声に肩が震えた。そして、貼り付けていた平静がポロポロと崩れ落ち、不安が隠し切れなくなってしまったフィーユの視線は彷徨う。この部屋に集まっていた侍女たちはすでに自分の仕事に戻っており、二人きりの空間という事実がフィーユを追い詰める。


「あ、また感情的になってしまいました…そう、それでお願いの件なのですが、フィーユさんには夜長祭に参加することを断ってほしいのです」

「え…ですが」

「それと、エルノア様とお揃いだというドレスも譲って下さい」

「え…」

「構いませんよね?だって、私も追悼式の夜に大事な白のドレスを譲って差し上げたのですから」


断ることを許さない雰囲気に飲まれそうになるも、あのドレスはコペリがフィーユを思って用意してくれたものであるため、簡単に頷くことはできなかった。しかし、どのように答えるべきか悩むことすらもリズメリーには許せなかったらしく「まさか、ダメだと仰るのですか?」と自身が望む答えを急かしてくる。


「さ、先程も言った通り、私はエルノア国王の望む通りにしか動けません」

「そうですか…それでは、こうしましょう。当日、フィーユさんは具合が悪くなる。祭りに行けないので、私にエルノア様のパートナーを頼む。妖精であっても覚えられる簡単な台本ですわ」


パンッと手を打ったかと思えば、良いアイディアだと言わんばかりに鼻息荒く話すリズメリーに、抵抗する気力も失せたフィーユは「どうなっても知りませんよ…」そう投げやりに答えた。エルノアとパートナーになることへ胸を弾ませるリズメリーを見ていると、なぜかは分からないけれど泣きたくなった。その理由がドレスを譲ることが惜しかったからなのか、エルノアとの約束を破ることが悔しかったからなのかは分からないけれど、本来はエルノアの隣にはリズメリーがいるべきなのだと自分に言い聞かせて、リズメリーが用意した台本を忘れることがないように頭の中で繰り返すのだった。










続く


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