表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/36

#30 糸通し

自室に戻ると一着のドレスが出迎えてくれた。その隣には今日休みのはずのコペリが得意げな表情で立っており、ドレスと合わせて驚いてしまう。どうやら休みを利用して町に行き、注文していた夜長祭の衣装や装飾品を受け取って来たらしい。コペリは既にフィーユの好みを把握しており、デコルテから腕にかけての繊細なレース、形の違うフリルで広がった裾、腰に巻き付けられた大きめのリボンは可愛らしい印象を与え、コペリに任せて正解だったと思える仕上がりだった。


「夜長祭のために特別なドレスをご用意致しました。少し地味に思われるかもしれませんが、明かりを消すと本領を発揮するので是非ご覧ください」


コペリはそう言うと窓から差し込む光をカーテンで覆い隠し、照明を一つひとつ消していった。そうして作った暗がりに浮かび上がる白いドレスはリボンを中心に淡いピンクの光で染め上げられ、レースとフリルは特殊な加工により光を強く反射させている。昼間でもここまで美しいのだから、夜闇ではきっと一層の輝きを見せることだろう。


「こんなに素敵なドレスを私が着ても良いんですか?」

「当然でございます。ちなみにエルノア国王様のスーツは国王様の意向によりこのドレスに合わせたものにされたそうで、当日が楽しみでございますね」


ドレスをうっとりと見つめていたフィーユは、付け足す程度に告げられた事実に一気に現実へと引き戻された。妖精が王宮の祭りに参加するだけでも前代未聞であるというのに、国王と衣装を合わせているともなれば周囲は黙っていないだろう。特にリズメリーと長老会の反応は火を見るより明らかだ。フィーユがそう訴えたところでエルノアは当日が楽しみだと笑って済ませるだろうから、もうどうにでもなれと吹っ切れるより他ない。


「それとこれは余興の一つなのですが、祭りではそれぞれ夜に因んで、月、星、猫、ゴーストの四種類ブローチを身に付けることとなっております。どれを付けるかは当日まで内緒にしていなければなりません」

「何か意味があるんですか?」

「はい。月と猫がダンスを踊り、星とゴーストは酒を片手に語らうという決まりがございまして、パートナー以外であってもペアのバッジを付けた者に踊りや酒に誘われると断ってはいけないことになっております」


簡単に説明したかと思えば、重厚な宝石箱が目の前に差し出されるから、フィーユは恐々と中身を覗き込んだ。宝石箱の中に敷かれた深紅の絨毯と、その上で姿勢を正した四つのブローチはそれぞれ違う宝石があしらわれ、自分を選んでほしいとばかりに輝きを放っていた。コペリはこの中から祭りに付けて行くものを選ぶよう言ってくれるが、見るからに高価なそれらに触れることさえ躊躇ってしまう。


「勿論、今すぐに決める必要はございません。ドレスと合わせて当日まで大事に保管しておきますゆえ、ご安心ください」

「はい…ありがとうございます」


いつまでも見つめていたいと思ってしまうほどの美しいブローチとドレスはコペリの手によって早々に片付けられてしまった。折角の休みだったというのにせかせかと働く姿を見ていると申し訳なくなって、片付け終わったかと思えばフィーユの為にお茶を入れようとする彼女の手を透かさず止めた。


「あの、折角の休みですから、ゆっくり過ごして下さい」

「お休みは十分頂きましたゆえ、お気になさらずに」

「ですが…」

「それと先程、エルノア国王様からセンリの件で厳重注意を受けました。このまま、センリを現場に置くわけにもいきませんので」


コペリはセンリのことをパートナーであり部下であるため、指導するべき立場として彼女の責任を取るのは当然だと言うが、いつも良くしてくれるコペリがエルノアから厳しく注意を受けたというのは心が痛む話であった。フィーユは自分が早い段階でやんわりと注意すれば良かったと後悔しつつ、深々と謝罪するコペリに慌てて顔を上げるよう言った。


「私に仕えてくださるだけで、有り難いと思っています。センリさんも、半ば強制的に私に仕えることになってきっと思うことがあったはずですし」

「そう言っていただけると幸いです。今後、徹底的に指導して参りますゆえ、センリが現場に戻った際は宜しくお願い致します」


人に頭を下げられるというのは居心地悪くなるものだ。フィーユはこの話題を早々に切り上げるべく、今まで町に行っていたというコペリに何をしていたのか尋ねてみた。自分から会話を振ることにも不慣れだったため、ぎこちなくなるけれど、コペリが暗い表情を一変してくれるから一先ず安堵する。


「以前話した通り、休みの日は喫茶店巡りをしているものですから、今日も何軒か巡って充実した一日でございました」

「それなら、良かったです」

「はい。特に私の行きつけの喫茶店・余白で食べたスフレが絶品だったので、フィーユ様にもお土産に購入してまいりました。後ほど、お出し致しますね」


好きなものを語るコペリはいつにも増して饒舌だった。音楽のように流れていく言葉の中で聞き逃しそうになったけれど、彼女は確かに喫茶店・空白の名を口にした。フィーユはスフレよりもそちらが気になって思わず前のめりになる。


「実は昨日探していた詩集は空白のマスターに頼まれたものだったんです」

「そうだったのですか…彼はそんなこと一言も言ってくれなかったので知りませんでした」

「マスターとは親しいんですか?」

「そうですね。元は彼の奥さんのリコーと親しくさせてもらっていたのですが、彼女が亡くなって…心配でたまに様子を見に行っているのです」

「奥さんは宿泊していたホテルの火災で亡くなったと聞きました」


マスターから聞いた話を口にするとコペリは自身が火傷を負ったかのようなヒリヒリとした痛みに耐える表情を浮かべた。それは不運な事故だったと片付けるにはあまりにも暗い感情が渦巻いており「事故ではなかったんですか?」と思わず聞いてしまった。


「表向きは事故として片付けられましたが、真実はホテル側によって故意に引き起こされた火災だったと聞きました」

「どうして…」

「ホテルは内部告発により脱税の疑いをかけられ監査が入ることになっていました。勿論、脱税の発覚を恐れてというだけでは強行には及ばなかったはずです」

「他にも何か疚しいことがあったんですか?」

「これはあくまで噂ですが、ホテル内で人間や妖精、動物を用いて様々な研究実験を繰り返していたそうです。当時のホテル支配人は特に妖精の不老長寿に興味があったらしく、ホテルの客と称し何人もの研究者を招いていたそうです」


発覚を恐れ、ホテルを一棟燃やし尽くさなければならないほどの研究とは想像しただけでも恐ろしい。ホテル支配人も火災後すぐに行方不明となり、その後、遺体となって発見されたという。現場の状況から自殺であると結論付けられたそうだが、この事件には黒幕が存在し、その黒幕によって口封じにあったのではないかと考える者も少なくないそうだ。


「事実が何であれ、あのホテルに宿泊しなければ彼女が亡くならずに済んだのだと思うと残念でなりません」

「そうですね…」


空白のマスターもこの噂を知っているのだろうか。フィーユは何も知らなかったとはいえ、突然押しかけて写真集を譲ってほしいと言った自分の行いを反省する。同時に、写真集とは関係なく、彼に詩集を贈りたいと考えるようになる。


「先程、エルノア国王様にお会いした時に事の顛末はお聞きしました…本来であれば私が写真集を譲って頂けるよう口添えすべきなのですが、リコーを失った彼の悲しみを思うと…お役に立てず、申し訳ございません」

「いえ。私がコペリさんの立場でも言えなかったと思います」

「ご理解頂き感謝します…それと、ご安心頂きたいのですが、エルノア国王様は詩集のために各所にあたって下さるそうです。きっと、時間は掛かっても見つかることでしょう」


ここまで、多くの人に迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思っていたフィーユは焦るも、コペリは国王に任せておけば大丈夫だと言ってきかない。コペリの様子から察するにエルノアは詩集探しに闘志を燃やしているに違いない。国を巻き込んで突拍子もないことを始める前に止めなければと思ったフィーユはドレスの裾を掴むと早足で歩き出す。そのままの勢いで廊下へ繋がるドアを開けたところ、ドアをノックしようとしていたらしいアーティーに出くわした。


「え、アーティーさんがどうして…」

「ごめん、驚かせて…あの、これを渡そうと思って」


思わぬ人物の登場に動揺を隠しきれないフィーユは差し出されたそれが、ずっと探していた詩集であることに気付くまで時間を要した。しかし、状況をごくりと喉を鳴らして飲み込んだなら、途端に希望で満たされる。詩集を目の前に差し出されると手に取らずにはいられず、震える両手で受け取ったそれはずしりと重く感じた。


「ありがとうございます。ですが、どうしてアーティーさんがこれを?」

「大量の雑草が出たから、昨日の夕方に焼却炉で燃やそうと思って行ってみたら、この本があったんだ」

「焼却炉は朝に出たゴミを9時に、日中のゴミを16時に燃やすために稼働しております。燃やされる前にアーティーさんが取り出してくれたということでしょう。このことをすぐにエルノア国王様にお伝えしなければいけません」


フィーユの喜びとは裏腹にアーティーは冷めた表情で淡々と事情を説明すると、早々に立ち去ろうとした。初めて会った時とは違う素っ気無い態度に疑問を抱いていると、コペリが息を弾ませて会話に入ってくるから、詩集を見つけた感動も薄れる取り留めもない展開となる。そして、現状が纏まらないままに、コペリはエルノアに報告へ行ってしまい、残された二人は居心地の悪さに視線を泳がせた。


「え、と…持ってくるのが遅くなって、ごめんね」

「いえ。もう燃やされてしまったのだと諦めていたので、感謝しています」

「普段、人付き合いとかしてないから、妖精さんが本を探していることも今日知ったんだ」

「そうだったんですか」

「うん。図書館の刻印があったから、そのうち返せばいいかって軽く考えていてさ。ほら、図書館の管理人は話が長くて捉まるの嫌だし」


二人で話をしているうちにアーティーは言葉数が増えていった。彼自身も人付き合いがないと言っていたように、どうやら人と話をするのが苦手らしい。そして、フィーユはそれに該当しないことを理解すると、フィーユが人間ではなく妖精だからなのか、それとも話しやすいと感じてくれているのか、気になるところである。


「そういえば、エルノア国王が本を見つけた人に褒美を与えるって言っていたそうですが、何をお願いするんですか?」

「え…偶然、拾っただけの僕でも良いのかな?」

「良いと思いますけど…アーティーさんは何かお願いしたいことあるんですか?」


いつも土に汚れたツナギを着て、汗水流して働いているアーティーが仕事以外に何に興味があり、繰り返し問うたなら、アーティーは顎に手を当て悩むような仕草を見せたのち、はにかみながら口を開く。


「妖精さんとワールドリーフに行きたいっていうのはダメかな?」


フィーユにとっては嬉しい答えだったけれど、それを聞いたエルノアの反応を想像すると気が重い。自分もワールドリーフには行ってみたいが、と前置きしつつ他に願いはないのか質問を重ねるがアーティーは他に思い浮かぶ願いはないらしい。フィーユの為であったとはいえ、詩集を見つけた者に褒美を与えるなどと発言したのはエルノアだ。そう自分に言い聞かせ、フィーユは今後の展開を見守ることにした。






続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ