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#23 額縁


話題の妖精が現れたという噂は近隣の町にまで広がり、聖ファイエルト教会の前には多くの人が集まった。お陰でバザーは活気づき、その売上金は過去最高になるだろうとされた。勿論、売上金は言ノ葉の運営資金やその他の慈善活動に充てられる。フィーユには全く得はなかったけれど、人々と触れ合うことで少しでも妖精の印象が良くなったなら、それで良かった。


全てエリスの思惑通りであるとはいえ、多少の混乱を招いたことを申し訳なく感じていたフィーユはそろそろ退散すべきだとして人の輪からこっそり抜け出す。そして、エリスとショーンに一言挨拶をして帰るべく、二人がいる教会へ向かうことにした。



「フィーユさん!」


できるだけ目立たぬよう背中の羽を縮こませつつ歩いていると馴染みのない声に名前を呼ばれた。先を急ぎたいところではあったが、妖精のイメージアップの為だと足を止めて笑顔で振り返る。するとそこには見覚えのある男性の姿があった。しかし、この世界に来てから多くの人に出会ったため、彼が誰か分からずに眉を寄せていると「改めまして、アラン・トワです」と彼のほうから名乗られ、ハッとする。


「エフスワローの記者さん…?」

「思い出してもらえたようで良かったです」

「はい。私について書かれた記事も読みました。随分、良く書いて下さって、お礼を言いたかったんです」

「いえいえ、俺はありのままを記事にしただけのこと。まぁ、話題になっているのは嬉しいですがね」


それでも、会見の場には下品な質問をしてくる記者が多くいた中、アランだけがフィーユを人間と同じように見てくれていた。そのことがどれほど嬉しかったか、言葉で言い表せないことがもどかしい。


「ここには取材で来られたんですか?」

「まぁ、言ノ葉の取材はよくさせてもらっていますが…今日来たのは言ノ葉とフィーユさんに接触があったという話を耳にして、フィーユさんに会えることを期待していたからだったりします」


記者が自身の書いた記事に注目が集まることを望むのは当然であるが、その思いが強すぎるあまり事実を捻じ曲げてしまう者がいることを知っている。アランがそうであるとは思えないが、警戒心を解くことができずにいた。すると、そんなフィーユの心情を察してか、強く握った拳を解くような穏やかな口ぶりで「あぁ、今日は取材ではないのでご安心を」そんな言葉を投げかけられた。


「それにしても随分と買い物をされたようで。子供たちが喜んでいたとエリス夫人が話していました」


アランはフィーユが持っている飲み物に視線を落として、そう言った。水滴が涼しげに光るガラスの瓶の中ではロブバという実で作られたジュースが揺れている。赤い月を思わせる神秘的な色に惹かれて買ったそれはカラメルと桃を混ぜ合わせたような味だった。


「見る人が見れば、お金を使いすぎだって言われるかもしれませんね…」

「いいえ、お金を循環させるのは良いことだと思います。俺は微力ながら寄付をしましたが、それよりも直接買い物をしたほうが、多くの笑顔が見られますし」

「そう言って頂けて良かったです。あの、一つ気になったのですが、エリスさんのことを夫人というのは…?」


エリスが既婚女性だったとは意外だ。ショーンとは随分と信頼し合っているようであったが、二人は特別な関係ではないと言っていた。ショーン以上に近しい距離に男性がいただろうかと気になって、つい辺りを見回してしまう。そんなフィーユの疑問を察したアランは、エリスの夫であるティーチは数年前にある事件に巻き込まれで亡くなったのだと小声で教えてくれた。そしてそれはエリスが車いすに乗っていることにも関係しているのだという。



今から15年ほど前。既に画家として有名だったエリスは個展に飾る最後の絵を時間ギリギリで描き上げて、暗い夜道の中、個展会場へ向けて馬車を走らせていた。特別な想いが籠った絵を抱きかかえたエリスは満足げな笑みで隣に座るティーチに寄り掛かる。


「今すぐ停まれ!言うこと聞かねぇと撃つぞ!」


絵を描き上げるために徹夜続きで意識が朦朧としていたエリスを現実に引き戻したのは怒号と銃声。驚いた馬が暴れだしたこともあり、御車は仕方なく馬車を停めた。途端に馬車に乗り込んできた男たちはそこにあると知っていたかのようにエリスの絵を奪い取った。絵はまた描けば良い、何よりも自分たちの命が大事だと判断したため抵抗はせず、男たちがこのまま去ってくれることを願った。


「悪いが、お前らを生かしておくつもりはねぇ」

「お前が死ねば、絵の価値は更に上がるだろうぜ」


エリスの願い空しく、男たちは冷たく言い放つと事故に見せかけるべく馬車を崖の下へと突き落とした。息が止まるほどの浮遊感に襲われたかと思えば、地面に叩き付けられる衝撃に身体の全機能が一時停止する。痛みに耐えながらどうにか瞼を持ち上げたなら、薄闇の中で全く動かない御車の姿が見えた。彼はもう駄目だと悟ったエリスは慌てて夫の名を呼ぶ。ひどく掠れた声だったが、それはティーチに届いたようで「ったしは、だいじょう…ぶだ」ととても大丈夫とは思えぬ生き絶え絶えな声が返ってきた。


「ェ、リス。まえは、ば、しゃから、出られ、うか?」

「いえ…足が挟まって動けないの」


重い何かに押さえつけられた足は痛みも痺れも徐々に薄れ、自分の物でなくなっていっているのが分かった。このままでは壊死し、切断することになるかもしれない。そんなことを冷静に考える頭に対し、心の中は悔しさと不安と後悔でひどく荒れていた。何よりもティーチを失うことが怖くて、声のするほうへ手を伸ばすとよく知る彼の手に届いた。


「手に汗かいて…今、どんな具合なの?」

「ぁ、たま。頭を、切ったらし、ぃ」

「傷は深いの?出血は?」


慌てたエリスが質問を繰り返すもティーチは気丈に笑って「大丈夫だ」と繰り返すだけだった。夜遅い時間であるため人通りもなく、救助されるのは早くて明日の朝だろう。エリス自身は命の危機というほどの状態ではなかったが、ティーチは言葉少なで、繋いだ手は冷たくなるばかりだった。


「ねぇ、何か喋って…大丈夫なの?」

「エリス、あい、してる」

「嫌、そうじゃなくて。大丈夫だって言って」

「あいして、るから」


その言葉を最期に彼の声は聞こえなくなった。どんなに名前を呼んでも返事はなく、どんなに手を握っても握り返してくれることはない。一生分の涙を流して朝を迎えたエリスは彼と繋いでいた手が赤く染まっていることに気づいた。べったりと付いた血にティーチがどれほど辛い状態だったのか思い知らされると絶望し、辛い現実から逃げるように意識を失った。



「それから間もなく、救助が来たそうですが、エリス夫人以外は既に…彼女も予想していた通り、下肢の切断を余儀なくされたそうで…」

「エリスさんに、そんな過去が…」


大切なものを奪われた被害者であるというのに、人を憎まず、犯罪を生んだ社会を変えるべく言ノ葉を創設し、精力的に活動する彼女の強さに驚かされる。更に驚くことに、エリスを助けるべく救助を呼んだのは偶然通りがかったショーンだったということだった。

アランの話では、エリスを乗せた馬車が突き落とされた少し後で、ショーンは崖の上を通りかかったらしく、草木が薙ぎ倒された崖の一部に違和感を覚えていたそうだ。しかし、辺りは暗く何も見えなかった上、先を急いでいたため馬車を停めずに行ってしまったのだという。


「一晩中、崖のことが気になっていたショーンさんは、朝になってもう一度、崖の上に行ってみたところ、馬車を見つけ救助を呼んだそうです」

「エリスさんはショーンさんを責めなかったんですか?」

「はい。謝罪すらも必要ないと言われ、ショーンさんはやり場のない後悔に苦しみ…そして、ティーチさんの分までエリス夫人を支えることを決意したと言っていました」

「…こんな話を私にして良かったんですか?」

「多くの人が知っている話です」


この話を知った多くの人々がエリスの絵を盗んだ犯人を捕まえるべく奔走したが、未だに犯人も盗まれた絵も見つかっていないのだそうだ。一体、どんな絵だったのか尋ねるべく口を開いたところ「あの絵はもう良いのよ」そんな声が聞こえてきて、アランとともに振り返る。そこにはいつもと変わらぬ穏やかな表情のエリスがショーンとともにいた。


「あの絵は、ショーンが幸せの象徴にしてくれたの」

「幸せの象徴ですか?」

「えぇ、そうよ。ワールドリーフに造られた城こそ、私が描いた絵そのものなの」


エリスは過去の悲しみを感じさせない温かな瞳にショーンが造った城を思い浮かべた。そして、過去を思い出して俯いているショーンに向って「もう、落ち込まないの!」と力強く言って背中を叩く。そんな様子を見ていたフィーユは二人の関係性を考える必要はないと思い知らされるのだった。







続く



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