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#14 希望

目覚めてすぐの朝食はどうにも喉を通らない。いつ何が起こるか分からないこの世界では食べられるときに食べておかなければとは思いつつも、スープを数口啜ってパンを齧っただけで満足してしまう。現実の世界にいた時も朝食を食べる習慣がなかったため、その癖が抜けないらしい。


とはいえ、この世界に来てから数日が経つと慣れない生活も日常というものに塗り替えられていくものだ。それは侍女のコペリも同じようで、食事が進まないことを心配することもなく、朝から無理して食べずとも甘い物を用意しているので小腹が空いた時に食べるよう勧めてくれる。


「では、私は席を外します。ランチの用意ができましたら、またお声掛け致します」


フィーユが一人を好むことも既に把握済みのコペリは図書館のテラスに読みかけの本とティーセットを用意すると、そそくさと去って行った。猫舌なフィーユに合わせて淹れられたコーヒーを啜る傍ら分厚い本を捲ったなら、ページを刻む音が小気味良く流れた。


妖精は人間よりも永い時を生きることができる。生まれれ落ちてから数日で成人の姿となるが、そこから成長は止まるのだ。美しい姿のままで何百年という時を過ごしたのち、老いて死ぬまでは花が散るかの如く呆気ない。妖精の一生は人間にとって憧れであり、妬みの要因でもあった。


「こんにちは。妖精さん」

「え…」


読んでいたページに影が落ちたため、驚いたフィーユが顔を上げたところ、そこにはアーティーの姿があった。温室で挨拶もないまま別れて以来、会っていなかった彼に何と声を掛けようか悩んでいると、彼は本を覗き込んで「何か調べもの?」そう言って、興味津々といった顔をする。


「あ、ごめんね。邪魔するつもりじゃなかったんだ…花の手入れに来たら、妖精さんがいて、嬉しくて話し掛けちゃって」

「いえ。私のほうこそ、お仕事の邪魔ですよね」

「それは大丈夫。コペリさんから妖精さんがテラスを気に入ってくれたって聞いて嬉しくて。今日も張り切って手入れをしに来たんだ」


相変わらずのつなぎ姿の彼は幾つかの道具を抱えており、フィーユはそれを物珍しげに見つめる。同時に自分ばかり寛いでいることが申し訳なくなって、コーヒーでも飲んで休憩してはどうかと声を掛けた。しかし、アーティーは食い気味にそれを断るから残念に思っていると、フィーユの沈んだ顔に慌てたのか「ごめん!それじゃ、クッキーを一枚頂くよ」そう言ってくれた。


「それで、妖精さんは熱心に本を読んで何か知りたいことがあるの?」

「え、と…自分が妖精なのに可笑しな話ですが、妖精について色々知りたくて」

「具体的に言ってみて」

「え?そうですね…皆に喜んでもらえるような能力はないかな、と思ったんですが」


人間の為に何かできたなら、感謝されると同時に妖精のことを受け入れてもらえるはずだ。癒しの力などという漠然としたものではなく、もっと具体的にできることが欲しい。そんな話をアーティーにしたところ、彼は暫し考え込む仕草を見せたのちに「妖精を取り巻く空気は心穏やかに、妖精の笑い声はポジティブな気分に、妖精に触れると心身の痛みが軽減する」と文章を読むかのように淡々と告げた。


「それが花の妖精の能力ですか?だけど、心穏やかにできるはずなのに、どうして人間は妖精を攻撃するんですか?」

「妖精さんはコーラルってサプリを知ってる?」

「いえ…」

「妖精の血液にはコラルっていう成分が含まれていて、これを人間が摂取すると老化防止や美容に効果があるとされているんだ」


サプリメントはどの宝石も敵わないほど高額であったが、その効果は絶大で上級貴族を中心に多くの愛用者がいるという。しかし、サプリメントに副作用はつきもので、その一つとして妖精の能力が一切利かなくなるというものがある。更に近年の研究で、コラルを摂取し続けると妖精に対し攻撃性が増すということが明らかになったそうだ。


「アーティーさんは妖精について詳しいんですね」

「実は、妖精のことに詳しい知り合いがいるんだ」

「その方とは今でも親しくされているんですか?」

「うんん。急に仕事が忙しくなったと手紙が届いたきり、連絡が取れなくなってね」


寂しげに話していたアーティーだったが、もう昔のことであると切り替えて、花に水やりを始めた。ホースから流れる水は光を集めて輝いている。風に乗って飛んでくる水の粒と湿った土の匂い、涼しげな草花が揺れる音はどこか懐かしく、フィーユは瞳を輝かせ、その光景を見つめていた。


そんなフィーユの視線に気付いたアーティーはゴホンッと咳払いをしたのちに、照れ隠しなのか、唐突に花の妖精が百面草という丸くて大きな花から生まれてくるという話をしてくれた。百面草には感情があり、悲しい時は涙を流し、怒った時は熱を帯び、嬉しい時は楽しげに揺れる。更に恋をした花は赤く色付きながら大きく成長し、妖精が生まれてくるのだという。


「百面草は珍しい花で、僕もワールドリーフに展示されているものしか見たことないんだ」

「ワールドリーフですか…?」

「ごめん、知らなかった?国境付近にある世界最大の遊園地だよ」


遊園地という言葉に思わず前のめりになる。現実の世界にあったような絶叫マシーンや巨大な観覧車がないことは分かっているが、子供たちが燥ぐ声やホットスナックの匂い、鮮やかな風船や装飾の色など、思い出される遊園地の空気がフィーユを笑顔にする。


「行ったことないなら、今度行ってみようよ」

「ですが、人が大勢いる場所に私が行って、騒ぎにならないでしょうか…」

「大丈夫。ワールドリーフには独自のルールがあって…王族、貴族、平民、妖精全てが楽しめるように皆平等に扱われるんだ。もし、地位が高いからと行列に割り込んだり、差別的な言動をすれば即退場、罰金をとられることになるんだよ」

「この世界にしては良心的ですね…」

「しかも、ワールドリーフは多額の広告費を払っていて、新聞社のお得意様だから、次の日の新聞には悪さを働いた連中は問答無用に書かれ叩かれるんだ」


ここまで話を聞いたフィーユはワールドリーフに好印象を抱き、アーティーの言う通り、気晴らしに行っても良いのかもしれないと思えるほどに惹かれた。楽しんでいる場合ではないと分かってはいるけれど、この世界で頑張るためだと言い訳して「エルノア国王に相談してみます」そう前向きな答えを出した。








続く


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