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#13 敵意


王宮の門を抜けた先には仁王立ちしたエルノアが待ち構えていた。無断で街へ行ったことを怒っているのか、エルノアは険しい表情を浮かべていたが、フィーユがしゅんと肩を落とせば、何を言う気にもなれなかったらしく、ただ溜息を吐くだけだった。


「その荷物は一体何ですか?」

「町の皆さんから頂きました。あ、これはエルノア国王にお土産です」


抱えていた荷物をその場に置いてクロードに預けていた花束を受け取ったフィーユは喜んでくれることを期待してエルノアへ差し出した。フィーユがそうであったように、ダークグレーの包みと紺のリボンに訝しげな顔をするエルノアであったが、受け取って中身を見た瞬間に深青の瞳が光を映して瞬いた。


「月橋花と言うそうですが、ご存じですか?」

「確か、王宮にも飾られていましたが…こんなに綺麗だったとは知りませんでした」


今まで高価な花束を沢山もらってきたであろうエルノアには小さすぎる贈り物だったかもしれない。けれど、彼は確かに綺麗だと言って微笑んでくれたから、フィーユはそれだけで満足だった。


「土産は嬉しいのですが…今後、街へ行く際は僕に相談して下さい」

「はい。また、近いうちに行きたいと思っているので、その時は事前に伝えます」


次に町へ行ったときは今日のお礼を言って、もらった物以上の買い物をしたい。その為には自分が自由に使える金額を確認して、硬貨や紙幣について学んでおかなければならないだろう。そんなことを考えるだけで王宮での窮屈な日々に楽しみが生まれ、胸が弾んだ。


「その様子だと皆に良くしてもらえたようですね」

「はい。とても」

「君が会見を上手くやったからですよ」

「それはエレンタンさんのお陰です。それに、皆さんは言葉がなくても私を受け入れてくれたと思います。とても、良い方々でしたから」


下ろしていた荷物を一つひとつ大切に手に取りながら答えたなら、エルノアは「それは良かった」そう告げると同時にフィーユが手にする前の荷物を持った。勿論、フィーユや近くにいた側近は国王の手を煩わせるわけにはいかないと止めに入るが、彼は自分が持っていくと言って聞かず、話が終わらぬうちに歩きだしてしまう。


「お菓子はティータイムに、野菜や果物は今日の夕食に出しましょう」

「はい。お口に合うか分かりませんが、エルノア国王も是非食べてみてください」


国王と妖精が楽しげに会話をしながら歩く姿は多くの人の目に留まり、日に日に距離が近づいていると噂する者も少なくない。そのことが良いのか悪いのかフィーユは判断できずにいたが、少なくともエルノアは現状に満足しているらしい。


「手が空いたら、執務室に来て下さい」

「はい、分かりました」


国王に部屋まで送ってもらうことにも抵抗がなくなったフィーユは素直にお礼を言って彼と別れた。コペリと二人きりになると緊張も解けて、ここまでの疲れがどっと押し寄せてくる。雪崩れ込むようにソファへと座ったフィーユはコペリが少年からもらった花を生ける様子をただ見つめていた。


「そういえば、購入されたドレスですが、全てクローゼットの中に仕舞いました。流石はマダム・ビター。どれも素敵なドレスでございます」

「どれもって…もしかして!」


コペリにとっては何気ない会話のつもりだったのかもしれないが、フィーユは今自分が着ている紺とピンクのドレス以外に心当たりがなく、首を傾げる。しかし、試着の際にエルノアが気に入ったものは全て買うよう言っていたことを思い出すと、一つの可能性が浮かび上がるから、慌ててクローゼットへ向かった。

両扉を開くと視界一杯に広がるのは鮮やかな色のドレスで、それぞれ細かなレースや大きなリボン、眩いライトストーンなど装飾がなされ、昔遊んだ着せ替え人形のクローゼットを思わせる空間に瞳が輝く。一方で、試着したドレスだけならまだしも自分では到底選ばないようなドレスまで並んでいるから頭を抱えたくなる。


「毎日、朝昼晩と着替えても良いほど沢山ございますね。あの黄色の花があしらわれたドレスなど、とても可憐でフィーユ様にお似合いでございます。このドレスのデコルテ部分のレースが繊細で美しいですが…早速、お着替えなさいますか?」

「い、いえ…このままで、執務室に行きます」


クローゼットの扉を閉める間もなく、せかせかと歩き出すフィーユに対し、後ろを付いてくるコペリは「エルノア国王様にお礼を言いに行かれるのですね」なんて暢気に微笑んでいる。そんなことを言われてしまうと素直に喜んでお礼を言うべきなのだろうかとも思ってしまうが、また同じようなことになっては困ると執務室の扉の前で表情を引き締めた。


「失礼します」


僅かに上ずった声で挨拶をして室内に入ったところ、エルノアに笑顔で出迎えられる。よく見ればソファの前に置かれたテーブルには町の人々からもらったパンやお菓子、お茶が並べられており、フィーユが来るのを待っていたと言わんばかりの光景に、言いたかったことが喉の奥に引っかかる。


「あの、エルノア国王。私とお茶なんかしていて宜しいのですか?」

「エレンタンから貰った休みは今日までなので、君とゆっくり過ごしたいと思いまして」


温かいうちに飲むようにと勧められたコーヒーをちびちびと飲みながら、目の前に座ったエルノアを盗み見たフィーユは折角の休みにこんなことをしていても良いのだろうかと考える。そもそも、彼はフィーユにどのような関係、距離感でいることを望んでいるのだろう。


あれこれ考えていると気が重くなって、気分を変えるために目の前のクッキーに手を伸ばした。母親が手作りしたものに近いそれは、しっとりとしていて口の中でほろっと崩れて溶ける。懐かしい味に2枚3枚と手を伸ばしているうちに、自分こそ、こんなことをしている場合ではないことに気づく。


「あの、沢山のドレスをありがとうございました」

「気に入ってもらえましたか?」

「はい、とても。ただ、あんなに沢山…申し訳なくて。それに、こうして私に時間を費やしてくださっていることも…」


特別に扱ってもらえるのは有難いけれど、傍から見れば自分は国王を翻弄する悪い妖精だ。そんな話をしたなら、エルノアの中ではフィーユと悪い妖精が結び付かなかったらしく声に出して笑うから、緊張感のなさにムッとしてしまう。


「そんな顔をしなくても大丈夫です。批判してくる連中はこちらが何をしてもしなくても悪いように言ってくるものです」

「ですが、妖精のイメージが…」

「今日のように、実際に君と会って話をすれば分かってもらえるでしょう」


町の人々から貰ったものを目の前にしている今、エルノアの言葉を否定することはできず。不安は残るものの、国王の気遣いを有難く受け取ることにした。それに明日からは国王の業務が再開され、フィーユに感けてなどいられなくなるだろう。そう考えると少し寂しい気もした。


エルノアの机の上に大量の書類が溜まっているのと同様にフィーユが抱えている課題も山積みだ。マダム・ビターに会って話が聞けるのはいつになるか分からないため、それまで自分にできることをしなければ時間だけが過ぎていくことになるだろう。そんなことを考えていると頭が甘いものを欲するから、テーブルの上のお菓子はあっという間になくなってしまう。



「失礼します」


エルノアとの会話も尽きて手持ち無沙汰になっていた時、タイミング良く訪ねてきたのはリズメリーだった。悪いことをしていたわけではないが、二人きりでいるところを見られると気まずくなって、フィーユは咄嗟に席を立って頭を下げた。それに対し、リズメリーはいつもと変わらぬ笑顔で挨拶してくれるけれど、そこに薄らと敵意が見えるから、これ以上、リズメリーに悪く思われるわけにはいかないとして彼女に席を譲ることにする。


「有名なティッカオのチョコレートを頂いたので一緒に頂きたかったのですが…一足遅かったようですわね」

「…申し訳ないですが、またにしてもらえますか?」

「でしたら、今日どこかで時間を作って下さいませんか?最近の私たちは真面に話もできていませんのよ?」


祈るように胸の前で強く組んだ両手からリズメリーの不安が伝わってくる。おかげでフィーユまで緊張した面持ちとなり、ごくりと喉を鳴らしてエルノアの答えを待った。今日は時間があると言っていたはずのエルノアが暫く考え込む仕草を見せたことは意外だったが、最終的に出した答えは「分かりました。後ほど伺います」というもので、フィーユは自分のことのように安堵した。


「良かった…それでは、お待ちしていますわ」


スカートの裾を摘まみながら膝を折って挨拶したリズメリーは呆気なく去って行こうとする。それを見たフィーユはチャンスとばかりに「それでは、私もそろそろ失礼します」と声を上げた。エルノアはもう行くのかと驚いているようだったが、声を掛けられる前にリズメリーの後に続いて歩き出したなら、自然な流れで執務室から脱出することができた。


「エルノア様が元気そうで良かった…フィーユさんのお陰ですわね」

「え…?」

「本来であれば私が、ドネヘシル様が亡くなられて辛いはずのエルノア様を支えなければならないところを…それができなかったから。妖精である貴女の力のお陰ですわ」


それは幼い頃からエルノアを支えるよう教えられてきたリズメリーらしい言葉であった。彼女の考え方を否定するつもりはないが、目の前で悔しさを露わにされては困ってしまう。落ち込んだ彼女をじっと見ているわけにもいかず、視線を落としたところ、ふとリズメリーが腕にぶら下げている紙袋が気になった。先程、リズメリーはチョコレートだと言っていたが、見るからに高級そうな袋を見ると宝石でも入っているのではないかと思ってしまう。


「あ、これ…良かったら、どうぞ」

「え。ですが、これはエルノア国王に…」

「さっきの反応を見ると食べたそうではなかったから。前に気になると言っていたはずなのですが、忘れてしまったようですわ」


本当に貰って良いのか戸惑ってしまうも、目の前に差し出されたそれを受け取らないわけにはいかず。可愛らしい赤のリボンがついたそれを手にしたフィーユは暫し悩んだ末、次にエルノアに会った時に自分から再度渡してみようと決めて、大事に胸に抱いた。


「あの、フィーユさんは部屋に戻りますわよね?良ければ途中までご一緒しませんか?」


今回のことで敵対視されてしまっただろうと思っていたフィーユにとって予期せぬ誘いだった。もしかすると、共に歩きながら嫌みの一つでも言われてしまうのではないかとも考えたけれど、リズメリーの表情はフィーユの不安を消し去ってしまうほどに明るい。断る理由も見つからず、仕方なくではあるが頷いたなら、彼女は早速歩き出すから後に続いた。


「実は私、ドネヘシル様の寝室にご挨拶に伺ったときにフィーユさんを見かけたことがありますの。突然、私が訪ねてきて慌てたのか、逃げるように寝室から出て行く姿に声は掛けませんでしたが…」

「そうだったんですか」

「その後、ドネヘシル様にお尋ねしたところ、時がくるまで秘密にしてほしいと言われましたの。それと、フィーユさんには一番辛い時を支えてもらった。感謝しているとも言われていましたわ」


リズメリーはフィーユの存在を知っていたから、初めて会った時も驚かず良くしてくれたのだと合点がいく。同時にどうして彼女はわざわざこの話をしたのか気になって返事ができずにいた。小説の中でリズメリーはいつもエルノアと一緒だった。今思えば、ドネヘシルの死を悲しむエルノアを支えるべきはフィーユではなくリズメリーだったのかもしれない。それを裏付けるようにリズメリーは病床に伏せたドネヘシルの話を始める。


「フィーユさんがそうしたように、エルノア様のどんな言葉も想いも受け止めて、支えてあげてくれというのがドネヘシル様に言われた最後の言葉でした。ですが、人間である私は妖精には敵わないみたいですわ」

「…妖精は安らぎを齎すことしかできません。本当の意味でエルノア国王を支えられるのはリズメリー様しかいないと思います」


フィーユがそう伝えたところでリズメリーの表情が晴れることはない。同じように、フィーユの心情も穏やかではなかった。これも全てドネヘシルの不用意な発言のせいだと恨みたくもなる。エルノアが間に立っていなければ、リズメリーとはきっと良い関係を築くことができただろう。罪悪感から彼女の顔もまともに見ることができずにいると、いつしか二人の間に会話はなくなり、そのまま分かれ道に差し掛かった。


「こんな話に付き合わせてしまって、ごめんなさい」

「いえ…」

「あの、最後に一つ。お願いがありますの」

「お願いですか?」

「一週間後に王宮で夜長祭というお祭りが行われます。その日は長老会の方々も参加される予定ですの…そこでは、どうか目立った行動を控えて頂きたいのです」


長老会という言葉はエルノアの口からも聞いたことがあった。確か追悼式に妖精が参列したことに対して煩く言われたという内容だったはずだ。長老会は妖精に良い印象を持っていないということなのだろうか。疑問に思ってリズメリーに尋ねたところ、彼女は答えづらそうに目を伏せる。


「長老会は神族が最も力を持っていた時代の王族の方々が中心となっています。なので、神族への敵対心が強く、神族に管理されていた妖精のことも良く思っていないのですわ」

「王族の方々なんですね」

「既に現役を退かれていますが、年長者は敬い崇めるもの。エルノア様であっても逆らうことは許されないのです。私も追悼式の件で厳しく言われてしまいました…」

「リズメリー様がどうして…」

「本来、妖精ではなく私がエルノア様と同行すべきだったと。次期王妃候補としてエルノア様の間違いを正せと言われてしまいましたわ」


自分の知らないところでそんなことを言われていたなんて、申し訳なさに眉尻が下がる。その口振りから察するに夜長祭ではリズメリーがエルノアの隣に立つようにと再三言われたのだろう。これまで文句一つ言わず、優しく接してくれたリズメリーに対してフィーユは「すみません。夜長祭では気を付けます」としか言えなかった。


その答えに胸を撫で下ろすリズメリーの姿を見るに長老会とは余程恐ろしいものらしい。関わりたくはないけれど、もしもの時に備えて「長老会にはどんな方がいるんですか?」と恐る恐る問うてみる。そこで名前が挙がったのは4人の主要人物だ。トップに立つのはエルノアの祖父バロンの弟ニコラスとその妻ヴィング。次いでバロンの兄の次男アーチと長女の婿ルドルフが力を持つ。他にも傍系はいるが高齢のため王宮を離れ、穏やかに暮らしている者が多いそうだ。ここまでリズメリーは簡単に説明したが、フィーユは早い段階で名前と立場が一致しなくなり混乱するばかり。


「えっと…エルノア国王のおじい様の弟夫婦ということはかなりのご高齢ですよね」

「お二人とも百を超えています。一部援助は必要ですが、白竜の宮でお元気に過ごされていますわ」

「白竜の宮って…ドネヘシル前国王と私がいた」

「今まで出会わずに済んで良かったですわね。妖精が白竜の宮に出入りしていると知れば、例え前国王の妖精とはいえ、ただでは済まなかったはずです」


それは過去に限ったことではなく、今後、エルノアの傍にいれば彼らに何をされるか分からないということだ。「どうか、彼らの怒りをかわぬよう気を付けて下さいね」そう簡単に言って去っていっていくリズメリーを見送りながら、フィーユは間近に迫る夜長祭に不安を募らせるのだった。






続く


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