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#12 視線

フィーユの一言により王宮内は慌ただしさを増した。王宮内外の統制に追われていたコペリは呼び戻され、フィーユを美しく輝かせるべく慣れた手つきで化粧を施す。その傍らでは、エレンタンが記者からの質問を予測し、対策をフィーユに聞かせていた。エレンタンによると追悼式でのフィーユの評価は二分されているそうだ。王族寄りの報道がなされるマリーゴールド通信社では王族が妖精を迎え入れ、妖精差別撤廃へ切り込みを入れたと報じた。一方で王族に否定的なハプロフリュネ社や中立の立場にあるシリウス報道社は王族の妖精贔屓は人々の反感を買う恐れがあると懸念するものだった。中には、国王が所有する妖精は幾らの値で購入されたのか、国王は妖精愛者なのか、などと面白おかしく報道するものもあったそうだ。


「答え難い質問や答えたくないものには、聞き取りにくいのでもう一度お願いしますと伝えて頂ければ、相手が質問内容を変えるか、他の記者が割り込んで違う質問をするでしょう」

「本当に聞き取れなかった場合はどうすれば良いですか?」

「その場合は単純に、もう一度お願いしますと伝えて下さい」


フィーユは自身の記憶力の良さには自信があり、ここまで教わったことは難なく習得することができた。しかし、エレンタンから激励の言葉を投げ掛けられると、緊張で表情は引き攣ってしまう。それを見たコペリは折角の化粧がこれでは台無しだとエレンタンを責めつつ、フィーユには「フィーユ様はお綺麗で、けれども気取っておられず、人間の心を持っておいでです。会見もきっと上手くいきます」そう勇気づける。彼女の言葉に幾分救われたフィーユは深呼吸ののちに立ち上がった。



「さぁ、行きましょう」


部屋を出た先にはエルノアの姿があった。先程より着飾ったフィーユに対し、流石は僕の妖精だと言わんばかりに満足げな笑みを浮かべた彼は手を差し出してくる。その張り切った様子にフィーユが恐る恐る「まさか、一緒に…?」と問うたなら、当然だといわんばかりの顔をされるから困ってしまう。


「あの、私は一人で行くつもりだったんですが…」

「君は僕の妖精です。傍にいるのが当然ではないですか?」

「いえ、ですが。国王がいると皆さんが委縮してしまいます」

「それに何か問題がありますか?」


権力を前にした途端、聞きたいことが聞けなくなるような者は記者に向いていないだろうとあっさり切り捨てるエルノアに対し、これでは却って嫌な印象を持たれてしまうと考えたフィーユは、もう話は終わったものとして歩き出す彼の腕を掴んで引き留める。失礼だとは思ったが、彼が最後まで話を聞かないから仕方ない。


「今回は私一人で行かせてください。お願いします」

「僕は君を心配しているのです」

「そのお気持ちは嬉しいです。ですが、私は国王の妖精である前に、妖精の代表として話をするんです。国王の妖精だから特別だなんて思われては意味がないです」


大層なことを言いつつも、本当は今すぐに逃げ出したいくらい不安で、許されるのならエルノアを頼りたいと思っていた。けれど、妖精に関する問題を解決しなければ物語は終わらない。フィーユはそう自分に強く言い聞かせると、仕方なくといった様子ではあるが納得してくれたエルノアに向かって、気丈にも笑顔を向ける。


その後、王宮の正門前まで付き添ってくれたエルノアは別れる直前に自らの専属騎士であるクロードを傍に置くよう言ってくれた。背が高い彼が隣に並ぶと子供に戻ってしまったような気になってしまう。一礼しただけで何の言葉も発しないクロードは国王から離れ、妖精に付くことをどう思っているのか、瞬き一つしないその表情からは読み取ることができない。


「開門致します」


兵の言葉にクロードへ向けていた視線を正面に戻す。重厚な石の門が地響きを伴って開かれる。視界が開けていくと同時に外の喧騒が大きくなっていく。人々の熱気に怯んだのは一瞬で、次の瞬間にはまるでミシェル・ハートになった気分でそこにいる人々に手を振って「こんにちは」と美しい笑顔で挨拶をした。


「追悼式から今日までお騒がせしてしまって、すみません。今日も多くの方が来られていると聞き、一度ご挨拶しようと思って参りました」


妖精が話す姿を目の当たりにし、一瞬静まり返るも次の瞬間にはどよめきが生まれる。先陣で構えていた記者たちは一斉にカメラを取り出すと、あらゆる方向からフィーユの姿を捉える。パシャリと小気味良い音に気を良くしたフィーユはモデルになったつもりでとびきりの笑顔をサービスした。


「どうして、人間の言葉が話せるんだ?」

「長い間、人と共に生きていく中で、いつか話をしてみたいと思っているうちに自然と話せるようになりました」

「ドネヘシル前国王に仕えていたというが、どういう経緯で仕えることに?」

「王族が私を買ったと言われている方もいるようですが、私が王宮に来た頃、妖精の売買は今のように当たり前に行われていませんでした。そのことからも分かるように、決してそのような事実はございません。私は偶然、森の中で出会った前国王様に王宮へ招かれ、自らの意思で仕えることを決めました」


間髪入れずに放たれる質問はエレンタンが予測したものばかりであった。フィーユは教えられた通りに答えているだけであったが、記者と向き合い丁寧に答える姿勢と堂々とした振る舞いに周囲の目は変わり、敬意すら感じられるようになった。


「現国王様との関係は?随分と親密であるという噂もありますが?」

「私は昔のように人と妖精が共に生きる世の中になればと思っています。エルノア国王様がどこまで賛同して下さっているかは分かりませんが、手助けをして頂いております。それは私が前国王様に仕えていたことへの感謝によるものであって、それ以上の感情はありません」


人々は国王と妖精の異種間の恋愛という設定を面白がっていただけで、本当にそれを信じてはいなかったのだろう。フィーユの説明に皆は納得した表情を浮かべると同時に、面白いネタがなくなって残念といったふうに息を吐く。

明日の新聞の見出しを飾るのはどんな言葉だろうかと想像したフィーユもまた憂鬱になる。妖精と人間の関係性について言及する者がいなかったこともそうであるし、フィーユ以外の妖精について話題にも上がらなかったことからも、人間が現状を変えようとも思っていないことが伝わったからだ。


「エフスワロー新聞社のアラン・トワと申します。私からも質問宜しいですか?」


フィーユは人々の前に出るにあたって心に決めていたことがあった。一つは決して笑顔を崩さないこと、そしてもう一つはエレンタンから教わった「聞き取りにくいのでもう一度」という言葉は使わず、どんな質問にも誠実に答えるということだ。

それをどうにか守り切って、会見が終わろうとしたところで、声の主が誰かも分からぬほど遠くから声を掛けられた。それは今までの記者にない丁寧なものだったけれど、何としても知りたいという好奇心と全てを明らかにしたいという探求心が伺えて、フィーユは僅かに緊張を滲ませつつ「はい」と返事をした。


「フィーユさんは人間と妖精のためにどのような活動をされるつもりですか?また、それによって世界がどう変わると考えていますか?」


その質問はひどくフィーユを悩ませた。本当のことを言えば、親切にしてくれているエルノアに協力を頼まれたから軽い気持ちで引き受けて、もしかすると自分が現実の世界に戻るために解決すべき問題かもしれないからと思ってやる気を出しただけのこと。そんな自分は妖精のために何ができるのだろう。


エレンタンがこの質問に対する答えを何と教えてくれたのかもはっきりと思い出せぬまま、フィーユは自らに問うた。そして、自分にできるのは妖精の姿で人間と話をする以外になく、それが唯一無二であることに気付く。


「今日、この場で私の話を聞いた皆さんはきっと色々なことを思い、妖精に対する印象が変わったと思います。私は少しでも多くの人に変化を齎したいだけです。その積み重ねが、世界が変わる切っ掛けになると信じています」


今日のフィーユの話を聞いて悪い印象を持った人はいないはずだという自信があるからこその答えだった。アランと名乗った記者はその答えが期待通りだったのか「ありがとうございました」と笑みを含んだ声で礼を言った。


最後に相応しい質問と答えに何も言うことはないと思ったのか記者たちは一人また一人と、その場から去っていく。フィーユは無事に会見を終えたことで気が抜ける思いであったが、笑顔を崩すことなく、町の人々を残したまま立ち去ろうともしなかった。冷たい印象を与えぬよう、彼らに背を向けるべきではないと思ったからだ。


最後の一人まで見送るべく佇んでいたフィーユに一人の少年が駆けてくる。傍らにいた騎士のクロードが瞬時に身構えるもフィーユはそれを制し、何か言いたげな少年に視線を合わせるべく腰を落とす。


「どうしましたか?」

「すごい綺麗だから。その羽、触らして」

「羽ですか?」


フィーユは太陽の光を浴びて一層輝く自らの羽に視線を向けて納得すると少年に背中を向けた。小さな手が恐る恐る触れてくる。羽の根元には感覚があって、背中を撫でられているようなすぐったさに笑みが零れる。そうしているうちに近くにいた子供たちも駆け寄ってきて我先にと手を伸ばしてくるから、フィーユは堪らず声に出して笑った。


「妖精さん、ありがと。あのさ、お礼したいから一緒来て」

「え?」

「触らしてくれた、お礼!」


最初に声を掛けてくれた少年に手を引かれ、逆らうことができず。クロードや遠巻きにいた兵士らの混乱をそのままに駆け出した。人混みを掻き分けた先には活気ある町並みが広がっていた。追悼式の後にエルノアと歩いた時とは違った賑やかな光景にフィーユは瞳を瞬かせる。同じように突然、街中に現れた美しい妖精に人々も驚きの声を上げている。警護として付いて来てくれているのはクロードだけであったが恐怖心はなく、自身に集まる視線が心地良いとさえ思えた。



「ここ。ここが僕の父さんの店!」


可愛らしい小さな店が建ち並ぶ商店街の一角にあった花屋。少年は簡単に説明するとフィーユを店内へ招き入れた。店に入る前から花の香りが漂っていたが、店内に足を踏み入れた瞬間、更に強い香りの中に突き落とされる。それに混じった土や草の匂いはどこか懐かしさを感じさせるもので、ここまで走ってきたせいで荒れていた息が途端に落ち着く。王宮の温室にも似た空気はフィーユを温かく迎え入れてくれるようだ。


「これ!この花を妖精さんにあげる!」

「でも、これは売り物なんじゃ…」

「お気になさらず、どうぞどうぞ。貰ってやって下さい」


透けた花弁が何枚も重なって形作られたピンクの花は確かにフィーユのイメージに合っていた。とはいえ、店の花瓶から無造作に取り出して水が滴るそれを差し出されては戸惑って、受け取るべきか悩んでいたところ、店の奥から店主と思われる男性が現れる。突然の騒ぎに何事かと驚いて出てきたようだったが、妖精と興奮した様子の少年に事態を把握したらしく、目尻の皴が印象的な優しい笑顔で声を掛けてくれた。


「それなら、お代を」

「いえいえ、本当に…見たところ、息子が我儘を言ったようなので、そのお詫びに是非是非」

「それなら…この花とは別に、お土産として花束を買っても良いですか?」


フィーユは何かあった時のためにと貰っていた硬貨を取り出すと店内を見回して、ふと頭の中に浮かんだ彼に似合う花を探す。重厚感と拘りが感じられる部屋の邪魔をしない色味で、古書と暖炉の匂いに混ざらぬよう控えめな香りのもの。幾つかの条件を挙げて、鮮やかな店内を見て回っていると、チューリップのような見た目だが、その白い花弁の奥から光が浮かぶ奇妙な花を見つける。温かな橙の光はランタンにも見え、イメージにピッタリだと思ったフィーユは店主を呼ぶ。


「この花を5本頂きたいのですが、硬貨一枚で足りますか?」

「勿論、勿論。1本500フールですので、5本で2500フール。そして、97500フールのお釣りになります」


単位が違うだけで考え方は日本円と同じであることに安堵する。一方で、10万硬貨があること、そしてそれを簡単に渡されたことに驚く。渡されるがまま受け取って、胸に忍ばせていた一枚の硬貨が今では重く感じる。改めて硬貨を見ると確かに自分の顔が映って見えるほどの澄んだ銀色に、キラキラと星の粒のような光が散りばめられ、細かな細工がされたそれは宝石と比べても劣らないほど綺麗だ。


「この硬貨で花束を買うのは迷惑ですか?」

「いえいえ。寧ろ、そんな貴重な硬貨を頂いて宜しいのですか?」

「自由に使って良いと言われているので、大丈夫だと思います」

「そうですか?ではでは、お釣りと商品のほうはラッピングをしてお持ちします。少々お待ちください」


店主は1枚の硬貨とバケツに生けられていた花を5本抱えて店の奥へと消えて行った。フィーユはこの世界で初めて買い物をしたことに高揚感を抱きつつ、花束が出来上がるのを待った。店内にある花を見ていると待ち時間も苦ではなく、あっという間に店主が戻って来た。歩み寄ってくる彼はなぜかダークグレーの包みを抱えており、贈り物には相応しくないそれに思わず眉を寄せる。けれど、差し出されたそれを見てみると暗い包みの中で花が発光していることに気づき、これが一番、花を美しく見せる包装であるのだと理解する。


「この花は月橋花といって、毎日水を変えて夜風に当ててあげれば3週間はもちます。見た目に反して丈夫な花なので初心者向きです」

「分かりました」

「対照的に息子が渡したその花は繊細なので25度前後の室内で日の当たらないところで育てて下さい」


花を1輪持っているフィーユに代わってクロードが花束を受け取ってくれた。ここまで何も話さず付いてきてくれた彼が自ら行動に起こしたのは初めてで少し驚く。同時に、体格の良い彼が大事そうに花束を抱く姿に違和感があって、つい笑ってしまう。


「こちらがお釣りです。すみません、少し重くなってしまって…申し訳ない」

「いえ、巾着に入れて下さって、ありがとうございます」


白地にピンクの花柄が可愛い巾着袋にお釣りを入れてくれた店主の優しさが嬉しくて、中身が詰まって重たいそれを大事に受け取った。じゃらじゃらと音が鳴る中身が気になって覗き込んだなら色々な種類の硬貨で溢れており、買い物をしたはずが、逆にお金持ちになって気分になる。


「妖精さん。また来てね」

「はい。そう言えば貴方の名前は?」

「ラルストラ。皆はラルって呼んでる」

「ラル君ですね。私はフィーユと言います」


人懐っこい笑顔で手を振るラルが弟のように思えて名残惜しいけれど、フィーユは別れの言葉を添えて手を振り返したのち、クロードを連れて歩き出した。店の外に出ると花の香りが薄れ、冷たい風に現実へ引き戻された気になる。更にそこには妖精見たさに人が集まっており、途端に緊張が走る。


「ねぇ、ちょっとあんた。うちの店にも来なよ」

「うちも。美味しい焼き菓子があるから食べにおいで」

「はいこれ。美味しいオレンジだから持ってきな」


それは現実の世界にあった活気ある商店街の雰囲気によく似ていた。他方から話し掛けられ、理解できぬうちに果物や野菜、パンやお菓子などを渡される。差し出されるがまま受け取っていくうちに両手は一杯になり、それを見かねた一人から「ほら、妖精さんが困ってんじゃねぇか」と気遣われる始末だ。


「あの。どうしてこんなに良くしてくださるんですか?」


想定外の事態に戸惑って、上ずる声で尋ねたところ、沢山のパンをくれたおばさんが代表して口を開いた。どうやら皆、先程の会見を聞いていたらしく、フィーユの言葉に感銘を受けたのだそうだ。


「妖精さんは何も悪いことはしていない。ただ利用されているだけだって知ってるからね」

「ただ、うちらは貴族様には逆らえないし、貴族様に媚び諂うために平気で悪いことをする連中もいる。そういう連中が妖精は悪だと言い聞かせて自分を正当化してることも分かってる」

「えぇ、そうよ。だから、あなたには人間には悪い人もいる一方で、私たちみたいな味方がいるって知ってほしいの」


人々の言葉に心が満たされて、涙が溢れそうになった。涙の代わりに「良かった…」と零した言葉は人々の思いを知ることができたことへの喜びと、味方だと言ってもらえたことへの安堵によるものだった。抱えた荷物が重たいことすら嬉しくて、フィーユは偽りのない心からの笑顔でお礼を言った。


「あの、また来ます。今度はちゃんとお買い物しますね」


別れ際にそう伝えると、皆は口々に買い物なんて気を遣わずに遊びにくるよう言ってくれる。フィーユは再度お礼を言うと、クロードと共に沢山の荷物を持って帰路につく。帰りの道のりでは、行きがけに感じていた人々の視線も気にならず、賑やかな街並みを堪能するのだった。






続く


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