第14回書き出し祭り提出小説
タイトル:竜に見出された僕は竜退治に出掛け~そして殺戮者になる
あらすじ(396文字)
一人の竜がいた。
背には一人の生き物を連れ添っていた。
世界には何もなかった。
しかし二人はそれを気にしなかった。
二人は頷き合い、自らの命を世界に落とした。
竜の躯は幾つにも分かれた。
やがてそれらは大地、海、空、星が生まれ、世界が出来上がった。
生き物の身体は幾つにも分かれた。
やがてそれらは魚、動物、植物が生まれ、自然が出来上がった。
二人は世界を作り出し、世界になって失われた。
やがて、世界にヒトが生まれる。
ヒトが生まれれば言語が生まれ、コミュニティが生まれ、そして差異が生まれていく。
善と悪。
生者と死者。
成す者と成せぬ者。
富める者と貧しき者。
力持てし者と力無き者。
世界には支配が生まれ、管理として国が作られた。
台頭するのは竜。その力を借り受け支配するヒト。
そして、世界では絶えず争いが生まれたのだった。
本文(3990文字)
それは、重くどんよりとした雲が空に広がっていた日。
地上に陽の光が指すことはなく、顔を上げればしんしんと雪が舞い落ちる日。
狼の獣人種としては薄汚れ、くすんでしまった銀の毛皮があっても肌寒く、僕のいる路地裏に風の悪戯でも来ようものなら身体の芯から震えてしまう程の冷たい日。
視線を前に向ければ、道をゆく皆々が厚手の服で身を包み、寒さに震えながらも日常を過ごしている様子が窺える。
それもそうだろう。今日はこの国が生まれたと言われる祝いの日。誰もが国を祝い、日々を敬い、生きる感謝を捧げる日なんだ。だから誰もが色とりどりに着飾り、小麦を捏ねて焼き固めた駕籠の中や色とりどりに染められた羊毛で編んだ包みに、聖竜様を模した飾りを持ち歩いていた。
だけど、僕にそんな服はない。身に纏っているのは、季節の巡りなど関係なく着続けて垢じみた、ぼろぼろの布切れを繋ぎ合わせただけの服とすら呼べない物だ。
「……おにいちゃん……」
掠れた声で呼びかけたのは、双子の妹。僕の身体に隠れるようにして傍らにいる。見た目も姿も一緒で、纏っている襤褸も一緒。違うところと言えば、薄暗いながらもはっきり見える銀の瞳だろう。
路地裏に吹き込んでくる風を、少し奥の方へ動いて避け、互いに痩せた身体を抱き合って少しでも暖を取る。互いの鼓動に耳を澄ませていれば、自然とお互いの身体が温かくなり、
……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……
二人仲良く腹の虫が鳴く。
当然だろう。街じゅうから食べられる物の匂いで溢れかえっているし、僕らは昨日から何も食べていないのだから。
「……どこかで、食べれる物を探そう」
今日なら、何処かで物乞いするか、あるいはこっそりと掠め取ってくる事が出来るかもしれない。
この国を統べる竜に幸運を願いつつ、妹を抱き寄せて表の道から背を向けて歩き出した。
「なあにだきあってんだよ!」
突然の罵声と共に身体に強い衝撃が走り、身体が路地のさらに奥へと飛ばされた。
せめて妹はと身体を入れ替えてどうにか庇い、自分の身体が地面に叩きつけられる格好にした。
「……ううっ……」
痛みで霞む視界に、身なりの良いやや小太りの子供を筆頭にして、数人の少年少女たちがやってきていた。
「けものくさーい!」
「なんでケモノがうろうろしてんだよー!」
げらげらと笑いながら、逃げられないよう僕らをゆっくりと取り囲んでいく。
見覚えのある彼等の姿に妹が怯え、僕は精一杯睨みつけながら喉から唸り声を上げる。
「ふん! 負け犬め!」
小太りの男の子供が手を振ると、僕は背後から蹴り飛ばされ妹と離されてしまった。何とか体勢を立て直そう踏ん張ったものの、長身の子供に捕まえられて羽交い締めにされてしまう。
「は、離せぇっ!」
いくら暴れてみても、空腹では碌に力が入らない。逆に動かれて鬱陶しいのか、頭に頭突きを食らい視界が揺れる。
「かんりされてないけものは、くじょ? していいんだぞ!」
親を亡くし、身よりもなく、街の影で生きている僕らは、大人に見つかれば怒られ、殴られ、追い出されてしまう。それを知った子供が、大人を真似て殴りかかってくるようになった結果がこれだ。いくら街中が賑わっていたとしても、こういう悪意はどこにでも潜んでいる事を忘れていた。
「うええ……おにぃちゃぁん!」
妹の泣き声が路地裏に響き渡る。だがこんな所へは誰もやってこないし、たとえいたとしても人は皆、僕らが殴られていても見て見ぬ振りだ。
髪を捕まれ、無邪気で無頓着な力をもって全力で殴られる妹。一度殴られれば言葉を失い、二度殴られれば瞳が何も見なくなり、三度目で血飛沫が舞った。
「へへへ。好き放題殴れるっていいなあ……」
妹の顔を殴っていた男が、ちらりとこちらに顔を向け、その拳に付いた血を舐めていた。
一方的な蹂躙に酔いしれたその姿は、幼いながらも暴力の快楽に耽っていた。
「止めろ! 殴るなら僕を殴れ!」
声高に叫ぶ僕が面白いのだろう。優越感に浸る彼等は、口角を上げて笑っているだけだ。
「へっへへぇ。なんだよぉ? もうちょっとなぐったらぁ、もっとたのしぃかなぁ!?」
獲物を見つけた野犬のように鼻息を荒げ、徐々に目が血走り、握る拳に力が入りすぎて血が滲み出ている。
「……うっ……ぅぉぉおおおおおおおおおおおぉぉ……!」
世界の礎になった万物の竜よ。僕の遠吠えに応えてくれ!
僕では妹を助けてやれない。僕はどうなってもいいから妹を助けてくれ!
それが叶わないなら、僕を妹と共に死なせてくれ!
僕よりも身体の大きく、野獣のように血に酔いギラギラと目を血走らせた子供の膨れた腕が、ゆっくりと振り上げられる。
「おらぁ! もっと鳴けよぉ!」
力の塊が容赦なく妹に叩きつけられた。
ぐしゃりと骨の砕ける音と、手や腕に飛び散る真っ赤な血。
「うわあ! すげえ! 真っ赤だぜ!?」
まるで綺麗な花でも見たかのように目を輝かせる男の子。周りの子達もやんややんやと囃したてる。
「ああ……プル……」
押さえが外れ、全身から力が抜けて冷え切った地面に膝を付く。両親から妹を守るように頼まれたのに自身だけ生き残り、胸の奥から希望が次々とこぼれ落ちて、無力感が隙間を埋めていく。
「おい。その娘はまだ死んでないぞ」
その言葉は、空から降ってきた。
この国では誰もが一度は聞いたことのある低く重みのある男の声に、ハッと空を見上げた。
「……る、ルース、イサッ、クス様……」
それは周囲に溶け込んでしまいそうなほど雪のように白く、しかし陽の光もないのに淡く光って自らの存在を示して誰の目も捕らえさせて離さない。鳥にも似た羽毛を風になびかせながら静かに路地裏へ降り立ち、胸を張って立つ四つ足の姿は僕の半分程の背丈しかないのに、青い虹彩の眼が誰よりも凛々しくこの状況を見つめている。
ルース・イサックス。それは、この国を作り守護する竜の名前だ。
街の喧噪すら静まりかえった中、一つ頷いたルース様の口元が膨らむと、霧のような息が妹に降りかけられると、あれだけボロボロにされた妹の身体や顔が元に戻っていく。
「……ルースさま……? いったい、なにを……?」
小太りの子供が、妹を指さしながら震えた声で問いかけた。
それだけでも、他の子どもに比べれば随分と度胸がある。
「この国に住むものは俺の所有物だ。何か文句があるのか?」
「で、でもそいつはくじょしていいんだって、父さんが言ってた! そいつは野良犬と同じって! 街の役には立ってないからって! みんなのメイワクだからって!」
「なら、貴様等とて同じだ。俺の迷惑だから、な」
腹の底に響くような低い威厳のある声で呟くと、面倒そうにちらりと僕の後ろにいる小太りの子供へ視線を向けた。それだけで彼は腰を抜かしてがくがくと震え出し、股間周りを熱く濡らしていく。
「小僧、治ったぞ」
視線の向きを僅かに変え、ルース様が僕を見た。威圧感は全く消えてないけど、それでもその言葉に応えないわけにもいかないと、震えの止まらない足を殴って無理矢理に叱咤して這うように妹の元へと向かう。
過剰な力で殴られた妹の顔面は殴られる前と遜色なく元の姿に戻り、今は穏やかな寝息を立てていた。
「……ありがとう、ございます……」
「気にするな。この街にいるものは全て俺の物。どうしようと俺の勝手だ」
口角を上げて笑う姿は、優しさとは程遠い姿だったけど、僕と妹は今日も助かって生きられたというのは何となくわかった。妹を抱き上げれば背中越しに鼓動が感じられ、その身体の暖かさでようやく僕の身体が寒さでかじかんでいたのに気づいた。
「……ちっくしょ……とうちゃんにいいつけてやる……! ぜったい、後悔させてやる……!」
股間同様に顔も涙でぐしゃぐしゃに濡らしながら、小太りの男の子が僕を指さす。
「ほほう? その元気は買おう坊主。だが――」
ルース様が街道の方へと視線を向ける。やや遠くに人の歓声が聞こえたかと思うと、それは徐々に近づいてきた。
やがて、あまり幅のない路地裏の入り口に、それは現れた。
「遅い」
「貴方様が勝手にふらふら飛ばれて、何処かへ行ってしまうのが問題なのです」
ルース様の相手をしているのは、白銀にも似た金属で縁取られた白い鎧を纏う騎士だった。ただし、その背丈は僕と妹の背丈を合わせても届かない。片手には背丈に見合った大きな突撃槍を持ち、それを傍らの壁に置いて片膝を付いた。
「え、外装骨格……!?」
再び小太りの男の子が震える。これが、この国を守護する存在であることは、誰もが知っているからだ。
「お迎えに上がりました。御命令を」
「小僧を捕らえて親に告げろ――この街で俺に逆らったらどうなるか、ってな」
騎士様の返事は短く、行動も迅速だった。腰の抜けた彼には逃げる事すら出来ず、そのまま何処かへと行ってしまった。
どうなるのかと見守りたかったけど、それはルース様が許さなかった。あの小さな身体にどれだけの力を秘めているのか、僕と妹を足で掴み上げて空へと持ち上げられてしまったからだ。
「うわわわわわっ!?」
思わず妹をぎゅっと強く抱きしめた。
「黙ってろ。お前等はこれから俺の城に行く」
僕が動くのをやめて息をぐっと飲み込むと、ゆっくりと動き出した。
「次にアレに乗るのはお前だ。勇者よ」
その言葉の意味は、当時の僕にはなんの事かさっぱりだった。
でも、粉雪が舞う中にぽつりと降りたその言葉で、僕の運命は動き出したのかもしれない。
それから数年後――僕は十五の誕生日を迎えた。