悪役令嬢って言ったの誰だよ…私です…
書かない詐欺してすみません。続編初めました。
『恋だの愛だの経験したいって言ったの誰だよ…私か…』
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滑らかな黒髪に、血のような深い赤の瞳──しかも吊り目がち──の美少女。
屋敷って規模の家に住んでて、加えて「マリンお嬢様」なんて呼ばれていたら、前世に日本人の記憶を持つ人間としては悪役令嬢に転生したと思っても仕方ないはずだ。
主語が大きいのは自分でもわかってる。でも、しょうがないじゃないか。
今世の感覚で表現したら物置くらい狭い貸家に、家族で身を寄せあって生きていた前世の私。
それが一人部屋ってだけで大はしゃぎするのに、身の回りの世話をしてくれる召使いが居るとなったら勘違いもするだろう。
父は厳しそうな見た目だけれど、私の願いをなんでも叶えてくれるし、母は私を産んだだけあって女神級の美女だ。
そんな両親だったら、私の家は高位の貴族なのかと希望的観測を……いいや、嘘だ。
本当のところ、疑問を抱く事は度々あった。
高位貴族のお嬢様だったら毎朝の走り込みはしないし、誕生日に剣やら防具やら贈られないし、幼い時分から一緒に過ごして運命共同体みたいな馬を用意されたりしない。
家族旅行と称した山籠りもしないし、娘一人に狩りをさせたり、獲物を捌かせたりもしない。
それでも僅かな希望を抱いていたかった。この世界のお嬢様は、このくらいできなければ生きていけないのだと思い込みたかった。
父に連れられて初めて王城へ行った日に、そんな希望も打ち砕かれたが。
王城に着くまでは、緊張と期待で心が躍っていた。
もしかしたら前世で読んだ悪役令嬢物の小説みたいに王子様と縁談でもあって、これからお茶会をするのかも、と。
前世ではバイトと趣味に手一杯で、恋だの愛だの経験不足なままだった。今世では物語のような恋愛をしてみたい。
こんなお花畑な思考をしてようと「どうぞこちらでお召し替えを」と通された部屋に、子供用の運動着が用意されてるのを見つければ、流石に違うと気づけたけども。
どういう事かと父に問えば「ちょっとした腕試し大会があるんだ。マリンなら大丈夫、全力で戦っておいで」なんて返事をしてくる始末。到着してから言う話ではない。せめて家を出発する前に教えてほしかった。全力でめかし込んだ娘の気持ちを慮ってくれ。
父の言葉を真に受けたのと、ほぼ騙し打ちで決められた出場に、怒り半分で剣を振るえば結果は優勝。折角の化粧が崩れるのが嫌で、汗をかく前に片をつけた。
喜ぶ間もなく、華やかなドレスを纏う美しい少女がやって来て私に声をかける。
「テーゾ家の小さな騎士さん、優勝おめでとう。とっても強くて、優美だったわ!」
状況を飲み込めず、これまたどういう事かと混乱していれば、うんうんと頷きながら「今までよく頑張ってきたな」と感動の面持ちで佇む父が見えた。
今度は聞かなくても察した。お嬢様らしくない汗と鍛錬の日々は、全部このためだったのだと。
美しい少女はお姫様だった。
この大会はお姫様に仕える将来の近衛候補を選抜する試験で、優勝した私がその候補の筆頭になった訳だ。ちなみに近衛候補云々の説明は、帰宅後に父から伝えられた。
周囲から「さすがはテーゾ団長のお子さんですね! 将来は立派な騎士になられるのでしょう」という言葉を受け、喜びを隠そうともしない父。そりゃあ父は鼻高々だろうが、一人娘を騎士に育てようなんて、一体どういう神経をしているのか。ここに来てようやく親の職業を知った私も大概だが。
うっかり圧勝したせいで「お姫様の護衛業なんか絶対務まらない、面倒くさい嫌だ恋愛できない!」なんて弱音を吐ける雰囲気でもない。
空気を読んで周囲に流されがちであった前世の日本人気質がこんな時に出てしまうとは、などと嘆いている間に私の将来はほぼ確定してしまった。この国の成人の半分も満たない年齢である、幼気な女子だというのに。この場にいる大人は全員頭がおかしい。
自身の運動能力の高さを「これがチート、さすが悪役令嬢」と思っていた私は馬鹿だ……。脳筋騎士の父はもっと救いようのない馬鹿だ。
この日以降、近衛候補の筆頭として、王城での訓練が始まった。
お姫様の近衛候補達の訓練だから、他の候補者も女の子ばかりなのかと思ったら、私以外は全員男だった。
ここにきてやっと、基礎教育を鍛錬に全振りしてるお嬢様が珍しい存在だと知ったのだ。
何故なら決勝戦で打ち負かした男の子──対戦時は女の子と勘違いしたくらいの美少女顔である──が「女の癖に剣を扱うなんて」とか「本当に女ならドレスを着て淑やかにしていろ」とか「もしかして女だと嘘をついて油断させる作戦なのか」とか、もうとにかく私が女である事に突っかかってきたからだ。最後のはちょっと違う気がするが。
あんまりうるさい時には憂さ晴らしに試合でボコボコにしてやったから、そこまで気にしてない。あと毎日絡まれたら慣れもする。
他の候補者との仲はこんな感じで微妙ではあったが、お姫様との関係は良好だった。
まだ候補でしかない私達のために、訓練所に顔を出しては差し入れを持ってきてくれる優しい子だ。
主に仕えるという感覚はまだ理解できていなかったけど、この優しいお姫様が危険な目に遭わないよう守りたいという気持ちが芽生えていった。
──そうして研鑽に明け暮れる日々を送って幾数年。
無事に肩書きから「候補」の文字が外れる身となったのだ。
同期相手なら負けなしの実力であると自負している。
しかし、膂力が身につく度に年頃の娘らしさからかけ離れている問題は棚上げ中だ。これについては職業との両立は不可能である。
幼い頃、不躾にも“お姫様”とお呼びしていた王女殿下は国一番の美姫へと成長された。剣を捧げた今でも、出会った頃のように目を掛けてくれる優しい主だ。
ここ最近は良い相手はいないのかと尋ねてこられるのが玉に瑕だが。
王女殿下が輿入れされる件の方が重要だと伝えてみても、「私の嫁ぎ先はもう決まっているもの。大事な騎士の将来を案じて何が悪いの?」と言われて返事に詰まってしまう。
騎士思いの主で頭が下がる一方だが、たまに結婚をせっついてくる母とダブってしまうから勘弁してほしい。
「だからどうにか殿下を納得させたいんだけど、何か良い案はないかなセーリオ?」
「夜遅くに来たと思ったらお前は……とりあえず中に入れ」
「さっすが〜! 頼りになる!」
目下の問題の解決……言ってしまえば先送りをするため、長い付き合いであるセーリオ・アルカイコの部屋に来た次第だ。何を隠そう、彼こそ近衛候補選抜試験の決勝戦にて雌雄を決した……もといボコボコにしてやった相手である。
当時は美少女としか言い表せなかった容姿の少年は、成長して精悍な青年へと変貌した。もしも騎士を目指さなければ美女顔になっていたかもしれない。
「こんな時間に酒を持参して男の部屋へ来るな。騎士の前に婦女であると自覚しろ」
「とか言いつつ入れてくれたじゃん。それに……清廉な騎士サマは婦女子に手を出さないと信じておりますので」
街で見かける嫋やかな女の仕草を思い出しながら小首を傾げて言ってやったのに、セーリオは呆れを隠しもせず見返してきた。
こんな夜更けに相談を持ちかけるのだ、手土産の酒を用意するのは当たり前だろう。
「……そのよく回る口を使って殿下へ奏上すればいい。良かったな解決したぞ」
「ごめんごめん! 私の二枚舌じゃどうにもならないからセーリオの力を貸してほしいんだって!」
「本当にどうしようも無い奴だなお前は……」
真面目で堅苦しくて口煩いが、面倒見が良く助力してくれるのがセーリオだ。
偏見ばかりの顔だけ男などと思った初対面が嘘のようだと感慨に耽ってしまう。
「……おい、聞いているのか」
何度か酒を酌み交わしていれば、不意にセーリオが声を掛けてきた。
「ああ、ごめん。今日は酔いが早いみたいだ」
セーリオをさっさと酔わせてやろうとして自分の方が飲みすぎてしまった。
この男は数杯で酔う事ができる稀有な才能を持っており、かつ愉快な酔い方をするのだ。加えて酒が入ってからの出来事は見事に覚えてない。
今夜セーリオの部屋に来たのは、彼を酔わせてストレス発散する目的もある。
空になったグラスを軽く揺らしおちゃらけて見せたが、彼は笑い事にしなかった。
「疲れているなら部屋に戻ってさっさと休め。騎士は体が資本だ」
「セーリオはつれないなあ。私が結婚して騎士団を辞してもどうでもいいのかい?」
私の言葉に黙り込んだセーリオは、堪えるような表情でこちらを見つめ返した。
「結婚したら騎士を辞めるつもりなのか」
「つもりというか……そうなるだろう? 女は家庭に収まるものだ」
「騎士を辞めろなどと言う男に嫁ぐつもりか、マリン!」
ようやく彼にも酒が回ってきたのか、深夜にもかかわらずセーリオは声を荒げて反論した。よく見ればすっかり耳まで赤くなっているようだ。
待ちに待ったお楽しみの時間である。
「マリンの強さを、努力を……俺は知っている」
「セーリオはよく見てくれているものね」
「マリンがどれだけ王女殿下を慕っているかも、守り、そして支え続けたいと願っている事も知っている!」
「うんうん。わかってくれるのはセーリオだけだ」
「そうだ! 俺はマリンの一番の理解者と自負している!」
こういう感じに酔う奴なのだ。
とにかく褒めて褒めて、褒め続ける。酔っ払い肯定マンと化す。
自己肯定感が鰻登りになって気分爽快なので、落ち込んでいる時によく聞くことにしてる。
「マリンは剣が強くて、構えに隙がなくて、立ち姿は凛と美しい」
「そう思ってくれてたんだ。嬉しいなありがとう」
「笑顔が眩しくて、声も心地よくて」
「ふふふ、なんだよ照れるだろう」
「さっきみたいな媚びた仕草だって洒落にならない可愛さだった」
「……おやおや?」
いつもであればこの辺りで「だから俺は副団長となり、団長になったマリンを支えるんだ!」と豪語しているはずなのだが、今日は流れが違っていた。
「決勝で対峙した時から、マリンはずっと憧れなんだ」
「あの態度で?! わ、わかりづら……」
「いつか一度でも勝てたなら、気持ちを伝えようと、ずっと……」
これは不味い。いくら酔っ払って記憶が無くなるからといって、これ以上はへべれけ状態の人間から聞き出してはいけない気がする。
「お互い飲みすぎたなセーリオ! 少し酔いを覚ました方がよさそうだ!」
慌てて水を渡してやろうとしたのに、セーリオの手はコップを通り越して私の手首を掴んだ。
うっすら涙で濡れているのか、射抜くような瞳が灯りに煌めく。
「騎士を辞めるな」
「わかったわかった」
「二人で騎士団を支えていきたい」
「はいはい、よしよし」
「団長になってくれ」
「それはできればの話だな」
セーリオの酔い方がいつもの展開に落ち着いてほっと一息つく。
しかし、口を開くほど前のめりになっていくせいで、私を抱きしめるように倒れ込んできている。色々と危ない。
水が入ったままのコップをそろそろと置きながら、半ば夢の中にいる様子のセーリオを見遣る。
飲ませ過ぎると面倒なんだな……次は加減しよう。
そう油断して反省と対策を講じていたのが悪かったのか。
「ううん、マリン……」
「はーい今度はどうした?」
「好き、だ……」
「このタイミングで!? おおいセーリオってば! 覆い被さったまま寝るな!」
隙を見逃さないのは騎士としての経験からか、それとも男の本能からくるのか。意図してないのだろうが、してやられた気分だ。
言いたい事を言ったセーリオは完全に落ちたのだろう。先程よりも重く彼の体が被さってきた。
「こんなに最低な告白あるか?! 起きろって! せめて素面の時に言ってみせろ!」
この世界の女性らしさとはかけ離れた私を、男が……というよりも同期達が好きになるなんてあり得ない。そう思っていたからこんな気安い態度でいられたのに。
「どうせこれも覚えてないっていうんだろ! こっちは忘れないんだからな! あ、あああ明日からどんな顔して会えばいいんだよ! セーリオのばかやろう!!」
──悪役令嬢じゃないし脳筋教育のおかげで女騎士となったけれども、この夜を境に前世から無縁の“恋だの愛だの”を身をもって味わう事となるのだった。