第三章 今野目家の悲劇
「紙添と申されましたね?申し送れましたが私はこの子、遥の世話を生まれた時からしております祖母の今野目琴と申します。琴と呼んでくださいまし。」自己紹介をして今野目さん、基琴さんは頭を深々と下げた。僕も釣られて頭を下げた、下げながら二人が親戚である事にある種の驚きを覚えた。そんな僕の疑問を察して琴さんはこんな事を言った。
「私達が家族、それも血の繋がりがある事に驚いてらっしゃいますか?」僕はびっくりした。この人
も今野目さんも勘が鋭いのか僕が顔に出すぎなのか分からないが直ぐ僕の疑問を言い当ててしまった。(エスパーの魔法でも使ってるんじゃないかな?)僕は苦笑いをせずにいられなかった。
「そうですね。正直申し上げてお二人の会話の仕方や接し方は僕が知っている家族のそれとは違ってて…もちろん家族それぞれ独特の接し方があるでしょうが!」僕は正直に話過ぎて、慌てて最後を付け足した。さすがに余所余所しいとは言えなかった…琴さんは別段気に障る事無く続けた。
「そうでしょう。何分私達は古い家系で、日本の古き善き時代の作法を受け継いでおります故、どうしても家族と言えど礼儀無くして会話が成立しないのです。親しき仲に礼儀有りと申しますでしょう?そう言う事です。それに私達はずっとこの喋り方をして来ているので別段変とも他人行儀とは思わないのです。どれだけ礼儀正しく、淡々と見えてもちゃんと心は通じ合っています。」厳しい面持ちで話してた琴さんはぱっと花の様に微笑んで僕と今野目さんを見た。今野目さんも微笑んでいた。僕は内心安堵を覚えた。(この二人はちゃんと仲良くて、家族の絆をちゃんと持ってるんだ。)と勝手ながらそんな感想を見出した。厳しいだけではなくちゃんと優しさも兼ね揃えた人だと僕は失礼ながらほっとした。
「話を続けますね?」琴さんは僕に聞いた。僕は簡潔に"はい”と応じた。
「さて遥が仰ってた様に私達今野目家は室町時代の中頃に日本に辿り着きました。エマニュエル家はすぐさま和名今野目と改名しました、出来るだけ原型を保った、英名を連想させる名前にとの事で苗字は今野目に到りました。何故今も今野目の性を名乗っているか不思議ですじゃろう?当然嫁ぎに行けば性は変わります、けれどだからと言って今野目、基エマニュエルは不滅です。世代を何度代わろうと、時代が代わろうと魔女の血は脈々と受け継がれて来ました。婚姻を結ぶ際私達は自分達が魔女であると隠して生きて着ました、昔の時代は保守的で尚更でした。魔女狩りと言った悲劇を目の当たりにして尚の事慎重でした。嫁げば自然と距離が離れ疎遠に為りがちですが今野目家は違いました。我らの絆は強固で、お互い離れ離れになっても連絡を怠らず、繋がりを維持して来ましたーそうして今まで我らの血は絶やさずに来たのです。今野目と言う血筋、家柄は謂わば心臓で、中心です。我々はこの名無くして存在し得ないのです。」
僕は改めて今野目家の過去の壮大さ感じた。しかし意外なのは魔女のイメージとしては将来独身を貫いて一人孤独に研究に打ち込むと言うイメージがあった。琴さんや今野目さんの話しを聞く限り一般的な婚姻は魔女達にとって普通の事に思われた。僕はそれを一つの疑問として琴さんに聞いてみた。
「たしかに、魔女の中にはそう言った方も居られました。婚姻を結ばず生涯を一人で貫き、細々と生きて行く方も居ました。けれどそう言った方達は決まって魔女の技術や魔力を受け継ぐ相手を見つけられずに一人孤独に死んでいくのですじゃ。多分これが一般的に人々が持つ魔女のイメージではないですかな?」
「そうですね、それに黒ローブで陰気で不気味さを加えたら正にイメージ通りの魔女ですよ」僕は共感を示した。琴さんは何度か頷き語を継いだ。
「これは話しておかなければいけない次のテーマの良い繋ぎですじゃ。それは何故魔女が婚姻を結ばなければ行けないのかですじゃ。」
僕は頷いて話に集中した。
「紙添殿が疑問に思った通り何故魔女は婚姻を結び、生涯を独身を通さないのかじゃ。それは魔力が関係してきますじゃ。私達魔女は生まれ持って魔力を宿しておりますが、それは決して無限ではないのです。ちゃんと上限が有り、成長と減退もありますーそれは一般的な人間の寿命と同じです。もちろん類まれな才能を持って生まれる者も居れば、か細く、微弱な物も居ます。これは普通の人々が持つ才能と同じですじゃ。ですが一つだけその魔力を増幅しさらに強化出来る方法がありますーそれは契り、つまり婚姻を結び夫婦になる事ですじゃ。」
僕はここで漸く合点が行った。先刻行われた契りの儀や、伴侶どうのこうのといった事が全て合致した。(うん?待てよ、つまり僕は今野目さんと夫婦になったと言う事か…?ええええええっっっ!!!お付き合いしたその日に結婚!いや、こっれはまだ戸籍を入れてないから事実婚になるのか、いやいやチョットマテ事が早急に起きすぎている~!?)僕は半ばパニックに陥りそうになった。顔どころか身体全体でその動揺を表した。琴さんは僕のそんな様子を見兼ねてこう往なした。
「落着きなされ、お主はまだ正式に遥と夫婦になった訳ではないのじゃ。話を先走るではない。まだ話は終わってないのじゃ。全く…せっかちな若者じゃのう。」琴さんは半ば呆れながらも微笑んでいた。今野目さんも同様で微笑んでいた。手を口に沿えクスクス可笑しそうに笑っていた。僕は恥かしくも場の真剣な空気が多少和んだ気がして安堵した。
「ふふ、お主は中々面白い青年じゃ。今時珍しく素直で全く擦れておらんと見える。遥もようやっと人を見る目が付いて来たかの?」琴さんは事の外嬉しそうだった。僕は褒められて嬉しいと同時に照れてしまった。今野目さんも同様で照れて赤くなっていた。琴さんは一つ咳払いをした。
「さて話を戻しますじゃ…魔女は夫婦を結ぶと同時にその伴侶となった男性と魔力を共用出来るのですじゃ。何故共用するかと言いますとそれは魔力を分ける事により魔力を増幅出来るのです、そしてより強力な子孫を作れるのですじゃ。元来魔女は各々持って生まれる素質、魔力量は有限で、一個人では魔力量を増幅出来ぬのじゃ。もちろん魔法を強化したり、熟練する事は出来るけれど、魔力量は自力でどうする事も出来ぬのじゃ。であれば婚姻は至極当たり前の習わしですのじゃ。」
僕は納得しながらこう質問した「つまりさっきの契りの儀はその夫婦になる為に重要不可欠なプロセスと言う事ですか?」
琴さんは頷き「うむ、いわば婚姻の第一関門じゃ。一般手的にプロポーズと考えて頂いて良いですじゃ、この場合魔女(女性側)からのプロポーズじゃ。」
「なるほど、そんな重大な事とは知りませんでした…」僕は少し唖然と今野目さんと契りを結ぶまでの過程を振返った。ありとあらゆる事が重なり気も動転していたとは言え僕は何て事を易々と請け負ってしまったのだろう!そんな僕の焦燥を読み取り琴さんは直ぐ話始めた。
「安心しなされ、契りと言ってもまだ第一段階でしか無い。今からでもお主は契りを取り消す事が出来るのじゃ。」
「へっ!?そうなんですか?」僕はとんだ間の抜けた返事をした。
「ああ、何せ契りは魔女にとってとても重要な儀式じゃ、幾つかの段階に分かれてそれら全てを突破して初めて伴侶の素質を認められるのじゃ。」
「それじゃさっき行った職台を使った儀式は第一段階と言う事ですか?」
「そうじゃ」琴さんは相槌を打ちながらうんうんと頷いた。
「はー、なるほど…それを聞いて一安心です。」僕は取り繕いもせずに胸を安堵で撫で下ろした。そんな僕の様子二人は可笑しそうに、何も言わずに見てた。
「そこまで露骨に、正直に安堵を表現されると一周回って呆れも覚えんのう…」琴さんはそんな感想を洩らした。僕は途端に小恥ずかしくなってぼりぼり頭を掻いた、今野目さんはまたクスクス笑った。
「おほん、ではここからが本題じゃ。」琴さんはきりっと真剣な面持ちに変わった。僕も気を取り直して話を窺った。
「紙添殿よ、今から話す事はとても重大な事ですじゃ。今野目家始まって以来の危機と言っても過言ではないほどじゃ。それを反芻した上で遥との契りを完遂するかを決めてくだされ。」琴さんはこれから話す事柄の重大さを匂わす様に大真面目いった。僕は唾を飲み込んだ、重くざらざらした感触が喉を伝った。僕は改めて身構えた。
「私達魔女は今日までになるべく穏便に自分達の正体を隠して生きて来ました。自分達の身の上を明かすのは精々伴侶か家族ぐるみで親しい人々のみじゃ。それ以外には特別な恋愛成就、縁結びの神社に仕える一家としか分からぬ様に精一杯尽力して来ましたじゃ。分かりますかな?あらゆる時代でも魔女は日陰者として生き抜いて着ましたじゃ。勘違いなされるな、決して不平を垂れてる訳では無くただそれが常であったと言う事じゃ。御先祖様の壮絶な大陸移住に比べたら私らは寧ろ日陰者にしては幸福なほうじゃ。中には悲惨な最期を迎えた者達もおる…それはさて置き御先祖様達が何とか生き抜いてくれたお陰で今も今野目家の血は絶やさずに生きて来られたのじゃ。それはこれからもそうだと信じておった、だがそうはいかなかったのじゃー悲劇は繰り返されたのじゃ。」
僕は部屋の空気が一気に重苦しい物に摩り替わった事を肌で感じた。僕は恐る恐る尋ねた。
「悲劇…それは一体何だったんですか?」
琴さんは重苦しい面持ちで語を継いだ。
「悲劇…それは呪いです…」
僕は息を飲んだ。呪い…僕はそんな単語が出てくる事など夢にも思わなかった…
「呪いですか?」
「そうじゃ、呪いじゃ。恐ろしい事にご先祖様が決死の覚悟で逃れたと思われたザナデュエン家の呪いが再発したのです。」
「何ですって!!」僕は気付いたら大声を出してた、驚きを隠さずに。
「僕はてっきり呪いは解かれたと思ってました…」僕の言葉に琴さんは首を力なく横に振るだけでした。
「いいや、呪いは術者から離れれば離れるほど弱くなりますが顕在でしたのじゃ。これは流石の御先祖様も全く気付かなかったのじゃ。日本に渡り、呪いの効力が薄まりすっかり無くなったと過信してしまわれたのじゃろう。そうやって呪いは一族の記憶の奥底で眠り今日まで顧みられずにおったのじゃ。」
僕はは新たな情報をどう処理していいか分からず頭が混乱しそうだった。
「この事に気付いたのは本当に遂最近ですじゃ、と言うのもその兆しが現れたのですじゃ。」
僕は再度唾を飲み込んだ。お茶はとっくに飲み干して喉はからからだった、けれどそんな事はどうでもよく僕はただ琴さんが話を続けるのを待った。琴さんは辛そうに口を開いた。
「それは20年近く前、呪いの兆しが最初に出たのは私の娘、つまり遥の母親、舞香ですじゃ。彼女は結婚し無事身篭り、それまで何の変化も無く出産を待つだけでした。それは出産の一週間前に起こりました、突然舞香が表し様の無い痛みに襲われたのです。彼女はこの神社の寝室で出産を控えて安静にして居た所(魔女は代々親が産婆の役を担い出産に立ちあっのです。)突然全身が痛むと訴え始めたのじゃ。私はてっきり陣痛が来たと思ったが舞香は違うと言うのですじゃ。彼女が言うには全身が蝕まれるように、灼熱に焼かれているように熱いと訴えたのじゃ。私は気を落ち着かせひとまず娘に衣服を脱いでもらったすると何て事か!彼女の全身は痣とも発疹ともつかぬ斑で覆い尽くされていたのじゃ。私はびっくりした、そしてこれはどうした事かと首を擡げていると娘の夫、隆堂殿が帰って来たのじゃ。
隆堂殿は魔女の治療を専門とした魔女医者なのです(性別が関係無い数少ない魔女に関係する職業じゃ。)直ぐ娘の容態を確かめ、それが一般的、魔女界隈で知られて無い病状だと分かり首を捻りました。それでももがき苦しむ自分の妻の姿を見て居ても立って居られなくなり、先祖代々受け継がれて来た魔女に関する病気(これを我々は通称魔病と呼んどります)についての文献を片っ端から読み漁りました。が、それらしい病気も病状も記載されて無かったのですじゃ。三日三晩寝ずに食わずで必死に探しましたが何も分からずじまいでした。絶望した隆堂殿ふと曽祖父が残した手記を見つけ何の気無しに読み始めましたすると御先祖様が掛かった呪いについての記述を見つけたのです。どうやらその記述にはこれまでに無くなったご先祖様達の死因について事細かに書かれていたのです。それらは非常に突発的で不自然な死因の数々でした。その中に何と舞香と同じ様な病状が書かれていました。それは状況から何から何まで舞香が陥っている状況と同じでした!これを見た隆堂殿はその手記を私に早急に見せてくれました、そして舞香の病状が呪いから来る物であると確信したのです。
その記述に因りますとどうやらこの呪いは今野目家を遡って、遥か昔から実在してたらしいのですじゃ。何でも御先祖様達の中でもこの呪いによ因って死んだ魔女達も複数居るとの事ですじゃ。これは世代に、時代に関係無く無作為に妊婦、それも次世代の魔女を身篭った魔女だけが襲われる呪いですじゃ。と言うのも妊婦は身篭り、出産間近に全身に斑模様が出来、もがき苦しみながら死ぬのですじゃ。そして大抵は出産中、あるいは出産後に絶命するのです。赤子は大抵母と共に亡くなりますじゃ。呪い、これが魔法である事はもう疑いの余地が無くどうやらその手記によると我々今野目家は日本に逃れてからもずっとその呪いを払拭出来ずに受け継いで来らしいのじゃ。何と言う恐ろしい呪いじゃと私は震え上がりましたじゃ。遺伝子レベルまでにも及ぶ魔法をザナデゥエン家は当時15世紀から開発していたと想像すると身の毛も弥立つ様な話じゃ。だがこれは空想では無く現実で私の最愛の娘がそれに運悪く発症してしまったのじゃ。娘は苦しみにのたうち、常に苦悶の声を上げていた、それはそれは恐ろしく哀れな醜態でした。私は何か治療の手立てが無いか手記をしらみつぶしに読みましたが手掛かりは何も見つけられずただ娘が苦しむ様を為す術無く見守る事しか出来ませんでした。それがどれだけの絶望か言葉では説明出来ませぬ…」そこで琴さんは急に押し黙った。気付くと彼女は泣いていた。静かにその時を思い出し、亡き愛娘を偲ぶ様に涙を流してた。僕はどうしようもないまま言葉を掛けれずにいた。今野目さんも静かに俯き、表情が読み取れなかった。多分会った事の無い母親を思い偲んでいるのかもしれない。琴さんは呻く様に尚話を続けた。
「哀れな愛娘は苦しみに耐えながらこの子、遥を産む事を選びました。それ以外に道が無い事はもちろん私達は承知でしたーそれが娘と赤子諸共死に追いやる結果に為ろうとも。娘はもう自分が死ぬ事は私達から聞かずにも分かっておりました。昔から聡明な子じゃったーこの子、遥の様に。出産予定日より二日早く陣痛は来ました(もう苦しみながら痛みを判別出来たのは母親が為せる奇跡としか言い表せぬ)。そして立ち会うこと3時間赤ちゃんは無事生まれました、もちろん生きておりました。ただ母親は生んだ直後萎れた花の様に力尽きた…最後に自分が生んだ子を抱き抱えながら安らかに亡くなりました。その表情は穏やかで苦しみ等微塵も無く、微笑みすら称えていました。私は感動を覚え亡くなった娘の最後を看取りました…」琴さんは其処まで言い終えてとうとう涙は本格的に流れた。身体を震わせ、両拳を砕かんがばかりに握り締め、悲しみの奔流となって涙は後から後から流れた。僕はそんな琴さんの様子をただ茫然と見守る事しか出来なかった。
「この悔しい気持ちが分かりますかな?私は愛娘を失いました、それも出産と言うおめでたい日にじゃ。私は憎しみより何も手を打つ事が出来なかった自分が無償に情けないとこの二十何年間を悔恨の念に駆られ生きて来ました。ただ唯一出来る事はこの子、私の孫を誠心誠意真心を込めて育てる事ですじゃ。」琴さんはそこまで言うと涙を拭い、伏せていた顔を上げた。すると今野目さんはすっと琴さんに寄り添い、さりげなく羽織を掛けてあげた。僕はそんな二人の様子に固い家族の絆を見た。
「お婆様はそれからと言うもの私の世話を甲斐甲斐しく、亡きお母様と同じ様に愛情を注いでくれました。そして私は何事も無くすくすくと育ちました。そして私が成人したその日に魔女の存在とその歴史、お母様の臨終の時とを全て聞かされました。」琴さんも次第に落ち着いて目尻を拭いながらお詫びを述べた。
「すみませぬ、こんな家族の重大な話を聞かされた上にこんなお見苦しい醜態までさらしてしまって。ですがどうしてもこれは話しておかなければいけない重要な事柄故、ご了承くださいまし。重ね重ねお詫びを申し上げます。」琴さんは頭を下げんばかりの体制だった。僕はすぐ彼女を宥めた。
「そんな!お気になさらないでください!たしかにとても重大で真面目なお話ですが僕は決して迷惑とも煩わしいとは思っていません。ですからそんな畏まらないでください。」僕はもう立ち上がって琴さんの両肩に手をそっと置いて押し止める様な格好だった。琴さんもうんうんと感慨深げに頷いていた。
「そうでしたか…貴方様はとても心の広い、強く、優しいお人様です。遥は本当にいい人に巡り合ったようじゃ。しかし、貴方はまだ正式に伴侶になっておりません。これから貴方が本当の伴侶に為るべくか決めて頂きたい。」琴さんは今まで以上に大真面目言った。顔はもうさっきの涙等忘れたと言わんばかりに綺麗に無くなっていた。表情を引き締め、真剣な面持ちで僕を見た。僕も気を引き締めこれから来る事の重大さに身構えたー僕はまた緊張していた。
「紙添殿、貴方は今までずっと疑問に思われたでしょう。数限り無い疑問の中貴方はここまでお話を聞いて頂きました。実を申しますと今尚契りの儀は続いてました。私と遥はずっと貴方を試していたのです、正確には貴方のお人柄をずっと観察しておりました。これは契りの儀のニノ式"秤の器の儀”と申します。」琴さんは明快に話した、その目に偽り等無くただ真剣さが有るのみだった。僕はびっくりした、今までの話は契りの儀の一部分だった事に驚きを隠せずに居た。
「安心しなされ。これまで私達が話して来た事は全て事実、嘘偽りは一切ございません。先刻行った儀、一の式は"始まりの火儀”と申しまして貴方様が魔力に耐えうる身体能力、精神力を持っているかを計ったのです。そして第二の式で貴方様のお人柄を観察しました。そしてこれも難無く通過出来ましたー貴方様は伴侶に相応しいだけの能力と人格をお持ちです。しかし儀はまだ終わっておりません。第三の儀"覚醒の儀”を完遂しなければいけません。」
僕は息を飲んだ。まさかこれまでの全てが謂わば試練、僕を試す為に話されてた事だとは夢にも思わなかった。この常軌を逸した展開はとうとう僕の理解を超えつつあった。僕はただお付き合いした女性が求めるままに契りを結びここまで来てしまった。決して騙されたという訳では無いが、それと同じぐらいの苛立ちと困惑を覚えずには居られなかった。だれがこんな展開を予想出来ただろうか?僕は若干の怒りを覚えながら疑問を挟まずには居られなかった。
「つまり、これまでのお話は全て事実でこれまでの経緯は僕を試してたと言う事ですか?」
「そうです。紙添殿のお怒りもご尤もですじゃ。私達もこんなに事が性急に運ぶとは夢にも思わなかったのですじゃ。普段ならもう少し順序建てから慎重に伴侶に為り得る男性を探しますが、今回は遥が強く貴方に懸想したのです。これは非常に珍しく普段から引っ込み事案で奥手なこの子から想像出来ませんでしたじゃ。」そう言う琴さんはちらっと今野目さんを流し目で見た。僕も彼女を見た、するとバツが悪そうに照れていた。そんな仕草に僕は気持ちが和んだ、幾分か苛立ちも落ち着いた。すると弁明する様に今野目さんが口を開いた。
「紙添さんに会うまで幾人かの男性と交際をしてました。結婚を前提のお付き合いを、肉体的関係を一切結ばない清い交際をです。がどの方もいまいち清いの心、心根から来る優しさが足りませんでした。むしろ利己的で、中には横暴な方も居ました、中には不誠実で他の女性と関係する様な方も…」今野目さんの表情は暗く、これまでの男性運の無さを物語っていた。けれど、直ぐ表情は一変して笑顔で華やいだ。
「けれどそんな折悲しみに打ち捨てられてた私に優しく声を掛けてくださったのが貴方です。言い忘れておりましたが私は魔女としての能力の一つに人の"気”を見る能力があります」
「"気"ですか?」僕は尽かさず質問した。
「はい…オーラと言うべきでしょうか?その人の本質が常人には見えないベールとして纏われているのです。」
「それは魔力とは違うんですか?」
「少し違いますね…魔力と似て通ずる所が有るとだけと言っておきます。さて話を戻しますが私はその能力を使ってある程度までその人間の本質、能力等を見極められるのです。ですが残念ながらこの能力は遂最近に為って覚醒した能力でして、まだまだ未熟なのです、それ故上手く見極められずさっき申し上げた男性等を選んでしまってたのです。」
僕はなるほどと合点が言った。今野目さんと最初に会った時に泣いてたのが分かり漸く僕は納得した。
「悲しみそして絶望してた私に声をかけてくれた時私は二重の意味で驚きました、何故なら声を掛けられた事に増して貴方がとても清らかな"気”を纏って居たからです!私はとうとう伴侶に相応しい男性を見つけたと歓喜しました!。」今野目さんは目に見えて興奮してその時の喜びを出し惜しまずに表した。僕はびっくりと共に照れてはにかんだ。
「そうでしたか…そこまでの思いがあるとは思いもよりませんでした。」僕はその時の事を思い出して漸く彼女の性急な態度も、どうして悲しんでたかも、本当の意味で今理解出来た。(いやしかし、流れに身を任せてここまで来てしまったが…身を任せ過ぎたかな?…今の流れだとこのまま本当に結婚にまで発展してしまいそう。そもそも何故こんなにも結婚を急いでいるんだ?呪いが関係あるのか?)僕はそんな疑問の渦に苛まれた。また頭痛が再発しそうだ…頭を抱えてる僕を他所に今野目さんは話を続けた。
「貴方に声を掛けられ、貴方の"気”に惹きつけられた私はただちに行動に移しました。お婆様の言う通り普段の私なら考えられない程の行動力で貴方に契りを迫りました。それだけ私、私達は急いでいたのですー伴侶を得、魔力を新たなに開花させる為に。」
「それは何故なんですか?」僕は恐る恐る聞いた。
「それはこの身に宿る呪いを解く為です。母から、先祖代々から受け継がれて来てしまったこの呪いから私達今野目家を解き放つ為です!」今野目さんは力強く断言した、その瞳は言葉と同じぐらい意思の強さを物語っていた。
「つまりっ!呪いを解く方法が有るんですか?」僕は食い気味に聞いた。今野目さんはすっと目を瞑り話続けた。
「まだはっきりとした解決策は見つかっておりません、がしかし全く希望が無いわけではありません。」ここでつかさず琴さんが口を挟んだ。
「私も何も二十何年間呆けて、愛娘を失った悲しみだけで過ごして来た訳では無いのですじゃ。寧ろ悲しみと喪失を糧に、強さに変え今日までの原動力にして来ましたじゃ。」彼女の話し方に決して欺瞞等無く、寧ろ生命力と希望で溢れていた。
「ですから紙添殿、今からお主に問う。ここまで聞き及び、私達今野目家が置かれている状況を反芻して決めてくだされ。遥と第三の儀"覚醒の儀”を果たし彼女の伴侶と為り、魔女の夫としてこれからの困難を、呪い解呪を果たす旅路を歩む覚悟がございますか?もし承諾された場合今までの様な平穏な暮らしは保障されませぬぞ。それら全てを了承した上で最終的に決めてくだされ。」琴さんは厳格にそう宣言した。僕は息を飲んだ、これが僕に課せられた選択だと、僕の運命、いいや、人生をも左右する巨大な選択だ。
「もちろん今すぐにとは言わぬ。三日間の猶予を与えまする、その間に決めてくだされ。何せ第一の式を迎え、三日後に婚姻を結ぶのが魔女の習わし故、ご了承くだされ。」
そう言い渡された僕はいまいち実感が湧かなかった。急展開なのはもちろん、話が常識の範囲を遥か上回る事柄だったからだ。三日間と言う猶予も長いのか短いのかよく分からなかった。けれどその間に僕は答えを出さなければいけなかった。
「分かりました…この三日間、家に帰って話しを整理して、考えてみます。」僕はそう言って頭を下げた。今野目さんも琴さんも頭を下げてくれた。
「ありがとうございます。」琴さんがお礼を述べ続け様に今野目さんもお礼を述べた。そのやりとりはまるで取引先での交渉を終えたサラリーマンの様で形式ばっていたが不思議な厳かさが備わっていた。
「遥よ、紙添殿を送って行っておあげなさいな、急にこの神社に飛んで、それも契りの間を通って…帰り方が分からぬじゃろうからの」琴さんは親切にそう言ってくれた。今野目さんも「はい」と言った。僕も自分が何処に居るか分からないから何も言わずにその親切を受け入れた。




