婚約破棄され続けたのは、十歳年下の第三王子による重すぎる愛のせいでした
王城の片隅。
開けっ放しにしてある窓の枠に座っているのは一人の少年。
栗色の癖のついた髪をした齢十五歳の第三王子……ウォルが、信じられない言葉を述べた。
「ディーナが今までされた婚約破棄は、ぜんっぶ僕がさせたんだよ!」
ウォルは、きらきらと輝く瞳を私に向けて、私より一回り小さな足をぶらぶらとさせて言う。
まるでゲームの出来事を語るかのように、私の婚約破棄についての事実を告げられたのだった。
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十八歳の時、婚約破棄をされた。その後もある理由で他の人と婚約をする事自体は出来たが今や婚約破棄も五回目。それにより人間性に問題ありとされて、貴族の身分も失ったのだ。
この国では、十八歳で結婚が可能になり、二十四歳でほぼ全ての人間が結婚している。
二十六歳からは十二月二十六日にあるクリスマスケーキの売れ残りにちなんで、売れ残りケーキと呼ばれることになる。
婚約破棄を重ねるうちに二十六歳になった私は、自暴自棄になりメイクも禄にせず、腹や太ももに脂肪を溜めて行った。
それなのに何故か突然、王子の付き人が私の元にやってきて、城に呼ばれたから仕方がなくやって来たら、先程の発言を言われた。
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「ちょ、ちょっと待ってください。ウォル王子。貴方、自分のやったこと分かっています……? 私は貴族としての身分を失ったのですよ……! なんでこんなことをし……」
「好きだったから」
私が最後まで話すよりも前に、ウォルは答える。
そのまま窓の枠から部屋の床へと飛び降りると、私の元まで近寄って、私の手を握る。
「君が好きだったから。誰よりも愛しているから。君の目も口も鼻も声もさっきまでの怒っている表情も驚いた表情も誰よりもとっても……と~っても可愛いと思っているよ!」
こんなおばさんに何を言う。
そんな嫌味を込めて言葉を返す。
「……でも、貴方では……年が離れすぎているじゃないですか……」
「そうやってディーナは僕を子供扱いして、いつも僕のことを見てくれなかったよね。それで僕以外と結婚するだなんて耐えられないんだ」
頬を赤らめながらも、私を見つめ続けるウォル。
「ちょ……ちょっと待ってください。本当に待ってください。どうやって、婚約破棄させたんですか……?」
「例えば……一回目の婚約者は、ディーナの寝相の悪い姿を見せたんだ。凄くディーナに幻想を抱いていたみたいだから、幻滅したみたいだよ」
「どうやって撮ったんですか!? 貴方その時七歳ですよね……!?」
「えへへ。それで二回目は……」
……質問はスルーか。
ウォルはそのまま続ける。
「婚約者が国の予算を使って別の女に貢いだ証拠を掴んで、婚約破棄しなければ国中にバラまくって脅したんだ」
この時ウォルは八歳。
「三回目の時が一番困ったよ。なんてったって兄さんと婚約したんだから。でも、兄さんの好みを考えて、好きそうな女と接点を持たせ続けて、本気で惚れてもらったんだ」
くらりと足元が揺らぐ。
怒るべきか。泣くべきか。喜ぶべきか。分からずにただただ困惑していると、ウォルは私を上目遣いに見つめる。
「四回目も五回目もそんな感じ。でもその程度で婚約破棄をする人間、君に見合っていない。君と結婚していい人間は、僕だけだよ……! 僕と結婚してよ! ディーナ!」
自信満々に言い切るウォル。
それでも私が返事をせずにいると、ウォルは困った表情と、潤んだ目をした。
「……だめだった?」
……可愛い。
ウォルは王子とだけあって美少年である。そんな美少年が、こんな近くで私へ愛情を注いでいる。心が揺らがないわけではない。
だが……。
「ダメです」
「なんで!」
「貴方はまだ、結婚ができる年齢ではありませんから」
「後三年だよ。それまで待ってよ」
「歳が離れすぎています。貴方は子供じゃないですか」
「子供じゃないよ! セックスもできるよ。勉強したからさ!」
「……王子がそのような言葉を口にしないでください」
もう話を聞く気がないとばかりに、私は踵を返して部屋から出ていく。
そんな私へ背後からウォルの言葉が投げかけられる。
「僕、君のためならばなんだってできるから!」
その言葉を聞いても私は止まる事なく、扉を閉めた。
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深いため息を吐く。
確かにウォルは可愛い。可愛いのだが……。
愛が重すぎる。おかげで私は平民だ。
そんなことを考えながら、王城の庭を歩いていると……。知っている顔が目に入る。
あれは確か、第一王子と結婚した……私が婚約していた時の浮気相手の、マリーだ。
マリーは、私を見るとくつくつと笑い声をあげる。
「あら。おばさん。王城に何の用?」
そう言うマリーは私よりも若い。二十歳である。
私を小ばかにしたようなマリーの態度。私は無視して去ろうとするが、それがマリーにとって気に食わなかったようだ。
彼女は、何かをしてやろうと考えているのか、周りを見渡した後どこかを見て視線を止め、にやりと笑う。
私はマリーに何かをされるよりも前に、城の出口へと向かおうとするが……。
突如、水が私の頭の上に降ってきた。
それも雨のように少量ではない。結構な量の水をかけられて、私の身体はずぶ濡れになった。
臭いは土臭く、雨水であることが分かった。
振り返れば、マリーがバケツを持っている。体勢からして彼女が私に水をかけたのだろう。
「あらごめんなさい。手が滑ったわ。でも今や平民で小汚い売れ残りの貴方には、よく似合っているわよ」
周りを見てみても、目撃者はいない。だからこそマリーは私に悪意を持って行動できたのだろう。
私は目を伏せて、反論をすることもなくその場から去って行く。
悔しいが、私は反論できる立場ではないのだから。
背後から、マリーの笑い声が聞こえた。
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街の中を、家へと向かって私はとぼとぼと歩き続ける。
そんな時、私の袖が後ろに引っ張られる。
振り返ると、フードを被った少年の姿。
見上げたその顔で分かった。ウォルがフードを顔を隠しながら私の元までやってきたのだ。
「……王子が一人で街を歩かないでください」
「どうして濡れているの? 誰かに何かやられた?」
「えぇ。マリーさんに。よかったですね。ウォルさんのおかげで、私は孤独になりましたから」
ウォルは、目を見開いて驚いた表情をする。
「それは……それは違う! 僕は……僕は独占欲が強いんだ! だから、僕以外が君を傷つけるだなんて……許せない」
最後の一言は、殺意が込められており、今目の前にマリーがいたらその場で刺し殺してしまいそうな雰囲気である。
ウォルの回答は予想外だった。私は、ウォルは私が自分の物になれば後はなんでもいいと考えていると思っていたのだ。
ならば……と、私はほくそ笑む。
「……ウォルさん。貴方、私のためならばなんでもするんですよね?」
「勿論だよ!」
「更に、私のことを世界一可愛いと思っているのですよね?」
「その通りさ!」
「でしたら……お願いがあります」
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一か月後。
私は再び王城に訪れた。
この日は、王城の関係者全員で集まる舞踏会だ。
普段は南側にある大きな扉から入ってくるのだが、私は北側の小さな扉の裏で、大広間に入らずに息を潜めている。
そのまま待っていると、人々の話声が聞こえる。マリーの声や、第一王子の声も聞こえた。
更に待ち続けていると、五回も婚約破棄される私をあざ笑う声もあった。
そんな中、王の声が聞こえる。
「皆の者。今日はお集まり頂き感謝する。舞踏会を始める前に……重大な発表がある」
私は僅かに扉の隙間を開けて、中の様子を伺う。
人々は、皆静かに王の次の言葉を待っている。
「次の王は本来ならば年の順に引き継ぐものだが……ウォルを次の王にすることを決定した」
ざわ。と、部屋中の声がどよめく。
一部の人は知らされていたようで、騒ぐことなく王を見据えていた。
第一王子も知らされていたようで、一切騒いでいることはなかったのだが……その隣にいるマリーはかなり動揺しており、第一王子に「どういうこと!? どういうこと!? 説明してよ!」と食って掛かっている。
ウォルは有能だった。ウォルが幼少の頃から、私の婚約破棄を成功させるぐらいに。
だから私は頼んだのだ。ウォルに、次の王を引き継いでもらうように立ち回ることを。
「ではウォル。前へ」
ウォルは王に促されて、前へ出る。
彼は、私と話している時とは違い、王族と呼ぶに相応しい綺麗な立ち姿をしている。そして、洗礼された動きで一礼をした。
「次の王に選ばれた私からも皆様に紹介した人がおります。彼女が私の婚約者です」
やっと私の出番だ。
私は扉を開けると、ヒールの音を鳴らしながら入っていく。
勿論、ざわめく。私が五回も婚約破棄された女だから。だけではない。
「美しい……」
誰かが呟く。
そう。私はちゃんとすれば美しい。だから私は五回も婚約に成功したのだ。
私はあの日から、マリーや私をあざ笑う人々を見返すために血のにじむような努力をして、脂肪を落とした。
そして美しいドレスを来て、ちゃんとメイクをすれば……もう誰も私に敵う人間はいない。
人々を突っ切り、ウォルの隣にまで行くと、彼は言う。マリーに向けて。
「他人にバケツに入った水をかける女性より、ディーナの方が王の妻に相応しいでしょう」
言われたマリーは、湯気が噴き出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にして、ツカツカと歩いて大広間から出て行った。
ウォルは、言うだけ言ったらマリーの姿はどうでもいいとばかりに私の方へ顔を向ける。
「これで僕と結婚してくれるんだよね?」
「えぇ。約束ですからね」
「えへへ。これでディーナも次期王の婚約者だね」
可愛らしく笑みを浮かべるウォル。
これで私は、次期王の婚約者の立場を再び手に入れることが出来た。
しかし、元々次期王の婚約者じゃなくなったのはウォルのせいなのだが……。
「それにしても、そのドレス姿可愛いね。いや僕は前のままでも可愛いと思っていたんだけれど、今の君は今の君ですごく可愛くて素敵だよ。もう皆の前に見せたくないぐらいに」
……ここまで愛してくれるのならば、別にいいのかもしれない。
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