27 悪魔の采配
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バンジージャンプ…。いや得意もなにも…えっ、そういうことなの?
「もしかして」
(その窓を開けてダイブして)
「ムリムリムリ。飛んでどうなるの!?僕は飛べるなんて一言もいったこと無いけど!それにバンジージャンプってちゃんとロープつけてるからね?」
(スカイダイビング?)
「何にしても装備なしでやることではないよ?」
そんな茶番のような真面目なやり取りの間に七海はどんどん迫ってきていた。早く覚悟を決めないと。
「ちゃんとした作戦なんだよね?」
(飛べば七割ぐらい勝算がある)
「…分かった。張間の時も助けられたし、葛籠くん。信じるよ」
僕は勢いよく窓を開く。下にはさっきまでの白いカーテンが静かに広がっている。しかしカーテンがクッションになってくれることも出来ないだろう。
それに上から見るとそこまで密集していないようで掴むことができるかさえ怪しい。
「30メートルぐらいか、それ以上か。それでも飛ぶしかない。…行こう」
燈香は足場の無い足場に踏み込んだ。右足から体を回転させながら落ちていく。こんな経験は無かったが自然と地面と平行に体を大の字にしスピードを減速させていた。勿論それでもこのままなら死ぬ。
そんなとき背後からと言うべきか上部がらと言うべきかとにかく体を掴まれたのだ。あくまで掴まれただけで落下は続いている。
掴んだ当人が即座に体勢を変えて彼女、七海と抱かれるような状態になった。そして下に伸びたカーテンを七海片手で掴む。落下の速度と二人の体重を支えきれずに指がひしゃげる。
ダメだ。死んだ。
地面まで数メートルに達したところで七海はカーテンを蹴り上げ緩やかな傾斜を作りそこへ燈香を投げつける。能力によって固められ滑り台のようになったカーテンを燈香は勢いよく滑り落ち、ゴロゴロと転がってやっと止まった。どうやら生きてはいる。
ピシッ。
ひび割れるような音の先に着地した七海の姿があった。その足は形は保っているものの表面が細かくひび割れる血を浮かばせている。痛みに顔を歪ませ額から汗が落ちる。
「本当に非道なお仲間…ね」
「グッ。それに関しては僕もどう意見です。葛籠くん弁明は?」
(燈香。この通信機ちょっと外して)
何で?と問いただしたい所だがあえて従う。正直決死のダイブでそんな気力は残っていなかった。
(あー。聞こえる?七海さん)
取り外した通信機から葛籠の若々しい声が響く。どうやら音量を調整して二人に聞こえるようにしてくれたようだ。
「ええ、聞こえるわ。とても人間とは思えない作戦ね」
(称賛ありがと。どうやらあんたにはどういう作戦か分かってたみたいだね)
「焦らさないで教えてほしいかな」
(はいはい。簡単な話だよ。七海さんの性格と実力にかけたんだ)
七海の性格と実力?それは七海が僕を助ける可能性に掛けたということか。
(燈香の話から生け捕りに拘ってることを知っていた。だから目の前で燈香が危険な目にあったら助けるかなって)
「それは結果論ではなくて?」
(根拠は初戦。あの時に陽が助太刀に入っても生け捕りに執着した。他の人たちが来た時に引いたのもそれが原因らしいし間違いなく助けるって思った)
「それじゃあ、もし助けなかったり、間に合わなかったらどうするつもりだったの?」
ここまでの葛籠の作戦は賭けの要素が強すぎる。根拠ではない。失敗する可能性もあった。それなのに決行させたのには何かしらの保険があるからだろう。
(一応いざとなれば燈香は京香に受け止めてもらう予定だったんだよ。でも京香はこの場に間に合って居なかったし下手したらスクランブルエッグだったかもね)
「それはさすがに…おい!」
「やっぱり悪魔ね。生死を賭けた作戦に仲間を誘導体するなんて。あなたの価値観は私よりもひねくれているわ」
(それはどうも。でもこれであなたは少なくとも両足の負傷している筈です。他の部位も損傷していれば万々歳。後はあなたに触れて獲得した燈香の能力で十分勝てる)
「本当に恐ろしいわね。本当に」
その意見はとても分かる。分かるけれどそれで目標を見失う訳にはいかない。結菜を皆を助ける。そのために僕は。
「戦う!」
再度獲得した結晶能力を使用した。持っていた警防を結晶化させてリーチを伸ばし、圧縮して剣を作る。前とは違って圧縮したせいか結晶は警防の黒い色ではなくて限り無く透明になっていた。
「練度も増しているのね。双眼もだけれどその能力も。あなたは神に好かれているのね」
「その神に一度半生を潰されています!」
燈香は低い姿勢で七海に詰め寄る。燈香の剣に対して七海は素手だ。先ほどまで持っていたナイフは落下する前に手放したのだろう。
スピード、パワー全てにおいて今は燈香の方が上だ。七海も防戦一方。足を動かす度に隙が出来る。そんな打ち合いの中七海が距離を取った。
逃さない。
大きく一歩を踏み込むと七海は折れて使い物になら無い左手の手首を自分の爪で切り裂いた。
赤い血が吹き上げる。その光景はスローモーションのようにゆっくりと流れる。ゆっくり、ゆっくり。そして止まった。血が宙に舞ったまま止まった。
そしてその血飛沫だったものが燈香に向かって襲いかかる。
「ウッ」
今のは能力2が無かったら当たっていた。というか終わっていた。
新調したばかりの制服の腕から胸元にかけて切られじわりと血が滲む。
自分の血液を固めて剣を作ったのか。しかも切れ味はピカイチ。以前はあっさりと結晶を切られているし不安だ。
「肉を切らせて骨を断つは失敗ね。出血しすぎて意識を無くしそうだわ。次の一撃が最後ね。あなたにそれなりの深手を負わせて後はアトリエの可愛い子らに任せるわ」
それは僕も同じだ。死なせないようにこの剣で一太刀浴びせる。問題は今までことごとく切断されてきた結晶で押し勝てるのか。
「僕も次で決めます。立っているだけで辛いですし」
結晶を作り圧縮を繰り返し、次の一撃に全てを賭ける。燈香は大きく振りかぶり、七海目掛けて打ち付けた。
七海の赤い剣が水平に燈香の剣とぶつかる。実際には矛と盾のぶつかり合いみたいなものだ。七海の赤い剣の切れ味が勝つか、燈香の透明な剣の硬度が勝つか。
決着は一瞬でついた。七海の赤い剣は折れて宙を舞い燈香の透明な剣が七海を袈裟懸けに打ち付けた。七海は地面に叩きつけられてすぐに意識を失った。そう信じたい。
燈香の握っていた剣は役目を終えたかのように砕けて柄の警防だけが残った。そして燈香は急いで七海に手錠を掛けたのちに仰向けに寝転んだ。
「はぁ~~。疲れた。死ぬかと思った。能力がまだ作用してるから動けるけど、もう限界。一歩たりとも動きたくない。動けない」
完全に出しきった。これが今の僕の限界か。両足と片手を負傷した七海相手にギリギリ勝てる。こんなんじゃ白神にはまだとどかない。
「遠いな」
そんな先のこと考えるよりも今の勝ちを素直に喜ぼう。これで結菜も皆も助けられる。良かった早く帰らないと。
そんな余韻に浸っていると足音が近づいて来た。複数の足音だ。辛うじて燈香は首を動かして見てみると恐らくはアトリエであろう人影が二十人近くいた。
「ふざけるな。明らかにラスボスだったじゃん」
だがそんなことはお構いなしにそれぞれ武器を構える。
「グッ。仕方ない。遠足は帰るまでが遠足だ。懸かってこい僕が相手だ!」
燈香は無理やり立ち上がる。その姿は老人のように腰が曲がった滑稽なすがたで、とても戦えるようには見えなかっただろう。それでも…
「諦めるかー!」
そんなとき不意に目の前に男の背中が現れた。長くうねる白髪に大きな羽織のような天城の制服を羽織って腰には白く短いランス。片手に黒い鍔の無い刀を持っている。
「そんな状態で戦意を喪失せぬ気骨は認める。だな主はそこで戦うことを諦めておれ。もうここは主らの戦場ではない」
「何を…」
男は振り返った。右目に眼帯をつけ、深く年刻み付けたシワ。そんな年よりめいた顔に輝く強い眼差し。そして、制服に縫い付けられた金色の装飾された五の文字。
「我ら天城、二、五、七班。班長の狩場ぞ」
その瞬間燈香の目には赤く咲き乱れる彼岸花の姿だけだ写った。




