20 嘘と本当
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放課後燈香は美術室に七海先生と共に居た。またもや急に呼び出されたのだ。
燈香の方も用事があったのでかえって好都合ではあったのだが呼び出しというのは結構心臓に悪い。
「元気だった?」
「はい、今回は元気でした。」
「あれ?前回も元気だったと記憶していたのだけれど」
そんな牽制から始まった対局。正直何かを言われる前にこちらのペースに傾けたい。
何であれ休みについて言及されるのはつらいし、4日前の演奏会についてでも、取り敢えず意味もなく謝罪を綴り続けた反省文でも聞かれたくはない。
「あの、先に五つほど質問していいですか?」
怪訝な顔までとはいかないが明らかに気分を損ねたであろう表情を僕に向けた。手持ちのノートを何回か回し、足を組み直して七海先生は頷いた。
「いいでしょう。答えるわ。でも長くならないように短く答えられるように質問のしかたは考えてもらえると助かるわ」
「はい、では一つ目め。何故百屋さんの演奏会だけに来ていたんですか?近くではサッカー部の試合もあったのにも関わらず演奏会だけに顧問でもない七海先生がいるのは少し不自然です」
「担任としてというのが建前で教え子の晴れ姿を目に、耳に焼き付けたかった。追加で私個人の趣味趣向もあるかしら」
「二つ目。転勤してきたタイミングです。何故この時期なんですか?前の先生は健康的でしたし、結婚もしていなかったので妊娠のために休暇と言うわけではないでしょうし」
「前任の先生とは話をしたけれど詳しい話は聞いていないわ」
「三つ目。僕の素性について誰から聞いたんですか?身の回りでその事を知っているのは片手で数えられる位にしかいません」
「それも二つ目の質問の答えで言った通り。前任の先生と引き継ぎの話をしたから」
「四つ目。先生は近視ですか?遠視ですか?」
「眼鏡をかけているからってことね。私のこの眼鏡は特定の光を遮断する特注品よ。ただそれだけだから回答としてはどちらでもなく、視力は正常ね」
ここまで七海先生が嘘を付いていなければある疑問が生じる。そもそもその疑問を確信へと変える質問ではあったのだが。
勿論嘘の可能性もある。ただ僕は知っている。たった数回話したぐらいの関係だがあのときの言葉は迫真に迫るものを感じた。あの言葉…。
嘘は時に人を殺す。社会的にも、物理的にも。
「五つ目。最後の質問です。七海先生。あなたはアトリエに所属している。というよりももっと力のある上層部の返り人ですか?」
核心に踏み込む一言。それと同時に構えられる黒い銃身。その言葉を七海は今までの質疑応答と同じ様に答えた。それも笑顔で。
「正解。流石だわ。天岩戸の新人って依頼主から聞いてはいたのだけど、ここまで聡明なんて!こんな生徒を受け持てて教師冥利につきるわ。ちなみにいつ頃から気づいていたのかしら?」
「僕が返り人になってすぐに担任が変わるのやっぱり不自然でした。当時は気にしてませんでしたが百屋さんが返り人と分かったのでまだこの教室に返り人が居るかもって思っただけです」
「疑い深いことは良いことよ。素敵な環境で育ったのね。御褒美に模範解答を教えてあげましょう。私はアトリエの管理者、七海彼岸。天城には素性も存在さえもあやふやになっているはずだったのに残念だわ。やっぱり表に出てくるのは早計だったわ。ちなみに誤りもあるわね。私が担任になったのは別件ね」
アトリエの管理者!と言うことは先生がアトリエの頭か。だとしたらいくら準備をしてきたとしてもこの対局はまずかったか。
「取り敢えずここであなたの質問は終わりでいいかしら?私からも聞きたいことがあったのだけど」
「ええ、どうぞそのくらいは聞いてあげます」
七海は口元を隠して淑やかに笑う。それさえもいつもと同じ動作だ。
七海彼岸は七海彼岸なのだ。
偽ることなくこの人はどんな状況でも自分を失わない。それは確かに美徳であり近頃の燈香からしてみれば尊敬にも値する。
それでもこの人は敵だ。
「芽依はどうなったの?」
そう問うた七海の眼光は鋭く一瞬の動揺さへ見過ごすことは無いだろう。
そんな目の前で燈香は動揺しない。それは燈香の中で明確に区切りがついた証だった。
「死にました」
「それは依頼者から直接聞いているわ。問題は誰が殺したのか」
「僕が殺しました」
この時、燈香は嘘をついた。自身では認識していない嘘を。
あの時の僕の行動が彼女を殺した。僕の脆弱さが、僕の軽率さが。ただそれだけだ。だから僕は強くなる次は守れるように、これ以上傷付けさせないために。それが僕の決意だ。
「…そう。それも聞いた通り」
「白神からですか?」
「そこまで知っているなんてあなたを捕獲し終わったら少し問いたださないといけないわね」
「その心配はありません。もう終わりです」
引き金を引いた。その結果は淡い光と机の上に転がる弾丸。そして首をかしげるようにして重力に従って髪をたなびかせる七海。
効く効かないの問題だと思ってたんだけど、まさか至近距離からの銃撃をかわすなんて。驚きすぎて声も出ない。
「残念。こればかりは相手の問題ね。あなたの力不足も有るかもしれないけど私に勝てる人なんて稀だから。それこそ四針の人喰い、天秤、無飾、色欲。あとは赤城にショットガン、偽物。黒獅子が同格ぐらいかしら」
「すいません。そうやって肩書きとか名前とか言われても分からないんですけど。僕の知り合いで強者なんて新木さんと悔しいけど白神ぐらいしかいません」
まあ、正直僕と比べれば天岩戸や天城のメンバーでさえも強者なのだがその中でも秀でているのはこの二人だ。
「その二人だと。両方より上。新木に関しては現在進行形で成長期だから数年後にはどうかは分からないけど」
この発言が嘘であってほしいと本気で願うのだが、嘘をつくならもっと前に付いているだろう。それこそ正体をバラす前とか。
美術室に飾られた絵画に描かれた人物像たちから嘲笑われているように感じた。
本当ならそこで絶望し膝をつくのが普通だったのだろう。だが燈香はそうはしなかった。寧ろもっとも考えられないことをしていた。
「良いですね。その二人は近々越えるつもりなので、その前の前座になりそうです」
と不敵に笑ったのだ。明らかに頭がおかしくなったとしか思えない発言だが燈香は本気だ。その笑みに応じるように七海は顔に掛かった髪を避けて笑いながらこう言った。
「芽依も見る目があるわね。本当に面白い子だわ!」
二人に挟まれた机が華麗に宙を舞った。




