1 決意
一章 1「見えない物」
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長い夢から覚めたような感覚。特段悪い夢を見ていて早く目が覚めたいという訳でもなければ、もう一度夢の続きを見たいという訳でもない。ただただ、とても長い間寝ていた気がするだけだ。
目を開けると灰色の天井がある。一瞬デジャブかと不安になるが背中に感じる柔らかい感触と周りを包む朗らかな光が、そうでないと否定し現実に引き戻す。
現状を把握するために周りを見渡している途中、急に病院にあるような引き戸が勢いよく開かれた。
「おっはよー。元気かい?燈香君」
やたらと元気な茶髪の男性がずかずかと入ってくる。あまりの勢いに僅かに、いや、かなり引き気味に答える。
「あー、はい。元気……そうです」
「うん、それは何より。私は、華内。華内伊草よろしくね!」
白い手袋を着けた手を胸に当て、華内は執事のような体勢で名乗った。
「僕は芹……」
「あー、知ってる。二人から話は聞いたからね」
華内は自己紹介を笑顔で遮った。どうやら、説明は他の二人がしてくれたようだ。まあ、あの状況から考えて二人というのは崎村さんと結菜さんだろう。二人……そう言えば!
「二人は無事なんですか!」
二人のことを思い出した燈香は、身を乗り出して二人の安否を華内に問う。
「無事だよ。二人とも。無傷って訳ではないけど軽傷だから安心して。いや、でも本当に君は、二人から聞いた通りだね」
細く鋭く見える目を更に細め笑いながらそう言った。
「と言うと?」
「自分のことを考える前に他人の事が気になるお人好し」
「たった三十分位でよくもまあ分かったように言ってますね」
「でも、あながち間違ってはないよね」
「いや、でもそんないい人間ではないです」
そう言うと先程までの笑顔を収め華内は急に真顔になった。その急変ぶりに背筋が凍りつき体が強張る。
「違うよ燈香君。私はいい人間とは思っていないよ。どちらかと言うと君は悪人だ」
「えっ?」
驚きの回答に戸惑い、恐怖に近い感情が沸き上がる。しかし華内はすぐにさっきのような笑みを取り戻し会話を続ける。
「いや悪いね。さっきの話は後にしよう。取り敢えず聞きたいことがあったら聞いて。出来れば順を追って訊いてくれると助かるよ」
そう言って僕の横になっているベッドの隣の椅子に腰かける。
「なっ、ならまずは、事の顛末から」
「自分のことより結果からか、これは筋金入りだね。まぁ、いいよ。話すよ。簡単にまとめると君は死に、バラシ屋は逃亡。これが結末」
「結局捕まえられなかったんですね」
「うん、そうだね。でも訊いて欲しいのはそっちじゃなくて」
「僕死んだんですね」
「そう、そう。そっちの方」
満足そうに華内は頷いた。
「ということはここは天国か地獄ってところですか」
「はっは、面白いこと言うね。天国か地獄か何てのは知らないけど死後の世界とか言う場所ではないよ。もしそうなら君の事を教えてくれた二人は死んでるか、霊能力者って事になる」
確かに言ってることは筋が通る、通るのだがそれ故に別の箇所で完璧な矛盾が生じる。
「なら、何で僕は生きているんですか?」
「そう、それだよ燈香君。君が最も聞くべき事は。君は、一度死に蘇った。視界の右下の天寿を見れば実感出来るかな」
彼はちょうど燈香の視界の右下付近を指差す。僕はそれを見て目を疑った。そこには、マイナスのついた紫色の数字が新しくカウントをしていた。数字の桁からして九時間だが残りの寿命という訳では無さそうだ。
何故ならこのカウントの仕方だとどうやってもゼロになることは無いのだから。
「何……ですか?これ?」
驚きのあまり喉がうまく動かず声が掠れる。
「詳しいことは、わからないけどごく稀にそういう人が出てくるんだよ。その甦ることを僕たちは返り咲きと呼んでいる」
「まぁ、詳しい事はここにいる人達に聞いて。で話したついでにだけどこれからここ天岩戸で働く気はないかい?」
ただでさえ信じられない話がきた後に更に突拍子もない提案に頭がついていかない。何で話の流れがそうなるんだ?わからない。
ただ目の前に座る華内さんの顔はさっきのような真顔であることから冗談で無いことは伺える。
「少し考えさせて下さい」
「そうだね。取り敢えず私たちの仕事を見てみないとわからないだろうからね。よし、それなら早速行こうか。はい、スリッパ履いて」
人の話も聞かずにどんどん話が進んでいく。けれどもこの人の独特なペースを止める事やペースを合わせることは厳しいと察して、流れに身を任せる。
そしてベッドから起き上がりグレーのスリッパに足を入れる。思ったより体が軽く、ここまでの動作がスムーズにできた。そして華内さんと共に歩き出す。
華内に連れられ曲がった廊下を歩くとどこか近未来感のある紺色や緑色の廊下に少し心踊る。そしてすぐにガラスで出来た自動ドアにたどり着き中へと入った。
丸みを帯びた部屋の構図をしていて、その形に合わせたように丸い大きなテーブルがある。そしてそのテーブルの上には、ありとあらゆるものが区切られて置いてあるように見える。
手前から見て奥の左側のパソコンと複数のディスプレイに囲まれたところに小学生から中学生位の外見の男の子が一人。そしてその人とは対面に位置する右手前に何か機械のようなものを真剣な顔でいじっている女性が一人いる。
あとは、右奥にノートパソコンを右手で扱いながら、左手で書類を記入する仕事の猛者のような男性が座っている。
見る限り他に誰かの座る席は有るようだが人影はない。
「みんな、燈香君が見学にきたよ」
そう言うとすぐに手前の女性が手を止めて歩み寄って来た。僕よりも高い身長でとても綺麗なスタイルをしている。顔立ちもよく少し日焼けをしているが、それが逆に彼女のイメージを爽やかなものにしている。髪は暗めのブラウンでポニーテールでパッと見では大学の陸上部に居そうな感じだ。
「君は確か欅柳高校二年四組十二番の芹生燈香君だね。私、香月京香。気軽に京香って呼び捨てで呼んで。あれ燈香君、新井さんがcmでやってたシャンプー使ってる?この柔らかい薫り私好きなの。あっ確か燈香君って勉強苦手だよね特に英語とか私得意だから教えてあげるよ。だから今度燈香君の家に遊びに行っていい?」
僕の肩をがっしり掴んで顔と顔が当たりそうなほど近づいて僕の個人情報を吐き出す。
自分が今、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっているのが想像できる。食らったのは豆鉄砲と言うよりは言葉のマシンガンだが。
あまりの事に恐怖(佐藤詩染とはまた別の)さえも覚えるも、女性に対する耐性がない僕にとってはこの距離とこのルックスは狂気に満ちた凶器だ。胸が異常なまでに高まり呼吸が荒くなるのを必死に落ち着かせる。
どうにか正気を維持し肩をつかむ彼女の手を引き剥がそうとするが華奢に見える体からは想像もできない馬鹿力により引き剥がせない。
そうやって焦っていると、救世主華内が手を伸ばし京香の手を軽く引き剥がした。
「ゼーハー、ありがとうございます。華内さん」
命の恩人に礼を言う。
「ごめんねー。かなり昔からいっしょに居るけどこの子の変態さは直せなかったんだよね。許してね」
そう言って舌を出す。恩人なのだがそのしぐさに少し、いや、かなり殺意がわく。だがそんなことよりも気になるのは……
「変態って言うことについて聞いてもいいですか?」
「ひどい、本人の前で私はただ若い子が好きなだけよ」
怒ったように頬を膨らませる。
「はっは、それだけならね。レベルが違うからね。元ストーカーの前科者だよ」
言葉の砲丸が僕の胸にぶち当たる。まさかそのレベルとは、しかしあの狂気じみた目はそう言うものなのかと納得せざるを得なかった。
「あっ、でもさっき真面目に作業を……」
さっき彼女がいじっていた機械に目を落とす。明らかに盗聴機っ。いや本当にこれ以上の詮索は止めよう。
「改めましてよろしくおねがいします。京香さん」
頭にある彼女のイメージを片隅に避けてたどたどしく挨拶をすると彼女はさっきとは違った笑みを浮かべ手を差し出した。
「うん、よろしくね。燈香」
僕はその手を握る。久々に交わした握手はとても温かく感じた。
「で、あっちでパソコンでゲームをしている子供が葛籠君。反対側の方にいる面白いぐらい真顔になっているのが伊万里君」
京香はそれぞれの名前を紹介する。昨日、陽さんが言っていた事から考えるに警察関係の仕事をしているはずなのに、見るからに中学生を下回るビジュアルの金髪の少年がいるというのはとても違和感を感じる。
こちらの視線に気づいたのかその小さな手で手招きする。その仕草に従って近くに歩み寄る。ちょうど彼の右後ろに立つとパソコンの画面が目に入った。
画面にはtpsいわゆる三人称の視点の対戦ゲームが表示されていた。
「燈香は何か趣味とかある?」
「えっと、多趣味で広く浅くって感じだよ」
「好きな食べ物は?」
「特に何も好きでも嫌いでもないけど……」
面接官とのやり取りのような一方的な質疑応答が繰り返される。葛籠は質問の答えをパソコンにメモでもしているのか僕が答える度に指を忙しなく動かせる。
「部活は?」
「特にバイトで忙しかったから。あのこれって何をしているのか聞いていい?」
そう質問すると初めてこちらを向き顔のサイズに合って居ない黒淵の眼鏡を上にあげる。正面を向いていたので気づかなかったがとても鮮やかな青い目をしている事に驚かされる。
「キャラメイク」
「キャラメイク?」
どうやらこれから僕はゲーム製作の仕事をする事になるらしい……そんなことあるか!
「戦闘シミュレーションシステムaleku。彼の作ったプログラムの一つで私たちの仕事を支える重要な役割の一つだよ」
「戦闘シミュレーションって……。結構前から気になっていたんですけどここって何をしてる所なんですか?」
今まで会った人たちの行動から最初に自分が予想していた仕事からどんどんかけ離れてさらに湾曲していっている。
「ここは、天岩戸って言って君たちのような返り人を保護したり返り人の関係する事件を取り扱ったりするいわば返り人のエキスパートって所だよ」
だからここには自分と同じ境遇すなわち返り人が多いのか。
「その仕事って需要あるんですか?」
少し失礼な質問だが稀にしか出てこない返り人に対して専門としての仕事というのは些か仕事としてなり立つのか心配だ。汚い話、金銭的な問題で。
「あるよ。返り人は特殊な能力を持っている。だから対策をしなければならない」
「能力って何の事ですか?」
華内が言うとすぐに葛籠は別の画面を開き僕に見せる。どうやら動画のようだ。
「この今映っているのが僕たちが保護した一人で名前を氷室柳君だ。彼は、自分の体を含めた一定の範囲の物の温度を下げる能力を持っている。ほら見てみて」
画面に目を落とすと白い部屋に長袖の一人の少年が座っている。すると部屋に北極に調査でもいくかのような厚着の三人が入ってきた。一人は食事を持っていて、他の二人は水のように見える液体を持っていた。
「一番最初に入ってきた人が持っているが彼の食事でそれから順に水と度数の高いお酒」
そして三人は彼の前あるテーブルに手に持った物を置く。そこから驚くべき事が起きた。まず水を飲もうと手を伸ばすしかし手が触れる寸前で水がみるみると凍りつく。少年はそれに少し落ち込みながらもう片方にも手を伸ばすそちらは凍る事なく触ることができ飲むことができたがテーブルに置く頃には凍りついていた。
そして同じ様に食事に手を伸ばすがだが同じように凍りつく。それを仕方ない様子でボリボリと口に頬張り時折震えながら食事を終えた。
「何ですか。これ」
あまりに悲痛な光景に声が漏れる。
「彼は自分の意志に関わらず周りの温度を下げる。私たちが見つけた時もひどい有り様だった。風呂に入れないから凍って石のよう固くなったタオルで身を削り擦過傷だらけ。まともな食事ができないから痩せこけ、さらには脱水症状が起きていた。私たちが部屋に入ったときは満身創痍になりながらも強い眼差しでこちらを睨み付け来るなと掠れた声で叫んでいた。そして足元には彼の物ではない白く細い腕が凍り落ちていた」
「そんな……あんまりじゃないですか」
そして華内は真剣な表情になる。どこか信念を感じさせる目と目があう。
「そう。だから私たちは必要だ。確かに需要は比較的低い。けれど千人に一人位の少なくない数の人が今言った彼のようになるかもしれない。たとえ表立たなくても困っている人が少なくても私たちは助けたい。だから、今一度問う。この仕事に需要はあるかと。ここで私たちと働く気は無いかと!」
そう言われ同じように自分に問う。自分の進むべき道かとこの二度目の命をどう使うかと。答えは簡単じゃなく分からない。ただひとつ言えるのは……
「僕はここで働きたいです!」
そう強くこの場で言い放った。
はい、一ヶ月かかりましたー。シナリオは三章ぐらいまで出来てますが文にに変えるのは難しいと痛感する今日この頃です。
次回、それっぽい話が始まります。