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天岩戸  作者: 細川波人
一章 artist
1/52

序章

初めての投稿なので至らぬ所はあるとは思いますがよろしくお願いします。

序章 パズル

1

 箱が嫌いだ。その中に何があるかわからなくて夢があるというより、その中にある空白に目がいくから。そんなことを思いながら、僕は自分を囲うこの灰色の正四面体をぼんやりと眺めている。


 ちなみにそれは自分が置かれている状況、つまりは監禁されているこの状況から湧いて出た感情と言う訳では断じてない。


 コンクリートでできた閉鎖空間。約六畳ぐらいの部屋に正確に二つの金属のベッドとも診察台とも言えない十字架の形をしたものが左右対象におかれてある。


 ほかには何一つない。そう何一つとして。時計やエアコンなどの生活用品のほか通気孔やプラグもなくもっと細かくいえばホコリやゴミ一つない。こんなに何も無いということは人が生活していないということだろう。


 このある意味完璧な空間に完璧では無いものが二つある。


 それは僕、芹生燈香(せりゅうとうか)と隣に僕と同じように張り付けられている若い男性だ。この二つが左右対象である意味では完璧とも呼べる部屋を不釣り合いにしている。


 ここまでが現在の状況である。どういうことかって?この部屋に不釣り合いな二人が監禁されていると言うことだ。


 縛られた手足に軽く目を走らせ、唯一動く頭を軽く動かしフーっと長めのため息をついた。そして視界の右下に写し出される緑色の数字に目をやる。


「後、約二十分ぐらいか」


 電子時計のように表示されている数字は00.00.00.20.00から徐々に減っていく。これは、天寿つまりは余命だ。 


 人の天寿は生まれたときから決まっている。天寿という無機質な緑色の数字は無垢な赤ちゃんに対し残酷にも命の時間を突きつける。


 生まれたときから分かっていた僕の天寿だったがまさか最後の瞬間が監禁された状態とはさすがに考えていなかった。


「おい、お前、起きているか」


 自分の不運さと無力さに打ちのめされているところに現実に引き戻すかのように同じように拘束されている男が聞いてきた。


「はい、でもあまり好調ではないです」


「だろうな。鎮静剤でも打たれてるんだろ。えーと、おまえ名前は?」


「芹生です。芹生燈香」


「そうか、燈香。俺は、崎村陽。安心しろもうじき助けが来る」


 助けということは……崎村さんが呼んだのか?でも、スマホが扱える状況でもない。それに例えスマホがあったとしても四肢がこのありさまなら連絡など出来るはずもない。ただ単に僕を慰めるためにそう言っているのかもしれないが、僕は別の答えを導きだした。


「もしかして崎村さんは、警察だったりしますか?」


 こう質問するとパーマのかかった白いメッシュの入った毛先を揺らしこちらを向き、少し驚いたように形の整った目を見開いた。


「すげえな、違うけどそれに近い。もしかしてどこかで会った?」


「いえ、助けに来るって言ってたので何かの作戦で捕まってるのかなって。」


「違う違う。捕まってるのはただ単に俺がミスっただけ」


 そう言って彼は不敵に笑った。作戦じゃなかった!あまりの清々しさに驚愕して口があんぐりと開いてしまう。この楽観的な思考と自信はどこから沸いてくるのだろうか。


「ほら、ちょうどお出ましだ」


 そして崎村は顎で僕の腕の方を指す。

 何かと思い視線を自分の左手の方を移すと衝撃が走った。外れていたのだ。手枷が綺麗に。千切れているわけではない。まして、偶然外れるなんてことは有る筈もない。


「遅かったな結菜。あの引きこもりがサボってたのか」


 何を言って……


「そんなわけないじゃない。あなたが作戦をしくじったから葛籠君が必死で探してくれたんだから感謝しなさい」


 僕は不本意にもヒャッとついだらしない声をあげてしまう。仕方ないだってさっきまで誰もいなかったのに。それに音もなく拘束具を外すなんて。


「ちょっとあんた、助けて上げたのに失礼じゃない?礼の一つでも言ったらどうなの?」

 

 ふわりとした銀髪は肩ぐらいまで伸び、右から左に下がるように切った前髪の少女がムッとした顔でこちらをにらむ。その様子を見て僕は失礼ながら恐くて息がつまり声が出なかった。勿論、顔が恐かったからではない、ただ……そう、ただ……。


 彼女の右目は鈍く紫色に輝いていた。

 

 正確には虹彩の外側の部分が紫色になっていて、よく見ると右目は何か模様のようなものが入っているように見える。


「えっ目が…」

「あぁ、これね、カラコン」

「へぇ、今時のカラコンて光るんですね」

 

 なわけあるか。

 そんなことを言っているとうんざりしたように手を振って話を遮られる。


「時間が無いから話は後で。というか陽。何で自分で脱出しないの?」


「ここ無駄に乾燥してて無理だった」


「この役立たず」


 確かにこの部屋は除湿機や空調があるという訳でもないのに口がパサつくくらいには乾燥している。なぜ河童みたいに乾燥を気にするのかは謎だけれども。


「なんだと、後輩のくせに先輩は立てるもんだろ」


 崎村は拘束具を引きちぎらんとばかりに唾を飛ばしながら暴れる。


 身長の低さと童顔とでその姿はとても子供っぽく見えるのだがその子供のような行動も相まってより幼く感じる。しかし、職についているということはおそらく僕よりは年上だということは考察できる。中卒で働いていると言うことも考えられるのだが何となくそういうことではないと僕の勘が言っている。


 結菜がちょうど僕の右手の拘束具をガチャガチャと弄り始めた時、不意に部屋の空気の違いに気がつく。さっきよりも籠った感じがなく、そして密閉されているこの空間に流れて来る微風。その風に混じるミントのような鼻に通るような香り。そう、たしか今日、学校から帰る途中人通りの無い裏路地で嗅いだ匂い。


 んっ?裏路地…。一瞬でその時の光景、シーンがフラッシュバックする。


 まずい。


「誰か来ます」


 そう言って僕は人一人が入れるくらいに開いた扉に視線を移す。それに合わせるように二人も扉の方を見る。何かを察したのか結菜と呼ばれる少女は、流れるように素早く腰から銃を抜き、立ち上がる。

 

「大人しく降伏しなさいバラシ屋、佐藤詩染」


 ドラマで聞き飽きたような台詞を吐く。


 すると、コツコツと足音を立て何者かが暗闇から姿を現す。黒いズボンに腕捲りした白いシャツで長い手足に高い身長、整髪料で固めた黒髪。一見すると育ちのいい紳士のような佇まいだが、白い顔に浮かぶ鬼のような形相と手に持つ片手斧が彼の危険性を脳に直接呼び掛けてくる。


その姿に僕の危険察知の赤ランプが一斉に唸りを上げる。ちなみにパトカーの方の非常灯だ。まだ救急車の方ではない。


「降伏?君は状況が分かっていないのか?確かに君が来てすごく、とても、非常に厄介だとは思っている。君が一人で!?わざわざ殺されに来たせいで!三人殺して詰めるしかなくなったじゃないか!キリが悪くて吐き気がするんだよ。偶数にこそ神が宿ると言うのに!」


 頭を抱え嘆く佐藤の口調は徐々に熱を帯び激しくなっていた。どこか宗教じみた彼の発言に狂気をうかがえる。いや、発言だけでもなく、この左右対象、シンメトリーの部屋。よくみると扉でさえも両開きになっていて彼の偶数への異常な執着を感じる。


 偶数の神格化と言ったところか。けれど、偶数はあまり縁起がいい数字というわけではなかったと思うのだが……まあ、数式で偶数が出ると解きやすかったりするから僕も奇数よりは好きなのだけれど、これ程までに執着しようとは思わない。


「武器を捨てなさい佐藤」


「ふふっ。駄目ですよ。私は神に供物を捧げなくてはならない。だから今日、今ここで殺さないといけない」


 垂れた髪の毛を指先で整えて少しずつ落ち着きを取り戻し、距離をどんどん詰めて来る。結菜は、その気迫に後退りするがすぐに銃を構え直し狙いを定める。


「それ以上近づいたら、撃つ」

 

 牽制をするも、佐藤の歩みは止まらない。


「私は死なない!ゆえにここにいる!神に愛されるがゆえに!」


 陶酔、狂気、溺愛。異常なまでの偶数への執着と取るべきか?あるいは、別の神と呼べるものへの執着なのか……。分からないが、この人間が平凡な人間と同じ尺度の思想を持っているとは思わない方がいいらしい。


 佐藤が結菜から二メートルほどまでに近づいた時、結菜は、躊躇無く銃の引き金を引いた。

 想像していたよりも小さな発砲音がこの四角い部屋に寂しく響く。弾が腹部に当たった佐藤は、足から折り畳まれるかのように地面に倒れた。そして結菜は息を吐きながら全身の力を抜く。


「あの佐藤っていう人は大丈夫なんですか?」


「心配しなくとも実弾じゃないわ。麻痺弾って言ってスタンガンみたいに強力な電流で気絶させてるだけだから」


 なるほど、ひとまず安心感だ。例え悪人や狂人であったとしても目の前で人が死ぬのは、気分が良いものではない。


「そう言えばさっきバラシ屋とか言ってましたけどなんなんですか?」


 僕に残された時間が少なく、出前で頼んでおいた数々の料理はどうやら僕の喉を通ることがなさそうだ。なので心残りを減らすためにも今は聞きたい事を聞いておく。

 燈香がそう尋ねると、「えっ」と二人は驚きの表情をしめした。


「嘘だろ」

「テレビ見てないの?」

 

 生憎、そんな文明の利器は持ち合わせていない。さらに、他人の家にも行かず人との交流も一部を除いてはしてこなかったので知らないのも仕方ない。だけど、まさかここまで哀れんだ目を向けられるとは思ってもみなかった。


「恥ずかしながら……」


「合計十四人も殺してる殺人鬼。毎回二人対で殺して、ポリバケツやドラム缶などにきっちりと敷き詰める。その手口からバラシ屋とかあまりに綺麗に敷き詰められているからパズルなんて通り名もついているわ」


「名前通りで物騒!」


 この話からこの部屋の構造から想像できるように完璧主義に近い人間だということがわかった。そして同時に先ほどまで感じていなかった別の恐怖が襲って来て背筋がゾッとする。


「僕は危うくミンチにされるところだったってことですか」


「いや、ミンチってよりは部位ごとに切り分けられて魚みたいにパックに詰められるって感じだな」


 いまだに拘束されている崎村がやけに得意げに言う。特に上手いことを言ったわけでもないのに。そして、例えが気持ち悪い。

 

 まあ、話が話だけに青春真っ只中の高校生のように爽やかで清らかな例え話に出来るわけもないのだろうが……。

 ーー通学前に教科ごとに分けて鞄に隙間無く詰め込む。

 話の例えとしては不正解だろうが、ほら、青春っぽさはでた。


「その表現やめて。気持ち悪くなる。あと動かないで外しにくい」


 結菜は、銃を床に置き両手で崎村の拘束具をほどこうとしていた。まだ僕の足の拘束具は解けて居ないのだが僕の方よりも固く締められているようで外すのに手こずっている。


 そんなとき目の端にバラシ屋、佐藤の姿が映る。うつ伏せで倒れた佐藤はじっと動かない。だが一つ疑問に思った事がある。


  こんなに近くにいただろうか?

 

 そして崩れるように倒れたはずなのになぜ足が伸びているのか?考えられるのはただ一つ。


「バラシ屋が動いている……」

「えっ」


 咄嗟に結菜は振り返る。しかし時すでに遅し。佐藤は、折り畳んだ腕をバネのように伸ばし結菜に飛びかかる。


 不意打ちされた結菜は、上を取られ首を絞められる。苦しそうに手足をばたつかせ抵抗するも体格差と力の差は歴然のようでびくともしない。


 まずい。早く助けないと。拘束の解けていない左足の拘束具を必死でとこうとする。焦りと恐怖からか手が震え、解くのに手間取る。


 やっと外れた。半ば強引に高速具を外した手首に擦り傷ができるがそんなことはどうでもいい。早く助けなければ!


 台から降りようとすると鎮静剤の影響か意識がはっきりとせずだらしなく転げ落ちる。ドスンとコンクリートの床に背中から落ちた。

 固く冷たい床にダイレクトに背中を打ち付ける。肺の空気が一気に吐き出されるような衝撃に顔を歪めながらも腕を付きながら立ち上がり、揉み合っている二人のもとに歩き、結菜の上に覆い被さる佐藤の顔面を蹴る。


 靴を脱がされ靴下だけを履いた足が佐藤の鼻から目頭にかけてぶつかる。ゴツゴツとした佐藤の顔面の骨が足の甲に鈍い痛みを与える。だが蹴られた本人はそんなものではないのだろう、後ろに倒れて顔を抑えて、悲痛な叫びを上げる。

 蹴った後、いまだに足がおぼつかず燈香はすぐに倒れてしまった。しかし、ここで佐藤を捕まえないとおそらくここにいる全員殺される。


 そこで速やかに自分の天寿を確認した。あと三分ってところか。でもその前にこいつを……捕らえる。

 その一心で立ち上がり、さっき蹴った方とは逆の右足の膝を曲げ、立ち上がり、起き上がろうとしている佐藤に飛びかかる。だが一瞬早く起き上がった佐藤に抱き抱えられるかのように受け止められる。そして太股に熱く、鋭い痛みが走った。


 見ると果物ナイフのようなものが付き刺さっている。佐藤はそのナイフを引き抜き、僕の体の向きを乱暴に変え首筋に当てる。冷たいナイフが僕の本能に危険を知らせ鳥肌が立つ。


「はぁ、はぁ。おいそこの女。武器を捨てろ」

 

 その声の先には、倒れてむせかえりながらも銃を向ける結菜の姿があった。よほどきつく絞められていたのだろう首にはくっきりと手形が残っており、目は微かに充血している。そんな満身創痍の中鋭い眼光で佐藤を睨み付けている。


「僕のことは、大丈夫です。だからこいつを撃って下さい」


 ナイフで首が切れないようにそれでいて出来るだけ大きな声で叫ぶ。足には、傷口の表面にジリジリとした痛みがあり内側は神経をひっちゃかめっちゃかに引っ張りまわされているような痛みがする。アドレナリンと荒くなった呼吸のせいか体全体に熱を帯びる。


「おい、お前は黙れ」


 痛みのせいかかなり乱暴な口調になっている。握ったナイフは震え、僕の肩にあたる熱く滑りを帯びた感触からさっきの蹴りで鼻血を垂らしているのが分かった。


 後二分、時間が無い。崎村さんは、相変わらず拘束されたままで暴れている。結菜さんは立つことすらままならず倒れたまま銃を突きつけている。ここで僕が人質になっていなければ……きっとこんなことにはならなかった。もっとスムーズに事が進んだはずなのに。


「早く捨てろって言ってんだよ。こいつが死んでもいいんだな」


 佐藤は首にナイフを押し当てる。首にすっと赤い線ができる。それを見た結菜は、銃を持つ手を緩める。駄目だ。このままだと全滅する。それは駄目だ。後一分、やりたくはないがこれしかない。


 どうせ死ぬなら誰かの足を引っ張るのではなく誰かのために。

 

 ぐっと佐藤のナイフを持つ右手を握る。


「おい、お前何をするきだ!?」


「もっと役に立ちたいけどこれしか僕にはできないから」


「まさか、馬鹿な真似はよせ」

「ダメ、そんなこと。絶対助けるから」


 佐藤と結菜がそれぞれの言葉で静止しようとする。佐藤は自分のためだろうけど。だけど結菜は本気で止めようとしてくれている。初めて生きることを肯定してくれている気がして少し嬉しかった。でも、だからこそ引き返せない。


 ナイフを持つ佐藤の手をより強く首の方へ引き付ける。後三十秒。目を閉じる。周りの音や雰囲気がよく感じられる。焦る男の声、暴れる男の音、泣き叫ぶ少女、熱せられた空気、冷たい刃。

 

 覚悟を決めて目を力強く開いた。そして、ここにいる全員に謝罪はの意を込めながらナイフを引く。


 深紅の血が自分の喉から勢いよく噴き出す。一瞬スローモーションに感じ血の雫が綺麗な球体を象る。気管が切れたのかヒューヒューと空気が漏れだす音がする。痛みはほとんどなくただぱっくりと空いた傷口に涼しさを感じる。徐々に勢いが落ちていく血飛沫と心拍数。口に溢れ返る濃厚な血。そして視界が徐々に暗く、視野が狭く、視点が近くなっていく。そして完全に意識がなくなる寸前まで少女の叫びは消えなかった。


 そして僕は、意識がなくなった後かちりと秒針が進むような音を確かに聞いた。


  《-00.00.00.00.01》 


次回、天岩戸のメンバーが出てきます。お楽しみに。

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