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084 決壊 (上)

お待たせいたしました。

「いいだろう。」

「──なに?」


 コウスケの予想外の言葉に、O(オー)は一瞬言葉を詰まらせた。


「今、何て言った?」

「そこまで意外か?」

「……正直、な。」


 少年は、自分の立てていた計画の歯車が狂ったことに気が付いた。しかし、その狂い方は悪い方向ではなく、むしろ理想に近い方向へ転がっている。そのことに、少年は少し警戒した。


「あんたらにとって魅力的な提案をするには、まだ情報不足かと思ったんだが?」

「その必要はない。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


コウスケの言葉は、少年の顔を硬直させた。そして目を丸くする少年に、男はため息をついた。


「お前とはやり方が異なるが、”会話そのもので話の主導権を握ってくる人間”を、俺は知っている。」

「……」

O(オー)。お前は確かにこれまでの話の中で、真実を口にしていた。確かに、お前は真の目的を語っていた。

 だが、俺たちが確実に欲しい情報を、()()()()()()()()()()()。そしてそれを語る前に、お前は当初の取引では二つだった要望に加え、三つ目の要望を出してきた。」

「……」

「お前は本当は三つの要求があると、本当は最後に話すべきだといったが、それは違う。お前の取引としての要求はその一つだけで、今話さなければ達成できないから、切り出したんだ。なぜならお前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「!!」

「どういうことだ?」


 コウスケの発言に疑問を呈したのは、ヴェルンドだった。


O(オー)の要望の一つは、越境の協力であろう?それは先ほどおぬしもそう言っていたではないか。」

「いや、それはある意味で問題にならないんだ。何しろ俺とこの少年が導き出している越境手段は、()()()()だからだ。」

「最終手段──まさか、『門番』とやりあうつもりか!?」


 老人の言葉に、コウスケはうなずく。


「そうだ。俺たちには、もうその手段しか残されていないんだ。」

「ま、まて。あの『門番』の魂喰者(ソウル・イーター)としての力量はヴァルキリーズと同格と言われている。そう、やすやすと突破などできんぞ!?」

「それでも、するしかない。」

「……」

「どういうことなの?」


 沈黙する少年とヴェルンドに変わり、少女が声をあげる。


「たしか、コウスケさんはおっしゃっていたわ。戦闘は、なるべく避けたいって……」

「ああ。だが、それは叶わなくなった。」

「──街が、半壊しているから、だな。」

「そうだ。」


 エミリアの言葉に、コウスケはうなずく。


「最短で荒事なしで越境するには『先祖合戦』をする以外に方法がなかった。だが、街がこれほどまでに混乱した状態で『アンドヴァラホルス』主催の秘密の賭場なんぞ、開催されるはずがない。

 それにこの状況では、いかなる条件をそろえても、越境は叶わない。街の外に逃げることと同義だからな。『アンドヴァラホルス』はそれを許さない。

 そうなると、もはや穏便に越境するという手段は潰えている。」

「……」

「であれば、俺はO(オー)との()()()()()()()()()()()、強行突破する必要がある。」

「……なるほど。おぬしが『門番』を殺してしまえば、その後で自由に『門』を越えられる、ということか。」

「そうだ。O(オー)にとっては、街が半壊したという状況を知った時点で、『越境協力』は()()()()()()()()()。俺が越境を急いでいるということは、この少年は調べて知っていると、先ほど自分で言っていたからな。そうなれば俺がとる選択肢はおのずと限られる。取引があろうとなかろうと、な。」

「では、もう一つの、情報提供は?流石にそれは取引をせねばならぬものではないのか?」

「それが、このテーブルについた()()()()()だろう。だがそれは、会話の中で情報を引き出すことにとどめるつもりだったのだろう。」

「……あんた、いつから気が付いてた?」


O(オー)の頬に、冷や汗が滴る。


「俺が、取引をしようとしていないことに。」

「確証を持ったのは仇討ちのことを聞いた時だ。

 それまではただ警戒しているにすぎなかった。俺はお前のことについて調べているわけではない。情報を共有したいという趣旨の理由は分からなかったし、本当の要求が別にあるのではないかとも疑った。けれど、お前が最初にヒュンドラの正体を聞いたとき、情報を引き出そうとしていると思った。そして、その理由が仇討ちのためだと口にしたとき、お前がこのテーブルについた理由は、仇を打つための情報を収集するためだと気が付いた。

 だから、この取引は取引として成立しない。お前は取引なしで、すべての得たい情報を得ようとしていると、そう思ったんだ。

 ゆえに、俺はこの会話を()()()()()()()()()()()()()

 そして──」


コウスケは眠っているガラスの少年をみやる。


「──ヒュンドラの正体を聞いてから、お前の言動は新たに別の何かの要求を述べる切り口を探っていると、そう思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、そう感じた。」

「ヒュンドラがグルヴェイグの使い魔だと言ったのは、まさか、一種の”賭け”か。」

「そうだ。お前がグルヴェイグを知らなかった場合は詰みだったがな。

 だがそれでも、敵が強大だと認識してくれることに意味がある。仇討ちを考えている人間が、残された家族についてなにも考えていないとは、思えなかったからな。」

「……まったく、とんだ博打だな。」


 ひきつった笑みを浮かべる少年に、コウスケは言う。


「お前も言っていただろう。駆け引きのできない人間は、すべてを失うだけだと。俺も、このくらいの駆け引きはするということだ。

 それに俺は、お前がたとえどんな要求をしても取引にのる必要があった。それだけお前がグルヴェイグの使い魔を倒したという事実が、俺たちにとって大きいからだ。

 だが取引でない以上、いくらこちらがお前の要望を叶えたところで、お前はこちらの欲しいものを提供することはない。」

「だから、俺の口から真の取引としての要求が発せられるまで、待つことにしたのか……」

「そうだ。」

「なら、あんたたちの欲する情報を俺が提供する前に承諾した理由は──」

「情報を無駄に引き出させないためというのもあるが、お前には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他のどんな手段を用いても、お前の目的以上のものは実現できない。」

「だから、承諾する、のか。俺がそれ以上を要求しないようにするために……」

「ああ。要求したところで無駄だからな。」


 コウスケの言葉は、O(オー)にとって”詰み”だった。なぜなら、この交渉が既に終わってしまっていたからだ。O(オー)はソルゲイルをアクア連邦に亡命させるために、その道中の安全の確保などを要求する必要があった。しかし、コウスケはそこまで保証するつもりはないと、そう言っているようなものであった。そして、O(オー)の手持ちの情報では他の要求を呑むものに値しないと、そうはっきり言ったのである。ゆえに少年は「ソルゲイルの亡命」という目的を達成させるために、切り札である「グルヴェイグの撃退法」を教えるという選択肢しか、残されていない形になっていた。

 しかし最後にひとつ、O(オー)にとって予想していなかった言葉が男の口から発せられた。


「だが、お前の弟を連れていくということ事態は、俺は悪くないと思っている。」

「コウスケ?」


 その言葉に、エミリアは驚きを隠せなかった。彼女は、コウスケがその先に何を言わんとしているのか、分かっていたからだ。


「ソルゲイルの知識が役に立つ、からか?」

「いいや。正確には、お前の弟がフレイヤの()()()()()()()()()が、だ。」

「!?」


 その言葉に少女は首を傾げ、少年は驚愕した。

 そして、少年は男の静かで揺らぐことのない瞳を見て、再びひきつった笑みを浮かべた。


「──ハッ。本気かよ。()()()()()()。理解できねぇな。」

「理解できないなら、それでもいい。ただお前なら、ある程度推測はできると思うがな。」

「……」


 (オー)は一瞬目を細め、フレイヤを一瞥してから静かに言った。


「……いいや。分かんねぇな。()()()()()()、理解できねぇ。俺の予想が正しければ、その役目は弟ではなくて、あんたやそこのおねぇさんでもいいはずだろう?」

「重要なのは効率ではないが、お前がフレイヤとの会話だけでそこまで理解できているのなら、今はわからなくてもいずれ理解するだろう。

 そして、だからこそ俺たちがそこの少年を見捨てることはない、ということもな。」

「……」


 少年はしばらく口を閉ざし、じっとコウスケを見つめ返した。そして長いため息をひとつつくと、静かに尋ねた。


「俺は、スラムの出身だ。親の顔なんて覚えていない。だから、親ってのがどんなのか知らねぇが……()()()()()()、なのか?」

「……俺は彼女の……父親では、ない。」

「……そうかよ。」



 少女は、コウスケと少年の一連のやり取りが、何を意味しているのか分からなかった。コウスケがガラスの少年を連れていくのを、悪くないと言っている意味が分からなかった。


 ただ、コウスケの最後の言葉は当然ではあるが、妙に印象に残った。

 低く、耳に響いた。


 そして不思議と、視線をそらしてしまった。どこに視線を置くのが正しいのか分からないというように、彼女は落ち着きを失った。それがどうしてなのか分からないことが、また彼女をそわそわさせた。


 だから、指輪を握る手に、力が入った。

 抑えなければならない“何か”が、胸の内からこみ上げてきそうだった。


「フレイヤ?どうしたんだい?」


 エミリアの言葉に、少女は顔をあげる。優しい瞳の中に、泣きそうな顔をしている少女が映っている。


「──いいえ。なんでもないわ。」


 それを見て、少女の心のざわつきは、一層激しくなった。

 彼女の眼差しが、少女の鼓動を早まらせた。

 


(わたし、やっぱり、おかしくなってしまったわ……)




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