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080 大博打

「……すまねぇ。もう大丈夫だ。はやく、ここから逃げ出さねぇとな。」


 よろめきながら立ち上がる兄を、片腕の少年が支える。


「兄さん、無理しちゃだめだよ。あんな魔法を使ったんだ。たしか、フライヤが教えてくれたものの中で一番魔力消費が激しい魔法でしょ、あれ。もう少し休まないと。」

「だめだ。これだけ馬鹿みたいに魔法を使ったら、流石に『アンドヴァラホルス』に勘付かれる。俺達は奴らに追われている身だ。見つかる前に逃げ出さないと、面倒なことになる。」

「それも、そうだね……

 じゃあ、フレイヤ、逃げよう!立ち上がれる?」

「え?」


 フレイヤはソルゲイルの言葉に驚き、彼と彼に支えられているもう一人の少年を交互に見渡した。

 するとO(オー)は疲れた顔でため息をつき、静かに言った。


「……お前には言いたいことが山ほどあるが、俺と幾ばくも変わらない歳でその判断能力の無さは、マジでどうにかしたらどうなんだ?」

「な──」

「俺達はお前の仲間じゃない。お前がこの後やってくる『アンドヴァラホルス』に殺されようが何されようがしったこっちゃねぇが、生きていたけりゃ今どうするべきかくらい分かるだろう?」

「兄さん、ちょっと言い過ぎだよ。」

「言い過ぎ?俺達がコイツのせいでどんだけヤバい目にあったと思ってんだよ!こっちが欲するのが情報っていう形のないものなのに、相手の望んでる黄金(モノ)を先に渡すとか有り得ねぇだろうが!それに何よりも──」


 O(オー)は怒りに満ちた瞳をフレイヤに向ける。


「弟が腕を失った。この結果は、おまえのせいだ!」

「─────」

「兄さん!」


 ソルゲイルは声を張り上げ、兄の耳元で叫んだ。


「これは僕のせいであって、フレイヤは関係ない!ついてくるなって言われてついてきたのは僕だし、逃げろって言われても逃げなかったのは僕だ!すべての過ちは、僕にあるんだよ!?」

「……」


 最後の一言に、O(オー)は反論できなかった。それは理屈ではなく、その言葉自体が、少年の心に影を落とさせるからだった。


「それに、兄さんをヒュンドラの魔法から救ったのは、フレイヤだよ?」

「はぁ!?こいつが?そんなこと、信じんらんねーな。」


 O(オー)は目を細め、それから再びため息をつく。


「……今は言い争っている暇はねぇ。交渉に失敗した今、俺にとってお前なんてもう用はない存在だが、俺達の隠れ家を知っているっていう状況が厄介すぎる。お前を放置するわけにはいかない理由があるんだ。だから、さっさと逃げるぞ。」

「……」


 フレイヤは言葉を返せなかった。彼女は煙の燻っている身の毛のよだつ虫の死骸と、片腕を無くした少年を見やり、そして少年の手に握られた白銀の刃を思い出す。


 “おまえのせいだ!”


 自分が何をしてしまったのか、その現実が否応なしに言葉として浴びせられた。たとえこれらの全ての結果が様々な要素が絡み合ったものだったとしても、引き金を引いたのが誰かなのは、明らかだった。

 けれど、少女にはどうすれば良かったのか、分からなかった。

 指輪を渡すという行為は有りえなかった。だったら、“涙”を渡す以外に方法がないと思った。少女には、それ以外の考えが、浮かばなかった。そしてそれは今も変わらず、だから彼女はどうすれば良かったのか、その答えを見つけることは出来なかった。


「わた、しは──」


 立ち上がる事の出来ない少女が、言葉を発した時だった。疾風が、壁を突き破ってやってきたのは。


「うわっ!」

「今度はなんだ!?」


 粉塵に顔を覆う二人の少年。そして彼らとフレイヤの間に、二人の大人が割って入った。


「フレイヤ、無事か!?」


 それは、傷だらけの男だった。口と頭から血を流し、服も髪も泥と砂にまみれた男。けれど彼の背中は広く逞しく、彼女を敵から守ろうと、二人の少年の前に立ちふさがった。


「さて……説明してもらうとするか。」


 同じくフレイヤを守るようにして弓を構える女は、部屋を見渡して目を細めた。


「これはいったい、どういうことなのか。」





 無言の睨み合いが続いた。互いに視線を外すことなく相手の表情を観察し、相手の状態を見極めている。

 O(オー)は二人が来た時点で勝ち目が無いことを十分に理解していた。たとえ相手が手負いでも、自力で歩くこともままならない状況で戦いを挑むのは無謀である。しかし、かといって“戦えない”と相手に示すことも愚策であった。そんなことをすれば殺されて全てを解決(おわり)にされかねない。この張りつめた空気は、相手が何かを警戒しているから成り立っているということを、彼はよくわかっていた。だから彼はソルゲイルから一歩離れ、ナイフを握った。

 ただ少し違ったのは、エミリアとコウスケはO(オー)以上に事態を把握していたから警戒していたということだった。

 二人は知っていたのである。あの『黄金兵』が現れた瞬間に、この【掃溜めの街】にあらゆる悪を煮詰めたような邪悪で醜悪な存在がいたことを。“それ”は『黄金兵』を生みだした強力な魔術師であり、決して“歯が立たない相手”であった。だが、“それ”がさっきまでこの部屋にいたのに、今は跡形もなく消え去っているという事態が理解を越えていた。そして何より、部屋の状況から察するに、マフラーを握っている少年がその相手を倒しているらしいという事実が、彼らを困惑させ、警戒させた。

 膠着状態は舞い上がった粉塵が治まるまで続き、視界が開けた時、ようやく一人の男が声を発した。


「お前が、O(オー)か?」

「──だったら、なんだ。」


 銃を構える男を睨み付けながら、O(オー)はナイフをゆっくりと構える。


「俺に何のようだ?俺はあんたには用はないんだがな。」

「なら、フレイヤを狙う理由はなんだ。」


 O(オー)は一瞬で理解した。これは、一種の“取引”だと。命のやり取りを行うか話し合いでケリをつけるかどちらを選ぶのかと、男は問うていると、そう少年は理解した。

 だから彼はそれに乗った。戦いで勝てない状態でそれ以外に選択肢はない。けれど相手に有利なまま話をすることは危険と判断した彼は、相手の欲しい目的を、まずは持っていることを明確にしようとした。


「……それを聞いて、どうする。」

「返答次第だな。俺も、お前に用はない。」

「……」


 O(オー)は考えた。どんなことを話すべきかを。もし、相手が望むものを手に入れられないと分かったら、確実に殺されるとO(オー)は直感した。男の言葉は戦いは必要ないと言っているが、その瞳は敵意に満ちていたからだ。けれど、簡単に全てを話してしまったら、用済みとして消される可能性も十分にあった。

 だから、彼はやはり静かに、ゆっくりと口を開くしかなかった。


「……ある依頼主がいてな。そいつの、依頼だ。」

「誰だ、それは。」

「ヒュンドラって婆だよ。」

「ヒュンドラ?」


 その単語に、エミリアは怪訝な顔をした。『先祖合戦』に『ヒュンドラの詩』の話をしたばかりにその人物が出てくるというのは、偶然にしてはあまりにも出来過ぎていて不気味であった。


「……そいつは、今どこにいる?」

「……殺した。」

「殺した?お前が?どうやって?」


 エミリアの言葉に、O(オー)は眉を顰めた。

 彼女の言葉は、少年にとってある意味を持っていた。それは、エミリアがその依頼主に対して、ある程度予想を立てているという事だった。「何故殺したのか」を聞くなら、まだ筋は通っている。しかし、「殺した手段」を聞くのは不可解だった。“相手が泥棒では殺せない存在”だということを、知っていなければそんな疑問は抱かないからだ。そしてそれを先に聞いたと言うことは、自分が依頼主を殺した理由については、おおよそ見当がついていると言っているようなものだった。

 だから彼は、彼らが警戒している理由が何なのかに気付き、そして同時に、相手から“ある情報”を得なければならないと、覚悟を決めた。


「──悪いな。それを話すには、時間が足りねぇ。」

「時間が足りない?」

「ああ。あんたら、外で相当暴れたんだろ。妙に外が騒がしい。この状況だと『アンドヴァラホルス』が黙っちゃいない。」

「だからどうした?」

「奴らがここに来たら、話なんかしている暇はないだろう。」

「すぐに話してもらえれば問題ないが?」

「それじゃあんたの望むものは手に入らないな。なにしろ、あんたらが知りたいのは狙われている理由じゃなくて、撃退方法だ。しかも、明確な根拠の有る、な。」


 コウスケの言葉に、O(オー)は即答した。そして彼はさらに言をつらねる。


「あんたらは、そこの嬢ちゃんを狙っているやつが死んでないってことに気が付いている。悪かったよ。殺したなんて、見栄をはった。奴は生きている。間違いなくね。」

「それで?」

「あんたらは俺の依頼主に心当たりがあるみたいだ。狙う理由についてもな。

 けど、撃退する術は知らないとみた。」

「で?」

「一つ先に教えておく。あいつを撃退したのはこのマフラーだ。だが、このマフラーは()()()()()()()()()、これについて話すにはちょっと時間がかかる。」

「……」


 目の細くなった男を見て、O(オー)は自分が織り交ぜた()が見破られたことを瞬時に理解した。

 故に、泥棒は最後の賭けに出るしかなくなった。


「──そ、それに、あんたは依頼主についての情報を、もう少し得ておいた方がいいんじゃないかって思うんだよ。」

「何故だ。」

「……なんせ、あいつは二つのモノを狙っていたんだ。

 片方はそこの嬢ちゃんが、そしてもう一つは──()()()()()()()()()()()“石”、ってな。」

「!?」


 表情の変化に、O(オー)は首の皮が繋がったと確信する。


「これら全部を話してやってもいい。けれど、それは今じゃねぇ。取引だ。」

「……お前と、取引?」


 怪訝な顔をするエミリアを、コウスケは止める。


「いや。話を聴こう。」


 その言葉に、O(オー)は内心安堵の息を漏らした。

 そして彼は、一世一代のさらなる大博打に打って出た。


「ああ。俺はお前たちに、知る限りのあいつの情報と撃退方法を教える。その代り、二つ約束してほしい。」

「何だ。」

「一つ目は、俺が殺し損ねたヒュンドラってやつの、あんたらが知りうる情報を教えろ。そして、もう一つは──」


 彼は、まっすぐ男の目を見ていった。



「お前らと一緒に、俺達をテッラ王国へ連れていけ。」



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