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075 黄金兵(下)

 それは嵐であった。

 黄金兵の槍は一薙ぎで家を粉砕し、風圧で命を散らす。

 拳を振り下ろせば岩は砕け、足を踏みだせば血だまりが出来上がる。

 住人は家ごと潰され、外に居た者は断末魔を上げることすら叶わず塵となった。


 そんな街の一角を壊滅させる黄金の嵐を前に、2分も生き残っている者たちがいた。コウスケとエミリアである。

 

「ソウル・ブレイク!」


 風を突き破る大声と共に、魔法の弓が光を放つ。

 しかし黄金兵は槍をもって光を叩き潰し、そして後に続く3発の閃光を大きく飛び退いて躱していった。


「あの図体でなんて速さしてやがる!」


 コウスケとエミリアが恐れたのは、その速度(スピード)であった。岩の如き巨体に似合わず、黄金兵の動きは鳥のように速かった。槍裁きは飛んでくる矢を薙ぎ払い、弾丸をもはじき返した。さらに防御から攻撃に転じる動きも並ではなく、幾度となく黄金兵は瞬きの間に二人の背後を獲った。

 そして今再び、黄金兵は彼らの背後に刃を向ける。


「こいつ、また──」


 移動時の風圧だけで身体が揺れる。

 粉塵が肌を突き刺し、視界を遮る。

 そして体勢を崩した二人に、黄金兵は槍を突き刺した。


風よ(ウェントゥス)!!」


 エミリアはコウスケに向かって風を放つ。その風でコウスケは吹き飛ばされ、反作用でエミリアも反対方向へと飛ばされた。


「ソウル・ブレイク!」


 黄金の槍が大地に穴を穿つその刹那。防御の取れない一瞬の隙を、彼女は逃さない。エミリアは着地するまでの間に身体を捻り、矢先を定めた。狙うは鎧のない、暗闇だけが存在する“目”の領域。決して防御のできない肉体が露わになっているはずの箇所めがけて、彼女は魂を射抜く絶矢を放つ。

 

 ──だが。


 黄金兵は槍から手を離し、大きく後ろに背を反った。

 光の矢は兜と矢尻を擦らせながら黄金兵の眼前を通過し、暗雲昇る天へと消えた。

 そして──


「◆#@───!!」


 黄金兵はすぐさま反撃した。

 巨体を捻りながら片手で槍を握りなおし、そしてその捻りを動力に槍を引き抜き、背後の家を粉砕しながら大きく回転。エミリアを視界に捉えるや否や、怪物は彼女の頭蓋めがけて槍を投げつけた。


風の盾(スクゥートゥム)!!」


 落雷が如き炸裂音。瞬きの間に生みだされた幾重もの”風の結晶(空気の壁)”を、黄金の一閃が打ち砕く。そしてエミリアの眼前に出来た最後の壁が、間一髪で剛速の槍をはじき返した。


「エミリア!」

「そっちだ馬鹿野郎!!」


 コウスケの視界に、影がのびる。彼女の身を案じた一瞬の隙に、怪物は男の頭上を獲った。


 耳鳴りのする太い金属音。

 逃げ惑う人々の悲鳴。


 それらをかき消す奇怪な咆哮を上げ、怪物は拳を振り下ろす。


 大地を砕く金属の腕。剣より鋭い手刀の一撃。

 人の頭を粉砕するには十分すぎる破壊の一手。

 だが、矢よりも速いその一撃をただ一歩の動きで躱すのが、コウスケという男であった。


「──遅い。」


 頬を掠めた金属の鎧を片手で掴み、それを支点に一回転。鉄棒をするように彼は軽々と巨兵の腕へと着地する。


「!」


 怪物が男に気が付くよりも早く、彼は走った。

 巨木の如き腕を駆け、岩の如き肩を抜く。

 そして怪物が男を視認した時には、真っ赤に光る銃口が、蠢く深淵に向けられていた。


「ソウル・ブレイク!!」


 零距離で放たれる、魂を穿つ一撃。

 怪物になす術はなく、ただ緋色の弾丸を受け入れるしかなかった。


「#▲*&■$●────!!」


 怪物に相応しい断末魔を上げながら、黄金の巨兵は崩れ落ちる。同時に骸は何かに押しつぶされるように形を変え、みるみる内に小さな点へと収束する。


「……」


 コウスケは怪物から離れ、その様子を銃を向けたままじっと伺った。

 しかし巨兵は数秒も経たぬうちに跡形もなくなり、そこに残ったのは怪物が暴れた無惨な痕跡だけだった。


「──倒した、のか?」


 エミリアは周囲を見渡し、気配を探る。そして敵の気配が無いことを確認すると、咳き込みながら立ち上がった。


「コウスケ、無事か?」

「ああ。かすり傷──ガハッ!!」

「コウスケ!?」


 突如血を吐き出し崩れ落ちるコウスケに、エミリアは血相を変えて駆け寄った。


「あんた、まさか『魔眼』を──!」

「ああ、すまない。使い過ぎた。」


エミリアの腕の中で、コウスケはしくじったと苦笑する。


「はは……流石に俺も歳だな。10年前、グラキエスと戦ったときのようにはいかない、か……」

「無茶しやがって!!あんたの『魔眼』はカエルム帝国がつくった魔法武具なんだぞ!?魔素を蓄積する装置なんて聞こえはいいが、元々は使用者に知識や力を与える代わりに寿命を奪う、正真正銘の“呪いの武具”としてつくられたものじゃないか!」

「ふ……“呪い”、か。結局カエルム帝国はその開発に失敗した。だからこの魔眼は魔素を蓄積することしかできないんだ。ってことは、“呪い”も大したことはないと思っていたんだがな。」

「冗談を言うな!お前、義眼を手に入れた時には知っていただろう!使い過ぎたらどうなるかってことくらい!」

「……ははは。ちゃんと分析すれば、身体と精神両方に負荷をかけるってだけの話だ。そんな大事にするようなことじゃないさ。」

「大事だろうが!あんた、その『魔眼』を使うたびに身体の中がズタボロになっているんだろう!?現に今血反吐を出すくらいに!!」

「はは、そう、だな……すまない。」


コウスケは数度咳き込むと、自らの力で起き上がる。


「……安心してくれ。死にはしない。少し、肺が傷ついただけだ。」

「全く大丈夫には見えないんだが。ふらついてんぞ。」

「いや、別に初めてではないからな。数日もすれば治る。それに今はフレイヤの元に急がなくては──」

「……」


 エミリアはふらつきながらも歩みを進める彼を見て、それ以上彼の体ついて問うことはなかった。彼女は彼に肩を貸し、浮遊魔法を唱えて先を見据えた。


「魔力の気配が上がった場所まで──10分、だな。」

「──」


 コウスケは悔しさに顔を歪ませ、唇を噛んだ。


「全速力で、頼む──」

「──分かった。『風』の魔法で突っ走る。振り落とされるなよ。」


 エミリアは深く息を吸い込み、身体の中へと意識を向ける。沸き上がった魔力に呼応するように周囲の空気はざわめき、風が巻き起こる。


「準備はいいな?」

「ああ。」

「よし。行くぞ──『疾風シュタイフェ・ブリーゼ』!」





「あっ!そうそう、これこれ。懐かしいなぁ。三人で空き家から引っ張ってきたら、ちょっと壊しちゃったのよね。」


不格好な背もたれのある椅子に座り、白い肌の少女ははにかむ。

そしてそれを、少年は苦痛に満ちた顔で眺めていた。


「あら?マグカップはどうしたの?見当たらないわ。」

「…………」

「あっ!でもこれは懐かしい〜!この毛布、まだ使っているんだ!結構前に私が縫い直してあげたよね?ほら、ここのとことか。」

「……めろ。」

「縫い直したと言えば、ほら、あなたのその服も。どこだったかしら。ええとたしか袖のあたりの……」

「やめろって……」

「ほら、あったわ!ここ!」

「やめろ!!」


少女の腕を振り払い、少年は彼女から距離をとる。


「もうたくさんだ!!こんな魔法なんかさっさと解除して――」

「いなくなっちゃうの?」


少女の言葉に、少年の動きが止まる。


「また……いなくなっちゃうの?」

「あ――が――」

「そんなの、だめ。」


少女の顔に影が差す。

美しい声は怪しげに響き渡り、偽物の景色が歪んでいく。


「だめよ、私からそのマフラーを奪ったくせに。」

「……めろ……」

「私からすべてを奪ったくせに。」

「やめろ!!」


少年の両耳に、小さな手が伸びる。


「いいえ、やめないわ。愚かなオッタル。

 だってこれこそが、あなたが望んだ未来でしょう?」

「違う――俺は……!!」


青ざめた少年の顔は、少女の囁きに潰された。


「さあ、あの日を思い出して。

 あなたの求める報い(さいご)のために。」

「やめ――」

「これがあなたが望んだ未来(おわり)

 あなたが願った最期(みらい)なの。

 だから、繰り返しましょう。」


 あなたの望みが叶うまで。

 あなたの心が擦り切れるまで。


 あの美しい日を。

 あの醜い記憶を。

 あの麗しい涙を。

 あの凄惨な恋を。



 さあ、思い出して。

 懺悔して。


 

 ワタシヲ殺シタ、日ノコトヲ――



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