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073 黄金兵(上)

「狂人、か……」


なんとも不気味な一言に、エミリアは自分の知り得ている情報を開示した。


「軍師ウォルプタース。

 芸術の都【イズン】を拠点にする古い貴族の出で、先の戦争ではアクア連邦最大国家【イースラント】の女王軍と、同じくアクア連邦【ウプサラ王国】の大賢者『老翁』相手に国境を守り切った知略の将。ただ、殺戮そのものを楽しむ傾向があって周りからは疎まれていると聴いているが……実際はどうなんだ?」

「殺戮そのものを楽しむ、というのは少し違う。あいつは、弱いものをいたぶることを愉しむんだ。」


コウスケの言葉に、エミリアの眉間にしわが寄る。


「なんだその胸糞悪い嗜好は。」

「自分より弱いものが足掻き苦しむさまを見て楽しみ、相手の希望を踏みにじる。その絶望を観ることにあいつは愉悦を感じているんだ。」

「……まったく、どこの国にも(・・・・・・)、そういう奴はいるものなのか。騎士がきいて呆れる。」

「……」

「で、どうして今回ルーフスよりソイツの方が厄介なんだ?」


エミリアの問いに、コウスケはきっぱりと言い切った。


「奴の実力が全く分からないからだ。」

「お前も知らないのか?同じヴァルキリーズであったのに?」

「ああ。奴が直接戦った相手は全員死んでいる。味方も含めて、な。」


その言葉に、エミリアの顔は凍り付いた。


「……味方も、だと?」

「ああ。あいつは、味方との試合ですら情けをかけない。さらに情報の秘匿も徹底的だ。

 あいつはヴァルキリーズ入隊試験の時にいた対戦相手を皆殺しにし、その戦いを見ていた審査員すらも入隊後抹殺したらしい。」

「──」

「だからあの男がどう戦うのか、全く分からないんだ。

 魂喰者(ソウル・イーター)であることは明らかだが、何のソウル・ブレイカーを持っているのか分からない。魔術に長けていることは知見の深さから間違いないようだが、一度も魔術を使っているところを見たことがない。」

「化け物か……」

「あいつの実力を知っているのは、おそらく世界でルーフス、ベルルム、そしてニョルズだけなのだろう。彼らが隊長となる前、何度か任務で行動を共にしたことがあったらしいからな。」

「……なるほどな。危険な嗜好を持つ人物の戦闘力やスタイルが分からない、というのは厄介だな。」

「ああ。分かっているのは、あいつが頭の切れる策略家だということだけだ。奴は自分で動かずに事を成す。その策で部下を使役し、任務を全うする。」

「……」

「俺はあいつとは何もかも相性が悪い。

 俺が魔法をつかえないからというのは当然だが、俺は策略を練る様なマネはできん。加えて性格が最悪だ。俺は、あいつを理解できない。

 だから奴の行動を、俺は予測しきれない。奴が何を考え、何を狙い、どんな罠を張るのか分からない。加えて奴個人の戦闘力が分からないのでは対策など立てようもない。」

「戦い辛いってわけか。」

「ああ。だから、俺達ができるのは奴が網を張るよりも速くこの街から逃げ出す事だけだ。あの男と直接戦闘になる事はないと思うが、あいつの策略は油断できない。準備が出来次第、すぐに門を越えるべきだろう。」

「そうだな……」


 エミリアは静かにうなずき、小さくため息をついた。


「で、その越境のための資金についてなんだが、実はこっちも問題がある。」


 彼女は『先祖合戦』について述べ、そこで使われる『ソウル・ブレイカー』、そして考えられる()()についてコウスケに説明した。


「……テッラ王国が『アンドヴァラホルス』の背後にいる、か。」

「ああ。あっちの国の裁判所で使っている魔法道具は、イカサマし放題の代物──いや、もっと正確に言うと、あの“黄金の魔女”がつくらせた“兵器”なんだ。そんなもの、いくら欲にまみれた政治家だとしても、何が何でも外には出さない。あの魔女に報復されるのは恐ろしいからな。」

「ふむ……」

「だから、『アンドヴァラホルス』は奴らにとって“外”じゃない。テッラ王国の政治家連中が操っている組織である可能性が高い。だから、極力関わりを持たずにここを去りたい。」

「俺も同じ意見だな。テッラ王国の政治家が絡んでいる物事にうかつに飛び込むと、必ずあの“魔女”の罠にかかる。あの“魔女”とは、今は戦いたくない。

 だが、なら何故『先祖合戦』にでるんだ?」


コウスケは首を傾げ、エミリアに問う。


「これは間違いなく、テッラ王国に“何かの目的”があって、『アンドヴァラホルス』にやらせている賭場だ。それにかかわるのは危険すぎるんじゃないのか?」

「いや。結局最終的にテッラ王国の“工作”に極力触れないようにするには、こいつをやるしか方法がないんだ。荒事無しで国境を越えるには、(かね)が必要だからな。」


 エミリアはふぅ、と息を吐く。


「ここの『門番』がこの賭場に顔を出しているらしい。ってことは、この『門番』もテッラ王国側に就いているとみていい。

 最終手段として、変装した状態で『門番』を殺して強行突破って案もあったが、これは無しだ。『門番』を殺せばテッラ王国の“目的”を邪魔することになるからな。そうなってしまうと──」

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということか。」

「そういうことさ。おまけに、ヴァルキリーズが迫っていることを考えれば、あたしらに残された猶予は3日ってところだろう。そんな短期間で黄金を手に入れようとすれば、この賭場以外では無理だろうからねぇ。」

「そうか……分かった。奴らに俺達の正体を悟られる危険がある、まさしく“賭け”だが……やむを得んか。」

「ああ。」

「しかし、その……兵器?ソウル・ブレイカーの対策は大丈夫なのか?正直、俺は『嘘つきを殺すソウル・ブレイカー』なんて信じられないのだが。」


 コウスケの疑問に、エミリアが頷く。


「ある程度は、な。

 あたしはそいつが何かを知っている。あれは、正確には『相手の(こころ)を破壊して、自分好みの(こころ)に創りかえるソウル・マジック』を()()()()魔法道具だ。」

「……なんだ、それは。もっと危険な臭いしかしないぞ。」


 コウスケの言葉に、エミリアは肩を竦める。


「まぁ、裁判所で使っていたのは、魂すべてではなく一部の性格や思想を破壊し、そこだけを別物へと置換する“失敗作”らしいけどな。」

「それでも失敗作なのか……おぞましい話だな。」

「そうだね。正直、胸糞悪い話だが、『誰が使い手であろうと同じソウル・マジックを放つソウル・ブレイカー』を、テッラ王国は開発している。」

「──量産品、か。」


 コウスケの目が鋭く光る。


「テッラ王国が軍事力強化を図っているとは聞いていたが……まさか、兵士全員を魂喰者(ソウル・イーター)にするつもりなのか?」

「さぁな。だが、流石にそこまでやるには『玉血鋼(ぎょくけつこう)』が足りんだろう。

 で、話を戻すとこのソウル・ブレイカーの対策は、単純だ。『誰が使い手でもいいソウル・ブレイカー』なんて、契約武具であるソウル・ブレイカーの有り方を大分ねじ曲げた代物だ。だから、使()()()()()()()()()()()()()()。」

「……諸刃の剣にしても、リスクの大きすぎる代物だな。」

「そういうことさ。で、後はどうやって使用権を奪うかって話だが……そいつは一回賭場を見てみないと何とも言えないね。」

「そうか……なら、その賭場を“観戦”する必要があるな。」


 コウスケは無精ひげの生えた顎をなぞり、そしてちらりと店の階段を見やる。


「そういえば、フレイヤはどうしたんだ?気配はあるが……一人でなにをしているんだ?」

「あー、それがちょっとな……」


 エミリアはばつが悪そうに説明した。フレイヤが倒れたこと、そしてO(オー)が居たことを。


「……それで彼女とO(オー)を一緒にさせたのか?」


 怪訝な顔をするコウスケに、エミリアは盛大にため息をついた。


「仕方なく、ね。本当は一緒にいてやりたかったが、どうにも店主が商談をせかすんでね。そうも言っていられなかった。

 危害を加える気はもうなさそうだったが、あの泥棒のことだ。何かを企んでいるのは間違いない。が、気配が動けばすぐに分かるし対処できる位置にいたから、しぶしぶね。」

「……俺がいなかったせい、か……すまない。」

「まぁ、今回ばかりはそうだな。」


エミリアはうなだれる男に肩を竦めて見せる。


「とはいっても一時間もたっちゃいないよ。O(オー)の気配はもうないし、今はフレイヤだけだ。

 気配も落ち着いているし、問題はなさそうだった。」

「そうか。お前は俺以上に気配を詳しく感じ取れるからな。お前が言うなら間違いな──」


 コウスケの言葉が終わる間際。二人の間に、緊張が走った。


「何!?」

「気配が──」


 二人の大人はすぐさま駆け出し、少女の寝る部屋へと駆け込んだ。

 しかしそこにいるはずの少女は、居なかった。



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