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066 フラーテルの思惑


「よろしかったのですか?」


 白髪の男に問われ、青年は首を傾げた。


「なにがです?スキールニル。」

「あのまま見過ごしてしまって。」

「ああ。それですか。」

「……?」


 スキールニルは眉を顰める。

 飄々とした我らが隊長の声にしては、やや硬く棘がある。

 滅多に見せない苛立ちが、この国境に吹く風にかき消されることもなく伝わってきた。

 白髪の男は背後にそびえる灰色の『門』と、隊長が見下ろす街をそれぞれ一瞥し、最後に隊長の苛立ちを探し出した。


「何か、予想外のことがあった……そういうことでしょうか。」

「……ふふ。流石はこの隊の副官を務めるだけありますね。状況理解が速い。」

「ご冗談を。私は状況を理解などできていません。理解できていれば質問など致しませんから。」

「はは。確かに、そう言われてみればそうですね。ですが──」


 フラーテルは街の一点を凝視しながら、言葉を続ける。


()()()()

 君はヴァルキリーズ養成学園時代、剣術をもってすれば敵はなく、魔術においては向こう10年追い越せる者はいないと言われた逸材です。魔素量は常人の倍は越え、行使する魔法は使役難易度の高い『植物魔法』。扱い切れないとして誰もが忌避した『使者の杖』を、難なくソウル・ブレイカーとして使いこなすまさに天才といえるでしょう。」

「……お戯れを。」


 白髪の男は上官が見つめる男を眺めながら、丁寧に異を唱えた。


「私が天才など、有り得ません。私はただ教科書に書いてあることを、実際にやってみることができたというだけです。あなたのように教科書にも載っていない魔法を平然と行使し、誰も考えたことのない戦術を組み上げ実行できるような天才ではありません。」

「そうですか?それでも──」

「いいえ。私は天才ではありません。

 天才はあなたの方です。

 確かに、私は()()私自身を弱者とは思っておりません。それでも、私は天才ではありません。」

「そうですか。」

「この世界にただの強者は大勢います。万夫不当、一騎当千の強者は一握り。さらに歴史に名を遺す天才ともいうべき人物となれば、その中でもたった数人でしょう。私はそのような類稀な人間ではありません。」

「……ふむ。」

「あの、もしや──」


 スキールニルは、そこで口をつぐんだ。言うべきか言わざるべきか、最後の瞬間でためらった。


「どうかしましたか?スキールニル。」

「……いえ。」


 数秒の間を作ってしまったことで、白髪の男は“本質をつく問い”を投げかける機会を失った。

 しかし、口を開いたことも事実。うやむやにして話を終わらせることを、あまりこの隊長は好まない。故に、彼は発言の内容を切り替えた。


「どのようなことがあったのか、と思いまして。」

「……。そうですね。」


フラーテルは背後に立つ部下を一瞬振り返り、再び街を見下ろした。


隻眼(オクルス)の入隊試験、覚えていますか?」

「入隊試験、ですか?申し訳ありません。私はその場に居合わせておりませんでしたので、伝え聞いた程度しか。」

「……隻眼(オクルス)はヴァルキリーズに入る際、あなたを含めた他の隊員たちよりも過酷な試験が課せられました。というのも、彼は魔法が使えません。我々は魔法を行使する騎士団であり、特殊部隊です。故に、魔法試験のマイナスを肉体的な試験で補う必要がありました。」

「……それが、グラキエス様との一騎打ち、ですか。」

「ええ。」


 青年は目を細め、腕を組む。


「グラキエスさんはベルルムさんと並ぶ、現時点でこの国最強の騎士です。まぁ、僕が一騎打ちをしても負けることはないでしょうが、同時に勝つこともできません。あの人がどのような方なのか僕は詳しく知りませんが、それは断言できます。

 ──防御の天才。『氷獄』グラキエス。

 アクア連邦の『老翁』やイースラントの女王だけでなく、アクア連邦における現在最大の英雄と称されるシグムントの攻撃を、グラキエスさんは全て防ぎ切ったといわれています。僕はシグムントとは二、三度戦場で刃を交えましたが、お互い山や海を叩き割っても相手を仕留める決定打を打ち込むことが出来ませんでした。そんな英雄の攻撃を一切受けないというのですから、あの人の実力は折り紙付きです。」

「……」


 どのようにとらえても圧倒的強者しかその話には出てこない。次元の違いに、スキールニルは言葉を失った。


「だから、誰もが思った。隻眼(オクルス)は決してグラキエスさんには勝てないと。必ずやそこで命を落とすと。でも──」


 青年の眉間に、似つかわしくない皺が寄った。


()()()()()()()()()

 『海神』、ニョルズ。

 あの人だけは、隻眼(オクルス)が勝つと信じて疑わなかった。

 魔法は使えない、武器などこの世界に来るまで一度たりとも握ったことがない、人の命を奪うことができない()()()()()()が、必ず勝つと。」

「……」

「そして現に、隻眼(オクルス)はグラキエスさんに一撃を入れた。ヴァルキリーズの中でもあの人に一撃を与えられる者はいないというのに、何の()もないただの男が、この国最強の騎士に一撃を与えたんです。」


 青年は、小さくつぶやいた。


「……そう、()()()()()()()()()()。」

「………………」


再び長い沈黙の後、フラーテルははぐらかすように言った。


「何か予想外のことがあったんじゃないかって、尋ねましたね。ええ。あったんですよ、これが。今日会ってみて、困ったことに気が付いたんですよ。」

「……困ったこと?」

「そう。」


フラーテルは小さくため息をつき、街の路地裏で立ち尽くす男を睨み付けた。


隻眼(オクルス)はあの雪山でウィオレンティアを殺すまでは、確かに強者だった。

 けれど、さっき会った時のあの姿は、()()()()()()()()()

 息をする間もなく殺せると、そう思うほどに。」

「…………」

「あのような弱弱しい眼を見たのは、初めてです。

 ()()()()()()()()()()()()()()、なんですよ。あの召喚場で亡くした“妻”を想う時ですらそんな姿は見せなかったのに、ここにきて彼は──この、僕の前で、そんな姿をさらけ出した。」

「…………」


 空気を震わす低い声に、白髪の男の息は凍り付いた。


「彼がウィオレンティアを殺したとき、僕は確信した。

 隻眼(オクルス)()()()()()と。

 だからこそ、僕はその強い彼と戦いたかった。そうすれば、僕の求める“答え”が、手に入るはずだから。」

「……」

「けれども今の彼は弱者だ。僕が戦いたかった隻眼(オクルス)じゃない。だから、あの場で戦うことはできなかった。“答え”を得てしまえばあとはどうでもよかったんですが、そうもいかなくなってしまったので。」

「……」

「僕は、何が彼をこの短期間で弱くしたのか、その原因について知らなければならない。そうでなければ、僕の求める“答え”は手に入らない。」

「……」

「けれど、僕には他に優先すべき任務があり、其れのせいで原因を突き止めるだけの時間がありませんでした。なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

「……と、いいますと……?」


 スキールニルは嫌な予感がした。フラーテルの言葉には、ウィオレンティアを見捨てるという言語道断の判断を下したときのような、不気味な余韻があった。


「ルーフスさんとウォルプタースさんには大変申し訳ありませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼等の情報をほんの少しだけ隻眼(オクルス)にリークしました。」

「──────」

「まぁ、いくら弱者といえでも隻眼(オクルス)ですからね。情報があればそれなりの策は講じられるでしょう。今は光の弓(ウル)も同行している。であれば……」


フラーテルの口元が、不敵にゆがむ。


光の弓(ウル)が死ぬ程度のギリギリラインで、生き残れると思いますよ。」

「……………」


 絶句したスキールニルは、自身の仕える主の底が見えないことに恐れを抱いた。

 確かにいつも何を考えているのかよくわからない人物だとは思っていたが、いよいよその行動が常軌を逸し始めた。同じ隊長の任務の妨害など、反逆罪に当たる行為である。当然ウィオレンティアの件だけでも死罪になりかねないが、まだウィオレンティアという人物の問題性を考慮すれば、彼女を殺した判断は妥当であったと言えるかもしれない。だが、今のこの隊長の発言のそれは、一切の妥当性を持たなかった。任務とは明らかに別の、私的な事情で他隊長の任務を妨害している。そんなことが許されるはずもなく、スキールニルは己とこの隊の行く末を危惧した。

 だが、フラーテルはそんなことを意にも介していなかった。


「さて、無駄話はこの辺にしておきましょう。越境の手続きもそろそろ終わったでしょうし、向こうの国へと行きましょうか。」


 何事もなかったかのように、フラーテルは笑顔を部下へと向ける。そして必要物資の一覧を見ながら、不備がないかチェックし始めた。

 その様は遠足に行く子供が明日を待ち切れずに荷物を確認しているようで、ひどく浮足立っているように見えた。

 しかし。

 彼は突然部下へ振り向き、忘れ物を思い出した子どものように言った。


「あ!そうそう!言い忘れていました。

 スキールニル、先ほどの話は、()()()()()()。いいですね?」

「………………」


 スキールニルは、その笑みに凍り付いた。

 そしてその凍り付いた表情のまま、隊長に小さく会釈した。


「……畏まりました。」





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