057 隠し球(中)
押し黙る男に、老人はため息をつく。
「やはり、な。
お主は逃避行を決意したのは数週間前と言っていたのに、昨日儂に出会ったとき、お主は儂を“随分と捜していた”と言っていた。」
「……」
「儂が姿を消したのは3年前だぞ?
“リボルバーの替え”を既に自分でも作れるようになっているお主が、長きにわたって儂を捜す理由があるのか?あるとすれば、逃避行とは関係のない目的のためだろう。」
「…………」
「『フェンサリルの悲劇』以降、お主は変わった。いや、変わらざるを得なかったと言うべきか?
あの仕組まれた惨劇以来、お主は表舞台から姿を消した。ヴァルキリーズたちがテッラ王国とアクア連邦との間で起きた“小競り合い”やアクア連邦【イースラント】に対応するために動いている時も、お主には目立った活動がなかった。
それまで、“英雄“と言われるほどの活躍を見せていた、お主がな。」
「英雄、ね……」
嘲笑する男に、ヴェルンドは言う。
「お主がどう思おうとも、お主はまさしくこのカエルム帝国において英雄だった。国の外敵を駆逐する、英雄だった。
それがあの事件以来、世間はお主を“悪魔”と呼ぶようになった。」
「……それは、関係ない。」
「いいやある。
お主にはなくとも、たとえ友でなかったとしても、同じ国の役目を担った同僚として、儂はお主に着せられた“濡れ衣”を見過ごせぬ。」
「……」
「お主に『ニダヴェリール』を押しつけた儂がとやかく言うのは無責任だろう。
だが、10年来の付き合いとして、お主の素性を知る者の一人として、言わせてもらう。
その危険は本当に、お前が犯さなければいけないものか?
『フェンサリルの悲劇』の二の舞になるのではないか?」
ヴェルンドは一度大きく息を吐き出した。そうして、やや震える声で、穏やかに言った。
「……儂はな、この武器を用いた狙撃──その目的は、お主から出たものではないと、そう思えてならん。」
「なぜだ?」
コウスケの問いに、ヴェルンドの目が光る。
「言ったはずだ。気がかりなのはこの設計図だと。
これは、どちらも数年前に描かれたものであり、そして作成者は──お前ではない。」
「……」
「儂を誰だと思っている?儂は宮廷魔術師だった男だぞ。紙質から作られた場所を、筆跡から年代と作成者を、状態から保管状況を見破るなど容易い。
だから聞きたい。お主、これを一体、どこで手に入れた?」
「……」
「ここに書かれている言語は、アールヴ語だ。
お主はユグドラシル語を読み書きすることができるようになったが、魔法としてよく使われるヘルヘイム語ですらろくに理解できておらぬ。それなのに、それより古代の言語をお前が理解できているとは思えない。
つまり、魔法言語で書かれたこの武器の目的を、お主が理解できているとは思えないのだ。
なのに、なぜこれが必要だと思った?
それは、お主がこれを手に入れた経緯にあり、おそらくこれについて“解説した人物“がいるからだ。」
「……」
「だからこそ……心配なのだ。
お主に限ってそんなことはないと思うが……何者かの思惑に、また、はまってはいないか?」
決して口を開かない男を前にしても、老人は諦めなかった。彼は顔を近づけ、さらに言った。
「これは本当にお主が、お主の意志で欲した武具か?
この武具は、“ごく最近”、“誰かの思惑によって考案されたもの”だ。誰かの目的を達成するために作られたものだ。しかも、古代言語アールヴ語で書かれたもの。すなわち作成者は魔術に秀でた者であり──銃という武器形態からして、お主の世界について知っている者だ。」
「……」
「儂ら“作り手”は『玉血鋼』の声を聞き、その声を形に図面に落とし、武具をつくる。故に武器の形態が知っているものだろうが知らないものだろうが関係なく、儂らはソウル・ブレイカーを作れる。儂がお前の銃を“魔素を持つ異世界人の『玉血鋼』”から創りだせたのはそのためだ。
だが、これはソウル・ブレイカーではない。
たとえこれの原型となるソウル・ブレイカーが存在していたとしても、銃が普及しないこの世界でここまで銃を改造してきたということは、これを描いた者はかなりの変人か、お主と同じ異世界人である可能性が高い。違うか?」
「それは……」
「コウスケよ。
お主、何を考えておる?何を、隠している?
お主は自分から多くを語らぬ。分からないことが多いのだ。
お主は、この図面を誰から得たんだ?
そして、なぜこの武具が旅に必要になる?
今回、これを作る理由は、一体、なんなのだ?」
「……」
コウスケは視線を外し、しばらくの間沈黙した。
そうして蝋燭の炎が数度揺らめいた頃、ようやく彼は口を開いた。
「……これは、『コンテンダー』とかいう代物だそうだ。」
「コンテンダー?」
「ああ。これは、こいつを持っていた魂喰者が、ある人物を撃退したときに使用したもの。そして、この羊皮紙はそいつが俺に渡してきたものだ。」
「銃を持つ魂喰者……」
老人はその返答をある程度予想していたが、実際その言葉を聞くと驚かずにはいられなかった。
「お主以外に、いると言うのか……」
「ああ。俺は、そいつと【フェンサリル】で出会った。」
「【フェンサリル】で?」
「あいつがあの場にいたことを知る人物は、おそらく当人と俺を含めてこの世界には四人しかいないだろう。」
「それは……」
「お前は『フェンサリルの悲劇』がどういうものだったのかを知っている。
だが、お前が知っている内容は、あの惨劇の全てじゃない。宮廷魔術師であった人間が得ている情報が、全てじゃないんだ。
わかるだろ?それだけで、“聞かないほうがいいこと”だということくらい。」
ヴェルンドは冷や汗を流し、生唾を飲み込んだ。
そしてその溜飲が下がりきった頃、再び口を開いた。
「……その人物は、信用するに値するのか?」
「しない。」
「なん──」
「それでも、この武器はどうしても必要になる。」
コウスケは鋭い眼差しをヴェルンドに向ける。
「お前の気持ちは……感謝している。だが、これに関してだけは、俺がやらなくてはならないことだ。フレイヤのためにも、そして、俺自身のためにも、な。」
「お主、一体何を……」
「それは言えない。
お前にそれを言ってしまったら、きっとお前は『ヴァルハラ計画』とは全く異なる別の脅威に晒される。」
「……儂が、今更『ヴァルハラ計画』以外に恐れをなすとでも?」
「ああ。お前には、守りたい家族がいるからな。」
「……………」
ヴェルンドは、それ以上追求することはなかった。ただ瞳を閉じ、何もできない現実を受け入れるしかなかった。
そしてそれゆえに、老人はある決断を下した。
「わかった。お主の依頼、引き受けよう。」
「……頼む。」
「だが、お主にそれほどの危険が待ち構えているというのなら、渡しておきたいものがある。」
「……ヴェルンド?」
眉を顰めるコウスケに、ヴェルンドは言う。
「コウスケ。さっきお主は敵の知らない隠し球が必要だと、そういった。」
「……そうだな。」
「たとえそれが適当な言い訳であったとしても、確かに“隠し球”は有効だ。お前たちを追っているのはヴァルキリーズ。彼らに対抗するなら、その手段は必要だ。」
「まて。まさかヴェルンド──」
青ざめるコウスケの言葉を遮り、老人は言った。
「コウスケよ。その“隠し玉”を、お主は10年前から既に持っている。」




