056 隠し球(上)
── 同時刻 ヴェルンドの工房 ──
「──にしても、またお主は荒っぽい扱い方をするのぉ。」
コウスケの拳銃を眺めながら、ヴェルンドはため息をつく。
「これはソウル・ブレイカーじゃぞ?魂喰者の魂はソウル・ブレイカーとつながっておる。それをこのように乱雑に扱うとは。銃身が傷だらけではないか。」
「リボルバーを叩きつけるからな。ある程度はやむを得ない。」
「……」
メンテナンスの手を止め、老人は男を悲しそうに見つめる。
「お主のその考え方じゃ。だからこそ余計に傷がつく。
何度も言うが、魂喰者の魂はソウル・ブレイカーとつながっておるのじゃぞ?それが傷つくことをやむを得ないというのなら、それは己の魂が傷つくことを厭わないと言っているようなものだ。
だいたい、このリボルバーも『玉血鋼』でできているのだぞ?そいつを“使い捨て”の要領で強引に交換するなど、魂を自分で斬り捨てているようなものではないか。
なぜお主は自分が傷つく考え方ばかりを“仕方がない”と諦めるのだ。そうであるなら──」
「なぜ殺人を犯すことを仕方がないと諦めないのだ」と言おうとして、老人は口を噤んだ。
「どうした?」
「──いや。なんでもない。それよりも、だ。」
ヴェルンドはコウスケから受け取った、手の平サイズの“赤い鋼”を見せる。
「もう、“正規のリボルバーの替え”をつくれる数は限られているぞ。」
「……そうか。」
「この『玉血鋼』はもう少ない。
ソウル・ブレイクを使おうとすれば、このリボルバーの替えも銃身と同じ『玉血鋼』でつくる必要があるため、お主は今後さらにソウル・ブレイクを扱い辛くなるだろう。故に、あまりホイホイとリボルバーを替えるでないぞ?」
「わかった。善処する。」
コウスケの言葉に「本当に分かっているのか?」とヴェルンドは肩眉を上げる。
「お主が自分で作っている“リボルバーの替え”は『玉血鋼』ではないから、確かに“実弾”を使うだけなら便利だろう。しかし、この世界の強者相手に魔法なしで渡り合うのは……無謀だぞ?」
「そう、だな。」
「お主……はぁ。」
ヴェルンドは大きなため息をついて説得を諦め、話題を変えた。
「で、一応確認だが、お主らの注文はフレイヤの武器と防具、エミリアの矢、そしてお主のリボルバーの替えと……この、お主からの“新しい武器”の鋳造でよいな?」
「予定通りできそうか?」
コウスケの問いに、老人は自信に満ちた笑みを浮かべる。
「はは。儂を誰だと思っておる?お主らヴァルキリーズのソウル・ブレイカーを創り出した天才、ヴェルンドじゃぞ?
注文の品は4日後に取りに来てくれ。すべて完成させておく。」
「早いな。いや、流石、というべきか。」
「はは。年寄りにはやることがないからな。時間は有り余っておる。
じゃが……」
「なんだ。何か、素材が足りないか?」
「いや。そうではない。」
ヴェルンドはコウスケから渡された注文書類の中から2枚の羊皮紙を抜き取り、冗談混じりに笑って見せた。
「まさかとは思うが、お主が注文したこの〝新しい武器”──アールヴ語で書かれたこの設計図が国宝魔術『ビフレスト』の正体、などと言い出すんじゃないだろうな?」
「いや。さすがに違う。」
「はは、分かっている。羊皮紙の年代がまるで違うからな……まぁ、本物を見たくないといえば嘘になるが。」
「すまないが……あれは今見せることができない状況にある。本来なら、お前に助言を求めたいところだったが……」
「ほう……?」
ヴェルンドは首を傾げた。国が出した“通達”によれば、コウスケは『ビフレスト』という魔術術式を持って逃走しているはずだった。それが見せられない状況にある、というのはいささか不可解だ。
しかし老人がわざわざ冗談を言い出した理由は、そこではなかった。
故にささいな疑問を差し置き、彼はなるべく穏やかに、そして自然な口調で尋ねた。
「……なら、これはなんだ?」
「自分で言っていたじゃないか。新しく必要になる武器だ。昔、これに似たより大型のものを注文しただろう?それの類似品だと思ってくれればいい。」
「……」
ヴェルンドは眉を顰め、しばらくコウスケの目をじっと見つめた。そして、彼の瞳の光がわずかに揺らいでいることを確認すると、静かに言った。
「隻眼の。ひとつ確認したい。」
「なんだ?」
「お主のこのもう一つの注文は、なんのために必要なのだ?」
その言葉に、コウスケの鼓動が強く打った。
「……どうして、それを聞く必要が?」
「これは、普通の武器ではない。これは、銃だ。銃と弾丸の、設計図だ。」
設計図を見せる老人に、コウスケは頷く。
「……ああ。それが必要だ。」
「いや、待て。答えになっておらん。
確かに、この設計図を読み解けばお主が何を考えているかはわかる。
これは銃身をさまざまに組み替えることで弾頭の異なる弾丸を装填できる、汎用性のある銃だ。なおかつ、この“望遠機能”とかいう奇妙な機能がついているということは、昔、儂に依頼してきた“遠距離狙撃専用の銃”と使用用途が同じということ。
それはつまり、お主は……誰かを狙撃するつもりがあるということだ。」
「……」
「答えてくれ。一体、誰を狙撃するつもりだ?」
「……」
口を閉ざす男に、老人は詰め寄った。
「一度だけだ。
お主が儂に、何のために使うか用途を伏せて武具の製造依頼を出したのは、たった一度しかない。
そう、『フェンサリルの悲劇』を起こす前だ。」
「……」
「これまでのどんな依頼でも、お主はその用途を詳細に儂に教えてきた。何のために武器を欲し、なぜ標的を殺すのかを、お主は決して隠さなかった。それはお主が無用な殺しを──いや、殺しそのものを嫌っているからだ。
“俺はこの罪から、目を背けてはいけない。だから、隠すことはしない。”
かつて儂にそのように言ったお主が、今儂に用途を隠したまま注文をしている。言えないほどの危険が待っていた『フェンサリルの悲劇』の前触れと同じことが、今儂の前で起きている。それを、黙って見ていろと言うのか?」
「…………」
尚も口を開かないコウスケに、ヴェルンドは手法を変えた。
「気がかりなのはこの設計図だ。
なぜ銃身の種類は3種類あるのに、弾頭は2種類しか存在しない?しかも、この弾頭、いや弾丸だが、片方は普通のつくりだがもう片方のこれは“容器”だ。一体、弾丸に何を入れるつもりだ?そして一番の問題は、この設計図が──」
「敵はヴァルキリーズだ。あいつらは俺の手の内を知っている。だから、ヴァルキリーズの知らない隠し球を持っておきたい。」
ヴェルンドの言葉を塗りつぶすように、コウスケは言い切った。
「さっきお前が言っていたように、『玉血鋼』は少ない。ソウル・ブレイクを撃てる“リボルバーの替え”はそう多くつくれないから節約する必要がある。それに加えて、俺は魔法が使えないからな。ソウル・ブレイカーに頼らない武器がほしい。」
「ソウル・ブレイカーに頼らない、か。」
ヴェルンドは小さな笑みをこぼした。ソウル・ブレイカーなくして戦場を制することは叶わないといわれるこの世界で、この男はソウル・ブレイカーを使わず生き延びようとしている。それは無謀な挑戦で現実味に欠けるものだった。そしてそれを、長年ソウル・ブレイカーを作り続けた自分に対して言ってきたことに、奇妙な嘲笑を覚えたのだった。
「確かに、お主であれば魔法武具でなくても敵を倒せるのかもしれん。
だが、ヴァルキリーズに“狙撃“が通用するのか?
たとえ死角から狙撃を仕掛けたとしても、彼らは容易くそれを弾く。それはお主が一番よく分かっているはずだ。
つまり、お主が狙っているのは、ヴァルキリーズではない。」
「ヴェルンド──」
「もう一度聞くが、一体、お前は誰を狙撃するつもりなのだ?」
「──答える必要は、あるのか?」
コウスケのはっきりとした解答に、ヴェルンドはある確信を持った。
「お主、その狙撃は──逃避行を行う以前から計画しているな?」