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054 指輪(後編)


 この街は空気が淀んでいる。

 それは屋根の上であろうと変わらない。他人を蹴落とし蔑み嗤う──そういう悪意が溜まった空気は重く、風が吹いても吹き抜けることなくとどまり続け、独特の悪臭を放っている。


「水は流れなければ腐る。人の世界も同じだ。」


 エミリアは嘗てある男が言った言葉を思い出す。それをこうも体現した街は他にはない、と。

 長きにわたってこの街は悪人がとどまり続けている。街を牛耳る者も、街に暮らす者も悪人だらけだ。中には仕方なく来るものもいるが、この悪人の溜池には出口がなく、流れついた雨水はここで腐っていく。金のために誰かから金を、そして命を奪うことが当たり前になった街で生きていると、自然とそれが普通だと思う人間に染まっていく。そしてそういった人の心が腐った臭いで、街の空気は淀んでいくのだ。

 だからその”魔力”を見た時、エミリアは思わず足を止めた。

 彼女が叫び声を聞く直前、その淀んだ空気を貫く魔力が沸き上がった。

 海のように深く重い純然たる魔力。空気が一変するほどの覇気を纏ったそれは、見る者全ての心に畏怖を抱かせる。明らかに街の淀んだものとは違う、別の意志を持った魔力だった。そんな魔力が空間のある一点で発生し、天へ昇ると同時に大地へ一撃を与えていた。


「嘘、だろ。あの魔力は──」


 だがその魔力は、絶対に現れるはずのないものだった。

 故に「なぜ」という思いが、彼女の脚を止めさせた。

 彼女の目と心を奪うほどに、その魔力の存在は大きな意味を持っていた。

 

「──ニョルズの、魔法……?」


 だから、気が付かなかった。

 もう一人、Oを追っている人物が自分の足元を通過し、その場へと走っていくのを。



「……」


 スラム街で過ごしたOにとって暗闇など格好の遊び場だった。闇は住処であり、狩場であり、友だった。だが今この家に立ち込める闇は、一切油断を許さぬ危険なものだった。

 得体のしれない魔力に加え、追手が迫っている。自身も闇に潜んでいるように、相手も闇に紛れて何か仕掛けてくるかもしれない。その恐怖は少年のはやる足を慎重に運ばせた。


(物音ひとつで決着がつく──)


 O(オー)は今にも抜け落ちそうな床の上を、一切の物音立てずに歩いていく。

 常に周囲の気配に感覚を研ぎ澄ませ、得るべき品物を探している。

 そしてそれは、目的のモノを見つけても変わらなかった。いや、むしろさらに慎重になったと言うべきだろう。

 数歩先にある穴だらけの床の上に、妖艶に輝く指輪があった。

 手の中で見つめていたくなるような、美しい指輪。

 手にすれば破滅が待っているような、妖しい指輪。

 O(オー)は不気味さを覚えた。

 間違いなく先ほどの覇気を纏った魔力は、この指輪が発生源だった。そしてそれは、今もその指輪に宿っている。


(なんなんだ、この指輪は!なぜあの老婆はこんなヤバいものを求める!!)


 O(オー)は指輪を暗がりから睨み付ける。


(大体、最初はただ金貨21枚を用意しろって話だったんだぞ!

 最後の1枚をこの指輪にするとあいつに言ったら、あのクソ婆ぁ、2()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!そしたらなんだ、これは!こんな目にあうなんて聞いてねぇぞ!?絶対に対価として見合ってねぇ!!)


 後2歩のところまで来て、O(オー)は足を止めた。その指輪を手に取ろうとする腕に、真逆の力が働いている。これは手にとってはならないと、そう直感が、体が告げていた。

 だが──


(……ふん。どうする、なんて迷っている暇はない。俺には黄金がいるし、()()()()()。)


 O(オー)は肺一杯に空気を取り込み、意志を固めた。そして燕の如き速さで指輪に手を伸ばし、それを鷲掴んだ。そして──


 吹き飛ばされた。


 電気ショックに似た強烈な魔力の波。それが指輪から一気に放出され、Oはなすすべなく部屋の奥まで吹き飛ばされた。

 そしてほぼそれと同時に、Oが予想もしなかった人物が現れた。


「あ、みつけた!!」


 金色の髪、白い肌。一切の穢れも悪意もない、美しい少女。

 そう。彼を追ってきていたのは、戦士ではなかったのだ。

 彼女は床に落ちた指輪を拾い上げると、慌ててチェーンの留め金を開いて首に掛ける。そうしてから、部屋の奥で伸びている少年に気が付いた。


「あなたは──!……そこで、何をしているの?」

「それは……こっちの、台詞だ……なんで、お前みたいな、お嬢様がここにいる……」


 O(オー)はしびれる体に鞭を打ち、立ち上がる。


「ああ、いってぇ。まだしびれる。とんでもねぇ代物だな、その指輪。」


彼は口元の血をふき取ると、警戒する少女を見て笑みをこぼした。


「……はは、まじかよ。冗談じゃねえ。」

「な、なに?」


フレイヤは指輪を握り、一歩後ずさる。だがO(オー)はその分、間を詰める。


「お前、なんでその指輪を平然と首に下げられる。」

「え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はその魔力に押しつぶされそうになった。なのに、何故お前はそれを、ただの指輪を持つみたいに持っていられる?」

「何の、話しを──」

「正しい持ち主以外が持つと呪いがかかるって、おとぎ話によくあるアレか?ああ、そうなると超面倒くさいが……その指輪を持っていこうとすると、()()()でお前まで連れて行かなきゃいけねぇみたいだな。」

「──!?」


 訳が分からないフレイヤだったが、その言葉の意味するところは即座に察した。このO(オー)という少年は、自分を攫うつもりだと。


「なんでここに1人で来ているのかは知らないが、お前じゃなきゃ持てない代物ならば都合よく利用させてもらおう。」

「!!」


 少年の動きはしびれて鈍っているとはいっても、戦闘力のないフレイヤにとってみれば神速に近いものだった。瞬く間に間合いを詰められ、少年の顔が目の前に現れる。



「一緒に来てもらうぞ、いいとこのお嬢ちゃんよ!」




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