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005 隻眼の魂喰者(前編)

2022/05/02改稿済


 コウスケがフレイヤの家に滞在して、4日が経った。

 フレイヤは毎日彼のために食事を用意し、コウスケは毎日彼女のために“旅”の話をして聞かせた。

 天に至る程高い白亜の城や、水晶でできた館、黄金に輝く都市や精霊たちが飛び回る自然豊かな島など、神秘に満ち溢れた物語にフレイヤは想いを馳せた。


「すごいわすごいわ!世界には不思議な場所がたくさんあると本で知ってはいたけれど、本当にあっただなんて!」


 彼女は歌うようにおとぎの世界を口ずさむ。


「遥か昔、神々の時代。

 宇宙には9つの種族がくらす9つの世界がありました。

 けれど全ての世界の終わり、ラグナロクが起きました。

 大地は砕け、天は割れ、

 炎に包まれた9つの世界は全て海に沈みました。

 けれどけれども、世界は再び息を吹き返します。

 世界の中心【ユグドラシル】を囲うように、一つの欠けた大地が現れたのです。

 海から現れたその大陸には、神様たちの山や建物が、あちこちに有りました。

 金の館【グリトニル】、光の街【ブレイザブリフ】、

 白亜の都市【グラズヘイム】、氷の城塞【ウートガルズ】

 天の聖地【ノーアトゥーン】、宴の島【フレスエイ】──

 みんなみんな美しく、この世のものとは思えないほど輝いていました。

 人々はユグドラシルを首都に国を造り、そのたくさんの神秘の街に住みました。

 その始まりの国の名前は『ホッドミーミルの森』。

 白亜の国家『カエルム』、黄金の王国『テッラ』、命の島国『アクア』、

 そのすべての祖たる国。

 それが私達の、全ての始まりだったのです。」


 彼女が見せる笑顔は太陽のように明るく、そして暖かだった。

 だが、彼にとってその笑顔はまぶしすぎた。彼は話をし終えるといつもその輝きから目を逸らし、部屋の隅にまで引き伸ばされた自らの影に視線を落とす。


「そういえば、おじさんはこの街にはどうしてきたの?この街には、『おとぎ話』にでてくるような神秘はないけれど……」


 彼女の唐突な問いに、コウスケは硬直した。彼が顔をあげると、キラキラと輝く丸い瞳の中に、ひとりの男が映っていた。


「それは……家に……帰るためだ。」

「家に?でも、海の国家()アクア連邦は南にあるわ。ここ【イヴィング】は大陸の北東の街よ?【グラズヘイム】から来たのなら、逆方向だわ。」

「……事情が、あるんだ。」

「ふうん……」


フレイヤは少し頭をひねり、彼の事情を考えた。


「もしかして、この4日間どこかへ行っていたのは、その事情なのかしら?」

「……ああ……」


 コウスケは自身が映る暗闇の窓を見つめた。疲れた顔をした男が、責めるように彼を見ている。

 フレイヤは当然のことながら彼が「動けない」と言った嘘のことは分かっているし、彼が何かを話したがらないことも分かっていた。けれど彼女はそれを尋ねようとは思わなかった。彼がついたその優しい嘘のおかげで、彼女の生活は今まで以上に充実していたからだ。


「あ、そうだ。明日なんだけれど、ブルーベリーを買ってこようと思っているの。普通に食べても良いのだけれど、やっぱりジャムにしてサンドイッチにしたらもっとおいしいと思うの。どうかしら?」

「……そう、だな。」

「じゃあ、それで決まりね!」


 台所に鼻歌交じりに消えていく彼女を見ながら、コウスケは彼女に聞こえない声でつぶやいた。


「【グラズヘイム】を出て、もう2週間以上が経っている……」



(はやく、()()しなければ──もう、猶予はない。)





── 翌日 ──




「……」

「……」


 無言のやり取りが、人気のない路地裏で行われている。赤いマフラーを巻いたブロンドの少女は、小太りの男からパンを受け取るとその場から逃げるように去っていった。

 男はその様子を戸に手を掛けながら睨み付ける。


「ったく、毎日毎日、うざってぇ。金が手に入ってなければ、あんなガキとっくに殴り殺してるってのに。」



 街は教会を中心にしたやや小さなものだったが、山間の中にあるものとしては美しいものだった。赤い煉瓦と黒い屋根で創られた家々は規則正しく整列し、綺麗に敷き詰められた石畳の上を馬車が軽快に行き来する。行き交う人々は互いに挨拶を交わし、何気ない会話で笑みが零れ落ちる……

 その街の中を、フレイヤは建物の塀や植木に隠れながら横断する。

 これが彼女の買い物コースだった。


 ただ、誰とも会わないように。

 ただ、何にも起きないように。

 ただ、痛みに遭わないように。


 彼女は今日も街を歩く。

 兎のようにひっそりと。鼠のように足早に。


(こんなところ、早く帰らないと……それに、まだお母さんの布団を、干していないわ。)


──と。


「クッソ。『隻眼(オクルス)』は裏切らねえと思ったのに!」


 逸る彼女の耳に、聞きなれない単語が聞こえてきた。

 酒場にいる男の話し声。酒のはいったグラスを机にたたきつけ、しわがれた声で怒鳴っている。


「聞いたか?あいつ、【グラズヘイム】で宝物を盗んでとんずらこきやがった!!」

「まったくだ。とんだ盗人(ぬすっと)だったな。裏切り者を処刑した英雄かと思ったら、その『海神』と同じ裏切り者に成り下がるとは。」


(──裏切り者?)


その単語が、フレイヤの足を止めさせた。


「ふん。まぁ、3年前の事件以来、俺はきなくせえとは思っていたんだけどよ。」

「ああ、隻眼(オクルス)が『フェンサリルの悪魔』と呼ばれたあの事件か。

 噂じゃ出くわした人間全員皆殺しだったそうだぞ。その中には女や子どもも入っていたという。」

「おお、怖い怖い。騎士団もなんでそんなおっそろしい奴を入団させたままにしていたんだか。しかも、『魂喰者(ソウル・イーター)』として、だぞ。」

「『魂喰者(ソウル・イーター)』……肉体を傷つけず、魂だけを破壊して相手を殺す魔法をもつ者達、だったな。」

「ああ。そんな死神みたいな力をサイコ野郎に持たせてるから、つけあがってこういう裏切りが起きるんだ!10年前のあの時みたいにな!!」


(騎士団──『魂喰者(ソウル・イーター)』……?)


 彼らの話を聞いているうちに、彼女は自分がなぜ隠れながら街を歩いていたのか、そのことをすっかり忘れていた。だから彼女は、その忌避したい存在が間近に迫っていることに気が付かなかった。


「おい。」

「!!」


 彼女が振り返ると、そこには4人の青年がいた。4人とも同じ小綺麗な漆黒の制服を身にまとい、いけ好かない笑みを浮かべている。


「やあ、5日ぶりだね。フレイヤ。」

「──ッ!」


 フレイヤは彼らが手を伸ばすその前に、一目散に逃げだした。


「あっ。ったく、すぐに逃げるんだから。」

「パーニス、お前、嫌われているんじゃね?」

「マジで~?こんなにも親切にしているのにかよ?」

「ははは、違いねえ。」


 彼等は乾いた笑いをこぼした後、彼女の足跡を見ながらニヤリと笑う。


「ま、じゃあいつものように、遊んでやろうじゃねえか。」




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