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043 9つの世界(中)


「え?いや、その、ちょっとまて。

 9つの世界って──『おとぎ話』の話だろう!?」


エミリアは信じられないと苦笑し、同意を求めるように皆を見る。


「ああ……儂もそう思っている──いや、思っていた、というべきか……」


ヴェルンドは再び腰を下ろし、黒く光る石を見つめて言う。


「『おとぎ話』──いわゆるこの世界に点在する伝承をまとめた『巫女の予言(神話の話)』は、大神オーディンを主神とする神々、巨人、エルフ、ドワーフ、人間……あらゆる命が暮らした世界の始まりと終わりを彩る物語だ。そして物語の最後、我々の住む世界はその神々の世界が滅んだ出来事──『神々の黄昏(ラグナロク)』の後にできた世界だという一文が、残されておる。

 それが本当にあった世界の話なのか、それとも歴史を元に誰かによって創られた物語なのか儂には分からなかったが……」


彼は息を深く吸い込み、震える声で言う。


「この石を見た時、その世界(おとぎ話)は本当にあったのだと、そう確信してしまった。

 この石には、異様なほどの、魂の叫びが渦巻いている。

 触れてみて分かった。これを形作っている魔素は、百や千なんて数じゃない、数百、数千万以上の命によってできていると……。こんな無数の命がいっぺんに失われるなど、それこそ世界が滅ぶほどのことがなければ有り得ない、とな。」

「……嘘だろ?」


エミリアはその石から距離を取るようにのけ反る。


「その世界に本当に神がいたのかは知らないが、間違いなく“ラグナロク”と呼ばれる事象で世界の命は一端途絶えている。

 それをこの石は語っている。

 光の弓(ウル)よ。触れなくとも分かるだろう。このあふれ出る魔力が、尋常ならざることが起きたと告げていることを。」

「……」

「普通、魔力を生む体内魔素は歳を重ねるごとに増加する。もしこの石が誰か一人の亡骸からできているというのなら、この魔力を生むためにはその生き物は100億年以上生きていなければならなくなる。だが、そんな生き物はこの世には存在しない。」

「……」


 エミリアはその小さな石を恐る恐る見下ろした。その莫大な魔力は数千万の怨嗟が束になったような、異常な気配をもっている。そしてそれが、我が身を殺さんと全身に突き刺さってくるのだ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()だと、エミリアは生唾を飲み込んだ。


「──さっき、一つだと、言っていたな。」

「コウスケ?」


 コウスケは汗をぬぐってヴェルンドに尋ねる。その瞳には、何か確信めいたものが宿っていた。


「……ああ、そうだが?」

「これ以外にも、石はあるのか。」

「ある。」

「嘘だろ!?」


ヴェルンドの言葉に、エミリアは口をあんぐりと開ける。


「こ、こんなものが、他にもあるのか!?」

「言ったであろう。これは『ニダヴェリール』だと。『ニダヴェリール』はドワーフの住んだ世界の名。9つの世界の一つだ。つまり──」

「9つ、あるのか。」

「左様。」


コウスケの言葉に、ヴェルンドは頷く。


「『おとぎ話』に語られる世界は9つ。

 アース神族と呼ばれる神々が暮らした世界、『アースガルズ』

 ヴァン神族と呼ばれる神々が暮らした世界、『ヴァナヘイム』

 炎の巨人が住んでいたと言われる世界『ムスペルヘイム』

 全てが氷に閉ざされた『ニヴルヘイム』

 光の妖精(エルフ)たちが暮らした光の国『アルフヘイム』

 闇の妖精(エルフ)たちが住んだ闇の世界『スヴァルトアールヴヘイム』

 ドワーフ達の住む大地の世界『ニダヴェリール』

 数多の巨人たちが暮らした『ヨトゥンヘイム』

 そして、人間が住み、暮らした世界『ミズガルズ』

 それぞれの名を冠した石が、この世界のどこかにあると言われている。」

「場所は、分かっているのか。」

「いや。そこまでは儂は知らん。この石を儂に渡し、その話をしてきたのはモルスだ。『ヴァルハラ計画』に必要だ、といってな。だからアヤツなら何か知っているかもしれないが……」

「モルス、か。」

「そうじゃが?それがどうかしたのか?」

「…………」

「どうかしたのか、じゃないぞ!?こんなヤバい代物を持っていけ、だって?冗談じゃない!」


 沈黙したコウスケとは反対に、食って掛かるように言葉を吐き出した者がいた。エミリアである。彼女は首を横に振り、全力で彼の申し出を拒絶した。


「しかもモルスが渡してきた、だぁ?そんなものを持っていたら、余計に狙われるだろうが!!そりゃあ今でも十分ヤバい事態だが、現状の敵はヴァルキリーズだけだ。だが、そんな千年も続く虐殺計画に使う代物を持っているなんてしれたら、テッラ王国やアクア連邦も黙っちゃいない。あたしたちが何もしなくても、どの国もそれを狙ってくる。」

「巻き込まれる……ということ?」

「そうだ!」


フレイヤの言葉に、エミリアは強くうなずく。


「“こいつを持つ”ということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる。あたしは──守るためにここにいるんだ。そんな、この()を危険に晒すような厄ネタを持つのは、ごめんだね!」


彼女は大きく息を吐き出し、腕を組む。その姿はあからさまな否定の意思。ヴェルンドはそれを見てうなだれるしかなかった。


「……分かっている。これが、どれだけ無責任な頼みなのかくらい。

 だが、この石は──あやつの手に渡ることは、何としてでも避けねばならない。

 モルスは戦争を引き起こし、そこで大量殺戮を行うつもりだ。魂を無視した兵器をつくり、数多の魂を蹂躙する気なのだ。そんなことは、許されぬ。」


ヴェルンドはエミリアとコウスケを見つめ、懇願する。


「だから、この石を──安全な場所に持っていく必要がある!

 たとえ儂が協力しなくても『ヴァルハラ計画』は止まらない。職人など、他にもいるのだ。

 だが、この石だけはそうはいかない。これさえなければ、奴の計画は阻止できる!」

それがどうした(・・・・・・・)!この世界は延々と戦争を続けている!

 ……確かに、『ヴァルハラ計画』はこれまであたしが知っている戦争の中でも一、二を争うおぞましいものだろう。だが──」


 エミリアはフレイヤを一瞥する。

 小さな瞳が、不安そうに彼女を見つめていた。

 この先の未来に対する不安だ。

 もうすぐ15になる少女が持つには残酷すぎる感情だ。

 それなのに、明日は我が身のこの状況で、更なる過酷な道をその少女に歩ませることが、果たしてできるのか?



──否。



 エミリアは強く、老人に言い切った。


「今のあたしにとって、それは、最優先事項じゃない。」

「たとえ、その計画が……子どもの命を奪うとしても、か?」

「──っ!!」


 エミリアの顔が、苦痛にゆがむ。その彼女に、ヴェルンドは畳みかけた。


「奴の計画は“戦争”だ。大人も子どもも関係ない。無差別殺戮だ。

 犠牲になるのは──大人だけではないのだ。」

「お前……卑怯だぞ。」

光の弓(ウル)よ。お主のことは知っている。

 孤児を養うために聖騎士団に入り、戦っていたことを。それは茨の道だっただろう。孤児を救うために孤児を生む。矛盾した現実に苦悩しただろう。

 だが──そのすべては、子どもを愛するが故。お主は、誰よりも──子どもの(いのち)を大切にする騎士だ。

 だから今も、フレイヤという少女を守っている。」

「エミリアさん……」


 少女はどうすればよいのか分からなかった。

 エミリアが自分に向けるやさしさは、彼女の奥底からくるものだ。嘘偽りのない純粋なる想いだ。

 だがそれは、フレイヤという一個人だからという訳ではない。未来ある子どもの命を守りたい──その一点からくる優しさなのだと、少女は気が付いていた。エミリアのもつ優しさは、全ての子どもに(・・・・・・・)向けられるものだった。

 だからエミリアが子どもを救いたいと願っていることは、すぐに気が付いた。

 故にどうするか分からないのであれば、それ以上何も言うべきではないのではないかと、そう思った。

 

 ──だが。老人の言葉は、止まらなかった。


光の弓(ウル)よ。お主のことは知っている。

 ……お主が何故、孤児院を辞めた(・・・)のかを。」



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