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042 9つの世界(上)

「頼み?国境でも超えるのか?」


 エミリアの問いにヴェルンドは首を横に振る。


「いいや。そうではない。

 確かに国境を越えたいのは山々なのだが、儂はもう旅をできるほどの体力は残っておらぬのでな。さっきの戦闘──いや、ただ攻撃を避けただけだが、アレがもう、精一杯なのだ。」

「……()()()?」


 眉を顰めるエミリアに、老人は苦笑する。


「ああ。そうだとも。儂は止まってさえいれば何とかなるが、動いている相手にはもう体が追い付かぬ。それではヴァルキリーズと戦うどころか逃げることすらできぬ。故に儂はここに3年もの間隠れ住んでいたのだ。

 だが、そろそろここも危険な状況になってきた。儂の存在が『アンドヴァラホルス』に気付かれているようなのだ。奴らは門番の役人とつながっている。そうなると、儂がここにいることをヴァルキリーズが知るのも時間の問題。」


ヴェルンドは大きく息を吐き出し、コウスケとエミリアの瞳を交互に見つめる。


「……お前さんたちは国境を超えるのであろう?であれば、儂の代わりにあるものを持って行ってもらいたいのだ。」

「あるもの?」

「そう。あれだ。」


 ヴェルンドは立ち上がり、部屋の一番奥にある金庫に手をかざす。


開け(アペリエンス)。」


 何重にもかけられた鍵が、ひとりでに解錠されていく。いくつもの歯車が軋めき合う音が神秘の音色を奏で、その場にいる者の注意を引き付ける。

 そしてその重厚な金属の扉が開かれた瞬間、全員の体に異変が起こった。


「な、なんだ、これは!?」


 重い。

 空気が、扉が開いただけで一変した。

 天が肩にのしかかっているなどという言葉では収まりきらないほどの強烈な”圧”が、全員を襲った。


「ぐっ!やはりいつまでたっても強烈だな!!」


 ヴェルンドは心臓を抑え、慌てて傍にあったぼろぼろの布をその中にあるものにかぶせた。すると全員の体にのしかかる重圧が、少し和らいだ。


「──カハッ!な、なんだ、それは。()()()()()()()()()()!?」


エミリアは全身から流れる汗をぬぐう。


「こんな莫大な魔力、感じたことがないぞ!?フレイヤ、コウスケ、無事か?」

「あ、ああ。俺は体内に魔素がないからな。魔力に対する反応が薄い。この……『ミーミルの魔眼』が多少(・・)熱くなった程度だ。」


 そういうコウスケは左目を強く抑え、歯を食いしばっている。その姿は今にも倒れそうで、額からは大粒の汗が吹きだしていた。


「そうか、それは()()()()()()。あたしなんか、体が砕け散るかと思ったぞ……

 フレイヤは──?」


 エミリアは、フレイヤの顔を見て目を見開いた。

 それもそのはず。

 彼女はその扉が開いても、全く顔色を変えていなかったのだ。


「フ、フレイヤ、平気なのか?」

「え?いや、うん……」


 フレイヤは小さく首を傾げた。コウスケやエミリアがなぜそこまで苦しそうなのか、彼女は分からなかった。確かにその扉が開いた瞬間、鼓動が一度強く打った。しかしそれだけで、それ以上の苦痛と呼ぶべきものは感じていなかった。

 ただ──


「どうかしたのか?」


 コウスケの問いに、彼女は首を振る。


「その……わたしもよくわからないの。

 確かにスゴイ魔力だってことは分かるわ。肌がびりびりするし、息をするだけで体が震えてくる……

 でも──なんだか、あの中にあるものが何か知っているような、知らないような──()()()()?ような気がしたの。」

「??」

「ごめんなさい。わたしも、何を言っているのか、よくわからないわ。」

「……おい、じいさん。いったい、それは何なんだ。」


 エミリアの問いに、ヴェルンドは取り出したものを机にそっと置いた。

 それは、小さな石だった。

 大きさは(こぶし)ほど。布に覆われているがその隙間から黒いつるつるとした肌が見え、一種の宝石なのではないかと皆が思った。

 だが、その石がもつ魔力は絶大であった。

 その石が置かれた場所がまるで世界の中心なのではないかと思えるほどに、それが放つオーラは重く粛々たるものだった。


「これは『玉血鋼』の一種、名を『ニダヴェリール』という。」

「ニダヴェリール?なんだってそんな(・・・)()()()()()()()()?」

「───────」


眉を顰めるエミリアと息をのむコウスケに、老人は頷く。


「通常、ひとつの『玉血鋼』は一人の人間から得られ、そこに含まれる魔力はその人間が体内に保有していた魔素の量によって決まってくる。

 だが、これは普通の『玉血鋼』ではない。

 これは複数の生命の『玉血鋼』が高密度に濃縮されたものだ。」

「複数って……こ、こんな莫大な魔力、一体どれだけの人間の魔素が詰まっているんだ??」

「一億だ。」



「──は?」



 数秒、場が静まり返った。

 信じられない言葉に、エミリアの口から発せられたのは呆然とした息だけだった。


「え?は?……なんだって?」

「おそらく、だが……」


 ヴェルンドは言う。低く峻厳に、しかし畏怖を抱きながら、ゆっくりと。


「『おとぎ話』に語られる、“神々の黄昏(ラグナロク)”。その時に滅んだ9つの世界……そう、これは──」



その世界の1つの、成れの果てだ。





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