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040 名の由来


「はは。確かにそうだ。

 何故神話に──『おとぎ話』に出てくる大神オーディンに使える戦士、『ヴァルキュリア』の名を冠した騎士団なんぞを創っているのか、それを疑問に思わなかったことが情けない!」

「??」

「分からないか、『光の弓(ウル)』よ。お前が弓の神の名で呼ばれるのは、その弓の腕前故。であるならば、『ヴァルキリーズ』にもその名を呼ばれる理由がある。」


 老人は震える声で、その真実を語った。


「──『ヴァルキュリア』は戦場で死んだ戦士の魂を、主神オーディンの館『ヴァルハラ』と女神の館『ヴィーンゴールヴ』に持ち帰るという、神の使徒の名だ。

 そうだ、()()()()()()んだよ。彼らは。」

「──は?」

「ヴァルキリーズは、殺した相手の魂をただ破壊しているんじゃない。その破壊した魂を、持ち帰っていたんだ。

 首都【グラズヘイム】にある王城、【ヴィーンゴールヴ】にな!」

「!?!?」


老人は苦々しく唇を噛む。


「モルスは真の死霊使い(ネクロマンサー)だ!

 モルスはヴァルキリーズに破壊した魂を回収させ、意のままに使役できる“人工死霊”を創っていたのだ!!」

「な──魂を、人工的な死霊(使い魔)の材料にしているだと!?ふざけるな!!」


 エミリアは立ちあがり、憤慨する。


「冗談じゃない!!そんな魂を弄ぶような所業を、この国はし続けていたのか!?」


彼女は怒りをぶつけるモノを探すように部屋を一周し、拳を柱に叩きつけた。薄汚れた砂が天井から落ち、彼女の頬を冷たく穢す。


「あたしたちは魂喰者(ソウル・イーター)。魂を破壊し喰らう、死神の兵器を持った人間だ。

 確かに魂を破壊する行為は──そう、大切な誰かを、その人から奪うことになるものだ。

……それは哀しいことだ。子どもたちを救うために、誰かを孤児にしてしまうなど、本当は──」


エミリアは再度拳を柱にたたきつけ、怒りにその瞳を滾らせる。


「だから魂喰者(ソウル・イーター)は大切な人を守るため以外に、その力を振るってはいけない。そしてその殺す相手の魂を、弄んではならない。そう、あたしは考えている。

 ……その(いのち)には──その相手には、愛する者がいたかもしれない。

 その人を失って悲しむ者が、いたかもしれない。

 だから、その魂を──たとえどんな理由があろうとも、“利用する”なんて許されない。

 それはその魂を侮辱する行為だ。

 それはその家族を、慰みものにする行為だ。

 それは許されない!!

 殺しは最終手段であって、遊びじゃないんだ!!」

「……」


 その場に、一瞬複雑な沈黙が訪れた。それは違和感の直前にある“気づき”の沈黙。


 ──感じていることが各々違うと、フレイヤに感じさせる短くて乾いた沈黙だった。


「……コウスケ、あんたまさか、知っていたのか?」

「そんなわけがない!(いのち)を利用しているなんて悪魔の所業、知っていたらこんな武器なんて手にするものか!」


 沈黙を破ったエミリアの言葉に、コウスケは間髪入れずに答えた。


「それに……たとえどんな理由があれ、命を奪う行為など、決して許されない。だから──」


 彼の顔は苦悩に満ちていた。決して許されないと分かっていながらも、それをしてしまっている自分の矛盾した有り方に、彼はきつく歯を食いしばった。

 ──そしてその苦しみは、フレイヤの顔を見た途端、さらに増した。


「──」


 彼の顔に、エミリアの表情が哀しく引きつった。

 胸を引き裂かれるほどの痛みを、彼女は感じ取った。

 なぜなら彼が言わんとして飲み込んだ言葉を、彼女は分かってしまったからだ。


 自分の娘に会うために、誰かの娘の父親を殺すということは、許されない──


その選択をした苦悩がどれほどであるか、孤児の母で戦士でもあった彼女には痛いほど伝わってきた。


 その時何があったのか、すべてを彼女は知らない。

 彼女が知るのはその事実のみ。

 隻眼(オクルス)海神(ニョルズ)を処刑したという事実のみ。

 彼と彼の間に、一体何があったのかは分からない。

 それでも彼という人間を見てきて、彼がどれだけ苦しみにまみれた10年間を送ってきたのかを、エミリアはよく理解していた。


 けれど──


(……ああ。そうだ、よな……。

やっぱりあんたは、()()()()()()()()()ね……)


()()()……」

「──!」


 エミリアは息をのんだ。自分の心のつぶやきを察したように、コウスケはその言葉を口にした。彼の視線は誰にも向けられず、薄汚れた床へと落とされている。それでもその視線はきっとひどく揺らいでいるのだと、エミリアはその震える言葉から確信する。

 彼女は深く息を吸いこみ、同時に胸を焦がすその感情を飲み込んだ。

 

「……いや、あたしも……熱くなりすぎた。」


 エミリアはコウスケから視線を逸らし、再び席に座る。


「すまないな、じいさん。話を戻そう。」

「……ああ。」


 ヴェルンドは何を察したのか、瞳を閉じて静かに語り始める。


「モルスは“セイズの一族”。

 奴は、儂に未来を見たと言ってきた。つくろうとする死霊たちはそのために必要なのだと、そう言っていた。」

「どういうことだ?」

「分からん。奴はそれ以上儂に何も言わなかった。

 ただ、その死霊たちを創る計画──『ヴァルハラ計画』を遂行するためにある巨大なソウル・ブレイカーを作れと言ってきた。」

「ソウル・ブレイカーを?」


エミリアの問いに、ヴェルンドは答える。


「ああ。奴は “来たるべき日”までに、死霊が足りないと、そう言っていた。そのために必要な(材料)を生産する兵器(装置)をつくれと、そう言ってきたのだ。」

「……おい。ちょっとまて。」


エミリアの顔から血の気が引く。


「まさか──モルスは、戦争を引き起こす気なのか!?」

「おそらく。

 そしてこれがお主らにとって無関係ではいられないことは明白であろう。たとえお主らがどこの国に逃亡しようとも、だ。なぜなら、戦争は様々な目的と思惑からはじまるが、モルスが計画する戦争は、“戦争そのものが目的”だからだ。()()()()()()()()。それが達成するまで終わらぬ戦争だ。奴は、最低でもこの世界の人口を、()()()()()()()()と言ってきた!」

「な──」


ヴェルンドは震える手を見つめる。


「奴は儂に大量殺戮兵器をつくれと言ってきたのだ。

 儂は震えた。

 確かに儂はソウル・ブレイカーの作り手だ。人を殺す武具を創っていたことは間違いない。だが光の弓(ウル)が言うように、この世界において()()()()()()()()()()

 問題は、誰を()()()()()()()、だ。

 『ヴァルハラ計画』にはその理由が見えない。この国は千年にもわたって『ヴァルハラ計画』を実行し続けていたが、それをする理由が皆目見当もつかぬ。そんなものに、儂は協力できなかった。それに──」


ヴェルンドは怒りを露わにし、拳を握る。


「儂は職人だ。

 ソウル・ブレイカーの作り手は、()()()()()()()()()

 (たましい)がどうなりたいかを聞き届け、それを形にするだけだ。

 どんな道具になるかどうかはソウル・ブレイカーの(たましい)が決め、

 どんな凶器になるかどうかはソウル・イーターの(たましい)が決めることだ。

 だが『ヴァルハラ計画』はどの魂の意志をも無視した代物だ。あれは使い手(ソウル・イーター)も装置の1つとして見なす狂気の道具。

 そんな意味の分からないただの殺戮兵器をつくるなど、儂にはできなかった。儂は──」

「ま、まって。」


 ヴェルンドの言葉は、ちいさな震え声で遮られた。冬の寒さに震える小鳥のように体を震わせながら、少女は声を上げた。


「おじいさん、そ、その、一つ、聞いてもいいかしら。」

「む?……ああ、構わないとも。何かな、小さき人よ。」

「え、ええと、それじゃあ……」


少女はエミリアの持つ弓とコウスケの腰に下げらている銃を一瞥し、老人に尋ねた。


「さっき、ソウル・ブレイカーの作り手は、ただ声を聞くだけだって言っていたわ。」

「ああ。」

「その……それで、どんな道具になるかどうかはソウル・ブレイカーの魂が決めることだって、そう、言っていたわ。」

「そうだが?」


 ヴェルンドは彼女が何を言おうとしているのかよくわからなかった。──いや、分かっていたが、何故それを尋ねるのか分からなかった。

 彼女が尋ねようとしていることは、この世界では常識だった。そんなことは誰もが知っていることだった。当然、エミリアもコウスケも知っていることのはずだった。

 だからそんな常識をどうして震えながら尋ねるのか、彼には理解できなかったのだ。


 少女は体が悲鳴を上げている気がした。

 身体が、その真実を知ることを拒否している。


 怖い。


 何故かは分からない。

 その痛みは脳を割るようで、全身の血管を破裂させ心臓を突き刺すほどに痛かった。

 けれど、口に出したその疑問は、止まらなかった。


「ソウル・ブレイカーって、一体、()()()()()()()()!?」

「!?ソウル・ブレイカーが何でできているのか、知らないのか!?」


 老人は目を丸くして驚き、他の二人を見た。彼等は互いに視線を合わせ、小さくうなずく。


「そんな……知らないなんて、()()()()()()……?」


 ヴェルンドは戸惑いを隠せず視線を泳がせた。そしてしばらくしてから、彼女の問いにはっきりと答えた。

 それは常識だと、誰もが知るものだと言わんばかりに、素っ気なく、味気なく、端的に答えた。


「そんなもの──」




人間に、決まっているだろ?





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