039 鍛冶屋の男(後編)
「ああ、自由に座ってくれ。」
老人はそういうと椅子の上に置いてあった書類の山を乱雑にどかし、机の上の鉄くずを吹き飛ばす。
コウスケ達はヴェルンドの工房に案内された。そこは整理の行き届いていない骨董店のような空間だった。大小さまざまな金槌や鋸が天井から吊り下げられ、床は何に使うのか分からない工具や色とりどりの鉱石で足の踏み場もない。窓は詰み上がった書物や資料でふさがれ、部屋の中は薄暗い。そして何より、鍛冶場特有の鉄を焼く匂いが、彼らの鼻を強く突いた。
「……こりゃ、想像以上に息がつまるな。」
「ははは。人を招くなんて、3年ぶりだからな。そのための片付けなんて、しておらんのさ。」
老人は蝋燭に火を灯し、マッチのカスを暖炉に放り込む。
「で、何か飲むか?あいにくと麦酒しかないが……」
「いや、必要ない。」
「おや、相変わらず酒はなしか、隻眼の。『光の弓』はどうだ?」
「あたしもいらない。それよりも──」
フレイヤを挟んでコウスケとエミリアは座り、それと同時にエミリアは口を開いた。
「あんた、何者なんだ?『ソウル・ブレイカー』をつくった男って言っていたが、それは本当なのか?あたしに言わせりゃ元ヴァルキリーズとか言われた方が納得なのだが?」
未だ訝し気な表情をするエミリアを見て、老人は鼻を鳴らして席に着く。
「何者もなにも、儂は見ての通り、しがない鍛冶屋のジジイだ。ただ昔、剣士の真似事をしていた、というだけのことよ。」
「真似事、ね。それにしちゃぁ随分と剣術のイロハを知っていそうだが?」
「はは。それはそうであろう。儂の剣技はあのオドアケルに鍛え上げられたのだからな。」
「はぁ!?」
エミリアは驚きのあまり立ち上がり、ヴェルンドに詰め寄った。
「まてまてまて!あたしは元聖騎士団だから、オドアケル将軍についての話はいろいろ知っている。だけど鍛冶職人に剣技教えたなんて話、聞いたことがないぞ!?」
「それはそうであろう。あやつと出会ったのは儂らが互いに18の時。儂は妻と共にアクア連邦から亡命してきた“お尋ね者”で、あいつはテッラ王国生粋の軍人だった。出会った経緯は省くが、そんな”お尋ね者”が当時若人でありながら聖騎士団副隊長になった超新星と友人になった──そんなことが知れたら、あいつのことをよく思わない連中が黙っている訳がないだろう?故に、隠していて当然のことよ。」
「な──」
あんぐりと口を開けるエミリアに、ヴェルンドはさらに言う。
「はは。お主、まだまだあいつのことを理解できておらんぞぉ。」
「いや、まてって。友人?頭が追いつかん……ええと、亡命してきた?あんたアクア連邦の人間なのか?
──ん?ちょっとまて。ええと、オドアケル将軍が18ってことは……だいたい今から50年くらい前だろ?確かその時は……」
「『ノーアトゥーンの大火災』。」
「え?」
フレイヤは老人の言葉に思わず声を上げた。
以前洞窟で訳も分からないまま終わってしまった話題が、再びテーブルに現れた。故に彼女はあわててその言葉にしがみつき、説明を求めたのである。
「【ノーアトゥーン】の、“大火災“?それって、コウスケさんが洞窟でお話していた、人が住まなくなったっていう……?」
「ほう。知っているのか。最近の若いもんはこの事件の存在すら忘れておるというのに。」
「その、名前だけよ。わたし、そのことについてはあまり知らないの。」
「はは。それで十分よ。わしもそこまで詳しいことを知っているわけではない。簡単に言うとあれはテッラ王国が仕掛けた“テロ”だった。あの島は『巫女の予言』──いわゆる『おとぎ話』に出てくる『聖地』であり、故に各国が不可侵領域として定めた島であり国だった。それを、当時暮らしていた数千人の住人諸共焼き払ってしまったのだ。
なにをテッラ王国が企んでいたのかは知らんが、そのことに同じく『聖地』を国土とするアクア連邦の国家群が一つ【ウプサラ】の王、『老翁』が激怒してな。テッラ王国とアクア連邦の全面戦争が始まったのだ。」
「そんなことが……」
フレイヤは得体のしれない寒気を感じた。
自分たちが目指す目的地は父が生まれた場所であり、そして本の中で神秘溢れる煌びやかな世界として名前が上がる島だった。ところがその場所は戦争の引き金になった場所だということを知って、自分の知らない”何か”が渦巻いているような、そんな気がしてならなかったのだ。
「しっかし、そんな状況下でオドアケル将軍があんたに剣術を教えるのか?それが本当なら敵国の人間であるあんたを匿ったってことだろう?それは……」
「信じがたい。そうであろう?」
エミリアの真意をヴェルンドが言い当てる。
「……ああ。」
「だが、だからこそ、信憑性がある。オドアケルという人間をよく知る者ならなおさら、な。違うかね?」
「……」
エミリアは小さくため息をついて背もたれにもたれかかった。
「あの人は……はぁ……君主だからな。そういう時世であればあるほど、助けるべきだと思った人間がいるのなら、敵であろうと助ける。そういう人だ。」
「そう……あいつは、そういう男だ。儂を助けたのも、そういう理由からだった。」
「……」
「そこら辺の話は長くなる。今はよそう。もし信じられないなら、今度出会ったときにでも尋ねてみればいい。
まぁもっとも、今出会えば即刻牢屋行きになりそうな状態のようだが、な。」
ヴェルンドはそういってグラスに酒を注ぐ。
「だが案ずるな。儂はおぬしらをヴァルキリーズに突き出そうなどとは思っておらん。」
「それはなぜ?」
エミリアの問いに、コウスケが答える。
「彼もまた、ヴァルキリーズに追われているからだ。」
「追われている?あたしは賞金稼ぎみたいなこともやっていたから“張り紙”はよく見ている。けど、この爺さんの顔なんて見たこともないぞ?」
「それは、儂の存在が隠されているからだ。」
酒を一気に飲み干し、老人は語り始める。
「儂は安住の地を求めて結局、テッラ王国を出てこのカエルム帝国に落ち着いた。儂の家は代々ソウル・ブレイカーをつくってきた鍛冶職人の一族。当時ソウル・ブレイカーの作り手が減っていたカエルム帝国にとって、技師は喉から手が出るほど欲しかった人材であったからな。すぐに儂は彼らに気に入られ、宮廷付の鍛冶職人となった。」
「『宮廷魔術師』ってことか。」
「左様。」
「なるほどな。
『宮廷魔術師』は皆素性が隠されている。カエルム帝国は歴史がどの国よりも長く、あらゆる面で──とくに“魔法”において秘密が多い国だ。それを管理し行使する宮廷魔術師の存在はその本人だけでなく、家族全員の存在が秘匿される。
あんたは──妻と一緒に逃げていたと言ったな。家族全員がアクア連邦とテッラ王国から身を隠せるなら、確かにうってつけだ。」
「そう、儂にとっても悪い話ではなかった。家族を守れ、そして自分の力を十二分に発揮できる環境がそこにはあった。だから、儂はヴァルキリーズたちが使うソウル・ブレイカーを創りだし、そのメンテナンスを受け持ったのだ。」
「で、そんな奴がどうして追われる身になったんだ。」
「依頼を、引き受けなかったからだ。」
「依頼?」
「そうだ。モルスの、な。」
ヴェルンドの顔が怒りと恐怖に染まり、その声が震える。
「3年前だ。宮廷魔術師長モルスは、儂にとんでもないものを依頼してきた!それを、儂は断ったのだ。」
「おい、ちょっとまて。あんた、あたしらに話があるって言っていたな。コウスケが敵じゃないっていうからついて来たが、余計な厄介事に巻き込まれるのは御免だぞ。」
怪訝な顔をするエミリアに、老人は言う。
「余計、というわけではない。遅かれ早かれ、どこにいようとお主らは関係することになるだろうからな。」
「なんだ、そりゃぁ?」
「まぁ、話を聞け。」
老人は険しい瞳を三人に向ける。
「ソウル・ブレイカーはこの世界最強の武具だ。故に、その作り手は国家によって管理されている。」
「当然だな。」
「だからソウル・ブレイカーは、国家の政治的な思惑が否応なしに反映されるのだ。聖騎士団であったお主なら覚えがあるだろう、『光の弓』よ。」
「それは……」
視線をそらしたエミリアに、老人は言った。
「テッラ王国が何を企んでいるかは今はさて置き、問題はこのカエルム帝国だ。
儂はこの国でヴァルキリーズのために数十年ソウル・ブレイカーをつくってきて、ある違和感を覚えていた。つくり終えたソウル・ブレイカーと、ヴァルキリーズが使っている時のソウル・ブレイカーは、何かが違う、とな。」
「違う?どういう意味だ?」
コウスケが眉を顰めると、ヴェルンドは間髪入れずに答えた。
「そのままの意味だ。儂はお主らがもつ自分がつくったソウル・ブレイカーを手にしたとき、“別物”だと感じた。
そう、魔法だ。
何かの魔法が、儂がつくった後でソウル・ブレイカーに付随させられていた。」
「魔法?」
「ああ。儂はアクア連邦、テッラ王国でもソウル・ブレイカーをつくっていたが、そんなことは初めてだった。儂は何の魔法かと尋ねたが、モルスはおろか他の魔術師たちも答えてはくれなかった。
だがついに!その正体を、3年前!モルスの口からきいたのだ!!」
グラスを机にたたきつける音に、フレイヤとその首元に止まっているガラスの鳥は身を竦めた。
エミリアはしばらくの沈黙ののち、老人に尋ねた。
「……で、なんだったんだ?その魔法は?」
「奴は儂にこういった。」
“何故我々が『ヴァルキリーズ』と呼ばれているのか、分かっていないのか?”
──とな。




