036 勝者に黄金を。敗者に血を。(前編)
「さぁ、お前たちはルールを覚えているか?」
司会者の言葉を皮切りに音頭が鳴り響き、それに応えるように観客が声を上げた。
「「「もちろんさ!テュール神より知ってるさ!」」」
「時間は何分?何をする?」
「「「時間は10分!ナイフをあてろ!」」」
「何のためにナイフをあてる?その時間に!」
「「「栄誉のために? いいや、金のために決まってる!」」」
歓声は鳴りやまない。
音頭は早く、熱気は熱く、会場は燃え上がった。
「勝者は当てた数だけ金貨を得る!」
「「「勝者に黄金を!勝者に黄金を!」」」
「すべてに当てれば金貨が20!」
「「「勝者に黄金を!勝者に黄金を!」」」
「敗者は外した数だけ指を切る!」
「「「敗者に血を!敗者に血を!」」」
「すべてを外せば命はない!」
「「「敗者に血を!敗者に血を!」」」
「さぁ――どっちに賭ける!!!」
「「「勝者に黄金を!敗者に血を!!」」」
「メルセナリオ?」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「O?」
「「「…………」」」
「……ノリが悪いな?」
静まり返った会場に男は嗤い、声を張り上げ、調子を上げる。
「さあ――どっちに賭ける!!」
「「「勝者に黄金を!敗者に血を!!」」」
「傭兵?」
「「「勝者に黄金を!」」」
「盗賊?」
「「「敗者に血を!」」」
「強者?」
「「「勝者に黄金を!」」」
「弱者?」
「「「敗者に血を!」」」
「勝者はどっちだ!」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「勝者はどっちだ!」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「敗者はどっちだ!」
「「「O!!!」」」
「敗者はどっちだ!」
「「「O!!!」」」
「上げていけ!どっちが勝つ!?」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「メルセナリオ?」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「メルセナリオ?」
「「「メルセナリオ!メルセナリオ!メルセナリオ!」」」
「もう一度だ!どっちに賭ける!?」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「どっちに賭ける!?」
「「「メルセナリオ!!!」」」
「どっちに賭ける!?」
「「「メルセナリオ!メルセナリオ!メルセナリオ!」」」
「準備はいいか!?」
「「「Yes!!」」」
「覚悟はいいか!?!?」
「「「Yes!!!!」」」
「覚悟はいいな!!!!」
「「「Year!!!!」」」
最高潮に達したその熱気に、男は笑う。
「──ならば始めよう。」
「「「勝者に黄金を!!
勝者に黄金を!!
敗者に血を!!
敗者に血を!!」」」
「Game ───Staaaaaaart!!!!!!」
それは、鳥だった。
ガラスでできた、虹色に光る小さな鳥。体長3センチにも満たないハチドリのようなその鳥は、2枚の翼を目にも止まらぬ速度で羽ばたかせ、会場を飛び回った。それが次から次へと会場の奥から飛んできて輪を描く。七色に光り輝く彼等の軌跡は、残像となって虹を創りだしていた。
「綺麗な鳥……」
フレイヤはその虹を追った。光輝く鳥は薄汚れた空気の中ではあっても、力強く羽ばたいていた。その小さな翼で空気を掴み、風を生みだし、自分の意志で宙を舞う。開かれた窓のその向こうへと突き進むその姿は、今にも大空へはばいていけそうだと、少女は思った。
だが──
「え──」
窓へとたどり着いたその瞬間、そのガラスの鳥は砕けて割れた。
「まず一羽仕留めたのは、メルセナリオォォ!!!」
司会の声に続いて、一斉に歓声が沸き上がる。
「いいぞ!二羽目だ、やっちまえ!!」
「差を付けろ、メルセナリオ!!」
続けて、もう一羽が砕け散った。
「だがOも負けていない!!」
今度は一斉にブーイングが巻き起こる。
「外しちまえ、盗人やろう!!」
「貴様の指なんて無くなってしまえ!!」
観客は拳を振り上げ、フィールドに立つ男達に叫び続ける。
小鳥をナイフで打ち抜く彼らの動きは、対照的であった。
メルセナリオは蠅を叩き潰すような力任せの技を繰り出した。巨漢の男の投げるナイフは豆粒ほどの鳥を壁や天井ごと乱暴に貫き、粉砕する。それはもはや爆撃だ。男の破壊した家屋は飛び散り、観客の肌を突き刺した。けれど男はそれを意に介すこともなく、ただひたすらにゲームに酔いしれていた。
対するOはその華奢な体を右に左に反転させ、目にもとまらぬ機敏さでナイフを一つ一つ正確に鳥の心臓に投げつけた。彼によって砕かれた小鳥たちは、ガラス玉を割ったような幽かで悲しげな声をあげ、彼はその声を聞き届けてから次の小鳥へと凶器を投げる。その瞳はどこまでもまっすぐで、どこまでも小鳥たちを見つめ続けた。
「残り10羽!!得点は15対15!両者一歩も譲らない!!
圧倒的な力でねじ伏せるメルセナリオと、正確無比な投擲を繰り出すO!
これは結末が予想できないぞ!!」
司会者の声は、フレイヤに入ってなどいなかった。賭場の様子など、目に映っていなかった。彼女の耳に届いていたのは、小鳥たちの最期の言葉。映っていたのは、粉々に砕け散った鳥たちの残骸が、虚しく宙を漂うその煌めき。彼女はその痛々しいダイヤモンドダストの輝きに、胸が締め付けられた。
「……エミリアさん。どうしてこの人たちは、こんなことを、平気でできるの?」
「フレイヤ──」
エミリアは”しまった”と、そう思った。
この世界は強者が弱者を虐げるのが普通だった。
誰かを守るために誰かが殺されるのは自然というものだ。
戦争の無くならないこの世界では、命を奪う行為はただの手段。生きるための手段として、当然のようにそこにあるモノだった。
故にこの世界の住人は──
「──殺人という行為そのものに善悪を抱いていないんだ。」
「────」
絶句する少女に、エミリアは騒音にかき消されそうな声で言った。
「彼らが殺人に対し感情を露わに善悪を語るのは、決まってそうなった理由についてだけだ。何故殺すのか、何故殺されるのか。そこに、この世界の住人は重きを置いているんだ。」
だからこの世界で強者が弱者を虐げるのを異常だと感じ、誰かを守るために誰かを殺すことに苦悩する──ましてや命を奪う行為そのものに後悔を覚える者は、この世界では”普通”でなかった。「仕方がない」と済ませられない者は、普通ではなかった。
命を奪うという行為そのものを「罪」ととらえる者は、この世界では常識人ではなかったのだ。
そしてフレイヤは、「命を奪う行為」に罪悪感を抱いた人間である。
コウスケがウィオレンティアを殺したとき、彼女が抱いたのはまさしくそれだった。たとえ自分が手を下していなかったとしても、自分が生き残るために──そして自分を守るために誰かが手を血で染めたことを、彼女は「罪」として認識した。自分のためにコウスケとエミリアの手を汚させてしまったと、彼女は悔やんだのである。
それがたとえどうしようもないことだったとしても、彼女はそれを自分自身、明確に認識していた。
そんな少女が命を平然と奪うゲームに、心を痛めない訳がなかった。彼女が苦しまないはずがなかった。
そして、そのことに気が付かなかった自分に、エミリアは後悔した。
「……」
エミリアは少女が苦しむ姿を見たくなかった。未来ある子どもの顔に、悲痛な表情を見ていたくなかった。
しかし、彼女にはかける言葉がなかった。
「……人殺しに、上品もクソもない、けどな……」
ウィオレンティアとの戦闘後に言ったコウスケの言葉に、彼女は言葉を返せなかった。
彼女は霊魂破壊魔法を、戦いの技として捉えていた。
極められるものとして磨き上げ、奥義を獲得した。
だから──
「……」
根本的に”殺人”に対する考え方が違うフレイヤに何と声をかければ良いのか、エミリアは分からなかった。




