029 形なき日記 20271011
※2022/05/21 再投稿
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洞窟の奥に、一人の少女が寝ている。
海神と同じ紺碧の瞳をもつ、心の強い少女だ。どんなにつらくても、たった一人でこれまで生きてきた、たくましい子だ。
──ああ。だめだ。
また、彼女を見ることができない。
俺は愚かにも、罪を直視できないでいる。
自分が犯した罪を目前にしながら、彼女が笑うたびに、その笑顔を見たくないと、そう思ってしまう。
あの今にも擦り切れそうな笑顔が、俺に罪を突きつける。
あの何も知らない寝顔が、俺に真実を突きつける。
そう。真実を、罪を、突き付けられているのだ。
決して許されない罪を。
だが──
なのに、なのに──!!
彼女を見ていると、どうしても考えてしまう。
その罪を前にしても、俺は考えずにはいられない。
俺の娘は、今どうしているのだろうか、と。
食べ物に困っていないだろうか。
暖かい布団で寝られているのだろうか。
友達はいるのだろうか。
そして──笑うことは、できているのか、と……
不器用だと──エミリアはそう言ったが、俺は、ただ弱いだけだ。
俺に娘を想う資格はない。
そんな贅沢など、許されないのだ。
それなのに──
罪を突き付けられているというのに、“守らねばならない” その責任と罪を前にしているのに、俺は自分の娘のことばかりに気に掛けてしまっている。
俺は、彼女から目を逸らしているのだ。
これは優しさじゃない。決断できていないだけだ。
自分の願いを捨てて、責務を果たすことができないだけだ。
責任を放棄して、全てから逃げ出すこともできないだけだ。
罪を償う覚悟が、ないだけだ。
罰から逃れたいと、臆病にすらなれないだけだ。
口では守るなどと言っておきながら、その真相はコレだ。
情けないにもほどがある。
そうやって決断できないまま……もう、10年にもなってしまった。
そう、10年、経ってしまったんだ。
──10年前。
俺たちは、突然この世界に呼び出された。
俺が住んでいたのは21世紀の日本。
“魔法”なんて、漫画やおとぎ話でしか聞いたことがない代物だ。存在しない代物だ。
──なのに、俺はその“魔法”などというまやかしによって、この世界に召喚された。
それは全く望みもしない、最悪の展開だった。
俺には家族がいた。
妻と娘の三人暮らし。結婚してまだ5年。娘はまだ小学生にすらなっていなかった。
俺たちは、娘と引き離された。
召喚魔法などというくだらない魔法のせいで、俺のもつすべてを、俺は失った。
なのに──
「失敗だ。」
俺を──いや、俺たちを召喚したあいつは、そう吐き捨てた。
「……またしても──『〇〇〇〇〇』を手に入れそこなった。」
そういって、あいつは俺に背を向けた。
彼らからしたら、そうだろう。
何しろ彼らが召喚しようとしたのは──
俺では、なかったのだから。
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