028 隠していること
※2022/05/20 再投稿
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「いつから知っていたんだ。ニョルズに娘がいると。」
「ニョルズに出会った時から、だ。」
「な──!」
エミリアは目を見開き、コウスケを見る。そして彼の横顔に、彼女は唇を噛んだ。
「……そう、か。そう、だったのか。
昔、【クヴァシル】であんたと初めて出会ったとき、あんたはやらねばならないことがあると言っていた。それは、“フレイヤを守ること”だったんだな。」
「ああ……」
「なら、なおさら守らないと、だな。ニョルズは──恩人、だったんだろう?」
「……」
エミリアの言葉に、コウスケは口をつぐんだ。痛みに耐える様なその顔を見て、彼女は震える息を吐き出した。
「……難しい、な。
あんたはこっちの世界にとばされてから、自分の娘と再会するためにこれまで戦ってきた。望みもしない人殺しを、あんたはやってきた。そして……これが、“最後の旅”、なんだろ?」
「……ああ。」
「だから、だろ。あんたが迷っているのは……」
コウスケは一瞬、エミリアを見た。
彼女の瞳は、男を見ていなかった。覇気の有る、戦士の顔ではなかった。戦友として痛みを分かち合う表情でもなく、ただ静かに、女の瞳は揺れていた。
「俺は……」
彼は震える吐息を吐き出した。
洞窟の外で吹いている風よりもか細い、今にも押しつぶされそうな白い息。どこまでも尾を引く、悲痛な吐息。
そしてその息が終わった時、彼は静かに言った。
「俺はこの旅の終わりに、必ず元の世界に戻る。愛する娘に会うために……」
「……そう、だな。」
「だが、それは──それは、俺がここでしたことの責任から逃げる行為だ。」
「……」
「俺が果たさなければならない、ニョルズとの“約束”を破る行為だ。」
「……」
「それに……フレイヤは──娘と同い年なんだ。」
男は、哀しく自嘲した。
「多くの人間を殺し、我が子に会いたがっていた父親を手に掛けて、一人の女の子を地獄に叩き落とした。
俺は、最低な男だ。
そんな最低の人間が、どの面さげて自分の娘に会いに行けるんだ。
“お前と同じ年端の女の子に地獄を味合わせて会いに来た”なんて、言えるわけがないだろう。」
「……」
「フレイヤと会話して分かっただろ?
あの子は……あの子の精神は純真だが、歳にしては未熟すぎる。崩壊寸前なんだ。何かのはずみで砕け散ってしまいそうな、そんな状態なんだ。
そして、そんなことになった全ての原因は、俺にあるんだ。そんな俺が、あの子を放って自分の娘に会いに行くなんて……許されるわけ、ないだろう。」
「……」
コウスケは闇を睨み付ける。
誰もいないその空間に、叱責するように彼は口を開いた。
「俺は──あいつを──ニョルズを処刑する前に、誓いを立てた。
あいつは俺に、この世界で生きるための全てを叩き込んだ大恩人だ。その恩に報いるために、“時”が来たとき、あいつの娘を──フレイヤを守るという誓いを……立てたんだ。
だが──」
彼は震える息を吐き出し、苦悶の表情を浮かべた。
「──だが俺がもし元の世界に戻るとなれば、それは──フレイヤを守るという、あいつとの約束を放棄することになる!
それは──それだけは、許されない!
たとえ彼女に背後から刺されることになったとしても、俺は──俺に許された範囲で、彼女を守らなければならないんだ……
それが俺の──処刑という名で彼女の父親を殺した、隻眼の罪と罰だ。」
「……だけど──」
エミリアは歯を食いしばる男の手にそっと手を添え、静かに、そして暖かく言った。
「それでも──会いたいんだろう?」
「────」
コウスケの顔が苦痛にゆがみ、エミリアはそれをそっと抱きかかえた。
「……この世界は、もう1000年も戦争を繰り返している。自分の家族を守るために、誰かの家族を殺す世界。それが、戦争で人を殺す『殺戮世界』と呼ばれるようになった世界だ。」
「……」
「……あんたと同じように、自分の子どもの笑っている顔を見たくて誰かの父親を殺した人なんて……この世界には、ごまんといる。この世界は、そういう世界なんだ……」
「だが、たとえそうだとしても、俺は──」
エミリアは静かに笑った。
その笑みは流れ星のように儚く、この世界にあるどんな笑顔よりも哀しいものだった。
「あんたのその魂は……この世界で生きていくには、やっぱり、不器用すぎるんだよ……」
◇
「ふざけやがって!何が撤退だ!!」
「申し訳ございま──ガハッ!」
闇夜の森の中、自らの部下をウィオレンティアは殴りつけていた。
彼女の部下は待機させていた10名、それで全員だった。そのうちの部下の1人が、現状では隻眼及び光の弓討伐は不可能であり、別部隊との任務の交代を進言した。それが、ウィオレンティアの逆鱗に触れたのだ。
「冗談じゃない!私はこの国最強の暗殺者!知略も魔法も武術もあの男に勝っている!!それなのに、撤退だと?いい加減にしろ!!
任務が遂行できないのは誰のせいだ?あ?私のせいか?
いいや違う。お前たちだ!」
ウィオレンティアは目元の包帯を外し、怒りで濁りきった瞳を部下に向ける。
「貴様らが十分に武器を使いこなせないからだ。
貴様らの魔法が未熟にすぎるからだ。
貴様らの思考が幼児並に拙いからだ。
貴様らが私の命令に従わないからだ。
貴様らが──自分の立場を分かっていないからだ!
弱者の分際で強者に意見しようとするなど、恥を知れ!
弱者はこの世界では何もできぬ。生きていることすら許されぬ!
故に、弱者は強者の道具となるしかない。
それ以外に生きる術はないのだから!」
ウィオレンティアは拳を握りしめ、再度部下にむかって振り上げた。
「貴様らは道具。道具は道具らしく、主の命令を黙って聞いていろ!」
「まったく、君はひどいことをするね。」
ウィオレンティアの腕が、部下の腫れた顔面の前で止まる。
「私の部下だ。勝手に手を出すなよ、フラーテル!」
自分の腕をつかむ金髪の青年に、女は怒鳴りつけた。しかし青年はその手を放さない。
「見ていられないんだよねぇ。自分の部下だぞ?やっていいことと悪いことの区別もつかないのかい?」
「てめぇ。」
「だいたい、今回の作戦の失敗は君が原因だろう?オクルスを足止めするのに、あんな非効率的な方法でどうして十分な時間が稼げると思ったんだい?部下20名以上をおとりにしたところで、オクルスの強さの前には瞬殺だと、分かっていただろうに。」
「貴様……!」
ウィオレンティアはフラーテルを睨み付ける。
「それを言うなら、貴様もだろう、フラーテル!
光の弓の足止めが最初計画したものに比べて、10分も短かかっただろうが!」
フラーテルは顔に薄っぺらな笑みを浮かべる。
「それは違いますよ。何故なら、僕は“光の弓が山の裏側に入るまで足止めをする”としか言っていません。それに“何もなければ彼女は30分で山の裏側に行く”とは言いましたが、“何か”をすればどれだけ時間が稼げるか──いいえ。」
青年の乾いた笑みが妙に厚みを増し、彼はここぞとばかりに言い放った。
「危機感をもった彼らがどれだけ足を速めるかなんて、僕は一言も言っていませんでしたよ。」
「テメェ!!」
フラーテルの腕を振りほどき、ウィオレンティアは包帯の隙間からナイフを取り出す。
「前々から癇に障るとは思っていたが、今のそれは許さねえ。この私をコケにしたこと、後悔させてや──」
「やっぱり、君は残念ですね。」
「なんだと!?」
更なる煽りに、ウィオレンティアが激高する。だがそれを楽しんでいるかのように、青年は笑って言った。
「だってそうでしょう。“影使い”は影が出ている状況でしか効果を発揮しない。つまり、月明りすら出ていない今の状況では、あなたは自慢の魔法を使えない。だからその包帯に隠した暗器を取り出した。」
「……だから、なんだ。」
「夜が暗殺者の領分であるはずなのに、あなたはその領分で全力を出すことができない。」
「貴様ァ!!!」
「ああ、怒らないでください。夜があなたの領分であることは分かっていますよ。魔法抜きにしてもあなたの暗殺術は確かにそこいらの者たちより強い。ただ、あなたは全力を出すことができないと言っているだけです。
夜でも昼でも、あなたはいつまでたっても、中途半端なんですよ。」
ナイフが、青年に向かって投げられた。
しかしそのナイフが飛んだ先に、青年は居ない。
「!!」
ウィオレンティアは気配を感じ取り、背後を振り返った。が、フラーテルの腕が女の関節をがっちりと固め、その動きを封じてしまった。
「貴様……!」
「君はもう帰りたまえ。D。」
「!?」
フラーテルが包帯で巻かれたウィオレンティアの耳元で囁く。
「この先は僕一人で決着をつける。このことはモルス卿に報告しておくよ。それでは。」
◇
女はしばらく雪の上で膝をついていた。目を見開き、自分が今どのような状況にいるのか、頭の中で整理をしようとしていた。
だが、整理することなどできなかった。
彼の言葉が終わった瞬間、フラーテルの気配は消え去った。当然関節を締め上げるその痛みも消えたはずだった。
だが、まだ痛む。
ギリギリと身を削るような痛みが、骨から自分の体を食い破るように伝わってくる。その痛みは雑音となり、女の思考を妨げた。青年の言葉が、自分を侮辱するナイフが、己の思考を断絶させる。
「ふざけるな……」
ウィオレンティアは立ち上がり、空に向かって咆哮する。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなぁあ!!」
ウィオレンティアは激高し、その高まった魔力で周囲の雪を弾き飛ばす。
「Dだと!?私は、暗殺部隊隊長、ヴァルキリーズが9騎士隊長の一角!ウィオレンティアだ!!
スラムにいた頃のDとは、違う!!」
「た、隊長……?」
自身に声をかけた部下を、ウィオレンティアは睨み付ける。そして──
「な、何を──ガッ──」
部下の声を聴くこともなく、女はその首元に服の上からナイフを突き立てた。
毒々しく紫色に輝く、小さな短剣を。
「思い知らせてやる。私の実力を!裏切り者どもに、そしてあの男に!」
ウィオレンティアには部下の悲鳴も慈悲を請う声も聞こえていない。怒り狂った瞳を“道具”に向けて、女は力の限り叫んだ。
「その魂から湧き出でろ!
ソウル・マジック──『狂気の化身・霜の巨人』!!」




