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013 奇妙な掛け合い

※2022/05/05 改稿済み


 【ホッドミーミルの大陸】(いち)の大きさを誇るカエルム帝国の首都【グラズヘイム】は、白い巨大な一枚岩を切り出してつくられた。起伏のない広大な街は地平線の遥か先にまで広がり、昼は太陽の光を、夜は月光を反射して真珠の如き美しい輝きを放つ。それを天までそびえる王城から見下ろせば、まさに雲海をみているようだという。

 そして今、その白亜の王城【ヴァラルホルン城】から扇形に広がる雲海(まちなみ)を眺める青年と、彼に声をかける幽霊のような男が一人、いた。


「いつ見ても美しい街並みですねぇ。フラーテル隊長。」

「ウォルプタースさん。」

「【グラズヘイム】は、ここ【ヴァラルホルン城】から見るのが一番ですねえ。長いこと生きてはいますが、ここ以上の絶景を私はまだ知りませんよ。」

「……」


 隣で街を見下ろす銀髪の男の表情を、フラーテルは観察する。そうしてから彼は視線を街中へと戻し、言葉を選んだ。


「たしかに、美しいですね。

 僕はあなたの住む芸術都市【イズン】の街並みも、魂溢れる【フェンサリル】も好きですが、やはり人が創り出したこの峻厳壮大な景観が好みです。ここに立っていると、自分は彼らの上に立つ存在だと自覚が持てますから。」

「おや、任務へ赴く前に気を引き締めておられましたか。これはお邪魔をしてしまいましたかね。」

「いえ、そんな殊勝なものではありませんよ。

 でもまあ、今回に関しては大分気を引き締めねばなりませんね。」


 その言葉とは裏腹に、彼の顔には高揚したような笑みが浮かんでいた。その上がった口角を見て、ウォルプタースは不敵に笑う。


「ええ。我々はカエルム帝国を守護する騎士、その頂に君臨する者。カエルム帝国をおよそ千年に渡って守ってきた騎士の責務は、非常に重い!

 ですが──」


ウォルプタースは肩を竦め、おどけたように言う。


「現在ヴァルキリーズの隊長はモルス卿を含め7人。9つの席のうち2つが裏切りと死亡で空いてからもうかなりの歳月がたってしまいました。これに加えて一匹狼だった隻眼(オクルス)の裏切り……これ以上損失が出ることは、避けたいですからねぇ。

 ──頼みますよ(・・・・・)?」

「ええ、大丈夫ですよ。()()()()()()()()()()()()()、どんな任務もやり遂げて見せますから。」


 怪し気に光るウォルプタースの眼光を気にも留めず、フラーテルはきっぱりと言い切った。それに対し貴族の幽霊は「これは失礼を」と小さく笑い、街を眺めながら話を続けた。


「しかし頼もしい限りですな。流石、歴代最年少で隊長となったことはありますねぇ。」

「いやいや、僕はたまたま運が良かっただけですよ。問題を解決する手段(・・)が明白なものばかりを請け負っていた、というだけですから。」

「手段が明白、ときましたか……。あなたの受け持った任務、思い返してもかなり複雑怪奇な案件ばかりだった気がしますが……。まぁ、であれば今回の任務はそれらよりは簡単、なのでしょうか?」

「いやぁ、どうでしょうか。」


フラーテルは顔から笑みを消し、街とは反対側の、城の背後にそびえる山を見る。


「これをみると、やはり一筋縄ではいかなさそうだなと、そうも思うのですよ。」

「ふぅむ。ソレに関しては、同感ですねぇ。」


 天を貫くようにそびえる山が、そこにはあった。白い岩肌は太陽の光を反射して宝石のように輝き、その険しい岩肌が始まったばかりの冬の青空にくっきりと映し出されている。

 だがその霊峰は裾の一部が大きくえぐれ、巨大な風穴が空いていた。


「ベルルム卿の放った魔法を喰らって生き延びている人を、僕は初めて見ましたよ。」

「ふふ。曲がりなりにも、彼はヴァルキリーズだった……ということですかねぇ。」

「……」


 フラーテルはしばらくの間、じっと山を見つめていた。その瞳にはぽっかりと空いた大きな穴が、どこまでも暗く深く映っている。


「……そう、ヴァルキリーズは強者の集まり。けれど()()()()()()()()なんだ。だから、どうして──」

「フラーテル?」


 ウォルプタースに問われ、フラーテルは小さく笑ってかぶりを振った。


「いえ、何でもありませんよ。

 ああ、そういえば先ほどの話──”人数が足りない”ということですが、であれば僕はスキールニルを新たな隊長に推薦しますよ。」

「おや、あの方をですか?彼はあなたの大切な腹心では?確かに彼が抜けたとしてもあなたの隊の盤石さが傾くことはないでしょうが……」

「心配いりませんよ。私の部下は皆優秀です。特にスキールニルは、ね。彼であれば戦場で死ぬようなことはありません。必要であればすぐにでも隊長にすべきでしょう。

 ま、副長として僕の足りないところを補ってくれているのは確かですから、抜けるとなると色々大変ですけどね。」

「ほう……」


 ウォルプタースは僅かに眉を顰めた。優秀と賛美しながらも何故か愛想笑いを浮かべているフラーテルの真意を計りかねているというのが本心であったが、同時に捉えどころのないフラーテルという人間性の一端が垣間見えたことに、彼は小さな“手応え”を覚えたからでもあった。

 しかし男は若者の真意を追求しようとはせず、逸らされた話に乗った。


「……しかしスキールニルが新しい隊長になるのであれば、騎士名称(アーリアス)を考えなければなりませんねぇ。どんな名前がよろしいですかねぇ。」

「彼は冷静沈着に任務をこなす人です。それにふさわしい名がよいかと。」

「……ふぅむ。基本的に騎士名称(アーリアス)はヘルヘイム語で名付けられますが……。何か良いものがありましたかな……。」

「ははは。ウォルプタースさん、本当に今すぐに彼を隊長に任命してしまったら、今の僕の任務が達成できなくなってしまいますよ。」

「おや、これは失敬。」


 痩せこけた頬を吊り上げ、男は一笑する。


「新たな隊長の誕生というのはワクワクするものでして、ね。」

「そうですか。」

「彼もまた希代の『魂喰者(ソウル・イーター)』。そういった人物の台頭は心躍らぬということなど決して有り得ぬのですよ。

 ──そう、ですから隻眼(オクルス)が裏切ったというのはとても残念でしてねぇ。」


ウォルプタースはそう言うと、わざとらしく肩を竦めて見せた。


「『魂喰者(ソウル・イーター)』。

 それは、肉体を傷つけることなく魂のみを破壊する魔法武具『霊魂破壊兵器(ソウル・ブレイカー)』を手にした戦士を指す言葉です。そして、この世界においてこれ以上の強者は存在しない──所謂“最強”の存在を指す言葉でもあります。

 その存在に、隻眼(オクルス)はこの世界に来てたった3ヶ月あまりで到達しましたからねぇ。」

「……」

「だから、彼が騎士名称(アーリアス)を与えられたときも私はワクワクしていたのです。全く新しい騎士隊長が誕生するかもしれないと、そう思ったのですが……。」

「確かに隻眼(オクルス)は僕たちと全く異なる人物ですね。」

「ええ。魔法は使えない、戦い方もロクに知らない、それどころか言葉すら通じないとは、いやはや流石は異世界の住人というところでしょうか。正直申し上げて(わたくし)、最初に出会った時は、あの男は早々に死ぬだろうと思っていたのですよ。」

「そうなんですか、ウォルプタースさん。」

「ええ。」


ウォルプタースは両腕を広げ、眼前に広がる大空を仰ぎ見る。


「この世界は魔法と力が全て!

 弱き者は淘汰され、強き者のみが生き残る、殺戮世界『カーニッジ』!!

 魔法も力もない弱き人間なんて、あっという間に運命の前に打ちのめされてしまうでしょう!!

 ……と、まぁそんなふうに思っていたのですが。」


男は腕を下ろし、再度肩を竦める。


「それなのに、そんな人物がいつの間にか同じ騎士名称(アーリアス)を賜るヴァルキリーズになったのですから、不思議なこともあるものです。本当に驚きましたよ。」

「確かに、驚きの連続でしたね。

 生まれも育ちも、生き方も、僕たちとまるで違う……本当に、不思議な生き物です。オクルスは。」

「……」


 フラーテルの頬から一瞬笑みが消えたのを、ウォルプタースは見逃さなかった。しかし、やはり男は青年が次に何を発するのかその言葉を待つだけにとどめ、それ以上無理に探ろうとはしなかった。


「しかし、まぁ、オクルスがどんな人間であろうとも、僕たちがやることは変わりません。

 僕たちはヴァルキリーズ。この国”最強”の騎士団であり、国を守る役目を負った者。その役目をこなすのに、”敵”の経歴は関係ありませんから。」

「……ふふ。余裕ですな。」


 形式的な言葉に戻ったフラーテルに、ウォルプタースはつまらなさそうな賛美を送る。そして立ち去ろうとする彼に向かって、最後の()を掛けた。


「フラーテル隊長。」

「なんです?」

「我々はヴァルキリー、”()()()()()()()()”です。『魂喰者(ソウル・イーター)』とは言え、その実我らは魂を──」

「ウォルプタースさん、大丈夫ですよ。」


 言葉を遮った青年に、幽霊の男ははっきりと言った。


「──彼の魂、喰らうことはできますかな?

 彼はあなたの、()相棒でしょうに。」


 男の冷ややかな言葉に、青年は全く口調も表情も変えずきっぱりと言い切った。


「心配無用ですよ。何しろ、僕の方が強いので。」



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