五十三、潜入
「ここから本部までは、どれくらいかかるんだ」
五分ほど歩いたところで、俺は智博の後ろから声をかけた。
「一時間くらいだよ」
一時間もかかるのか・・
「結構、距離があるんだな」
「山の中腹くらいのところにあるからね」
シンと静まり返った森で、草木を踏む俺たちの足音だけが聴こえていた。
「それにしても智博。この半年間、どうやって生き延びたんだ」
「僕自身が信じられないんだけど、人間ってね、もう死んだと思ったのに助かると、死の恐怖がより一層鮮明になって逆に生きようとするものなんだってね」
「へぇ・・そんなものなんだな」
「やれることは、なんでもやったよ。虫だって食べたし」
「えっ・・マジか・・」
「焼いて食べれはどうってことないよ」
智博は振り向いてニコッと笑った。
す・・すごいな・・
虫を食べるなんて、俺には無理だ・・
「虫って結構、栄養価が高いんだよ。タンパク源のかたまりみたいなものだからね」
「そ・・そうか・・」
「あはは。もしかして引いちゃってる?」
「え・・ああ・・まあ・・」
「わざわざ苦労して魚や動物を捕まえなくても、そこら中に食料があるから、少なくともここでは餓死することはないよ」
「お前・・マジで逞しいな」
「航太くんだって、いざとなったらそうするよ。僕が特別なわけじゃないよ」
三十分くらい歩いたところで、俺たちは少し休憩をとることにした。
俺たちは倒れた木の丸太に座った。
「疲れたでしょ。はい、これ」
智博は鞄の中から、透明のビンを取り出した。
え・・なんだこれ・・
俺はそれを受け取り、中身を確かめた。
「うわっ」
俺は思わずビンを地面に置いた。
そう・・中には虫が入っていたのだ。
「あはは。やっぱり無理?」
「いや・・えっと・・うん、無理・・」
「そっか。焼いてあるからパリパリしてるんだけどな」
智博はビンを拾い、蓋を開けて虫を食べだした。
「うわ・・」
「これセミだよ。これはイナゴ。あと・・これは蜂の幼虫」
智博は次から次へと取り出し、俺に見せた。
「・・・」
「ほんと、おいしいから。蜂の幼虫なんてご馳走だよ」
「いや・・いい。俺、腹減ってないし・・」
「そっか。でも食べたくなったら言ってね」
そう言って智博は、瓶の蓋を閉めた。
そして俺たちは再び歩き出した。
やがて三十分ほど歩いたところで、智博の足が止まった。
「あれが本部だよ」
智博の視線を追うと、大きな門で閉ざされた本部が見えた。
門の奥はよく見えなかったが、おそらくジーナと田地がいるであろう建物があるに違いない。
「この門は、いつも閉まっているよ」
智博は鞄を地面に置いた。
そして中から道具を取り出していた。
「なにか使うのか?」
「うん、これだよ」
智博が手にした物は、鍵のような作りの釘だった。
「これね、本部へ潜入すると決まってから作ったんだ」
「おい・・マジか・・」
智博は門の前まで進み、俺も後に続いた。
「きっとサイズはあってると思うんだ」
門には大きな南京錠が掛けられていた。
智博は鍵穴に釘を差し込み、右へ左へと回し始めた。
カチャカチャ・・
「おかしいな・・サイズはあってるはずなんだけどな・・」
「大丈夫か・・」
「ちょっと待って・・」
智博は一旦、釘を抜き、鞄の中から別の釘を取り出した。
「こっちはどうかな・・」
「お前・・予備も作ってたのか・・」
「予備っていうか、別のサイズね」
智博は釘を穴へ差し込み、さっきと同様に回し始めた。
カチャカチャ・・カチャン・・
「あっ、開いたよ」
「おおっ・・すごいな・・」
そして智博は門をゆっくりと開けた。
「入るよ」
智博が先に入り、俺にも入るよう手招きした。
それにしても、なにもないな・・
ただ木が覆い茂り、どこへ行けばいいのかわからなかった。
智博は松明で辺りを照らしていた。
「あっ・・あっちに道があるよ」
照らされた先には、確かに道があった。
コンクリートやアスファルトではなく、石畳だった。
智博は迷わず先へ進んだ。
「智博、急ぐ必要はないぞ。もっと慎重に行こう」
俺はそう言った。
「そうだね。見つかればヤバイもんね」
そこで智博は松明の火も消した。
月が出ているので、なんとか道をたどることはできた。
五分ほど歩いたところで、建物らしき影が見えた。
「あっ・・」
智博の足が止まった。
「どうした・・」
「誰かいるみたいだよ・・」
建物の周りを、人影が歩くのが見えた。
「きっと見張りだね・・」
「これじゃ、やっぱり建物には近づけないな」
ウウウウ~~~!
突然、大きな音でサイレンが鳴った。
「なっ・・なんだっ!」
俺は辺りを見回した。
「見つかったのかも・・。戻ろう」
智博は俺の前を走って行った。
俺も慌てて門まで走った。
ここで見つかれば、もう一巻の終わりだ・・
全てが終わりになる・・
「石竹くん」
智博は走りながら振り向いた。
「なんだ!」
「ここは二手に別れよう」
「えっ、どういうことだ」
「二人とも捕まってしまったら、何もかも台無しだ」
「別れて逃げるって、どこへだよ」
「門へ行くと、きっと待ち伏せされているに違いない。ここから左右に分かれて、できるだけ門から離れたところで、壁を上って外に出るんだ」
「壁を上ってって・・どうやって」
「壁沿いには木がたくさん植えられている。木から壁に飛び移るんだ」
「よし、わかった」
そして俺が右へ行き、智博は左へ走った。
なるべく・・門から離れたところへ行かないと・・
すると、俺の後方から車が走る音が聞こえた。
くそっ・・やつら車も持ってたのか・・
俺は咄嗟に木の陰へ隠れた。
次の瞬間、俺の前で車が停車した。
「確か、こっちへ走ってきたはずだ」
男がそう言いながら、車から下りてきた。
「どこかに隠れているんだろうが、ここから出るのは無理ってもんさ」
もう一人の男が、懐中電灯で辺りを照らしていた。
「おい!出て来い!隠れても無駄だ。今、出てきたら命までは奪わない」
懐中電灯を照らしている男が言った。
「俺はあっちを見て来る」
もう一人の男も懐中電灯を持ち、向こうの方へ行った。
「早く出て来い。時間が経てば経つほど不利になるぞ」
男は木の上も照らしていた。
俺は息を殺し、木の陰で小さくなっていた。
智博は大丈夫なんだろうか・・
捕まってなきゃいいけど・・
いや・・あいつは逞しい。
それより俺だ。
ここで捕まったら村に報告されるし、直也や蒼空たちだって尋問を受けるに違いない。
だから絶対に捕まるわけにはいかない。
「あっ」
男がそう言った。
なにっ・・気づかれたのか・・
「見つけた」
ええっ・・マジか・・嘘だろ・・
「おい、出て来い。出てこなければ撃つからな」
え・・
銃を持っているのか・・
ど・・どうすればいいんだ・・
「出て来い!」
俺はビクッとした。
ここは・・出て行くべきなんだろうか・・
もう逃げられない・・
俺は仕方なく降参した。
そして手を上げて男の前に出て行った。
「やっと出てきたか」
男は俺を懐中電灯で照らした。
「お前、名前は」
「航太です・・」
「ああ~、村の奴隷か」
「・・・」
「どうやって鍵を開けた」
「そ・・それは・・」
「まあいい。あとでたっぷりと聞いてやる」
俺は結局、捕まってしまい、車に乗せられて連行された。




