五十二、第一段階
智博は、焼却場の裏口として、以前は使用していたドアに穴を開けて入ってきた。
この村は、入口以外には金網が張り巡らされており、智博は焼却場の近くの金網にも穴を開けて入って来たのだ。
直也は智博の変貌ぶりと、元気な姿を見て、また涙を流していた。
「これからも、このルートで入って来るからね」
智博はそう言って笑った。
「お前・・マジで智博なんか・・?俺の知ってる智博なんか・・」
「なんだよ、直也。僕に決まってるじゃないか」
「俺・・こんな嬉しいことない・・。めっちゃ嬉しい・・」
「直也、泣かないでよ。僕が死ぬわけがないだろう」
「あほ言え!もう・・崖から飛び降りるやなんて・・死ぬに決まってるがな!」
「まあ、そうだけどね」
智博はまた笑った。
「智博・・言いにくいこともあると思うんだけど、俺、訊きたいことがあるんだよ」
俺がそう言った。
「なに?」
「お前が脱走した日、一体、なにがあったんだ」
「ああ・・それね・・」
智博は少し戸惑った表情を見せた。
「俺も訊きたいわ。話してくれ、智博」
直也もそう言った。
「あの日は・・」
智博は静かに話し始めた。
「僕、もう逃げ出したくて畑から脱走したんだ。そしたら克樹と小百合が当然、追いかけてきたんだけど、睦月くんも強制的に参加させられてね。ほら、畑で一人にしとくわけにもいかないだろう。それで、三人で追いかけて来たんだけど、僕はやがてどんどん高いところに行っちゃってね。気がついたら崖っぷちまで来ていたんだ。もう僕はダメだと思った。捕まったら確実に拷問だし、かといって、逃げ場もないし呆然と立ち尽くしていたんだ。すると克樹がなにを思ったか、睦月くんに「智博を捕まえろ」って命令したんだ。睦月くんはどうしていいか戸惑っていたけど、何度も「行け」と言われ、僕の傍まで来たんだ。それで睦月くんは僕に「逃げたらダメだよ。帰ろう」と言ったんだけど、僕は「絶対に嫌だ」と動かなかった。そのやり取りを見て克樹は業を煮やしたのか、「睦月、智博を突き落とせ」って命令したんだ」
なにっ・・
突き落とせだと・・
「睦月くんは言葉を失って克樹を見ていたよ。そして「そんなこと・・できません」と拒否していた。すると克樹は「じゃあこうしよう。どちらかが落ちるまで戦え」と言ったんだ。僕たちは更に唖然として身動きができなかった。それで克樹が僕たちにシリジリと近づきながら「早く戦えよ」と笑って言ったんだ。すると睦月くんは「嫌だ、そんなことできません」と言って後ずさりしたんだけど、その時、石に躓いて転んだ拍子に僕の身体にぶつかって、僕はその勢いで足を滑らせ転落したんだ」
俺と直也は呆然としていた。
なんでそんなことさせる必要があったんだ・・
戦わせてどちらかが転落するまで・・
なにを考えているんだ・・信じられない・・
「克樹め・・許せん・・」
直也は怒りに震えていた。
「そうか・・だから田地は・・自分が突き落として殺してしまったと思っていたんだな・・」
「そら・・あんな風にもなるわな・・。かわいそうに・・田地・・」
「え・・睦月くん、どうかしたの?」
智博が訊いた。
「田地な・・あんなに太ってたのに、食欲がなくて今では痩せてしもてな。まったく元気がないんや・・。いやっ!そんなどころではないんや。ラムダの総帥がここに来てな、ほんで田地を本部へ連れて行ったんや」
「え・・なにそれ・・」
そこで俺は、ジーナの不思議な力のことや、田地を友人として連れ帰ったことなど、あの日あったことをすべて話した。
そして田地が、「一生ここで生きる」と言っていたことも。
「きっと田地は、お前を殺したという罪の意識から、死ぬまでここで暮らすと決めたんだと思う」
「うん、そうやな」
「そんな・・睦月くんだって被害者だよ。僕が落ちたのも不可抗力じゃないか」
「くそっ!せめて智博が生きてることさえ知ってたら、田地はジーナになんか着いて行かへんかったのに!」
直也はそう言って悔しがった。
「わかった。僕が連れ戻すよ」
智博が言った。
「え・・連れ戻すってどうやって!そんなん無理に決まってるがな!」
「僕、この半年間で、本部の場所も突き止めんだ。僕の姿を見れば睦月くんは戻って来るよ」
「そんなの無茶だぞ。ジーナは記憶を消す力を持ってるんだぞ」
「でもこのままだと、睦月くんは一生罪を背負って生きることになるよ」
キンコーン
「あっ!作業開始の鐘や。智博、もう戻った方がええで」
直也が外を気にしながら言った。
「うん。じゃ、また来るよ」
智博は裏口の穴から出て行った。
俺と直也はその場所を、内側から塞いだ。
それから俺と直也は、今後のことを話し合った。
このままだと智博が単独で本部へ行ってしまう。
これは極めて危険だ。
そこで俺たちはもう、全員で決起するしかない、と。
智博も含めた俺たち六人で本部へ行き、田地を取り戻すため、一か八かの賭けに出ることにした。
蒼空たちには智博が生きていたこと、全員で田地を取り返しに行くことなどをメモに書いて、それぞれのテントのドアの下にしのばせて知らせた。
このことは、再び焼却場へ潜入した智博にも告げた。
決して一人で行くな、と。
けれども俺たちは十分な話し合いなど叶わず、伝達に苦慮していた。
そこで俺は、ある考えが浮かんだ。
まず、先遣隊として俺と智博で本部の様子を確かめに行くことだ。
智博が穴を開けてくれたおかげで、出入りはある意味、自由になった。
最終的には全員で脱出し、本部へ潜入することに変わりはないが、田地を取り返すことを確実に成功させるためにも、そうするしかないと思った。
俺はこの策を直也に話した。
そして夜中に決行することも。
「そんな、あかんて。行くなら俺も行く!」
直也はそう言った。
「いや、万が一ということがある」
「なんやねん」
「もし万が一、やつらがテントに来たら、直也がいれば誤魔化せるだろう?」
「・・・」
「ベッドで俺も寝ているように細工をするんだ」
「そんなん、来ぇへんって。大丈夫やって」
「もし来たらどうする。なにもかも終わりだぞ」
「そやけど・・」
「最終的には全員で本部へ行くんだ。そのための下調べなんだ」
「・・・」
「夜が明ける前には戻って来るから」
直也は納得がいかないようだったが、作戦を成功させるために俺の策をようやくのんでくれた。
このことは、蒼空たちにもメモで知らせ、三度ここへ潜入してきた智博にも伝えた。
そしていよいよ決行の日が来た。
夜になり、俺は夜中になるのをテントで待っていた。
「石竹・・無理やと思たら、戻って来るんやで」
「うん、わかってる」
「捕まってしもたら、それこそすべてが終わりやからな」
「うん。無理はしない」
そして一時間ほどが過ぎ、俺は出発することになった。
「直也、あとは頼んだぞ」
俺はドアの前でそう言った。
「石竹、気をつけてな。絶対に朝までに帰って来るんやで」
「わかってるよ」
俺はドアを開け、焼却場の裏へ向かった。
ほどなくして穴の開いた金網の場所に辿り着き、俺は外へ出た。
真っ暗な中、手探りで歩いていると、灯りが見えた。
それは智博が持っていた、松明の灯りだった。
「石竹くん、よく来たね。バレなかった?」
松明の灯りに照らされた智博の顔は、なんら物おじする様子がなかった。
「うん。とりあえずは成功だぞ」
「よしっ、じゃあ本部へ行こう」
智博は俺の前を歩いた。
「俺、なにも持ってこなかったけど、それ、なんだ?」
智博は、おそらく京子が使っていたであろう鞄を肩からかけていた。
「色々と道具が入ってるんだ」
智博は振り向いてニコッと笑った。
その姿はまさに、この半年間、たった一人で生き抜いてきたサバイバル少年だった。




