四十四、変化
俺たちがこの島に来て、半年が過ぎた。
そして、飯島が本部へ連れて行かれてから、何の情報も得られていない。
飯島によると、田地は「死にたい」と言ってたそうだが、その勇気はどうやらないらしく、今でも畑で仕事をしていた。
けれどもあの田地とは思えないほど、痩せていた。
俺たちはみんなで、一つのことを誓い合っていた。
決して逃げ出さない、ということだ。
脱出を諦めたわけではない。
むしろ諦めていないからこそ、独断での暴走は危険だということを、それぞれ肝に銘じていた。
決行の日まで、徹底的にラムダに従順に尽くすことも。
そのおかげかラムダのやつらは、俺たちにある程度心を許すようになり、監視もいわば、形骸化していた。
そのため、互いのテントを行き来することも、咎められることがなかった。
ただし・・憲司と側近の正紀、拓海は別だった。
決して俺たちに心を許すことがなかった。
「宗一郎さん、洞窟へ同行しましょうか」
俺は、焼却場から荷車を牽いて出て行こうとした宗一郎にそう言った。
「いや、今日はいい」
俺も直也も何度か村を出て、洞窟へ行っていた。
もちろん宗一郎や俊介、彰人の誰かと一緒だが、村から出ることも許されていたのだ。
その際、宗一郎たちは銃を携行することもなかった。
「宗一郎さん、疲れないとはいえ、俺たちにも仕事を与えてくださいね」
俺はこうして毎日のように、心にもないことを平気で口にしていた。
「ほんまですよ。俺ら、もっとできますんで」
直也も同様だった。
「お前ら、ほんとにラムダの人間になったな」
宗一郎は感心していた。
「俺、前にも言いましたけど、宗一郎さんのこと心から尊敬してるんです。未来永劫ラムダに尽くすって凄いことです。見習いたいと思ってるんです」
「あはは。なんだか調子が狂うぜ。褒めすぎだよ」
宗一郎は、俺や直也が尊敬していると思い込んでいた。
こうして持ち上げると、心底嬉しそうにするのだ。
「それじゃ、そこを片付けたら今日は終わりにしていい。お疲れさん」
宗一郎は嬉しそうに荷車を牽いて出て行った。
俺と直也は顔を見合わせた。
「もう宗一郎は、俺らの手中に収めたようなもんやな」
そう言って直也は笑った。
「いやいや、まだまだこれからだ。油断大敵。ここでバレたら二度と信用は得られないからな」
「そりゃそうや。肝に銘じんとな」
そして俺たちは炉を片付け、ほうきで床も掃いた。
「田地、もう仕事、終わってるんかな」
直也はちり取りに集められたごみを、ゴミ箱に入れた。
「どうかな。後で行ってみようか」
俺たちは田地のことをいつも気にかけていた。
それは飯島に頼まれたこともあったが、実際とても痩せたので身体を気にかけていた。
俺たちは焼却場を出て、畑へ行ってみた。
こうして他の仕事場に顔を出すことも、咎められることがなかった。
畑へ行くと、田地はトマトの収穫をしていた。
「睦月」
俺が声をかけた。
「あ・・航太くん、直也くん」
田地が振り向いた。
近くには克樹と小百合もいたが、特に気にする風はなかった。
「克樹さん、小百合さん、こんにちは」
俺はそう挨拶をした。
「おお、航太か。もう仕事は終わったのか」
克樹がそう言った。
「はい。今日の分は終わりました」
「きみたちはいつも睦月のことを気にかけてくれてるよね」
小百合が言った。
「よかったら、俺たちも手伝います」
俺がそう言うと、「そうしてくれ」と克樹が許可を出した。
「航太くん、直也くん、いつもごめんね・・」
田地が申し訳なさそうに言った。
「なに言うてんねん。そんなんお互いさまやん。カバーし合うのがラムダやん」
直也がそう言うと、克樹も小百合も微笑んでいた。
「田地・・身体は大丈夫なのか・・」
俺は克樹たちに聞こえないように小声で囁いた。
「うん・・大丈夫だよ・・」
「あまり無理するなよ」
「そやで・・食べるもん食べんとあかんで・・」
直也も小声で囁いた。
「うん・・わかってる・・」
「もう何度も言ってるけど、俺たちは絶対にここから出る。そのためには体力をつけないとダメだぞ」
俺もトマトをとり、田地の籠に入れた。
ガブッ・・
「ああ~~美味しいなあ~」
直也がトマトをかじった。
「こらこら、つまみ食いはルール違反よ」
小百合はまるで母親のようにそう言った。
「あはは、すみませ~ん」
直也はわざとらしく詫びた。
直也は克樹と小百合に、特別な怒りを持っていた。
親友の智博を殺されたからだ。
実際に手を下してないとはいえ、事実上、殺されたも同然だからだ。
だからこそ直也は、克樹と小百合には、逆におもねるように接していた。
「今度、克樹さんたちの部屋へ遊びに行ってもええですか」
直也が克樹に訊いた。
「おいおい、それはさすがにダメだな。憲司さんに叱られるぞ」
克樹は苦笑いをした。
「別にいいんじゃない?もうこの子たちはラムダの一員よ。親交を深めるのは悪くないことよ」
小百合が言った。
「わあ~さすが小百合さんですわ~」
直也はわざとらしく喜んだ。
「まあ、考えておくよ」
克樹はニコリと微笑んだ。
「さて・・睦月もきみたちも、もういいわよ。戻って休みなさい」
小百合がそう言った。
「はい・・」
田地はトマトの籠を抱え、畑を出ようとした。
「いいわ。それは私が食堂に運んでおくから」
小百合が籠を田地から引き取った。
「あ・・すみません・・」
「睦月、元気を出しなさい。疲れたら無理せずに言いなさい」
小百合は実際、とても優しかった。
ラムダの連中は、みな中年ばかりだ。
克樹と小百合も例外ではない。
この二人には子供がいない。
もしかすると、田地のことを息子のように思っているのかも知れない。
「はい・・ありがとうございます」
「じゃ、睦月、行こう」
俺は田地にそう言った。
「きみたち、ありがとうね」
小百合が俺たちに礼を言った。
俺と直也は軽く一礼して畑を出た。




