四十、無謀な脱走
智博の死は、俺もショックだった。
いわば智博は、俺で例えると蒼空みたいな存在だ。
直也と智博は、ラムダに騙されてサバイバルに参加した。
ラムダに捕らえられ、交流は禁止されていたとはいえ、親友であった智博が同じ場所で生きているというだけでも、直也にとっては生きる原動力だったろう。
その原動力、生きる希望であった存在の智博が死んだんだ。
直也にすれば身を引き裂かれる思いだろう。
智博の遺体は見つからなかった。
きっと海の底深くで眠っているに違いない。
あのあと直也は、焼却場の中で崖の方向に向かってずっと手を合わせていた。
俺もそうした。
けれども直也は泣かなかった。
悲しみが実感できないからなのか、俺にはよくわからなかったが、直也の表情がこれまでとは違っていたことだけはわかった。
智博の死から一週間後、俺は食堂で飯島とすれ違った。
互いに目を合わせるだけの、短いコンタクトを交わした。
その際、飯島は俺に何かを手渡した。
俺は食堂の監視員である、裕文と栄子に見つからないよう、受け取った物をズボンのポケットに入れた。
手触りからすると、どうやら紙のようだ。
俺と直也は急いで夕飯を済ませ、テントに戻った。
「石竹・・えらい慌てて食べてたな」
直也は俺の様子が変だと思ったらしい。
「ちょっと待って」
俺はポケットから受け取った物を出した。
するとメモ用紙を折り畳んだ紙が出てきた。
俺は急いでメモ用紙を広げた。
そこにはこう書かれてあった。
―――石竹くん、僕は田地と一緒にここを出るつもりだ。智博くんの死で田地がそうとうまいっている。このままここにいたら、次に死ぬのは田地だ。なにがあっても食欲だけは衰えない田地が、なにも口にしていないんだ。僕は食事係だからその点はすべて把握している。それできみと蒼空くんはどうする?もし出るなら一緒に行こう。後日、返事を聞かせてくれ。飯島
おい・・飯島・・ここを出るってどうやるんだよ・・
ここは島だぞ・・逃げ場はないんだぞ・・
「どないしたんや・・石竹」
俺が黙っていると、直也が声をかけてきた。
「え・・ああ・・これ」
俺は直也にメモを見せた。
それを読んだ直也は「無謀や!無謀過ぎる」と呆れていた。
「石竹・・お前、まさか行くんとちゃうやろな・・」
「え・・」
俺も無謀だと思った。
けれども飯島の作戦に乗りたい気持ちもあった。
いや・・作戦なんてもんじゃない。今のところ無策だ。
でも飯島のことだ。
なにか考えているに違いない。
「もし行ったら、お前死ぬぞ」
直也は暗い表情で言った。
「それでもええんか・・」
そしてとても悲しそうな表情に変わった。
「直也・・」
「お前まで死んだら・・俺はどうしたらええねん・・」
「・・・」
「もう希望がなくなるやんか・・」
「じゃ・・直也も一緒に逃げよう」
「あほな!俺はそんな無計画なことせん。みすみす命を落とすようなもんや」
「・・・」
「俺はな・・あいつら・・克樹と小百合を許さへんで・・」
「え・・許さないって・・どういう意味だ」
「逃げるにしても、それからや」
直也は凍り付くような目をした。
「直也・・お前まさか・・あの二人を殺すつもりか・・」
「そんなこと言うてへん。殺したらあいつらと同じになるやんか」
「じゃあ、どうするんだよ」
「俺な・・本部へ行こと思てるねん」
「えええ!直也、今、なんて言った?」
「本部や」
「ちょ・・お前、嘘だろ。あれほど本部だけは行くなと俺に何度も言ってたじゃないか」
「俺・・智博が亡くなってずっと考えてたんや」
嘘だろ・・直也。
本部がどんな恐ろしいところかもわからないし、人体実験は確実にやってるんだぞ。
ライオンの群れの中に飛び込むようなものじゃないか。
「考えてたって・・なにを」
「俺は幹部になって、この島を出る。それでラムダの悪行を世間に知らせるつもりや」
「そんな・・上手く行くかどうかもわからないぞ・・」
「いや、もうそれしかないと思てる。ここにいててもなんも変わらん。そのせいで智博が死んだ。もうこれ以上誰も死なせたくないんや」
「それは俺だって同じだよ。だけど、本部って・・」
「なんやねん。石竹だって行くって言うてたやんか。少なくとも俺は石竹みたいにヘマはせんで。今度のチェックの日が勝負や」
「いやいや・・あり得ないって。そんなの憲司に見抜かれるぞ」
「いや、俺はもう決めたんや」
直也の意思は固かった。
あの石橋を叩いて渡るような直也が・・
俺はとても嫌な予感がしていた。
「それと飯島に、無謀なことはやめいうて返事しときや」
「ああ・・うん」
なんだか・・とんでもない展開になりそうだ。
とりあえず飯島を引き止めないとな・・
それにしても、あの田地に食欲がないって・・
田地は智博と畑の作業をしていた。
おそらく智博が逃げた当日のことを、すべて見ていたに違いない。
もしかしたら、崖から身を投げたのも目撃していたのかも知れない。
俺は後日、飯島にメモ用紙を渡した。
内容はこうだ。
―――飯島、気持ちはわかるが危険すぎる。成功する確率は極めてゼロに近いぞ。俺は反対だ。蒼空もきっとそうだ。俺もこのままでいいとは思ってない。頼むから早まるなよ。石竹
そして翌日、また飯島から返事がきた。
―――正直、きみらしくない返答で少々落胆している。だがきみの言い分もわかる。僕も無謀だと思う。石竹くん・・僕は田地に希望を与えてやりたいんだ。テント村にいる限り希望はない。けれども村の外であれば少なくとも自由だ。僕の意思は変わらない。飯島
バカな・・
飯島、冷静になれよ・・
村の外が自由だと?
なにが自由なもんか!
逃げ回る日々が待ってるだけじゃないか。
そして・・見つかったら最後・・きっと殺される。
いや、殺されないまでも、拷問されるのは確実だ。
俺はそのことを書いて飯島にメモを渡したが、返事はなかった。
それから五日後のこと。
とうとう飯島と田地が村から脱走した。
ラムダのやつらは総出で、二人の行方を追った。
捕らわれの身の俺たちは、全員拷問部屋で監禁されることになった。
監禁といえども、「自由」に話ができることが、せめてもの救いだった。
久しぶりに会う蒼空は、見た目は元気そうだったが、飯島と田地が逃げ出したことにショックを受けていた。
蒼空と同じ清掃係の和哉と、飯島と同じ食事係の慎之介と会うのは初めてだった。
二人とも高校生三年生だった。
「あほやん、飯島」
直也がそう言った。
「捕まったら殺されるで」
続けてそうも言った。
「そんな・・直也くん、そんなこと言わないでよ」
蒼空が言った。
「なあ、慎之介。飯島の様子はどうだった?」
俺が慎之介に訊ねた。
「いや・・特に変りはなかったんだよ。仕事も真面目にやっていたし、まさか逃げ出すなんて考えもしなかったよ」
「そうか・・」
「慎之介・・元気そうでよかったよ・・」
和哉がそう言った。
この二人は友達らしい。
俺たちや直也と同じように、サバイバル体験でここに連れて来られたとのことだった。
この二人はここに来て、はや五ヶ月が過ぎていた。
「僕の考えなんだが、睦月くんと樹生くんは殺されることはないと思う」
和哉が言った。
「どうしてそう思うんだ」
俺が訊ねた。
「たたでさえ人が足りてないのに、みすみす殺す選択はないと思う。それより・・二度と逃げ出せない方法をとるんじゃないかな・・」
俺はそれを聞いて寒気がした。
「それって・・あれやんな。香帆のこと言うてるんやろ」
直也がそう言った。
「ああ・・まあ、あの子と同じ目に遭わせるかどうかはわからないが、その可能性もあると思う・・」
なんだと・・
香帆という女の子は、両足を切断されたんだぞ。
飯島と田地が同じ目に遭うというのか・・
そんなの許されてたまるか!
「俺な・・今度のチェック日に、本部行きを希望するつもりやねん」
直也がそう言うと、みんな「ええっ!」と声を挙げた。
「だから直也、考え直せって」
俺がそう言った。
「もうそれしかない。俺は決めたんや」
直也の考えは、もう変わらないな・・
でも直也一人で行かせていいものなのか・・
そもそも憲司が認めるのか・・?
けれども今の俺には、なんら良い考えなど浮かばなかった。




