三十九、行き場のない思い
俺は宗一郎のことを知ってから、それと二度も酷い暴行を受けたことで、本部へ潜入することも、島から脱出する気力も失せつつあった。
顔の腫れはまだ引いていないが、三日間だけ休みをもらって仕事に復帰した。
「石竹、あんまり無理したらあかんで」
直也は火かき棒で、炉の中を均していた。
「平気だよ」
俺は荷車からマネキンを下していた。
直也は俺の口数が減っているのを気にかけていた。
「なあ、石竹」
「ん・・?」
「元気出せとは言わんけど、もう、いらんこと考えるの止めた方がええで」
「・・・」
「俺はな、ここを出る希望は捨ててへん。せやけど焦ったらあかんと思てるんや」
「・・・」
「その時が来るまでは、大人しく目立たんように待ってたらええと思う」
「それって・・いつだよ・・」
「え・・」
直也は火かき棒を動かす手を止めた。
「いつだよ」
俺もマネキンを仕分けする手を止めた。
「いつって・・。そんなんわからんけど、希望を捨てたら終わりやんか」
「お前、宗一郎のこと知ってるだろ」
「ああ・・うん。お前から聞いたからな」
「宗一郎は自分の身体を差し出してまで、ラムダに忠誠を誓ったんだ。そんな狂ったやつらの集合体がラムダだ。それをどうやってここから出るって言うんだ」
「石竹・・」
「逆らえば暴行だ。いや、逆らってもないのに暴行されるんだ!憲司の気分次第でそうされるんだ!」
俺はマネキンを地面に叩きつけた。
「何もできない!意思表示すら許されない!俺たちは、ただラムダのロボットとして、駒として一生ここで暮らすんだ!」
「・・・」
「なんだ!こんなもの!」
俺は狂ったように、次から次へとマネキンを地面に叩きつけた。
「石竹!やめ!」
直也は俺の手を掴んだ。
「うるさい!」
俺は足でマネキンを踏みつけた。
「石竹!やめ言うてるやろ!」
直也は身体を張って俺の行動を止めた。
「なんだ、直也!出て行きたければ今すぐそうしろよ!逃げて見せろよ!」
「なに言うてんねん!」
「希望?そんなものあるのか!俺はここで死ぬんだよ!」
「あほっ!」
直也が俺の頬を叩いた。
「根性無し!なに言うてんねん!お前は俺の忠告も聞かんと、あほみたいに口から出まかせを言うて、結局、憲司に見破られたんやろが!」
「・・・」
「俺、言うたよな。訊かれたらここに残りたいって言えと。お前、なんやねん!ただ勢いだけで嘘いうただけやんか!ほんでえらい目に遭わされたんやんか。あほやん!」
「う・・うう・・」
俺は行き場のない気持ちが、涙となって溢れ出た。
ガラガラ・・
そこで扉が開いた。
直也は慌てて、そこに目をやった。
「なに騒いでいるんだ!」
入って来たのは、無精ひげを生やした彰人だった。
「いえ・・航太の具合がよくなくて・・」
直也はラムダがいる時だけ、俺を航太と呼んだ。
「航太!どうなんだ」
彰人が怒鳴った。
「すみません・・」
俺は小声でそう言った。
「それになんだ!散乱してるじゃないか!」
彰人はマネキンを見て言った。
「あ、それは俺が荷車から下す時に、こけてしまったんです」
直也が誤魔化した。
「まったく・・。それに航太、お前、泣いてるじゃないか」
「あ、これはまだ顔の腫れが引いてないんで、痛かったんや、な?航太」
直也は俺のために必死でそう言った。
「泣くくらい痛いのか」
「はい・・痛いです・・」
俺はそう言いながら、また涙が溢れてきた。
「痛い・・痛いです・・ううっ・・」
俺は両腕で流れ落ちる涙を拭った。
「しょうがないな・・。よし、休憩しろ」
「は・・はい・・うう・・」
「それと直也。話がある。俺と来い」
彰人がそう言った。
「え・・話って・・なんですか」
直也は、とても不安げだった。
「黙って着いて来い」
「はい・・」
直也は俺の顔を見ながら、そのまま彰人に着いて行った。
俺が騒いだせいで連れて行かれたのか?
だとしたら・・大変だ。
直也が拷問されたりしたら・・俺は詫びても詫びきれないぞ・・
しまった・・あんな泣きごとを言って、混乱するんじゃなかった・・
けれども俺は実のところ、気持ちの余裕などこれっぽっちも残ってない。
ここで一生暮らすと考えただけで、気が狂いそうになる。
だから気持ちを押し殺すしかないんだ。
押し殺すしかないが・・それも余裕の一つなんだ・・
余裕があるから押し殺せるんだ・・
しかし・・さっきのように限界まで追い詰められた気持ちになると、コントロールが効かない。
いっそほんとに狂ってしまったほうが、マシだと思えるほどだ。
俺はゆっくりと、水道まで歩いた。
蛇口を全開まで捻って、頭を濡らした。
勢いよく流れ出る水の音に紛れて、俺は「わーーーーっ」と叫んだ。
「俺がなにをした!言ってみろ!なにをしたって言うんだ!」
俺は水を出したまま、その場に座って頭を抱えた。
ガラガラ・・
俺は顔を上げた。
するとそこに直也が戻ってきた。
よかった・・拷問されてない・・
けれども、直也の顔から表情が消えていた。
「直也・・」
俺は水道を止めタオルで頭を拭き、直也の傍まで歩いた。
「どうかしたのか・・」
それでも直也は呆然としたままだった。
「直也・・なにがあったんだ・・」
俺は直也の身体をゆすった。
「石竹・・」
「どうしたんだ・・」
「智博が・・死んだ・・」
「えっ・・」
嘘だろ・・死んだって・・どうして・・
「おい・・どういうことだ・・」
俺はまた、直也の身体をゆすった。
「あいつ・・畑から逃走して・・それで・・崖まで追い詰められて・・身を投げたんやて・・」
「なっ・・」
「あほや・・智博。あんだけ逃げるなって言うたのに・・」
俺は言葉が出なかった。
「追い詰めたんは・・克樹と小百合や・・」
直也は拳を握り、その手は震えていた。




