三十七、チェック
俺たちがテント村に来て、ちょうど一ヶ月が過ぎた。
もう夏休みもとっくに終わり、学校が始まっていることだろう。
世間の人たちは、俺たちが失踪したことを騒いでいるんだろうか。
家族は必死に探し回っているのだろうか。
ここには情報というものが全くない。
なにも知る手立てがない。
ただ毎日、同じことの繰り返しで、まさに俺はロボットだった。
今日は一ヶ月に一回、憲司によってチェックが行われる日だ。
いわば、どの程度ラムダに傾倒しているかを確かめるのだ。
直也は既にチェックを終え、テントに戻っていた。
「ええか、石竹」
「ん?」
「もうわかってると思うけど、なにを訊かれても、ラムダに逆らうようなこと言うたらあかんで」
「うん。わかってる」
「でもな、お前、この一ヶ月、めっちゃ真面目に、しかも積極的に働いてきたから、ひょっとしたら昇格ってこともないとは限らん」
「・・・」
「そのことを訊かれたら、ここがええって言うんやで。テント村がええって」
「うん・・」
「絶対に本部へ行ったらあかんで」
「うん。そう言うよ」
直也の気持ちは十分理解できたが、俺の意思はここへ来た時から変わっていない。
憲司に昇格をほのめかされたら、俺は受け入れるつもりでいた。
コンクリートの建物の中へ入ると、憲司の部屋の前で蒼空と飯島と田地が待っていた。
「おおお、蒼空!飯島!田地!」
俺は思わず駆け寄った。
「航太~~!」
「石竹くん!」
蒼空も飯島も田地も、とても嬉しそうだった。
「お前ら、元気だったんだな。よかった・・」
「航太も元気そうでよかった・・」
蒼空は日に焼けた俺の顔を、じっと見た。
「石竹くんも元気そうでよかったよ」
飯島が俺の手を握ってそう言った。
「田地、畑仕事はどうだ?」
「もう~きつくてさ~。僕、ちょっと痩せたんだよ」
田地はそう言ったが、俺にはわからなかった。
「お前らの担当って、夫婦だったよな」
俺は二人に訊ねた。
「厳しかったりするのか?」と訊くと、二人とも「そんなことないよ」と普通に答えた。
やっぱり女性がいるってことが、いいのかも知れないな。
「蒼空はどうだ?」
俺は蒼空にも訊いた。
「うん、きつく言われる時もあるけど、もう慣れちゃったよ」
蒼空は苦笑いをした。
「なにを話している。さっさと入れ」
そこに側近の正紀がきた。
俺たちは慌ててドアを開け、中へ入った。
すると憲司は、相変わらず気持ち悪い笑みを浮かべて座っていた。
「さて、座りなさい」
憲司は冷たい声で言った。
そして俺たちは言われるがまま、椅子に座った。
「これからいくつか質問をします。それに対してノーコメントは許されません」
そして早速、質問が始まった。
「まず、ここに来てよかったことを述べてください。睦月くんから」
田地が訊かれた。
「えっと・・痩せたことです・・」
「あはは、痩せたこと、ですか。まあ身体にはいいでしょうね」
田地・・もっと他にあるだろ。
「では樹生くん」
飯島が訊かれた。
「団体生活の有意義さを学べたことです」
「ほう。いいですね。では蒼空くん」
蒼空が訊かれた。
「僕は家事の経験がなかったので、掃除や洗濯で家事の大変さを学びました」
「なるほど。しかし、その答えはいささか不本意ですね」
憲司は蒼空に冷たい視線を向けた。
「そ・・そうですか・・すみません」
蒼空は戸惑っていた。
なんで不本意なんだ。
いい答えじゃないか。
「まだラムダとしての心得が不十分なようですね」
「え・・」
「いいですか。家事という言葉には「家」という意味が込められています。蒼空くんの家はどこですか」
「ここ・・です・・」
「まあいいでしょう。では航太くん」
そして俺の番がきた。
「俺は家や学校にいた時、なんとなく毎日を過ごしてました。でもここに来て毎日汗水流して働くことが、どれほど健康面でも精神的にもプラスなのかを知ることができました」
「ナイスな答え。お手本のようですね。では次。よくなかったことを述べてください」
憲司は田地を見た。
「えっと・・一食分の食事が足りないことです」
田地がまた正直に答えた。
「あはは。睦月くんはおもしろいですね。そうですか、足りないのですね。増やすように裕文に言っておきます」
「あ・・ありがとうございます!」
「その代わり、ちゃんと働くのですよ」
「はいっ!」
「では、樹生くん」
憲司は視線を飯島に向けた。
「唯一の楽しみである、読書ができないことです」
飯島もある意味、正直に答えた。
「読書、ですか。よい趣味ですね。しかし残念ながら自身で選んだ本は禁止です。我がラムダのバイブルを後で差し上げましょう。それを熟読してください」
「ありがとうございます・・」
「では、航太くん」
憲司は蒼空を飛ばして、細い目で俺を見た。
「よくないことはありません」
「おや。これは意外な答えですね。それは本心ですか」
「もちろん本心です。先ほども言いましたが、俺にとってはプラスばかりです。ルールもきちんと定められていて、規律正しく生活することの意味を知りました」
「なるほど。環境が変わると心境に変化をきたす、まさにお手本のようです」
「ありがとうございます」
「蒼空くん」
憲司が蒼空を呼んだ。
「はい・・」
蒼空は不安げに返事をした。
「きみは少し、航太くんを見習った方がいいですね」
「はい・・」
「では次。きみたちの働きによっては昇格も可能です。もう知ってると思いますが、ここから奥へ行ったところに我がラムダの本部があります。そこへ配属されると下働きから解放され幹部となります。そこで研鑽を積み上げたのちには、ラムダの外部員として日本の本土、あるいは海外へ派遣されます。どうですか、本部へ配属となることを希望しますか」
なにっ・・島から出られるのか。
これは迷う余地はない。
「僕は・・ここでいいです・・」
田地がそう答えた。
「ほぅ。幹部になれるのですよ。もう働かなくてもいいのですよ」
「えっと・・僕には幹部なんて無理です・・」
「そうですか。まあいいでしょう。では樹生くん」
「僕もここでいいです」
飯島もそう答えた。
どうしてだ。
島から出られるんだぞ。
「そうですか。では蒼空くん」
「僕にはまだ、ラムダの自覚が足りないので、ここで頑張ります・・」
「当然ですね。行きたいといっても叶いません。では航太くん」
「俺は本部へ行きたいです」
俺は迷わず即答した。
「おや。そうなのですか」
「はい。もっとラムダのことを学んで、みんなの役に立ちたいです」
「これまたナイスな答え。それは本心ですか」
「もちろんです!」
俺はなにがなんでも本部へ行きたくて、語気を強めた。
「素晴らしい!ほんとにあなたはお手本のような子ですね」
憲司は拍手をした。
「ねぇ、正紀。そう思わないか」
憲司は正紀に訊いた。
「はい。仰せの通りで」
「よろしい。では正紀。早速、航太くんに教育を施しなさい」
「はい」
えっ・・
ちょ・・教育って・・まさか・・拷問じゃ・・
嘘だろ・・
「あのっ!」
俺は憲司にそう言った。
「なんですか」
「きょ・・教育って・・あの・・」
「そうです、教育ですよ」
憲司はほくそ笑んだ。
「あのっ、俺、ラムダが好きなんです!ほんとうです!」
「あのね・・航太くん」
「はい・・」
「きみは・・目が違うんですよ」
「え・・」
「私が見抜けないとでも思ってるんですか」
「・・・」
「きみのような子は、徹底して教育が必要です。さっ、正紀、連れて行きなさい」
俺は正紀に立たされた。
くそっ・・しまった・・
もう見抜かれてしまうとは・・
これじゃ、昇格はまだまだ先だ。
「航太・・」
俺が立ち上がった時に、蒼空が辛そうな表情で俺を呼んだ。
俺はなにも言わず部屋から出され、拷問部屋へ連れて行かれたのだった。




