三十四、面従腹背
俺たちが「ラムダ」に加わって、二日が過ぎようとしていた。
蒼空と飯島と田地は、拷問部屋から出た俺を見て絶句していた。
明らかに、飯島より酷い扱いを受けていたからだ。
そのため彼らは逆らうことを止め、ただ仕事に没頭していた。
それは俺も例外ではない。
あんな酷い目に、二度と遭いたくない。
仕事の初日、俺の姿を見た直也も言葉を失っていた。
「石竹、まだ痛いか?」
今は二日目の仕事を終え、テントに戻ったところだった。
「いや、もうそんなに痛まないよ」
「腫れが引くまで冷やした方がええ」
直也は水で濡らしたタオルを俺に手渡してくれた。
「ありがとう・・」
俺はタオルを受け取り、顔にあてた。
「それにしても・・酷いな。酷すぎるわ・・」
「あの憲司とかいう責任者さ、なんか異常な性格って気がするんだけど・・」
「俺もあいつ嫌いやねん。っていうか、ここにいてるやつみんな嫌いやけど、特にあの憲司は気持ち悪いねん」
「確かに。自分で手を下さない分、容赦ないっていうか・・」
「でももう逆らったらあかんで」
「うん・・」
「前にも言うたけど、両足切られたやつおるんや。石竹かてそうならんとは限らんのやし、絶対に逆らったらあかん」
逆らうことは止めるにしても、ここの謎を突き止めない限り、脱出できない気がする。
相手を知らないことには、計画を立てても無駄骨に終わるだけだ。
そうならないためには、ここのボス、ラムダのボスがどこにいるのか、何をしているのか。
それを突き止めないとな・・
「マネキン工場ってどこにあるんだ?」
「それはここからもっと奥へ行ったところや」
「直也は行ったことがないんだろ?」
「ない。ここのみんな、ないで」
この場所に捕らわれているのは、俺たち四人と直也と智博、それとあと二人いる。
過去には足を切られた女の子や、男子も数名いたらしいが、「昇格」して工場がある本部へ移された者、脱走したまま帰って来なかった者もいたらしい。
脱走した者は島から脱出できたわけではなく、おそらく殺されたのだろうと直也は言った。
「昇格ってさ、働きぶりが認められてってことなのか」
「それもあるけど、心底ラムダに忠誠を誓ったやつやな」
「でもさ、それって「ふり」だってできるよな」
「なんでそんなんせなあかんねん。ここで働いてると、そりゃ自由なんかないけど、とりあえず衣食住は保証されてるがな。誰が好き好んで本部なんか行きたいと思うねん。ないって」
「そうか・・」
「えっ・・ちょっと石竹。お前まさか本部に潜入するつもりやないやろな」
「え・・いや、今はないよ」
「今はって・・。あかんて。絶対に危険や。奥のことを知ってしもたら、それこそ一生出られへんで」
直也は半分呆れて言った。
「じゃあさ・・直也はどうやってここから出るつもりなんだよ」
「それは、これから考えるんやんか。でもそのために本部へ行く選択肢はあり得へん。俺は反対や」
「そうか・・」
「早まったらあかんで。何度でも言うとく。絶対に奥へは行ったらあかん」
「うん、わかった」
俺も今すぐ行こうとは考えてない。
まだ働いてもいない。たった二日だ。
時間をかけて働きぶりを見せ、一切逆らわないと思わせた時に、忠誠とやらを誓ってやる。
その時が来ても直也は反対するだろう。
いや、直也だけじゃない。
蒼空たちだって反対するに違いない。
けれども俺は、脱出を成功させるには内部に入り込むしかないと考えていた。
それからなにごともなく、「平穏」な日々が続いたある日のこと。
「おい、お前ら」
いつものように荷車を牽いて、男が焼却場へ来た。
この男はラムダ俊介。
俺が荷車に乗せられて、ここに連れて来られた時の男二人のうちの一人だ。
「はい・・」
直也は作業の手を止め、返事した。
「今日の焼却は、残りこの三体だけだ」
俊介は荷車を止め、タオルで汗を拭った。
「そこでお前らには、ここを終えた後、森へ行って木の伐採を命ずる」
なにっ・・外へ出られるのか・・
「どうもな、洞窟からここへ来る道が、動きにくくてしょうがない」
「それって・・道の整備ってことですか」
直也が訊いた。
「まあそうだな。荷車が通れる幅を確保しろ」
「わかりました」
「言っとくが、俺たちが監視しているから、変な気を起こしても無駄だからな」
そう言われ、直也は苦笑いをした。
「もう逃げようなんて考えてません」
俺がそう言った。
「口では何とでも言えるさ」
「もう俺は何日もラムダのために一生懸命働いてきました。直也だってそうです」
「直也のことは言ってない。お前だ」
「信じてください。絶対に逃げません。もう・・あんな酷い目に遭いたくないですし・・」
「そうだったな。お前はこっぴどくやられた。まあ確かにお前の言うように、普通は二度と逃げようとは思わないな」
「そうです。それに結構、ここっていいなって思い始めてるんです」
「ほぅー」
俊介は感心したように、表情が変わった。
「一生懸命に働く喜びっていうか・・上手く言えませんけど、俺、高校通ってた時はゲームばっかりやってましたし、何かに打ち込むとかなかったんです」
「ほーぅ」
「毎日汗をかいて、なんか、充実感っていうか・・。今はそんな気持ちを味わってます」
「なるほどな。それは結構なことだ。それじゃ、これが済んだら報告に来い」
俊介はそう言って出て行った。
「おい・・石竹」
直也が俺を呼んだ。
「なんだ」
「お前・・ちょっとわざとらしいで」
「そうかな」
「だって、いきなりやがな。あんなん見破られてるで。逆に怪しまれたかもやで」
「いや、俺はもっと従順に働く。言ったことに疑いの余地さえないほどにだ」
「まあとにかく、やり過ぎ、先走りはあかん。疑われたらその時点で終わりやからな」
俺は直也の心配をよそに、どんな形であれ外へ出られることが脱出への第一歩だと考えていた。
やがて焼却場での仕事を終え、俺たちは俊介へ報告に行った。
俊介たち、つまりラムダ側の人間がいる場所は、あのコンクリートの建物の中だ。
やつらはそこで寝泊まりし、俺たちを監視していた。
ラムダ側は、責任者の憲司を筆頭に、側近の正紀と拓海。
焼却場担当の彰人、俊介、宗一郎。
洗濯、清掃担当の凛太朗、隼人。
食事担当の裕文、栄子。
畑担当の克樹、小百合。
この十二名で構成されていた。
ちなみに裕文と栄子、克樹と小百合は、それぞれ夫婦らしい。
いずれも中年だ。
他の連中もみんな中年だ。
そういえば・・京子もここにいたんだよな。
ラムダと結婚してここに来たと言っていた。
すると・・この中の誰かが夫だったっということか・・
俺と直也は建物の前まで来た。
直也が鉄の扉を、ドンドンとノックした。
ほどなくして中から俊介と宗一郎が出てきた。
「よし、行くか」
俊介と宗一郎は、俺たちにのこぎりと鎌を渡した。
「念を押しとくが、妙な気を起こすとこれだからな」
俊介は懐から銃を取り出して俺たちに見せた。
「殺しはしない。足を撃ってその後、切断だ」
宗一郎が脅すように言い、俊介と顔を見合わせて笑っていた。




