三十三、ラムダ憲司
翌日、俺たちは昨日の男に「出ろ」と言われ、部屋を出された。
俺たちは、手錠や縄こそかけられていないが、まるで囚人扱いだった。
そして男は、建物内にある別の部屋に俺たちを連れて行った。
「入れ」
男は扉を開け、中へ入るよう促した。
俺たちは言われるがまま入ると、意外だったが、正面に優しそうな男が微笑んで座っていた。
「さあ、そこへ座りなさい」
けれども男が発した小さな声は、とても冷たい感じがした。
俺たちは用意されていた椅子に、それぞれ座った。
「おやおや・・随分腫れてますね」
男は飯島の顔を見て言った。
飯島は無言で男を見ていた。
「まったく・・酷いことをしますね」
男の言葉とは裏腹に、口元は笑っていた。
こいつ・・なんか得体が知れないっていうか・・気持ちが悪い。
「それで、なんですが・・。今から言うことをよく聞いてください」
俺たちは何を言われるのかと、息をのんでいた。
「まず釘を刺しておきますが、ここから逃げることは絶対に許されません。それと・・」
男が話を続けようとした時、俺が「ちょっと訊きたいことがあるんですが」と言った。
「質問は後にしてください」
男は直ぐにそう言い、細い目で俺を睨みつけた。
「私はこのテント村の責任者で、ラムダ憲司と言います。以後、よろしくね」
憲司はまた、気持ち悪い笑みを浮かべた。
「ここへ来たからには、我々の指示に従って仕事をこなしてもらいます。それぞれ役割を言い渡しますが、いいですね」
俺たちは無言のままだった。
「返事をしてもらわないと困るんですよ」
憲司がそう言うと、「返事をしろ!」と俺たちを連れて来た男が言った。
「はい・・」
俺たちはそれぞれ小さな声でそう言った。
「よろしい。では・・ラムダ睦月くん」
田地が呼ばれた。
「はい・・」
「きみには畑で野菜を栽培してもらいます」
「・・・」
「返事は?」
「は・・はい・・」
「よろしい。では、ラムダ樹生くん」
次に飯島が呼ばれた。
「はい・・」
「きみには、食事係をやってもらいます」
「はい・・」
「よろしい。では、ラムダ蒼空くん」
蒼空が呼ばれた。
「はい・・」
「きみには、洗濯や掃除をやってもらいます」
「はい・・」
「よろしい。では、ラムダ航太くん」
そして最後に俺が呼ばれた。
「はい」
「きみには、焼却係をやってもらいます」
え・・焼却係だと。
これはいい。直也と色々策が練られるな。
「はい」
「よろしい。それぞれの係りには、既にきみたちの先輩がいますので、教えてもらってください。それとテントは一人一つずつが基本なのですが、まだ設置されていません。それまでは係りごとに使用してもらいます。えっと・・それと、それぞれの仕事以外にも命令があった場合には、そちらを優先します。それで・・航太くん、質問は何ですか」
憲司が俺に訊ねた。
「あの・・俺たち・・ここを出られる日が来るんですか」
俺がそう言うと、憲司はバカにしたように笑った。
「あはは、なにを言うかと思えば、なんという愚問なのでしょう。ここを出られる日とはどういう意味ですか」
「どういうって・・。俺たち旅行会社に騙されてここに来たんだ。どうしてこんなことやってるんだ」
「旅行会社・・?それはなんのことですか」
「旅行会社の企画で『無人島体験』っていうのがあって、参加したらこうなってたんだ」
「きみ・・言葉遣いには気を付けなさい」
憲司が冷たく言った。
「航太くん、きみは何か勘違いしているようですね。旅行会社など知りませんし、ここへ来たのは幸運だったからですよ」
「幸運・・?バカなことを!俺たちは帰りたい!帰してくれ!」
「言葉には気を付けなさいと言ったはずです」
「これは犯罪だぞ!いつか警察に捕まるぞ!それでもいいのか!」
俺はタブーに踏み込んでしまったことは、わかっていた。
けれども、どうしてもラムダの世界征服とやらが本当なのか、その目的が何なのか、俺は訊かずにはいられなかった。
「航太くんには・・「教育」が必要ですね」
憲司は更に冷たく言った。
「あの・・もう訊きません・・ですから、許してください・・」
蒼空がそう言った。
「蒼空!お前は黙っていろ。俺は訊きたい!」
「おやおや・・。正紀、航太くんに「教育」を施しなさい」
憲司は俺たちを連れて来た男、正紀にそう命じた。
「わかりました」
正紀は俺を立たせ、部屋から出そうとした。
「航太!今すぐ謝るんだ。早く謝って!」
蒼空が大声で叫んだ。
「そうだよ、石竹くん、謝った方がいいよ」
田地も飯島もそう言った。
俺もそうしたほうがいいと思った。
けれども俺の中の何かが、それを拒絶していた。
俺って、バカだな・・
ここで働いて逃げるチャンスを覗ってって・・そう考えたのは俺じゃないか。
いわば面従腹背で、表向きは素直にラムダとして命令に従い、働いていけばいいものを・・
でもなんだろうな・・
これってプライドっていうものなのかな・・
俺は部屋を出され、別の部屋へ連れて行かれた。
中に入るとガランとしてて何もなく、俺はいきなり正紀に殴る蹴るをやられた。
ううっ・・痛い・・
俺はその場に転がり、腹を押さえた。
くそっ・・
こんな・・こんな理不尽なこと、あってたまるか!
俺は立ち上がり反撃に出た。
すると正紀は俺の腕を掴んで捻りあげた。
うううっ!腕が・・腕が折れる・・
「生意気なやつだ。お前みたいな子供に俺が倒せると思うのか」
正紀は腕を離し、今度は顔を殴ってきた。
あああっ・・
俺は気を失いそうになった。
こいつ・・強い・・
というか・・元々俺はケンカなんてしたことがないし、敵う相手じゃないんだ・・
逆らうと暴力・・
従うと奴隷・・
ここにいる限り、俺たちには自由なんてないんだ。
そして俺は殴られ続け、やがて気を失った。




