三十二、ラムダになる
次の日、直也は焼却場へ向かったが、俺と蒼空はテントの中で隠れていた。
「直也くん・・僕たちにパンを分けてくれて・・」
蒼空は食パンを食べながらそう言った。
与えられる食事は、当然のことながら一人分だけだ。
直也は今朝、「食欲がありますねん。その分しっかり働いてますので、少し多めにください」と言ったそうだ。
そのおかげで俺たちは、一枚ではあったが食パンを貰うことができた。
「そうだな・・ありがたいことだな」
「飯島くんと田地くん・・どうしてるんだろう・・」
蒼空は拷問のことが気掛かりな様子だ。
俺だってそうだ。
今の時代、拷問なんてあり得ない。
ましてや何の罪もない高校生にだぞ。
「蒼空・・俺、昨日寝ながら考えたんだけどさ」
「なに・・?」
「助け出すといっても、おそらく無理だし失敗に終わると思う」
「うん・・」
「それに俺たちだって、いつまでも隠れていられるはずもないし、見つかれば直也が酷い目に遭うかもしれない」
「そうだね・・」
「そうなる前に、俺たち自ら出て行って、ここで働くことを約束すればいいんじゃないか」
「えっ・・そんなことしたら・・拷問されるよ・・」
「いや、そうとも限らないぞ。ここに迷い込んできたといえば納得するんじゃないか?」
「迷い込んだ・・か・・」
「その際、このテントから出たことは、絶対に悟られないようにしないとな。あくまでも外から来たことにするんだよ」
「でもさ・・そんな約束したら、もう二度と島から出られないし家に帰れないよ」
「そんなのわかるもんか。逃げる手立ては必ずあるはずだ。逃げるにもここの状況を把握しておかないと無理だろ」
「・・・」
「とにかく俺は、そうするしかないと思う」
蒼空は賛成しかねていた。
そりゃそうだ。
俺だって怖い。
逃げられるものなら、すぐにでも逃げたい。
誰が好き好んで、奴隷になりたいやつなんているもんか。
でも、今の状況では逃げることはまず無理だし、そもそも飯島や田地を放って行けるものか。
それに直也と智博もだ。
逃げるならこの二人も一緒だ。
俺は蒼空に、そのことも話した。
すると蒼空は「そうだね、それしかないね」と言って賛成してくれた。
このことは、昼休みにテントに戻った直也にも話した。
「それやったら、一旦、テント村の入口まで行かなあかんで」
直也が言った。
「そこへ行くのに、バレないで済む時間帯とかないのか」
俺が訊いた。
「そうやな・・やっぱり夜しかないな・・」
「じゃ、今夜、そこまで行くよ」
「えっと・・そうやな、やっぱり荷車で運んだ方がええかな」
「そうか・・」
「歩くことはできんやろ。荷車やったら不審に思われんやろし」
「わかった。頼むな」
「よし。ほなら今夜な」
こうして俺たちは夜を待って、決行することにした。
「でもじぶんら、逃げようと思えば逃げられるがな」
夜になり、直也は荷車の準備をしながらそう言った。
「逃げたところで、見つかれば拷問確実だし、それはお前も同じだろ」
「そらそうやけど・・」
「たとえ逃げおおせても、どうやって島から出るんだ。そうこうしているうちに、いずれは見つかる」
「・・・」
「だからここは、俺と蒼空もラムダとして働く方が得策なんだよ」
「そうか、わかった」
そして俺と蒼空は、見つからないようにテントから出て荷車に乗った。
上にはシーツを被せ、直也が荷車を動かした。
「ええな・・村の入口に着いたら、とにかく必死でここに辿り着いたふりをするんやで・・」
直也が小声で言った。
俺たちは黙って聞いていた。
ほどなくして荷車は止まり、「下りてもええぞ」と直也が言った。
俺たちは、また這うようにして荷車から下りた。
「直也、急いで戻れ・・」
俺がそう言った。
直也は周囲を気にしながら、「うん」と頷いて荷車を牽いて行った。
「蒼空・・いいか。行くぞ」
「うん」
俺たちは立ち上がり、村の中へ入って行った。
そして俺たちは「ハアハア」という息遣いをした。
すると、見回りをしていたであろうラムダの男が一人、俺たちに近づいてきた。
「おい、なんだお前たち!」
男は俺たちを見て、驚いていた。
「ハアハア・・あの・・俺たち・・道に迷ってしまって・・」
俺が疲れきった演技をした。
「道に迷った・・?あっ!お前たちもしかして四人のうちの二人か!」
どうやら男は俺たちの存在を知っているようだった。
「はい・・そうです・・ハアハア・・」
「どこに隠れてたんだ!」
「ど・・洞窟です・・」
「なんだと!あの中のどこにいたというんだ!」
「奥・・です・・」
「くまなく探したはずなのに・・。まあいい。これで探す手間が省けた。こっちへ来い」
男は俺たちを縄で縛るでもなく、前を歩いて行った。
そうか・・
俺たち自ら現れたことで、そこまでする必要はないってことか。
蒼空はずっと下を向いていた。
元気出せ・・蒼空。
男が連れて行こうとした場所は、テントから離れたコンクリートの建物だった。
あそこに・・拷問部屋があるのか・・
蒼空は、不気味な建物を見て足がすくんでいたので、俺は蒼空を引っ張った。
男は鉄の扉を開け「入れ」と言った。
俺は恐怖に震えながらも、一歩ずつ中へ入って行った。
蒼空の身体は硬直しているようだった。
「蒼空・・しっかりしろ・・」
俺は耳元で囁いた。
「喋るな。黙って歩け」
男が俺をたしなめた。
「すみません・・」
俺は蒼空の腕を引っ張り、男の後をついて歩いた。
「ここに入れ」
男は部屋らしき扉を開け、俺たちに入るよう促した。
中へ入ると、飯島と田地が冷たそうな床に座っていた。
俺と蒼空を見た飯島と田地は、唖然として言葉も出なかった。
それは俺も同じだった。
というのも・・田地は無事そうに見えたが、飯島の顔は腫れあがっていたのだ。
飯島・・!
お前・・拷問を受けたのか・・
なっんてことだ・・
蒼空は小声で「ああ・・」と言っていた。
「四人とも、そこで大人しくしていろ。明日、また話をする」
男は扉を閉め、鍵もかけて出て行った。
「おい・・飯島!」
俺は飯島に駆けよった。
「飯島くん・・なんてこと・・酷い、酷すぎる・・」
蒼空は半泣き状態だった。
「田地、お前は無事なのか」
俺が訊いた。
「うん・・」
田地は頼りなく頷いた。
「飯島!お前、拷問されたのか」
「うん・・まあね・・」
「まあねって・・。大丈夫なのか」
「ち・・違うんだ・・」
田地が言った。
「違うってなにがだ」
「飯島くん・・僕のせいでこんなことに・・」
「え・・どういうことだ」
「僕、あの人たちにここで働けって言われて、嫌だって逆らったんだ。それで逃げようともしたんだ」
「・・・」
「そしたら、僕、殴られそうになって・・。それで飯島くんが「僕がそうしろと命じたんです」と言って・・。それで飯島くん・・」
「そうだったのか・・」
「田地・・いいんだよ。僕だっていずれ逃げるつもりだったしね」
飯島は田地を責めなかった。
「この際だから言っとくぞ。ここを逃げようとした女の子がいたんだけど、その子、両足を切断されたんだぞ」
俺の言葉に、三人とも絶句していた。
「それで・・結局その子、自殺したんだ」
「っな・・自殺って・・」
蒼空は思わず大声を挙げそうになっていた。
「だから、ここはラムダに従うべきだ。それにここには俺たちと同じ境遇のやつもいる。仲間がいるんだ。みんなで知恵を出し合って方法を考えよう。逃げるのはそれからでも遅くないぞ」
そして俺たちは、身を寄せ合うように眠りについた。




