十九、脱出
まず俺と飯島が船を漕いだ。
飯島の腕は細く、「訓練」したとはいえ、あくまでも俄かに過ぎず、とても疲れていた。
「飯島、無理するな」
「大丈夫だよ。これくらい平気だよ」
ボートは当然、屋根などついていない。
ただでさえ直射日光で体力を消耗するのに、この労働だ。
といっても、俺も人のことは言えない。
吹き出す汗が時に目に入り、なにより喉がカラカラだ。
けれどもなるべく水を飲まないようにしていた。
うまく島へ辿り着ければいいが、潮に流され、海上で孤立してしまうと、たちまち水は底を尽きてしまうからだ。
「おい、田地」
田地はそんなことも考えていないのか、すぐに水を飲んでいた。
「なんだよ」
「お前、それを飲み干したら、もう無いぞ。わかってるのか」
「だって一日で行けるんだろ」
「想定外のことが起こるとか、考えないのか」
「水を飲まなくちゃ、熱中症になってしまうよ!」
「無くなっても、人の飲むなよ」
「ふんっ」
田地は以前の、わがまま田地に戻っていた。
まったく・・どうしようもないな。
蒼空は、明らかに元気をなくしていた。
露骨に落ち込んでいるというわけではないが、島を脱出するまでの蒼空とは違っていた。
蒼空の気持ちは十分わかる。
俺だって、これ以上何かあれば、もう折れてしまいそうだ。
それでも俺は、この「ゲーム」から解放されるには、先に進むしかないと思っていた。
「航太、交代するよ」
蒼空が言った。
「いや、俺はまだ平気だ。飯島と代わってやってくれ」
「池垣くん、任せてもいいかな」
飯島はフゥフゥ言いながら、蒼空の言葉に安堵していた。
そして蒼空は飯島からオールを受け取った。
飯島は倒れ込むように、船底で横になった。
「飯島、水分補給したほうがいいぞ」
飯島は頼りなく頷いて、自分の持ち物からペットボトルを出して水を飲んだ。
「蒼空、平気か?」
俺は蒼空を気遣った。
「うん」
「あまり考え込むな。なるようになるさ」
「・・・」
「あ、そういえば蒼空。お前、夏休みの宿題って、もう終わってるのか」
俺は意外なことを口にした。
「宿題・・?」
「俺さ、まだなんだよなあ。そのうちお前にコピペさせてもらうつもりでさ」
「航太、宿題になんの意味があるの」
「なんのって・・帰ったら学校あるし」
「帰ったらって・・。死ぬかもしれないのに、なに言ってるんだよ」
「まあ、そう言うなよ。ほら、空を見てみろよ。こんなに晴れてるじゃないか」
俺は空を見上げた。
すると俺は突然虚無感に襲われ、思わず涙が溢れた。
両方の目じりから涙が頬を伝うのがわかった。
「航太・・泣いてるの・・?」
「泣くわけないだろう。太陽がまぶしかったんだよ」
俺は手で涙を拭った。
飯島は俺の様子を見て、辛そうな表情を浮かべていた。
田地はぼんやり、遠くを見ていた。
蒼空も「泣いてるの」と言ったきり、黙って漕ぎ続けた。
みんなもう、互いを気遣う余裕なんてないんだ。
しばらくして、俺は田地と交代した。
田地は「ええ~~!疲れるよ」と言ったが、俺は「漕げ!バカやろう!」と怒鳴り散らした。
みんながこんな状態なのに、この期に及んで田地のわがままに、なんなら手が出そうになった。
そのやりとりを、蒼空も飯島も黙って見ているだけだった。
やがて半日が過ぎようとしていた頃、夕日が水平線に沈もうとしていた。
「このままだと夜になってしまうな」
俺はポツリと呟いた。
「行けるところまで漕ごうよ」
飯島は少し眠ってから、僅かながら元気を取り戻していた。
そして今も、俺の横で漕いでいる。
蒼空と田地は眠っていた。
「そうだな」
俺は、より一層力を入れて漕いだ。
「夜になっても月が出たら、島の場所は確認できるかもしれないしね」
「ああ、そうだな」
「石竹くん」
「なんだ?」
「僕は体力にはあまり自信がないけど、気持ちは途切れてないからね」
「飯島・・」
「みんなもきっとそうだよ。島へ着けば、元気を取り戻すよ」
「うん・・そうだな」
俺は飯島の言葉に救われた。
あれこれ考えずに、とにかく島へ行くことだ。
今はそれだけを考えよう。
そして、一つ一つ乗り越えていけばいいんだ。
ザバーーン!
突然、大きな波が船を襲った。
「なっ・・なんだ!」
「どこかでタンカーでも通ったのかな」
俺たちのボートは、波と波の間を上下に大きく揺れた。
ザバーーン!
次の波が襲ってきた。
「うっ・・うわあ~~」
俺は手でボートのヘリを掴み、身体を支えた。
「こ・・これは、大きいね」
「まさか・・転覆とか、ないだろうな・・」
「こんなところで転覆したら、それこそ・・」
蒼空と田地も目を覚ました。
「航太、ちょ・・これなにっ?」
蒼空が起き上がって、異常な揺れに驚いていた。
「わああ~~」
田地も同様だった。
俺と飯島は、オールを船に上げた。
「みんな、落ちないように掴ってろ!」
何度も大波が襲い、船は今にも転覆寸前だった。
「こ・・これってさ!ゲームの一環なの!」
田地が叫んだ。
「そんなの知るか!とにかく今は、落ちないようにすることだ!」
俺が叫んだ瞬間、とうとう船は転覆してしまった。
「ああああ~~!うわあ~~~!」
誰ともなく叫び声があがった。
うっ・・くっ・・こんな・・あああっ!
俺は蒼空も飯島も田地も見失った。
必死で泳ごうとしたが、波にのまれて自由が利かない。
あああ~~・・ダメだ・・溺れてしまう・・
これで・・ゲームオーバーなのか・・




